地元の見る目を変えた47人。
2023.08.24
集う
空き地や駄菓子屋の姿が減り、子どもたちが集う場所が少なくなってきているとも言われている昨今。なかでも駄菓子屋は、上級生と会話したり、買い物の仕方を覚えたりと、自分を成長させてくれる特別な場所だったように思います。そんな駄菓子屋文化が見直されてか、ここ最近はお笑い芸人や歯科医が新たに駄菓子屋をオープンしたりと、全国各地で駄菓子屋がつくられ始めているよう。
そこで今回は、金沢のオカン集団〈ヤッテミヨウ〉がオープンした、〈まほうのだがしやチロル堂 金澤店〉に着目。子どもたちだけが使える「魔法」の秘密や〈ヤッテミヨウ〉結成意図、そして「子どもの集う場所」の必要性とこれからのあり方を、〈ヤッテミヨウ〉の代表・矢口樹梨(やぐち・じゅり)さんと副代表・仁多見明子(にたみ・あきこ)さんに聞きました。
(文:船橋麻貴)
子どもの挑戦心が育つよう、
オカン自らが挑戦をする
2022年7月、石川県金沢市にオープンした〈まほうのだがしやチロル堂 金澤店〉は、奈良県生駒市の本店が全国で初めて認めた2号店。一般的な駄菓子屋と違うのは、子どもたちだけが「魔法」を使えること。18歳以下の子どものみが1日1回100円でカプセル自動販売機を回せます。カプセルに入っているのは、1枚100円として店内で使える独自の通貨「チロル札」。通常価格500円のこどもカレーなども、このチロル札1枚で食べることができます。それが1〜3枚入っているので、運が良ければ最大300円分の駄菓子の購入や、カレーを3杯食べることもできてしまう魔法の仕組みです。
そんな〈まほうのだがしやチロル堂 金澤店〉を運営するのは、2021年8月にオカン5人で結成された集団〈ヤッテミヨウ〉。ママ友から派生して知り合った石川や富山のオカンたちが、「子どもたちの挑戦する心を育てたい」と意気投合。何事も失敗を恐れずに「やってみよう!」の精神で、地域と向き合うような活動をスタートします。
「私自身、いろいろな大人たちに囲まれて育ったこともあって、子どもは地域のなかで育つ方がさまざまな価値観に触れられ、生きる上での選択肢を広げられると思っていたんです。しかし、核家族化はどんどん進んでいくし、コロナ禍まで訪れてしまい、子どもも大人も地域との関わりを持つ機会が減ってしまった。だから地域と人が繋がれるようなイベントを開催したかったし、何より私たちオカンが挑戦する姿を子どもたちに見せたかったんです」(矢口さん)
同年のハロウィンに5人で初めて開催したのが、「仮装deビーチクリーン」。その名の通り、オカンたちはもちろん、親子連れなどの参加者たちが吸血鬼や映画のキャラクターに仮装して、地元の海岸のゴミ拾いを行いました。
「私が育った温泉街では、仮装して地域のお店などを巡る街ぐるみのイベントがあったんです。それもコロナで中止になっていたので、どうにか子どもたちの思い出に残るイベントをやりたかった。なぜオカンたちまで仮装するの?と問われれば、自分たちが最高に楽しみたいから。いいイベントにするなら、まずは私たちが面白がることが大事だと思うんです」(矢口さん)
本店に断られても、
やってみよう精神で突き進む
こうして地域とそこで暮らす人たちの距離を縮める活動を始めた〈ヤッテミヨウ〉。その活動の延長となる〈まほうのだがしやチロル堂 金澤店〉のオープンを目指し始めたのは、2021年8月に創業した本店の誕生前。SNSでチロル堂(本店)の存在を知り、「魔法」の仕組みに感銘を受けたことがきっかけとなります。
「チロル堂の『魔法』は、大人が飲食した代金の一部を寄付することで成り立っています。かたちとしてはこども食堂に近いですが、それを前面に出してしまうと、たとえ子どもであっても情けない思いを抱いたり、プライドが傷ついたりしてしまう子もいます。チロル堂は貧困家庭や孤食の子どもたちが利用できる場所でもあるけど、実際は老若男女、誰もが集える地域に開けた場所です。このように目的を少しずらすことで、とくに訪れてほしいお腹をすかせた地域の子どもたちにも届けられる。この斬新な仕組みに心を動かされました」(仁多見さん)
矢口さんと仁多見さんらメンバーたちは、「やりたい!」と思い立つと本店のオーナーに直談判。現地まで行って思いを伝えるも、答えは「かたちが整うまで待って」と前向きなノー。その段階ではNGだったものの、その熱い思いはどんどん加速していきます。
「金沢に帰ってきてから、『私たちもチロル堂みたいなお店をやりたいんだ』って、いろいろなところで言ってました。そうしたら、金沢市大野にある町家を紹介してもらって、物件を借りる目処が立ったんですよ。それを足掛かりにまた本店に再度アプローチしに行ったら、なかば力技でOKをもらえました。それが金澤店オープンの3ヶ月前です」(矢口さん)
「やってみよう!」という精神が功を奏してか、はたまたメンバーの情熱が伝わってか、本店からオープンの許可を得た〈ヤッテミヨウ〉のメンバーたち。3ヶ月という短い準備期間を経て、いよいよ2022年7月に〈まほうのだがしやチロル堂 金澤店〉をオープンします。
居場所がない、生きづらい。
そんな子どもたちも集う場所に
〈まほうのだがしやチロル堂 金澤店〉がオープンしたのは、地域と人のつながりが根づいている古い港町、金沢市大野。この町に縁もゆかりもなかった5人ですが、お店を構えるうちにたくさんの魅力に気づき始めます。
「古い歴史や文化を大事にしていて、とても素敵だなと感じました。そんな町だからか、学校でも上級生と下級生のつながりが強くて、小学生や中学生、高校生の垣根を超えてみんな仲良し。本当に素直ないい子ばかりで、こんな町、他に見たことがありませんでした」(矢口さん)
一方で、地域と人のつながりがすでにあり、子どもの見守りができている町だから、チロル堂のような新たな子どもたちの溜まり場は必要ではないといった意見も。
「そういう声もいただきましたが、お店をオープンして1ヶ月くらい経った頃、地域の子どもたちが来てくれるようになって、町の問題点や課題点が見え始めたんです。その中には学校教育や社会からはみ出ちゃうような子もいて、次第に親や学校の先生に話せないことを私たちに自然と話してくれるようになったんです。その子たちとの会話から、自分の居場所がなかったり、生きづらさを抱えていたりすることがわかりました。人と人の距離が近い町だからこそ、地域の人が子どもたちの問題や課題に気づきにくくなることもあると。今、金澤店はそういう子どもたちと出会い、向き合える場所になっているので、この町でやってよかったなぁと強く感じています」(仁多見さん)
学校教育や社会からはみ出た子どもたちが心を開いたのは、〈ヤッテミヨウ〉メンバーたちが同じ目線でいたから。
「問題を抱えている子に限らず、お店に来てくれる子どもとは大人と同等に接します。私もかつてはそうでしたが、頭ごなしに大人からいろいろと言われると嫌だったじゃないですか。だから同じ目線で話すし、自分たちの子どもと混ぜこぜにして一緒に遊んだりします。でもまぁ、自分たちの中身がまだ子どもということもあるかもしれないですけどね(笑)」(矢口さん)
オープンから1年余り。
町と人に起きた変化とは?
子どもたちが楽しく集まる場となり、お店のオープンから1年余り経った今、地域の大人たちにも小さな変化が訪れていると言います。
「最初の頃は地域の大人たちはそこまで訪れていませんでしたし、ただ安いお店というイメージを持たれていたと思います。だけど、子どもたちが集うようになるにつれて、大人が飲食することでそのお金が循環し、子どもたちが笑顔になる『魔法』の仕組みに気づき始めてくれました。こうして大人たちがお店にたくさん集ってくれると、子どもたちにも良い影響があって。いろいろな価値観に触れるきっかけになっている気がします。『こんな考え方していいんだ』『こんな面白い大人になってもいいんだ』という風に。金澤店に来れば生きることが楽しくなる。自由と希望を子どもたちに渡していけたらいいなと思っています」(仁多見さん)
そして、子どもたちにも嬉しい変化が起こったそう。
「問題を抱えている子の表情が豊かになったんです。それから、学校のこと、家庭のこと、自分のこと、いろいろな話をしてくれるようになって、最近ではお店のお手伝いまでしてくれるんですよ。この間、お手紙をもらって、そこには『金澤店ができて嬉しい』『ヤッテミヨウのメンバーみんな大好き』ということが書かれていて……。もちろんまだまだ地域や子どもたちの課題はたくさんありますが、これをもらえただけでもこの1年は無駄じゃなかったんだなぁって」(矢口さん)
子どもたちが失敗を恐れないよう、
面白がりながら挑戦を続けていく
地域を巻き込んだイベントを開いたりと、今や子どもも大人も笑顔にする楽しい場所になっている〈まほうのだがしやチロル堂 金澤店〉。どんなことも前向きに、そして自らが面白がりながらパワフルに押し進める〈ヤッテミヨウ〉が手がけているから、こんなにも地域の人たちが集ってきているのかもしれません。自らが見本となって挑戦する姿を子どもたちに見せ続けていますが、「失敗は怖くないですか?」という問いにはこんな風に答えてくれます。
「実は私たち、飲食や経営の経験が乏しく、この1年間無報酬でやってきてしまいました。そこはこの先の課題として真剣に考えていかなければなりませんが、この現状を『それも面白いよね』『ネタだよね』って言い合っているんです。なぜなら、例え私たちが失敗したとしても楽しそうにしていれば、子どもたちは失敗=悪いこととは捉えなくなると思うからです。上手にやることだけがすべてではないし、挑戦には失敗はつきものじゃないですか。だから、むしろ失敗する姿を見せていきたいんです」(仁多見さん)
駄菓子屋や空き地などが減り、一昔前と比べて子どもたちの溜まり場が少なくなってきている中、〈まほうのだがしやチロル堂 金澤店〉という新たな舞台で、失敗を恐れずに挑戦を続ける〈ヤッテミヨウ〉のメンバーたち。そんなみなさんが考える、これからの子どもの溜まり場のあり方とは?
「やはり、多様な価値観を持つ大人と出会える場所であることですね。そういう場所があれば、子どもたちが迷った時にさまざまに思考を巡らせることができると思うんです。そのためにも私たちがロールモデルとなれるよう、面白がりながら挑戦を続けていきたいですね」(仁多見さん)
「同じ気持ちです。これからの子どもの溜まり場は、地域で子どもを見守って育てていた、かつての日本の古き良き文化を取り入れ、大人と関われるような場所であってほしいですね。そんな場所を楽しめるような、面白い大人が増えたらいいなと思っています」(矢口さん)
〈まほうのだかしやチロル堂 金澤店〉
【編集後記】
幼少期の頃に育つ環境が人格形成に大きな影響を与えるという話は、これまでも聞いたことがあります。もちろんチロル堂の「魔法」の仕組みやそのチロル堂がどんどんと広がっていくことも素晴らしいですが、何よりも〈ヤッテミヨウ〉の皆さんの「失敗は悪いことじゃない。何事も楽しもう」とする考え方や取り組みが子どもたちに伝わっていくことが地域にとって素晴らしいことだと思いました。
また、地域で子どもを見守って育てる。かつては当たり前だったことの重要性が、改めて認識されていくきっかけとなるような活動であると感じました。
(未来定番研究所 榎)
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