もくじ

2022.08.25

地元の見る目を変えた47人。

第5回| まちには居場所と舞台が必要。「ウェルビーイング×まちづくり」を行う高野翔さん。

「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。

 

今回からは、過去の記事に登場した方々にキーパーソンをご紹介いただいたり、F.I.N.編集部が気になる人を選出したりと、これまでの手法をアップデートしてこの企画をお届けします。第5回にご登場いただくのは、福井県鯖江市のクリエイティブカンパニー〈TSUGI〉代表・新山直広さんが教えてくれた、地元福井で多彩なまちづくりプロジェクトを行う高野翔さん。福井県立大学で准教授を務めながら、「ウェルビーイング×まちづくり」を行う高野さんの軌跡をたどります。

 

(文:船橋麻貴)

Profile

高野翔(たかのしょう)さん

福井県立大学地域経済研究所准教授、ウェルビーイング学会理事、〈ふくまち大学〉まちの学長。

1983年福井県生まれ。2009年JICAに入構し、20カ国のアジア・アフリカ地域で持続可能な地域づくりを担当する。2014〜17年には、人々の幸せを国是とする、GNH(国民総幸福量)を軸としたブータン王国の国づくりに協力。2012年から地元福井にて、さまざまなまちづくりプロジェクトを手がけている。専門は、「ウェルビーイング×まちづくり」。

JICAの職員の傍ら、地元でまちづくり。

福井の財産は「人」だった。

今年の7月30日、福井に開校した市民大学〈ふくまち大学〉。「『学びのまち』のまんなかで、ひらく。つながる。できる。」を校訓に、福井駅周辺のまち全体を大学のキャンパスに見立て、授業やゼミ、部活動・サークルを通じた体験プログラムを展開しています。プロデューサー兼学長を務めるのは、人の幸せ実感・ウェルビーイングを掛け合わせたまちづくりを行う高野翔さん。これまでも、さまざまなまちづくりプロジェクトを手がけてきましたが、地元福井でまちづくりに関わり始めたのは2012年。JICAの職員として、アジア・アフリカ地域で国づくり・地域づくりに携わったことがきっかけでした。

 

「現地では、同世代の人たちが自分の国や地域をよくしようと、みずから動いている人たちがたくさんいました。そんな姿を間近で見て、国づくり・地域づくりの主役は、現地の人だと実感していました。私は後方支援という立場でしたが、各国の支援をすればするほど、自分の一番大事な場所である福井でまちづくりを行いたいと思うようになりました。

 

また、都市計画や都市開発にも関わっていたんですが、現地の人たちからの問いに答えることができなかったことも、大きな契機になりました。もちろん、現地の経済社会状況について勉強していたのでそれなりの知識はあったんですが、地元の地域づくりやまちづくりに携わってこなかったので、彼らが本当に必要としている原体験に裏づく実効性の高い回答ができなかった。そんな自分に恥ずかしさがあって、細々でもいいからまちづくりや地域づくりを地元でやっていこうと考えました」

2012年、高野さんは、観光ガイドブック〈Community Travel Guide福井人〉の制作を地元の人たちと一緒にスタート。そして翌年、福井の人が地元の人の魅力を紹介し、人との出会いを楽しむという今までにないガイドブックが誕生しました。

 

「地元の人に聞くと、『福井って何もないよね』という言葉がどうしても出ちゃう。実際に、ハード的な観光資源が他県と比較して豊かといわれるとそうでもない。しかし、最終的に地域の資源は『人』なんじゃないかという答えに辿り着いたんです。

 

福井人の参加型制作の過程で印象深いのは、家業の呉服店〈もたはん〉を4代目として継ぐために大阪からUターンしたばかりの酒井康輔くんが、ローカルヒーローの取材相手として自分のお父さんを選んだこと。親子で真剣に話すうちに刺さるものがあったんでしょうね。それ以来、酒井くんは私服でもずっと着物を着るようになっていました。今では、福井の着物といえば、酒井くん、という存在です。こういったことがきっかけに、福井でいろいろなプロジェクトが生まれたり、本当に少しずつですが地元の人の行動に変容が起き始めたように思います」

ブータンへの赴任で気づいた、

ウェルビーイングの重要性。

その後、高野さんはJICAの職員として、2014〜2017年まで世界一幸せな国といわれるブータンに渡航。これをきっかけに、ブータンでのGNH(国民総幸福量)を起点にした国づくり・地域づくりの業務で培った知見をいかし、心身はもちろん、社会的にも満たされている状態を指すウェルビーイングという概念をまちづくりにかけ合わせていきます。

 

「世界全体に言えることですが、これまで通り、医療や福祉などによって心身の健康が大事なのは変わりありませんが、それに加えて人の幸せには、社会的なつながりが大事だと思うんです。これはまちづくりにとっても同じ。とくに、幸福度ランキング日本一の福井で、ウェルビーイングを取り入れてまちづくりを行うことは、とても意味のあることだと感じています。というのも、この幸福度ランキングというのは、地域の経済社会状況などから算出した客観的な指標。だからこそ、福井では先んじて、一人ひとりが主観的に幸せを感じる実感ベースのウェルビーイングに向かって欲しいと思っています。」

こうして「ウェルビーイング×まちづくり」を実践していくなか、2018年に記録的な豪雪から財源が不足となり、福井市で予定していた151の事業の中止・縮小の検討を余儀なくされてしまいます。そこで高野さんは、地元の有志たちがそれぞれの自分のできることで事業の一部を復活させる〈できるフェス〉を企画します。例えば、小学校のプール開放事業もそのひとつ。

 

「自宅にあるビニールプールを各々が市内の公園に持ちよって、子どもたちが楽しく遊べるプール空間を作りました。市民の想像力を活かせば、できなくなってしまった事業もたのしくひっくり返すことができるんじゃないかと。そもそも福井は、戦争や震災で壊滅的な被害を受けても、不死鳥のごとく立ち上がってきたフェニックスのまち。この土地の歴史的なアイデンティティを大事にしながら、まち自体を楽しんで市民参加型で課題解決できる〈できるフェス〉を企画しました」

続く2019年には、福井新聞と一緒に市民の声を1000個ほど集め、福井オリジナルの幸せ指標を作成した〈幸せアクションリサーチ〉を発表。そこで集まった150指数の幸せを整理して「福井人」の幸せを分類したり、自分たちができる幸せのアクションをカードにして1日1枚引いて実行にうつせる仕掛けをつくったり、新聞の一面を使ったハグマットを展開したりと、「ウェルビーイング×まちづくり」を少しずつ実現させていきます。

2018年に福井新聞の紙面で発表された〈幸せアクションリサーチ〉の福井人の幸せ分類

「主観的な幸せの指標を新しく作り、それに基づいたアクションが日常にあふれることで、ウェルビーイングな社会につながるんじゃないかと思いました。このように、『ウェルビーイング×まちづくり』で大事なのは、自分の幸せとほかの人の幸せを対話によって共有したり、そこでわかり合えなくても分かち合って共に生きていくこと。ただ単に幸せ指標をつくって、測定するだけでは到達できないことがあります。必要なのは、各個人がウェルビーイングを実感できる場、つまりまちとしての機能なんです」

福井新聞創刊120周年「幸福井新聞」、ハグマット新聞

「ウェルビーイング×まちづくり」を叶えるため、

まちに居場所と舞台を作っていく。

さらに、「ウェルビーイング×まちづくり」を叶えるには、まちに「居場所」と「舞台」が必要だと高野さん。

 

「まちの中に自分らしくいられる居場所や、自分にとって大事な空間があれば、自己肯定感やチャレンジ精神、将来への希望が高まり、ウェルビーイングにつながると考えられています。そして人間は、自分の可能性が引き出せたり、自己表現ができる活躍の場が必要なもの。それができる舞台がまちにあるかどうかも非常に重要。居場所と舞台をまちなかにたくさんつくっていくことが、ウェルビーイングな社会に向かうためのレバレッジポイント・小さな変革点だと思っています」

高野さんが行うまちづくりプロジェクトにおいても、居場所と舞台の2つを仕掛けているそう。例えば、2021年に行った、福井駅周辺の道路空間を市民の憩いの場に変えた社会実験プロジェクト〈ふくみち〉。

 

「福井は車社会ですし、現在の駅前が人で賑わっているかといったらそうでもなくて。そういった状況の中で、子どもたちが遊べる空間や人が居合せられる図書館、コーヒー屋さんなど人が集える環境をととのえて、道路にも居場所と舞台が生まれました。訪れる人にとっては、居場所になり、出店者側としては舞台になることもある。居場所と舞台を明確に区別したいわけではありませんが、自分らしくいられる居場所と、自分を表現できる舞台の両方が同じ空間にあることで、まちに愛着が生まれ、福井の人がより幸せを実感できる機会が生まれるはずです」

 

まちに居場所と舞台を仕掛け、「ウェルビーイング×まちづくり」をしていく高野さんですが、まだまだ課題はたくさんあると話します。

 

「福井に限ったことではないかもしれませんが、まちに居場所と舞台がないと思えば、若い世代が外に出て行ってしまうと思うんです。要は、働く場や学ぶ場も居場所であり舞台でもあるわけじゃないですか。そういう魅力がまちに備わってなかったら、おのずと別のまちを選んでしまうのも当然です。もちろん、福井で暮らすことがいいかどうかを私が決めることはできませんが、福井に生まれた者としては、そういう場や雰囲気が地元にないのであれば少しずつでもつくっていこうと思ってます。一人ひとりのウェルビーイングは多彩で異なりますし、人の幸せを自分がつくれるなんて思ってもいないですが、時間をかけてでも、少しずつでも、まちに居場所と舞台を作り、楽しく生きていけたらいいなって」

一人ひとりの可能性が花開き、

ドラマが起こるまちにするために。

高野さんが福井でまちづくりに関わり始めて10年ほど。どうしてそこまで地元のために尽力できるのかを尋ねれば、こんな答えが返ってきます。

 

「まちづくりプロジェクトは、私自身が楽しいと感じることの延長線上にあるような気がして。社会や地域のためといった大それたことじゃなくて、自分自身がまちや人に興味関心があるんですよね。

 

それに、まちづくりをする中で、人と人が出会い、新しいプロジェクトが生まれたり、時には結婚することになったりと、嬉しいことが自然と起こるんです。そんなドラマが起こるまちは素敵だと思いますし、生まれ育った福井は自分にとって意味のある大事な場所だし、そこに住んでいる大切な仲間たちがいる。それが、私ががんばれる要因なんだろうなと感じています」

そして今、高野さんは新たなるプロジェクト〈ふくまち大学〉に取り組んでいます。まちなか全体を大学やキャンパスと見立て、地元の人の魅力とまちの特性を掛け合わせて様々な講座を開催していくことで、学びを起点にした幸せをはぐくむ地域づくりを目指しています。

 

「野外映画学科やインタウンデザイン学科、まちの学び場をつくろうゼミ、まちの珈琲部など、〈ふくまち大学〉に行くと、自分の中にある大事な内的なエンジンがまわりはじめるような、おもしろい学びを散りばめていきたいと考えています。人生100年時代といわれる今、学び続けていくこと、そして人とつながることが幸せにつながると思うんです。そんな幸せを育むまちづくりとして、〈ふくまち大学〉が機能していけたら。そしてまちなかに、一人ひとりが自分らしくいられる居場所と、個々の可能性が花開く舞台が、たくさん生まれてくれればと願っています」

【編集後記】

地元の人の幸福度を考えた時、経済性、利便性、まちの機能に目が行きがちですが、本当に大切なのは、自分たちが参加したり、成長できたり、もっと人の心が通うような活動の場がある事が大切だと、気づかされます。

自分のまちには、居場所と舞台があるのか?とふりかえってみると、即答できる人は少ないと思います。これは、とても大事な視点です。 地元の見る目を変え、幸福度が高まる福井市の更なる進化が楽しみです。

(未来定番研究所 窪)

もくじ

関連する記事を見る

地元の見る目を変えた47人。

第5回| まちには居場所と舞台が必要。「ウェルビーイング×まちづくり」を行う高野翔さん。