2022.07.22

高齢でも障がいを持っていても、旅を諦めないでほしい。徳島の民宿〈旅の途中〉が届ける新しい旅のカタチ。

F.I.N.編集部が7月のテーマとして掲げるのは「旅する」。コロナ禍によって、当たり前のようにできていた旅がより特別な存在に変わり、旅のかたちにも大きな変化が訪れているように思います。

 

今回お話を伺うのは、徳島にある介助付きの民宿〈旅の途中〉の代表・榎本峰子さん。「諦める世の中から、選択できる世の中に変えたい」という思いを抱き、福祉業界・旅行業界に風穴を開けていく榎本さんが届ける新しい旅のあり方とは——。

 

(文:船橋麻貴)

Profile

榎本峰子さん

1977年大分県出身。小学生の時に福祉の世界に興味を持ち、ボランティア活動を通して介護福祉士になりたいという夢を抱く。家族の反対もあり一度は諦めるが、社会人になり、再び自分の夢を実現したいと思うようになり福祉の世界へ。20年間、現場を経験する中で、当事者や家族・従事者たちがいくつもの諦めをしていることを知り、福祉制度から飛び出し、同じ志の仲間と2018年11月一般社団法人〈旅の栞〉設立。2019年民宿〈旅の途中〉を開業。

福祉の現場で目の当たりにした、

娯楽を諦めざるを得ない悲しい現実。

徳島市内から車で40分ほど、四国最大の大河・吉野川近くの住宅街に佇む民宿〈旅の途中〉。一見、アットホームな宿風情なこちらは、高齢者、障がい者、要介助者、そしてその家族が安心して宿泊できる介助サービス付きの宿泊施設です。運営しているのは、一般社団法人〈旅の栞〉の代表・榎本峰子さん。福祉従事者として20年近く現場に携わる中、より当事者や家族の気持ちに寄り添うため、民宿の立ち上げを思い抱くように。

 

「福祉の現場で直面したのが、高齢者、障がい者など要介助者の方は諦めなきゃいけないことがいっぱいあるということ。その中でも特に諦めざるを得ないのは、娯楽なんです。施設や病院に入ると、好きな食べ物を買いに行けなかったり、ちょっとそこまでのお出かけも難しくなったりと、今までの生活でできていたことができなくなる場合が多い。さらに、介助が必要になると、どこかに出かけたくなっても、『家族に迷惑がかかるから』と自分の要望を家族に言い出しにくくなってしまうんです。

 

一方、ご家族の方々も介助の必要な当事者をどこかに連れて行きたくても、行く先々で食事やトイレなどの介助が必要だから二の足を踏んでしまうし、当事者が認知症を抱えていたら『覚えてない』と言われて、旅へのハードルがうんと上がってしまう。それでも、当事者が亡くなられた後、家族の方は『元気なうちにどこかに連れて行ってあげたかった』『おいしいものをいっぱい食べさせてあげればよかった』と後悔するものなんです。こういう悲しい現状を目の当たりにし、『諦める世の中から、選択できる世の中に変えたい』と思い、高齢者、障がい者など要介助者の方、そしてそのご家族の方々の受け皿となるような宿を作りたいと強く思うようになりました」

福祉業界に従事して得た知識や経験を生かし、始まった民宿〈旅の途中〉の構想。榎本さんが思い描いたのは、家族などの同行者がいなくても介助者ひとりでも安心して楽しめる、介護従事経験を持つスタッフのサポートが受けられる民宿でした。

 

「実際に福祉業界の現場で働いていましたし、介助者の方のサポートをするために夜勤もしていたので、宿泊するお客様が必要とする介助には、臨機応変に対応できるという自信がありました。『レンジャー』と呼んでいる同じ福祉業界で働く仲間がいたのことも支えになりました。レッドレンジャーが送迎・観光紹介をしてくれたり、ブルーレンジャーが介護・支援など相談紹介をしてくれたり、パープルレンジャーが食事や調理を担当してくれたりと、とても心強かったですね」

現在、民宿〈旅の途中〉は、榎本さんの熱い思いに賛同して集まった7人のレンジャーたちでを運営している

情熱と覚悟と携えた旅人たちを出迎え、

旅のあり方を変えていく。

2019年の春に、住宅型のデイサービスをしていた施設を改装して出来あがった民宿〈旅の途中〉。現在は、当事者の旅行のサポートをすること、福祉従事者の駆け込み寺になること、当事者の就労支援をすること、この3つを柱に運営しています。

(1) 当事者の旅行のサポートを行う

「旅を諦めていらっしゃる当事者の方に、まずは〈旅の途中〉に来ていただき、ご自身の選択肢の幅を広げてもらいたいんです。ご自身がどこまでサポートが必要で必要でないか、そういったことをヒアリングしたうえで、私たちレンジャーたちが必要なサポートをさせていただきます。〈旅の途中〉は病院や施設ではないので、自由に旅のご希望を伝えていただき、観光のサポートが必要であれば自費の介護タクシーも用意します」

(2)福祉従事者の駆け込み寺になる

「全国で福祉従事者が不足していると言われています。私も現場でずっともったいないと感じていたこととして、若い世代の人たちがこの世界に入ってきても心が折れてやめてしまうことも多いんです。その理由は、国や行政のフォローが足りなかったり、施設自体の体制が追いついてなかったりと、さまざま。〈旅の途中〉には経験豊富なレンジャーたちがいますし、当事者の方と福祉施設と違ったフランクな交流もできるので、福祉従事者が抱える課題や問題を解決できる場所になれたらと考えています」

(3)当事者の就労支援をする

「〈旅の栞〉で就労支援事業所を構えていることもあって、当事者の方と企業のマッチングも行っています。当事者の方々に福利厚生施設として利用していただいたり、企業側にはセミナー開催に役立ててもらったりと、双方にとって理解しあえるようなサービスを提供しています」

客室には介護用のベッドも備える

こういったサポートがある中、訪れるのは熱い思いを持ち、それ相当の覚悟を持った旅人たちだと榎本さんは話します。

 

「私たちが週末にふらっと旅に出るのとは訳が違います。印象深いのは、北海道から来てくださったご夫婦。難病を抱える奥様は胃ろうや気管切開もされていたので、一般的には旅をするのは難しいとされています。ですが、旅行は2人の夢だということで、旦那さんが自動車を介護用に改造されて北海道から南下し、奥さんのお誕生日に〈旅の途中〉を利用してくださった。それだけでも号泣するくらい嬉しかったんですが、旦那さんがその時おっしゃった言葉を私は一生忘れません。『妻の容態が悪くなって、万が一ここで亡くなっても後悔はない。ほかの人がなんと言おうと、僕たちはここに旅に来たかったから』と。私が当初から掲げていた『諦める世の中から選択できる世の中へ』という思いが、〈旅の途中〉で叶えられているかもしれない。私自身も諦めずに続けて来られてよかったって心底思いました」

 

高齢者、障がい者、要介助者の旅の価値観に変化を起こす榎本さん。それは、当事者の家族、そして私たちへと広がっていきます。

 

愛媛に住んでいる高齢者の方から、『自分1人で旅に行きたいけど、家族に反対されている』と、お電話をいただいて。ご家族の方が旅に対して前向きではなかったんですが、そこまで大きなサポートも必要ではなかったので、愛媛までお迎えに行ったんです。当初はご自宅と宿の往復だけでいいというご要望だったんですが、いざ外に出たらいろいろなところに立ち寄って、観光も積極的にされたんです。さらに徳島では、温泉施設に行かれたり、喫茶店巡りもされて。最後は延泊もされて『自分1人でどこまでできるか試してみたい』と、徳島駅まで1人で汽車に乗って行かれたんです。私たちが駅で出迎えたら『地元の方が見たら何気ない景色かもしれないけど、私から見た徳島の山はすごく感動的でした』とおっしゃって。

 

そんな喜ばれている姿を見て、ちゃんと私たちがサポートをできれば、高齢の方でも障がいをお持ちの方でも1人で旅を楽しめる。ご家族の方が心配で止めたくなるお気持ちは当然ですが、周りの人たちが勝手に限界を決めて諦めさせるのは、本人の楽しみや喜びを奪うことになるのもしれない。そう思いました」

福祉業界と旅行業界が手を繋ぎ、

誰もが楽しい旅をできる未来へ。

〈旅の途中〉のリビングでは、旅人とレンジャー、旅人同士の交流も生まれている

こうして少しずつ旅のあり方を変えている榎本さんですが、誰もが諦めずに楽しい旅をするためには、福祉業界自体の変化も必要だと言います。

 

「医療の仕事が命を救うことなのに対して、福祉や介護の仕事はその命をどう楽しみ、どう生きていくかのサポートをすることだと思うんです。より良い人生を過ごしてもらうため、さまざまな福祉・介護のサービスの提供が必要だし、従事者は当事者の方のために動いていくべきですが、従事者たちも人間なので心がポキッと折れてしまうことだってあります。そういう従事者たちの心が救われる場所に、〈旅の途中〉がなっていきたいんです。病院や施設ではできないような当事者との繋がりをここで作り、そこでの会話から自分たちがどれだけ大切な仕事をしているかを肌で感じ、元気を取り戻し笑顔になって帰ってもらいたいんです」

 

さらに、この先の未来は福祉業界と旅行業界の協業も大切だと榎本さん。

民宿〈旅の途中〉

住所:徳島県阿波市吉野町柿原原113-6

℡:088-696-4003

https://www.tabinoshiori.or.jp/index.html

■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント

・高齢者、障がい者など要介助者の方がスタッフのサポートによって、娯楽を諦めることなく選択できるようになる。

・福祉従事者が宿泊施設に勤務することによって、病院や介助施設ではできないような当事者との繋がりを作り、多様なやりがいを得られる。

・福祉業界と旅行業界が連携することにより、要介助の方やそのご家族が旅行を楽しみ、豊かな人生を送る機会を増やすことができる。

【編集後記】

取材のなかで榎本さんがおっしゃられていた「多くの人にとって福祉は遠い存在かもしれないけれど、ゆくゆくは自分も当事者になります」という言葉にハッとしました。核家族化の進行などから、ご高齢や障がいをお持ちの方との距離が遠くなり、福祉という自身と地続きであるはずのものへの意識を分断してしまっていると痛感したのです。

自分がこの先健康への不安を持つ状況になったとしても、旅の途中のおかげで一人旅という選択肢を取れたら、達成感を得られたり自分に自信を持てたりできて大変豊かな人生経験になるでしょう。どんな状況の人も選択ができる社会は未来の定番にしなければならない、と改めて思いました。

(未来定番研究所 中島)