2022.05.13

47人に聞く、地元の見る目を変えた人。

第2回| 愛する宮崎の繁華街ニシタチを盛り上げたい。〈スナック入り口〉田代くるみさん。

写真/(株)田村組

「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。

 

第2回にご登場いただくのは、宮崎最大の繁華街・通称ニシタチで、スナックの紹介スナック〈スナック入り口〉でママを務める田代くるみさんです。田代さんは、スナックのママでありながら、自身の会社〈Qurumu合同会社〉でPRや編集・ライターとしても活動する、異色の肩書きの持ち主。東京の編集プロダクションに勤務後、フリーライターとして活動していた田代さんが、地元宮崎に戻るに至った理由や〈スナック入り口〉をオープンしたきっかけ、ニシタチの街とスナックの魅力について伺います。

 

(文:高野瞳)

Profile

田代くるみ

〈Qurumu合同会社〉代表。ライター・PR。〈スナック入り口〉のママ。

1989年生まれ、宮崎県出身。都城泉ヶ丘高校を卒業後、早稲田大学政治経済学部経済学科に進学。卒業後は編集プロダクションに勤務し、2015年2月にフリーライターとして独立。Webニュースサイトや企業のオウンドメディア、月刊誌、週刊誌など幅広いメディアで取材・執筆する。2017年9月、地元宮崎に編集・PR・ライティングカンパニー〈Qurumu合同会社〉を設立。インターネットニュースメディア〈ひなた宮崎経済新聞〉編集長。

https://qurumu.jp

ふたつとして同じ店がない。

スナックの多様性とカオス感に魅せられて。

PR、編集・ライター兼「スナックのママ」。そんな異色の肩書きを持つ、宮崎県都城市出身の田代くるみさん。東京の編集プロダクションで、編集・ライター業に携わっていた田代さんは、「地元宮崎にはまだまだ知らないおもしろい物や人がたくさんあるのに、なぜ発信されていないんだろう」と、「宮崎のまだ発信されていない良いものを、くるんで届ける」をコンセプトに、宮崎や九州のいいものを発信・PRする〈Qurumu合同会社〉を創設。2017年から東京と宮崎の二拠点生活をスタートさせます。現在は拠点を宮崎に移し、インターネットニュースメディア〈ひなた宮崎経済新聞〉を基軸に、情報発信を続けています。

 

そして、そんな田代さんがもうひとつの顔 「スナックのママ」として運営するのが、宮崎最大の繁華街・通称ニシタチに店を構える〈スナック入り口〉。ニシタチの街にあるスナックを紹介する「スナック紹介スナック」です。

〈スナック入り口〉のママ、田代くるみさん

編集・ライターである田代さんが、なぜスナックのママに?もともとお酒が好きで、東京でもいろいろな飲食店を巡っていたという田代さん。宮崎に戻ってからも、友人に連れられて夜な夜な繁華街へと繰り出しました。そこで出会った、スナックの世界。すっかり虜になったといいます。

この道60年、レジェンド的存在の「食彩 華酔亭」茶圓イツ子ママ

「スナックは、あの小さな空間にママやマスターの哲学や趣味といったこだわりがぎゅうぎゅうに詰まっているんです。置いてある椅子1脚から接客の動作ひとつまで、すべてに店主の世界観が凝縮。それは唯一無二で、ふたつとして同じ店がありません。その多様性とカオス感に惹かれてどんどんハマっていきました」と田代さん。

 

グランドピアノを弾いて歌わせてくれる店、レジェンド的存在のママに会える店、寡黙で完全放置なマスターがいる店、昭和のアイドルオタクのマスターで店内がポスターだらけの店……。個性溢れる店々について、スナックとの強烈な出会いを振り返り、愛おしそうに語ってくれました。

 

「ニシタチには、コロナ禍前で500〜600軒ものスナックがあると聞いています。その中から自分にぴったりと合う、求めていた店をみつけた時の感動は忘れられません。それは、生涯の伴侶に出会った奇跡のような瞬間。こんなにおもしろいスナックカルチャーがあるなんて。ニシタチで愛され続けるこのカルチャーを、もっとみんなに体験してほしい!そう思いました」

スナックの「入りづらさ」を解消するために。「スナック紹介スナック」〈スナック入り口〉を開業。

ニシタチにあるスナックビル。約30軒のスナックが軒を連ね、ディープな世界が広がっている

興味はあっても、一見で扉を開けて足を踏み入れるには躊躇してしまうスナック。1棟丸ごとスナックが入っているスナックビルは、窓もなく店内が見えない、料金形態もわからない、店名をインターネットで検索しても、出てくる情報も少ない。1人で足を踏み入れるには、なかなか勇気がいるもの。このスナックの「入りづらさ」を解消するにはどうすればいいのだろうと、頭を悩ませました。

 

「私自身が、行ってよかったと思うお店を紹介する『場』があればいいのではと考えたんです。ならば、ニシタチのスナックの『入り口』となるようなお店を私が作りたいと」この頃から構想は練られていて、〈スナック入り口〉という店名も決めていたといいます。

 

とはいえ、当時まだ27,28歳だった田代さん。女性のライフステージを考えた時、すぐにお店を持つというイメージはなかったと話します。「スナックをやるなら10年後かな」と考えていた矢先、思いがけず転機が訪れます。観光庁が、「令和2年度 夜間・早朝の活用による新たな時間市場の創出事業」の事業実施者を公募。知人の薦めもあり田代さんも応募したところ、見事に採択。想定より6〜7年も早く「スナック入り口」をスタートさせることになりました。

商店街に面した〈スナック入り口〉。スナックの看板をモチーフにした外観が目を引く

写真/(株)田村組

「入り口」というからには、入りやすいスナックでないとコンセプトを体現できないと、通りに面した物件を選んだと話す田代さん。ガラス張りで店内が見え、料金も1時間2000円の飲み放題制と明確に。SNSもまめに更新するなど、親しみやすさを心がけているといいます。また、お客さまからもお店からも紹介料は不要。

 

その代わり、「少なくとも一度は、私や一緒に運営しているマスターが足を運んだお店から、お客様にご提案するというスタイルを崩したくないと思っています。それは、自分たちが本当にいいと思ったお店、ママやマスターをご紹介したいから。その方が、それぞれのお店ともいい関係性を築けるし、お客様の満足度も高いものになると自負しています」。ここなら紹介して間違いないと確信を持てるお店を紹介するというスタンスを貫いています。

写真/(株)田村組

その甲斐あって、〈スナック入り口〉はお客さまのリピート率も高いと評判。県外・市外から訪れる方が多いのですが、地元の方でも「いつも通っているお店はあるけど、新規開拓したいんだよね」という方も立ち寄ってくれるのだそう。通りから店内が覗けるので、一度次に行くスナックをご紹介して見送った方が「最高だったよ〜」というジェスチャーをしてくれたり、「すごくよかったから、もう一軒教えてほしい」と戻って一杯飲んでから、再度紹介した店へ向かったり。

 

「ママたちからも、『いいお客さんをご紹介してくれてありがとう』と、お礼のお手紙やメッセージをいただくことも。私たちも、ママやマスターの人柄を知っているからこそ、ミスマッチを回避できているなという実感はあります」

一つひとつが、ドラマティック。

ママやマスターの人生や哲学を後世に伝えたい。

スナックの検索サイト〈スナックアドバイザー〉。宮崎へ来られない方にも、ニシタチのスナックの魅力を知ってもらうための情報発信メディアという役割も担っている。

 

田代さんが感じるスナックの魅力。それは、ママやマスターキャラクター、歩んできた人生の道のり、哲学、すべてがドラマティックであることも大きいといいます。「ママやマスターの人生観は、お店同様に唯一無二のもの。でもみなさんの武勇伝は、お店を閉めたらもうどこにも残らないんです。こんなにおもしろいストーリーは後世に残していかないともったいない」と、立ち上げたのがスナック検索サイト〈スナックアドバイザー〉。お店の特徴のハッシュタグで好みを検索できるほか、田代さんが敬愛するママやマスターの人生観や人柄を紹介するコンテンツも発信しています。

 

「スナックというと、どうしても訳ありの人がやっているとか、水商売に対する偏見のニュアンスがあったりすることは自覚しています。でもママやマスターは、自分の店にプライドを持って、生半可な気持ちで接客をしているわけではない。そのプライドを、ちゃんと取材して、言葉にして、写真におさめて、きちんとした形で残していってあげたいという気持ちもあって」

このWebサイトとリアル店舗、両方からのアプローチこそ、田代さんたちの強みにもなっているといいます。

 

「お店をご提案する際、『カラオケがあるかないか』『ママがビシっと言ってくれるお店がいい』『ニシタチのレジェンド的なママに会いたい』など、まず要望をヒアリングします。言葉だけでは伝わりづらいので、店内に設置したモニターにスナックアドバイザーの画面を映し、店内の様子やママのお顔なども見ながら説明。お客さんの反応もわかりやすいし『もう少し雑多なところ、落ち着いたところ、ワイワイしたところがいい』など、細かいニーズを汲み取りながらご提案できるんです。Webコンテンツがあることで、ニーズのミスマッチを減らせることにも、ひと役買ってくれています」

夜の街にエールを。

スナックの新しい形を提示していきたい。

写真/(株)田村組

今年でプレオープンから3年目を迎える〈スナック入り口〉。これからの展望について尋ねると、「スナックの新しい形を提示してきたい」と語る田代さん。

 

スナックはどこも夜の営業で、昼間は使われていない不動産。でも、カウンターがあって、椅子もあって、カラオケがあるお店にはモニターとマイクもある。そんなスナックは、「セミナーなどを開催するのに最適な場所なのではと思っているんです。終わってそのまま一杯、なんていうのもいいですよね。ママがファシリテーターをするというのもおもしろいのでは。もっとスナックの新しい活用方法を模索していきたいです」

 

ライターやPRとして培った企画力や編集力を武器に、これまでなかったような新しいスナックの形を模索する日々。そんな新しい取り組みを通して、「ニシタチ以外の夜の街エリアへのエールになってくれたら嬉しい」と話してくれました。

■田代さんが見染める宮崎の見る目を変えた人

田代さんにとっての「地元の見る目を変えた人」を伺いました。名前が挙がったのは、着地型のガイドツアーなど企画運営を行う〈株式会社訪う〉代表の日髙葵さん。宮崎県・高千穂に伝わる民俗芸能で重要無形民俗文化財の「夜神楽」に感銘を受け、なかなか関わることが許されなかった世界に切り込み、夜神楽の魅力を広める活動を続けています。田代さんにとって、「ソウルメイトのような存在です」という日髙さん。「彼女のアグレッシブさには刺激をもらっています。私は、これまで編集やライターといった裏方の人間だったので、表に出て取材を受けるというようなことはあまりありませんでした。彼女の行動力を見て、せっかく宮崎に帰ってきたからには、自分自身がプレイヤーにならなくてはいけないんだと、奮起させられました」

Profile

日髙 葵さん

〈株式会社訪う〉代表。押方五ヶ村神楽保存会所属。

宮崎県宮崎市出身。東京での法人営業を経て、ラオス人民民主共和国の現地コンサルタント企業にて、アシスタントとして勤務。宮崎へ8年ぶりにUターン、「宮崎は可能性にあふれているのに、あまりに知られていなくてもったいない。もっと世界中の旅人に来てもらいたい」という想いから、フリーランスの多言語化コーディネーターとしてキャリアを開始。2017年8月、インバウンド受け入れ支援事業を軸とした〈株式会社訪う〉を設立。2020年、本社を高千穂町へ移転。着地型ツアーやオンラインツアーの企画運営をはじめ、本格的に観光事業をスタート。

https://www.otonau.com/

「最高にカッコいい夜神楽」の世界に、光を当てたい

「誰もが住みたくなる旅先を創る」をミッションに掲げる〈株式会社訪う〉代表として、海の向こうと宮崎を繋ぐ事業を営んでいる日髙葵さん。2020年に、主要拠点を宮崎市から高千穂町に移し、着地型のガイドツアーを主とする観光事業をスタート。オンラインツアーの企画運営など、オンラインとオフラインを掛け合わせることで、その魅力をリアルな旅へ繋げる活動を続けています。

なかでも、特に力を注いでいることのひとつが、宮崎県・高千穂に伝わる民俗芸能「夜神楽」。日髙さんが夜神楽を知ったのは、友人から誘われて、初めて一夜氏子として拝観したことがきっかけでした。ひと晩かけて、地元の方が奉納する三十三番の舞と音楽、そしてすべての準備が地元の方で賄われていること。秋の五穀豊穣、冬の御魂鎮め、春の予祝を祝う村祭りとしての夜神楽が、高千穂で暮らす人々の生活と暮らしの中に根付いていることに衝撃と感銘を受けたといいます。それは、「まさに、『恋に落ちた』感覚です」

 

そして、「『800年以上続いてきたこの神事芸能にこそ、人間が今大切にしなくてはいけないことが詰まっている』『最先端のシステムだ』と確信しました。この春夏秋冬を見逃したくない!」と、そう強く思った日髙さんは宮崎市内から高千穂町へ拠点を移すことを決意。

 

現在は、雲海の名所として知られる国見ケ丘ふもとの集落「押方五ヶ村神楽保存会」にご縁をいただき、所属。「2021年冬も夜神楽が中止になってしまったため、初のオンラインツアーを企画しました。『最高にカッコいい夜神楽』への入り口をもっと広げたい、文化を継承している奉仕者(ほしゃどん:夜神楽の舞手のこと)や、支える地元の方々に、もっと光が当たって欲しい。そう願いながら活動しています」

田代さんと同様、この場所だからこその文化を残していきたいという想いで活動する日髙さん。宮崎や今後の展望について尋ねると、「宮崎は、懐が深くてちょっぴり頼りない、でも愛すべきふるさとです。『宮崎のために』という言葉は解像度が低すぎてあまり好きではないのですが、最近は『宮崎に住む大切な仲間たちのために』動いているなと感じています。現在手掛けている着地型ツアー事業を高千穂で定着させることで、地元での新しい働き方を開拓していきたい。そして、一長一短でさまざまな面がある中で、自分が次世代の子供たちに向けてできることは何か、ということを考えながら事業を進めていきたいです」と日髙さんは語ります。

 

日髙さんは自身の「同志だ」という田代さんについて、日髙さんも、ともに宮崎で奮闘する大切な仲間だといいます。「田代さんは、ひたむきに宮崎というまちや、そこに住む人と向き合い、さまざまな事業に取り組まれています。仕事に対するコミットメントが強いプロフェッショナルな方なので、今回紹介いただき、嬉しいと同時に、私もより努力せねば!と身のひきしまる思いです」

【編集後記】

ナイトスポットと神事芸能、時代は異なりますがいずれも、土着のオリジナリティあるカルチャーで、まさに地域の財産です。

その宝の魅力に気づいたお二人は、自分の持ち味を活かし、どんどん発信する。

忘れ去られた価値を呼び戻しているように感じます。地域の歴史にとって大きな意義がある活動で、これからの文化継承の新しい形のように思えます。

(未来定番研究所 窪)