地元の見る目を変えた47人。
2022.08.29
旅する
滞在型でありながら新しい旅の楽しみ方をしている人たちのインタビューをお届けするこの企画。前篇では、すごい旅人・片岡力也さんに「旅×シゴト」についてお伺いしました。後篇でご登場いただくのは、2週間程度、地域に携わりながら滞在を楽しむ〈微住〉を、地元福井から発信する生活藝人の田中佑典さん。なぜ今、観光でも移住でもなく、地域に暮らすように旅をする人が増えているのでしょうか。田中さんの元を訪れます。
(文:船橋麻貴/写真:森本絢)
田中佑典さん
福井県福井市出身。 職業、生活藝人。アジアにおける台湾の重要性に着目し、2011年から日本と台湾をつなぐカルチャーマガジン〈LIP 離譜〉の発行、台日間での企画やプロデュース、執筆、コーディネーターとして台日系カルチャーを発信。また地元福井の地域づくり/PRにも尽力し、福井式の旅のかたち〈微住®︎〉を提唱し、福井発祥の文化を発信している。中国語の語学教室〈カルチャーゴガク〉主宰。2018年度ロハスデザイン大賞受賞。福井県を徒歩で横断する旅〈微遍路〉で福井県全市町村を完歩。
台湾と日本の架け橋となったことで気づいた、
隙を好きになってもらえる福井の吸引力。
2011年から日本と台湾を行き来し、台日系カルチャーのキーパーソンとして台日間での企画やプロデュースに携わってきた田中佑典さん。自身の生活をネタにして活動を行っていることから、「生活藝人」という肩書きで活躍しています。そんな田中さんが、地域に暮らすように滞在を楽しむ〈微住〉を発信する最初のきっかけとなったのは、2012年ごろ。訪日する台湾の人たちが、都市部や観光地ではなく、地方に旅の価値観を見出していたことに衝撃を受けたことにはじまります。
「インバウンドの黎明期、台湾の人たちは、日本人の僕が『なんで?』って思うような地域に旅をし始めていたんです。そこで彼らから聞く旅の話は、僕が知らない日本の魅力が満載で、これは面白いなって。僕は福井県出身なんですが、いわゆる『観光資源』では隣の石川には叶わないし、地元にコンプレックスのようなものがあったんです。だけど、台湾の人たちが地方に目を向けて楽しんでいる姿を見て、これまでの常識やしがらみをなくしてフラットな状態で地域の魅力を発信できれば、もしかしたら福井にも旅先に加えてもらえる余地があるんじゃないかと思ったんです」
地元の福井にもインバウンド需要の可能性があると考えた田中さんは、行政にアプローチするもなかなか響かず、ヤキモキする日々を送ります。そして、インバウンドが盛んになり始めた2015年、2つの出来事が〈微住〉の発祥を加速させます。1つは、行政から依頼された、台湾での旅行博のプロデュース。そこで福井のPRをして気づいたある種の違和感が、〈微住〉のヒントにつながります。
「コシヒカリの発祥地だとか、国内の幸福度ランキング1位だとか、福井の魅力を台湾の人たちにお伝えしても、期待していたほど響かないんです。ところが、『福井は新幹線も通ってなくて、空港もない。北陸の秘境の地です』なんて言うと、『それどこ? 行ってみたい!』と、大きなリアクションをくれたんです。それで、こちらが自慢したいものだけを一方的にPRするのは、何か違うんじゃないかって。人間もそうですが、モテる地域になるには、隙や余白も知ってもらって、その輪の中に入ってもらい、好きになってもらう必要がある。福井は隙と余白だらけなので、それをきちんと伝え、愛着を持ってもらえる関係性を作ることができれば、台湾の人たちの旅先の候補に入れてもらえると思いました」
そしてもう1つは、福井市の外れ、農村集落が広がる東郷地区の僧侶&庭師で、東郷でまちづくりにも尽力している佐々木教幸さんとの出会い。田中さんの活動を知った佐々木さんが東郷に田中さんを呼び寄せたことが、〈微住〉の発祥を促します。
「福井市の中心部で生まれ育った僕からしたら、古くから伝わるお祭りごとを大切にしたりと、地域の文化や伝統を今も守る東郷は、少し近寄りにくい地域という認識でした。だけど、実際に関わり始めると抜け出せないくらい人も土地も面白くて、いつの間にか帰郷する時は、実家よりも東郷に帰ることの方が増えていて。この気持ちは何なんだろうと考えた結果、実際の故郷ではないのについ帰りたくなるこの地域には、人を惹きつける吸引力があるとわかったんです。
そんなことを考えているとき、インバウンド向けに福井のガイドブック制作をすることになって。海外からの視点で福井を切り取ったほうがより面白いものを作れるんじゃないかと思って、台湾で日本の文化を紹介するカルチャー誌〈秋刀魚〉の編集部に声をかけたんです。福井の暮らしを体験し、それをそのまま誌面にしてもらうため、佐々木さんが住む東郷の民家に〈微住〉してもらうことにしたんです」
特別なことは何もする必要はない。
福井に足りなかったのは、旅人との関係値。
こうして始まったカルチャー誌〈秋刀魚〉編集部たちによる東郷での〈微住〉。滞在した2週間のうち、最も楽しい体験ができたのは1週間目以降だったそう。
「どんな地域でもそうですが、地元の人って最初はやっぱり格好つけるんですよね。地域のいい面、自慢のポイントを見せたくて。だけど、1週間目以降は、さすがにネタが尽き始めて本来の姿が自然と出てきてしまう(笑)。それからは、微住者のみんなも能動的に動き始めるようになったんです。東郷の面白いもの、新しいものを自分たちで見つけようと、地域を巡るようになって」
地元の人が隙を見せ始めると、地域の魅力が明るみになっていく。こうして外からの視点を入れることで、地元の人が「何もない」と揶揄する福井に魅力を見出していきます。
「〈微住〉を通してわかったのは、福井になかったのは『関係性』だったということ。なぜなら、福井には魅力ある人もいるし、おいしいご飯もあるし、素敵な環境も自然もある。ただ、外との接点や深い関係性を作れていなかっただけだったんです。〈微住〉では特別なことは何もしていませんが、今までの旅で当たり前だったゲストとホストの関係性を少しズラして、地域に深く携われるようにしているんですよね。こうすることで、新しい体験ができ、結果的に地域と深くつながれる。通常の旅行ではできない現地とのつながりができるから、〈微住〉先を自分のふるさとのように感じられるのだと思います」
地域をより深掘りするなら、
「ローカルの蜜」を探すことが大事。
2018年、東郷での〈微住〉開催を経て、田中さんは自らも〈微住〉体験をすることに。2カ月に1度、韓国や香港、ホーチミンなどのアジア各地に2週間ほど滞在し、2年かけて〈アジア微住〉していきます。
「ホーチミンでは初日に日本語教師をしている青年に出会いました。日本語を教えているのに来日をしたこともなく、日本語もなかなか下手で(笑)、お願いされて教壇に立ったりしました。この青年の同級生の結婚式にも参列したんですが、現地に行くのにスクーターで3時間もかかったんですよ。村初めての日本人ということで大歓迎されて日本の曲を歌ったりと、現地によそものの僕が入るこむ余白があったから、すんなりと馴染めたんです。結局、滞在したのは2週間ほど。仲良くなってきてこれからってときに別れると、また会いにその土地に帰りたくなる。〈微住〉では、それくらいの滞在期間がちょうどいいような気がしています」
その土地の特徴が凝縮されている「ローカルの蜜」が集まる場所を訪れることが、地域の魅力をより吸収するための秘訣なのだとか。
「〈微住〉をより楽しむなら、隙のある土地の、あえて映えてないところに行くのがおすすめです。例えば、地域密着型の喫茶店やレストラン。こういう場所には、地元のおじいちゃんとか地域のキーパーソンが必ずいて、何か助けてあげようといった感じで、自然と地域とつながれて新しいドラマが生まれることが多いんです」
〈アジア微住〉を経験した田中さんは、〈微住〉のコンセプトをさらに明確にしていきます。そこで掲げたのは、「ゆるさとになる」「タメ作り」「一期三会」3つ。
●ゆるさとになる
また来年も会いに帰りたくなるような、自ら能動的な関係づくりでつくられた第三くらいの故郷。第二じゃ少し押し付けがましいので、第三の故郷くらいの距離感の場所です。何かしらその土地に携わる、地域の一員になってもらいます。
●タメ作り
『◯◯のためになる』という体験を提供することも大事だと思ってます。一方的におもてなしするのではなく、お互いにもてなすという関係性を築いていきます。
●一期三会
一期一会で終わらせず、継続した関係作りを目指します。相互に行き合う関係が理想的だと思います。
この3つのコンセプトとともに、コロナ禍以降、田中さんは国内で〈微住〉プロジェクトを県内の大野市や鯖江市河和田地区、埼玉県熊谷市などで開催。大野市では商店街の空き家を使ってゲストハウスを作ったり、河和田地区では滞在後も現地で使える工芸品を制作したり、熊谷市では食を通して地域の人とコミュニケーションを取ったりと、どの地域でも観光地にない地域の隙や余白を微住者たちが見つけては楽しんだそう。
便利になった世の中だからこそ、
不便さを楽しむ旅のあり方が問われている。
各地でシリーズ化されるほど人気となった〈微住〉ですが、どうして今、私たちには地域に携わりながら滞在を楽しむことが必要なのでしょうか。
「隙や余白がある土地というのは、よその人が入り込め、そこで何かできる余地が残っているということ。それは普通の旅とは違って、とても面倒なことかもしれません。だけど、ものやことがあふれる世の中だからこそ、自発的に地域を楽しめる寛容な場所が今、僕たちには必要なのかもしれません」
コロナ禍に突入し、旅の価値観自体にも変化が起きている昨今。旅が生活の一部だったという田中さん自身にも大きな変化が。
「コロナ禍に入って自分の暮らしを見つめた時、地元の福井に戻ろうと思いました。もっと地域を深く掘りたいと住む場所に選んだのは、〈微住〉発祥の地である東郷でした。
もちろん、旅はこの先も続けていきますが、僕の価値観にアップデートされたのは、遠くに出かけることだけでなく、深く潜っていくことも旅なのではないかということ。〈微住〉もそうですが、その土地に滞在し、そこを深掘りすることが旅の醍醐味になるのではと感じています」
さらに、5年先の未来を見据えた時、時間を持っている人こそが、そうした土地に根付いた旅ができるようになると田中さんは言います。
「今まではお金さえ持っていれば、より早く、より快適な旅ができる世界観でした。しかし、この先は、全く別の旅の価値観を作っていかなければいけないと思っていて。なぜなら、〈微住〉をするにも滞在日数が必要ですし、旅では思いがけない寄り道をすることで新たな発見につながったりするから。便利になった世の中だからこそ、面倒なことが面白くなるし、余計なものが愛おしいものに変わったりする。これからの我々の暮らしの付加価値は、『負荷』価値なのかもしれません。だからこの先は、スタンプラリー的に観光地を訪れる旅ではなく、自分たちで土地の良さや楽しさを発見していく旅が主流になっていくはずです」
※〈微住〉は商標登録されています。(微住®︎)
■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント
・自分達の地域の自慢したいものだけをPRするだけでなく、その地域の余白を作る事が大切。そこに反応する人々もいる。
・旅の楽しみ方として、自分たちで土地の良さや楽しさを発見していく。
【編集後記】
微住の素敵なところは、地域の人も、旅人も、かしこまらず、お互い人として自然体で交流しているような心地よさを感じます。
地域にとって、名所や、景観はもちろん大切な観光資源ですが。微住を経験した方が、地域の人が気づかない、新しい視点で観光資源を発掘、発信するような仕組みは、これからの旅の楽しみ方として広がりそうです。
(未来定番研究所 窪)
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