もくじ

2023.08.02

地元の見る目を変えた47人。

第16回| インクルーシブが当たり前の社会に向けて、すべての子どもたちに開かれた遊び場を。〈ヴォーチェ〉代表・佐藤奈々子さん。

「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。

 

第16回にご登場いただくのは、山形県山形市で重度の障がいがある子どもたちや、大人のためのデイサービスを運営する〈ヴォーチェ〉代表の佐藤奈々子さん。2022年に山形市に誕生した新しい児童遊戯施設〈シェルターインクルーシブプレイス コパル〉の運営にも参画しています。「インクルーシブ」とは、日本語で「包括的」という意味。コパルは、年齢や性別、国籍、障がいの有無に関係なく、すべての子どもたちが遊べる施設として開設されました。佐藤さんが福祉の道に進むことを決めたきっかけや、コパルで遊ぶ子どもたちが今後つくっていく未来についてお話しを伺います。

 

(文:宮原沙紀)

Profile

佐藤奈々子さん(さとう・ななこ)

山形県山形市生まれ。地元の歯科医院で歯科衛生士として働き、30 歳で退職。デイサービスで介護職員として働いた後独立し、合同会社〈ヴォーチェ〉を設立。脳卒中などの後遺症で体に麻痺が残ってしまった若い世代の人を対象としたデイサービス「ことばのデイルーム 奏」を創設。2015年には身体に障がいがある子どもたちのためのデイサービス「まなびのへやバンビーナ」をオープン。現在山形市内にある4つのデイサービスを運営している。2022年には山形市に〈シェルターインクルーシブプレイス コパル〉が開設し、運営事業者として参画している。

山形市の温かいコミュニティで育った幼少期

2020年4月に山形市に誕生した〈シェルターインクルーシブプレイス コパル〉は、屋内、屋外に遊具を設置した児童遊戯施設。この施設の最大の特徴は、インクルーシブであること。すべての子どもが生きる喜びを共有できるような施設を、地域全体でつくることを目的につくられた公園です。

この施設の運営企業として参画している〈ヴォーチェ〉代表の佐藤奈々子さんは、山形市で福祉施設をいくつも立ち上げ、障がいがある子どもたちとも長年接してきました。福祉の道に進もうと決めたきっかけはなんだったのでしょうか。

 

「私が3歳の時に、母は27歳という年齢で亡くなりました。父と祖母が子育てをしてくれましたが、子どもなりに寂しい思いや大変な思いもありました。しかしなぜ私がこんなに元気に明るく育ったのかと考えると、地域に育てていただいたからだと思います。近所のおじちゃんおばちゃんの家で一緒にご飯を食べたり、遊んだり、時には叱ってくれることもありました。学校の先生もすごく寄り添ってくれました。もちろん家族にもすごく感謝していますが、親だけではない地域のたくさんの方々に愛情を持って育ててもらったという感謝の気持ちがあります」

 

その後、佐藤さんは20歳の時に歯科衛生士の資格を取り、地元の歯科医院で10年勤務しました。地域の方々との触れ合いが好きな佐藤さんは、毎日楽しく仕事をしていたと言います。

 

「私が27歳になる頃、胸がざわつくようになりました。亡くなった母の年齢が27歳だったのです。そして今までの自分を振り返る時間を持ち、これからやりたいことを改めて見直す時間をつくったんです。私は本当に多くの人のおかげでここまで生きてこられた。多くの人に助けてもらった分、今度は私が誰かの力になりたいと強く思うようになりました」

 

その時から福祉の道を進む夢が具体的になり始めました。働きながらケアマネジャーの資格を取り、30歳で転職。「まずは介護の現場を知りたい」と、介護のデイサービスで働き始めました。

デイサービスに勤務することで

見えてきた課題

佐藤さんが働き始めたのは、リハビリに力を入れているデイサービス。そこには、脳梗塞等で半身麻痺になった方も利用されていました。中には40歳から50歳という比較的若い利用者もおり、寂しそうな表情をしていることが気になったと言います。

 

「40代、50代の方が70代、80代の方と一緒に過ごすことや、同じプログラムを提供することに違和感を感じました。そこで、若い利用者を集め、お昼休みの時間を使い、言葉のトレーニングやリハビリのプログラムを実施しました。すると無表情だった利用者に笑顔が生まれ、成果も出始めたのです。これだ!思い、昼休み以外にも時間を取れないか相談しましたが良い返事はもらえませんでした。そこで浮かんだのが起業です。ヴォーチェの誕生です。

佐藤さんがはじめた失語症のトレーニングの様子

通所介護事業所〈ことばのデイルーム 奏〉を開設し、スタッフ3名でスタート。その当時山形県には脳梗塞等の後遺症がある若い方向けのデイサービスがなかったため、オープンしてまもなく満員に。3年ほど佐藤さんの自宅マンションで営業していましたが、よりよい環境にするために2階建ての社屋を建設しました。

 

「1階ではこれまで通りのデイサービスを。そして、2階では言葉のトレーニングを必要とする子どものためのデイサービスを開設しようと準備をしていました。認可を取る前に、社会福祉協議会に挨拶に行ったら『身体障がいがある子どもはみてもらえますか?』と聞かれたんです。よくよく話を聞いてみると、山形県には身体障がいがある子どもたちのための施設がないと言います。そこで、認可をとる1ヶ月前に身体障がいの子どもを受け入れるデイサービスにすると方針を変更しました」

 

その施設も2ヶ月で満員になり、2015年には30人定員の新しい場所をオープン。さらに重度の障がいがある子どもや、医療的ケアが必要な子どもなど、リスクが高い子どもたちも通えるような施設にするために、佐藤さんたちは医療の知識も学び、受け入れられる体制をつくりました。

公園で遊べない子どもたちがいるという現実を知る

多くの子どもたちが通うようになり、賑やかになった〈まなびのへや バンビーナ〉。

 

「ここは子どもを預かるだけではなくて、その子たちの成長を応援できる場でありたいと思っています。障がい児は経験不足の子が多いので、とにかくいろんな経験をさせたい。そのため、いろんなところに連れていきます」

 

ある日遊びに行った公園で、佐藤さんは驚くような現実を目の当たりにしました。

 

「ブランコ、滑り台、鉄棒など、体に麻痺がある子や車椅子の子はまったく遊べない。公園は健常児のためにできていることを痛感しました。唯一、山の形をしたトランポリン遊具「ふわふわドーム」があったので、これだったら子どもを寝かせて、私たちが隣で振動を送れば遊べると思いつき、子どもを車椅子からおろしてふわふわドームに乗って遊んでいたんです。そうしたら『大人は降りてください』と注意を受けました。『この子達は私たちがいないと自力でここまで上がれないので、なんとか許可してもらえないか』と頼んだのですが、決まりだからということで結局遊ぶことができませんでした」

 

この経験から、世界の公園事情を調べた佐藤さん。

 

「アメリカや北欧では、当たり前のように障がいがある子もない子も楽しめる公園のつくりになっています。わんぱくな子が遊ぶ遊具もあれば、車椅子の子でも遊べる遊具もある。こういう公園を私たちがつくっていかなければと漠然と考えていました」

 

誰もが遊べる公園の必要性について考えていた時に、ちょうど良いタイミングでチャンスが訪れました。

 

「山形市から、山形市の南部に公園をつくるという構想が出されました。これはチャンスだと思って、市議会議員の方に話を聞いてもらったんです。世界では障害のある子もない子も楽しめる公園、インクルーシブパークは当たり前だという事例を、資料を見せて話しました。その後、公園をつくる要求水準に『障がいがある子もない子も遊べる』という記述が記載されたんです」

 

地元に念願のインクルーシブパークができることを喜んでいた佐藤さん。公園の設立にあたり、山形市が設計、施工、運営、維持管理を担うチームを募集しました。施工を担当した会社の方から、佐藤さんにも協力してほしいという打診を受けたといいます。

 

「もちろん協力しますとお返事しました。そして打ち合わせに行ったら運営企業として参画してほしいと言われて。私は障がい児のケアはずっとやってきたけれど、健常児も含むこれだけ大きな施設の運営ができるかと不安はありましたが、楽しそうだなと「誰もが生きる喜びを共有できる社会をつくる」というヴォーチェのビジョンを叶えるチャンスだと思いチーム参画を決めました」

チームみんなの思いを一つにする難しさ、

インクルーシブの考え方がチームを救う

どんな公園にするのか会議を重ねましたが、チーム内での意見をまとめるのも最初は苦労したと佐藤さんは話してくれました。

プロジェクトの参画メンバー

「設計チームには設計チームの大切にしたいこと、施工チームには施工チームの、運営チームには運営チーム大切にしたいことがある。運営は私の会社だけではなく〈アプルス〉というスポーツクラブを運営している企業にも入っていただいていました。アプルさんは子どもたちの挑戦する力を育てたいので、施設にはチャレンジしたくなるような要素を入れたい。でもそれでは重度の障がいがある子は遊べない。このようにそれぞれが大切にしているものがたくさんあり、最初のうちは意見のぶつかり合いが多くみられました。設計が提案してくれたデザインに『見た目は素敵だけど、子ども達が使いにくいのでは』との意見を出したり、私も『奈々子さんが言っていることはわかるけど、安心安全ばかりだと病院みたいになっちゃうよ』と言われたこともあります。そんな時私たちを救ったのが『インクルーシブ』という考え方。『お互いの違いを認め合う。お互いの大切にしたいことに関心をもって理解し合う』。施設で実現したいコンセプトを、まず私たちがこの場でやらなければいけないんじゃないかと気づいたんです。そこで、まずみんなが大切にしたいことを認めることから始めました」

 

そこで佐藤さんたちは、それぞれの企業の見学を提案しました。

 

「設計チームやアプルスさんが私たちの施設に来所され、障がいがある子どもたちが普段どのように過ごしているのかを見ていただきました。私たちもアプルスさんに伺って、スポーツの楽しさを子どもたちと一緒に体感し、設計事務所にも見学に行かせてもらいました。お互いが大切にしていることを知り、理解し合い、そこから一気にチームが一つになったという感覚があります」

 

他にも地域の声を拾って形にすることを大切に考え、教育関係などの有識者、行政や地域の方々にも参加していただきワークショップ「創造会議」を開催。実際に利用する子どもを育てる親御さんの声をかたちにする会議「こども夢会議」も開き、どんな公園が必要なのか意見を聞きながら、準備を進めました。

「創造会議」の様子。設計段階からさまざまな人を巻き込みながら開催。左から5番目が佐藤さん

すべての子どもの

「生きる力」を育てる場所

そうして3年の月日を経て、2022年4月にコパルが誕生しました。コパルには「子どもたちの生きる力を育てる」、「インクルーシブな場をつくる」、「地域共生」という3つのコンセプトがあります。この空間にあるもの全部が、3つのコンセプトをすべて満たしてつくられています。

 

施設の中の遊戯場に設置されたのは、幅広い滑り台。その上に行く為にはたくさんの選択肢が用意されています。岩につたうロープを登っても行けるし、階段もある、手すりつきの階段もある、車椅子で移動する子はスロープを使う。その子の能力に合わせた移動手段を使い、てっぺんで会おうというコンセプトです。

 

「私たちは注意書きの張り紙をしません。自分で考え、判断し、表現することが子どもたちの生きる力を育てます。車椅子の子や、障がいがある子が近くに来るとそれまでネット遊具で飛び跳ねて遊んでいた子どもがちょっと緩めてあげたり、車椅子の子が滑り台をしている時にみんなで応援してくれたり。よちよち歩きの赤ちゃんが来たら走るスピードを緩めるといった光景がよく見られます」

コパルの滑り台

地域の人が集まるイベントも定期的に開催しており、夜のイベントも企画しました。

 

「紫外線に当たることができない難病を持っている子どももいます。その子は昼間外に出られないので、ファンタジックナイトという夜のイベントを開催しました。真っ暗な施設内でプロジェクターを使って壁や天井に映像を映し出し、とても幻想的な雰囲気を創り上げました。普段コパルは子どもしか利用できないので、夜のイベントでは大人も招待しました。地域の方たちもみんなが集える場所にしていきたいので、このようなイベントはこれからも企画していきたいです」

ファンタジックナイトの様子

地域共生のコンセプトのもと、地域の方もスタッフとして一緒にコパルを盛り上げてくれています。

 

「平均年齢70歳の地域のおじいちゃんおばあちゃんたちが、ボランティアをしてくれています。子ども達に紙芝居や絵本を読んでくれたり、イベントのお手伝いをしてくれたり、一緒に遊んだり。おもちゃ病院を開設して、おもちゃドクターとして壊れたおもちゃを直してくれる方もいるんです」

コパルで育つ子どもたちの未来とは?

コパルで元気いっぱいに遊んでいる子どもたち。佐藤さんはそんな子どもたちにどんな未来を築いていってほしいと願っているのか、その夢をお伺いしました。

 

「新型コロナウイルスの流行があったり、震災があったり。明日何が起こるかわからない世の中です。その時に必要になってくるのは、やっぱり生きる力ではないでしょうか。1人でできないことも仲間と一緒だったら大きな力を発揮でき、不可能を可能にできると思います。子どもたちが、コパルで遊ぶことで自然と生きる力を身につけて、小さい頃から違いを認め合うというのが当たり前になれば、子どもたちが大きくなった将来、何かが起きたときでもみんなで力を合わせて乗り越えていける大人になってくれると思います」

 

山形県から始まった、インクルーシブ社会の実現への第一歩となる公園。ここで遊ぶ子どもたちの笑顔を見ていると、多様性のある平和な社会の訪れは、近い未来まで来ているのかもしれないと期待させてくれます。

地域の方々が集まりコパルのサインを作成

〈シェルターインクルーシブプレイス コパル〉

住所:〒990-2316 山形県山形市片谷地580-1

HP:https://copal-kids.jp/

Instagram:@copal_yamagata

【編集後記】

すべての子ども達のために開かれた素敵な施設のコパルは関係者の相互に認め合う関係性の中で生まれたというお話が胸に響きました。

自分の経験に頼りすぎない。周りの力を借りる。そこのバランスが素晴らしいのだと思いました。

また取材を終える頃には取材陣の皆が笑顔で晴れやかな気持ちになるぐらい、終始明るく前向きな想いを語ってくださった、佐藤さんの素敵なお人柄に触れ、人が持つ力の大切さを学ばせていただきました。

(未来定番研究所 榎)

もくじ

関連する記事を見る

地元の見る目を変えた47人。

第16回| インクルーシブが当たり前の社会に向けて、すべての子どもたちに開かれた遊び場を。〈ヴォーチェ〉代表・佐藤奈々子さん。