2023.09.27

勝ち負けの今

スーパー戦隊と仮面ライダーの作り手が考える、勝ち負けの今とこれから。

順位付けが廃止されたり、「逃げる」という選択肢も肯定されるようになったりと、最近は「勝ち負け」だけにこだわらない価値観も多く見られます。9月のF.I.N.では、こうした社会について教育やスポーツ、エンタメなどさまざまな角度から考えます。

 

長年、子どもたちに悪と戦うヒーローの姿を届けてきた、テレビ朝日の日曜朝の番組枠「ニチアサ」。競うことや勝負観が変化しつつある時代において、子どもたちが触れる特撮ヒーローの作り手は、どのようなことを意識して戦いを描いているのか。

 

現在放送中のスーパー戦隊シリーズ『王様戦隊キングオージャー』の大森敬仁プロデューサー、9月からはじまった令和仮面ライダーシリーズ『仮面ライダーガッチャード』の湊陽祐プロデューサーの2人に話を聞きました。

 

(文:花沢亜衣/写真:土田凌)

Profile

大森敬仁さん

テレビドラマプロデューサー

1980年愛媛県生まれ。カリフォルニア州立大学ロングビーチ校で映画制作を専攻。2003年に東映へ入社。アシスタントプロデューサーとして主に仮面ライダーシリーズとスーパー戦隊シリーズに関わり、『獣電戦隊キョウリュウジャー』(2013年)、『仮面ライダードライブ』(2014年)で、それぞれのシリーズにおいて初のチーフプロデューサーを務め、以降数々の番組を手掛ける。

Profile

湊陽祐さん

テレビドラマプロデューサー

1988年群馬県生まれ。アニメ制作会社を経て、2019年に中途採用で東映に入社。アシスタントプロデューサーとして『仮面ライダーゼロワン』(2019年)、『仮面ライダーセイバー』(2020年)、『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』(2022年)に関わり、2023年9月放送開始の『仮面ライダーガッチャード』で初のチーフプロデューサーを務める。

孤独な仮面ライダー、チームで戦うスーパー戦隊

写真左:「王様戦隊キングオージャー」の大森敬仁プロデューサー/写真右:新番組「仮面ライダーガッチャード」の湊陽祐プロデューサー

F.I.N.編集部

お二人がスーパー戦隊、仮面ライダーの制作に携わるようになった経緯を教えてください。

大森さん

はじめて仮面ライダーのアシスタントプロデューサーを任された2004年に長男が生まれて、そこから息子の成長とともに特撮ヒーローの制作に携わっています。スーパー戦隊シリーズと仮面ライダーシリーズの制作を行き来しながら、今は『王様戦隊キングオージャー』を担当しています。

湊さん

僕が最初に関わった番組は、大森さんが2019年にプロデューサーを務めた『仮面ライダーゼロワン』です。その後、3作品ぐらい担当して、はじめてプロデューサーとして関わるのが9月にスタートした『仮面ライダーガッチャード』です。

写真左:王様戦隊キングオージャー/写真右:仮面ライダーガッチャード

F.I.N.編集部

改めてスーパー戦隊と仮面ライダーのコンセプトをご説明いただいてもいいでしょうか?

湊さん

仮面ライダーは、石ノ森章太郎先生の原作がベースにあり、スーパー戦隊に比べると生き死にや人間ドラマが濃いのが特徴と言えます。闇というか、悲しさというか……。もともと石ノ森先生の原作の要素を拾い上げて、現代版にアレンジして作っています。

大森さん

仮面ライダーが孤独であるのに対して、スーパー戦隊は仲間と協力して戦うというところが大きな違いだと思います。個々に能力を持った戦士がチームになり、お互いを補い合う、支え合う、勇気づけ合う、団結し合うというのが大まかなストーリーです。

勝敗だけじゃない、戦う背景も描く

F.I.N.編集部

特撮ヒーローの番組において「勝ち負け」を決めるバトルシーンはハイライトだと思うのですが、バトルシーンを描く上で意識していることはありますか?

湊さん

勝ち負けの結果よりも、どうやって戦うのか、勝てた原因は何なのかということがわかるよう意識して作っています。同時に、なぜこの人は戦うのか、何を守ろうとしているのかという、戦う理由も重要ですね。

大森さん

スーパー戦隊シリーズは、ユニークな怪人が出ることが多いのですが、その怪人がどう人々を困らせるのかというところがカギになります。その怪人というのは、生活の中で人々が経験する障害だったり、壁だったり、天災のメタファーでもあるんです。それら世の中の問題を     チームで解決していくので、仮面ライダーよりもバトルシーンを豪快かつ爽快に描くことができます。

F.I.N.編集部

子どもが見る番組ということで、バトルシーンの表現で意識していることはありますか?

大森さん

どちらも視聴者の大半が未就学のお子さんなので、手放しで暴力を肯定はできません。その上で、バトルシーンを展開していくことになるので、主人公たちがどう考え、行動するかというところを、敵を討つまでの間にきちんと描く必要があると思っています。バトルシーンも、物語の中で積み上げてきた人間関係が見えるように描くことが多いです。

 

それこそ、湊と作った『仮面ライダーゼロワン』(2019)のときはバトルのあり方をかなり考えていました。バトルが最終的なカタストロフィーにならないというようなことも試したりして。それなりにドラマとしては面白かったなと思いつつ、やはりヒーロー番組としては、敵を倒すことでしか伝えられないこともあると感じ、バトルは重要な要素だと改めて感じた番組でしたね。

F.I.N.編集部

そうなると敵の描き方も重要になるかと思いますが、その辺りはどういう風に考えているのでしょうか?

湊さん

今回、『仮面ライダーガッチャード』(2023)をつくる時、すごく考えたところでもあります。そして行き着いたのが、ケミーという人工生命体のモンスターです。暴れて、人を傷つけることもあるけど、動物の本能で動いているだけで悪意はない。でも、悪い人に使われることで敵になってしまう。それを仮面ライダーの能力により悪い人とモンスターを切り離して仲間にしていくという設定です。

 

つまり、「敵を倒す」ではなくて、「仲間を集める」ためのバトルなんです。悪者はいるけど、その悪者を懲らしめることが重要ではなく、いろんなことがあって悪い状況に置かれている仲間(=モンスター)を助けてあげるためのバトルにすることで、描き方を変えているんです。

大森さん

そもそも初代仮面ライダーは、悪の秘密結社・ショッカーによって改造人間にされた主人公が変身することで誕生するんです。つまり、「ヒーローの生みの親は敵」であり、今も「敵の中から生まれてくるヒーロー」というコンセプトがあります。だから、出自の前提として、敵を描く必要が出てくる。敵側の理由を描くほどに倒しづらくなってしまうジレンマもありますね。

お互いの意見を理解し合いながら解決に向かうという方向を探っていて、最近は「話し合おう」みたいな展開もありますよ(笑)。

時代に合わせて変化するヒーロー像

F.I.N.編集部

単純に「敵だから倒す」のではなく、相手の背景も理解して「解決策を探る」という表現は、今っぽいですよね。

大森さん

それこそ震災やコロナで、「ヒーローのあり方」は変わったんじゃないでしょうか。どうしようもない状況の変化や時代の閉塞感みたいなものが影響しているとは思います。あとは、人間の多様性が認められていくような時代の流れも関係しているでしょうね。

湊さん

僕個人としては、大森さんが関わっていた『仮面ライダー電王』(2007)がターニングポイントにあったんじゃないかと思っていて。「電王」は仮面ライダーと怪人が仲間という設定でした。人間同士じゃなくても心と心で向き合うことはできるんだ、背景が違う存在同士が分かり合うことはできるんだ、と見ていて思ったんです。「電王」以降、仮面ライダーシリーズの自由度が広がったなと見ていました。

大森さん

でも、スーパー戦隊も仮面ライダーもシリーズごとに何か変えようとしている空気はあるよね。常に前作との戦いというか。『仮面ライダーガッチャード』(2023)ではどうでした?

湊さん

そうですね。今回、『仮面ライダーガッチャード』(2023)で意識したのは、子どもたちと同じ目線の主人公が最高に楽しそうで、一緒に楽しめる番組にしたいということ。一つ前の『仮面ライダーギーツ』(2022)が少し大人っぽい設定で、同時期に放送している『王様戦隊キングオージャー』(2023)は王様で、子どもから見ると憧れの対象になるようなヒーローなので。差別化する意味でも明るい主人公にしてみました。僕自身が小学生時代に見ていたアニメや特撮にも影響を受けています。

前向きな気持ちになれるように勝って終わる

F.I.N.編集部

番組を作る時に、最近、特によく挙がる議論や意見というのはありますか?

湊さん

子どもたちが、どういうヒーローが見たいかというのは常に考えているし、制作メンバー内でも話をします。最近でいうと『仮面ライダーセイバー』(2020)は、制作途中にコロナ禍に突入してしまって……。息の詰まるようなコロナ禍が続くなかで、自然と現場から「明るく楽しい前向きな番組が見たいよね」「剣士たちが争い合う姿は見たくないよね」というような意見が出て、10人の剣士が並び立つという展開になっていきました。

大森さん

僕は最近、30分の番組を見終わった時に前向きになってもらうことが大事だと考え、1話を「勝って終わろう」という話をしています。今は短時間で楽しめるコンテンツが多く、放送時間の22〜23分でさえ長く感じると思うので。コンパクトに勝たないと次を見てくれないですし、負けて終わると、その後1週間どんよりした気分になってしまう。どうしたって現実の方が容赦ない時代なので、勝って終わって前向きな気持ちになってもらいたいですね。

湊さん

それもまた時代性なのかもしれないですね。最近、子どもの頃に好きだったアニメや特撮を見直したんですけど、昔のヒーローって結構暗い話が多いんですよね。最終回の手前で主人公たち全員が敵の技に飲み込まれて悪夢を見せられたりして。でも、僕はそれを楽しみながら見ていた思い出があるんです。子どもたちに前向きな気持ちになってほしいけど、しっかりと人間ドラマも見せたい。そのさじ加減は大切にしたいですね。

負けても、また立ち上がれる。負けることも必要

F.I.N.編集部

バトルシーンでは暴力も描かれますが、そのあたりの表現で気をつけていることはありますか?

大森さん

そうですね。特撮ヒーローが敵を倒す行為は、端的に言うと暴力なんですよね。その時代錯誤感をどういう風に表現するか……というところは、最近よく考えています。

スーパー戦隊も仮面ライダーも必ず変身のシーンがありますが、そのタイミングが結構重要だと思っていて。敵の怪人が現れて、悪事を働いて、そこから変身する。ヒーローは変身してはじめて戦えます。変身というのは超常現象ですし、戦うことにはリスクや責任も伴う。変身という儀式を通して戦いを決意しているんです。

湊さん

『仮面ライダーガッチャード』(2023)では、『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』(2022)でご一緒させていただいた福沢博文さんがアクション監督を担当しているのですが、ヒーローごとに何が得意で、何が苦手かというのをすごく確認されていて。殴ったり、蹴ったり、相手を痛めつけるということにはちゃんとリスクがあるということをアクションの中で表現するんです。

 

スーパーパワーを持っているけど、スーパーパワーだからこそ起こりうるリスクをアクションに入れてくれるんです。単純に、ただ強くなりゃいいってもんじゃないんだよっていうことをアクションでも表現しています。

F.I.N.編集部

制作現場や普段の生活で、勝負観が変わってきているなと感じることはありますか?

大森さん

僕らは毎週戦って、勝ったり負けたりする番組を作っているので、戦うことや勝敗をつけること自体がダメだとは感じていないですね。日常生活のなかでも、負けたり、失敗したりすることで得られる経験もあると思っていて。

 

そういう意味では、1度負けても立ち上がる姿は、しっかり描いていきたいですね。まあ、勝ち負けっていう考え方自体も、他人と比べるかどうかの違いだけかもしれないですけど。

湊さん

たしかにそうですよね。何人か仮面ライダーがいるような時も、多様な個性をしっかり描くことで、子どもたちがヒーローごっこをやる時に個々の個性を投影でき、尊重することにつながっていくと思っています。

 

これができるから勝っている、負けているという話ではなくて、それぞれに違いはあって当然なはずなので。競わなくなる、勝ち負けがなくなるというよりは、多様性を受け入れる社会になってきたのかなとは感じます。

立ち上がるヒーローがくれる「明日もがんばろう」

F.I.N.編集部

最後に5年先に向けて、これからどんな番組を作っていきたいというビジョンはありますか?

湊さん

今はアメコミのヒーローもいるなかで、日本産のヒーローが生き残っていくためには、毎年少しずつでも枠を広げていかないといけないと感じています。今までの枠を壊す。そうするとその次の人が次はこっちを壊してみようとか、もっと大きく壊してみようとできるようになる。前作と同じことをやらないということが、先につなげるためには必要なのかなと思います。

大森さん

未来はわからないけど、どうなったとしても、毎週戦うヒーローを見てもらうことで、「月曜日からまた学校や仕事をがんばろう」と思ってもらえるようなものを作っていくというのは変わらないんじゃないかな。僕たちは大前提として人間の力を信じているんですよね。立ち上がろうとする人を描くというのはこれからも変わらないと思います。

 

いろいろお話しましたが、ヒーローを企画する時は、いつもこいつがどう活躍したら楽しいんだろうということを一番に考えています。勝っても負けても、理不尽な敵だったとしても。何度も立ち上がって、前を向くのがヒーローなんです。戦うヒーローの姿を見て、「明日もがんばろう」と思ってもらえればうれしいです。

©テレビ朝日・東映AG・東映

王様戦隊キングオージャー(2023年)

特撮ドラマ「スーパー戦隊シリーズ」の47作目。5人の王が戦士となって、昆虫ロボと共に平和を脅かす敵と戦う物語。

テレビ朝日系列で毎週日曜9時30分〜放送中。

©2023 石森プロ・テレビ朝日・ADK EM・東映

仮面ライダーガッチャード(2023年)

新ライダーはカードを操る錬金術師。101枚のカードでフォームチェンジしながら、人工生命体(モンスター)ケミーをめぐるバトルを繰り広げていきます。

テレビ朝日系列で毎週日曜9時〜放送中。

【編集後記】

何事も勝つことが正義、という考え方が変わってきているのではないか?という編集部の問いから生まれた、今月のテーマ。今回大森さんと湊さんのお話しを伺って感じたのは、「社会における”勝利”の解釈が多様になっている」ということでした。

かつては勝利を得るためなら当事者の心情はさておいて時間も労力も費やすべき、といった、客観的な”勝利”という結果を得ることを重視する傾向にあったように感じます。それが現代においてはニチアサのヒーローたちのように、環境の公正性を保ち当事者の信念を真っ当できることをいわゆる”勝利”とみなす流れも出てきています。

これからのヒーロー像は「何かに勝つ/負ける」という相対的なものから、「自身の正義を持ち、貫けるかどうか」という絶対性を持つ存在になるのかもしれない、と楽しみになり、日曜日の朝の過ごし方を見直すことを検討しています。

(未来定番研究所 中島)