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2024.04.08

地元の見る目を変えた47人。

第23回| 「ちがっていいんやで」を教えてくれる街・西成は、価値観のダイバーシティ?ラッパー・SHINGO★西成さん。

「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。

 

第23回にご登場いただくのは、大阪府西成区出身のラッパー、SHINGO★西成さんです。音楽活動の傍ら、路上生活者への炊き出し、児童養護施設へのクリスマスケーキの寄付、チャリティーライブの主催など、地域へのボランティア活動を25年以上にわたり続けてきました。今や西成の“顔”としても知られるSHINGO★西成さんに、ボランティアを始めるきっかけや街の魅力、大切にしていることなどを伺いました。

 

(文:大芦実穂)

Profile

SHINGO★西成さん

1972年、大阪市西成区生まれ。ヒップホップMC。釜ヶ崎にある繁華街近くの長屋で生まれ育つ。独自のソウルフルな「べしゃり芸」による独創的な世界観が人気。20代の頃から地元・西成でボランティア活動に携わる。現在は、街を彩るグラフィティアートプロジェクト「西成WAN(ウォールアートニッポン)」の発足など、自治体と協力しながら、音楽活動にとどまらずさまざまな活動を続けている。

https://www.instagram.com/shingo_ghetto/

YouTube:SHINGO★西成の知らんけど

西成区は

「人間むき出し」の街

古くから日雇い労働者が集まる「あいりん地区」があることでも有名な西成区。かつては頻繁に警察官と労働者の衝突が起きるなど、「怖い」「治安が悪い」というイメージがありました。そんな街の名前を冠したラッパーがいます。西成・釜ヶ崎出身のSHINGO★西成(以下SHINGO)さんです。

 

ソウルフルで語りかけるようなラップのスタイルで、地元・西成について歌った曲を数多く発表しています。2023年9月にリリースしたシングル『いびつ』では、西成の街でMVの撮影を実施。20年以上支援を続けている児童施設〈こどもの里〉にも訪れています。

 

「僕の地元を一言で言ったら、人間むき出しの街やね。未来のお金を貯めるためにイライラしながら生きてる人より、今のこの瞬間を心から楽しんでる人がたくさんいますね」

 

うれしそうに話すSHINGOさんは、現在も西成区在住。生まれ育ったのは、釜ヶ崎にある歓楽街近くの長屋です。

 

「山王(さんのう)という、歓楽街の飛田新地を含む飲み屋が多いエリアで育ちました。商店街の路地に実家があったんで、揉め事はいろいろ見てきましたよ。お店と間違えて家の前をウロウロする人とか、立ちションする人とかもおる。そういうときは、ちょっと高めの声で、『おっちゃん、そらあかんよ!』とか『自分の家の前でこんなことされたら嫌やろ。ほなやめてや』って。ラッパーなんで、声が通るんでね。それはこの街で暮らす上で、ラッパーで得をしたと思うことかもしれないですね(笑)」

25年以上、地域のための

ボランティアを続けてきた

そんなSHINGOさんのラッパーデビューは31歳。大学卒業後は関西の福祉関係に就職しますが、その後脱サラし、本格的にライブ活動をスタート。また、ラッパーとして活動する前から、萩之茶屋南公園(通称:三角公園)での炊き出し、児童養護施設へのクリスマスケーキの寄付などを続けてきました。

 

「炊き出しは26歳で始めたんで、もう25年になります。その頃まだサラリーマンやったんで、休みの日に炊き出しに行くって感じですね。子どもの頃から三角公園の近くを通っていて、なんとなく団体の人らも顔見知り。炊き出しを手伝いたいなと思った時に、団体の人に声をかけて参加させてもらった感じです」

 

路上生活者が多い公園としても知られる三角公園ですが、SHINGOさんは「清流みたいな場所」と例えます。

 

「日本で一番のゲットー(*)な公園かもしれませんけど、清流みたいな気持ちになれるんですよね。ここでは、誰がどこから来たとか、どこの生まれとか、男女も関係なくて、同じ人間として平等なんです。だから僕ら炊き出しやってる人も、お互いの素性なんか知らないけど、悪口なんかも言わないし、ただひたすら目の前のお皿を洗って、『きれいにしてくれておおきに』って言う。そういう場所です」

 

*ゲットー・・・ヒップホップでよく使われる、低所得者が多く住む地域や治安の悪い地区という意味。

 

2007年からは、児童施設〈こどもの里〉にクリスマスケーキを寄付する活動も。始めたきっかけは、一人の少女との会話からでした。

 

「〈こどもの里〉は、僕も小学1年くらいの時からめんこ遊びをしたりして、馴染みの深い場所でした。20代になって、施設の手伝いがしたいと思って、また通い始めるようになるんですけど。その日、クリスマスが近かったんで、小さい女の子に『クリスマスはケーキ切って食べるんやろ?』って聞いたら、『ケーキって切るん? 切ったことない』って。僕も貧乏やったけど、ケーキくらいは切ったことあるな、と。そんでこの女の子にホールケーキ切らして食べさせてあげよと思って、当時はライブのギャラが1回2,000円とかでしたけど、そのお金をプール(*)して、仲間2人と一緒に始めました」

 

*プールする・・・お金を貯金する

2023年には、〈こどもの里〉〈今池こどもの家〉〈わかくさ保育園〉〈山王こどもセンター〉の4カ所に合計33個のホールケーキを届けました。こうしたSHINGOさんの活動をきっかけに、近年では府内の柏原市や泉佐野市、岸和田市などでも同じ想いの方々が児童施設にケーキをプレゼントする活動をしています。「みんなの街でもやったらできますよ」とSHINGOさん。

 

また、2011年からは、西成の街中にグラフィティアートを施すプロジェクト「西成WAN(ウォールアートニッポン)」も発足。総合プロデューサーとして、国内外のアーティストを誘致し、街を鮮やかに彩る活動をしています。

 

「2007年に友人でアーティストだったTERRY THE AKI-06が亡くなって、彼の意志を継ぐかたちで『西成WAN』を始めました。錆びついてセピア色になってく街を僕らで色づけて、西成全体を美術館にしたいなと。スマホの地図で店を探すんじゃなくて、アートをたどって行ったらいい店と出会える、なんて楽しいですよね。それに街を歩く分にはお金は要りませんから」

 

最近では、グラフィティアートが施された壁は学生たちの撮影スポットにもなっているそう。「小学生とか中学生が卒業アルバムの記念写真の背景として、グラフィティを使ってくれてるんです。僕自身、たまたま撮影してるのを見かけたりして。ほんとうにうれしいですよ」とSHINGOさん。

 

また、ゴミが以前に比べて少なくなったという効果も出ています。

 

「ゴミが多いところにグラフィティを描くと、その後はゴミが減ってるんですよ。西成は不法投棄や落書きも多いんでね。近所に住んでる人が、ゴミを片付けてくれたりもしてて、いい循環になってる。アートの力はすごいですね」

「目の前の人を助ける」

この街で教わったこと

SHINGOさんがこれほど地元・西成のために活動ができるのはなぜなのか? その理由を聞くと、西成の街が持つあたたかさが見えてきました。

 

「かっこいい話とかそんなんないですよ。ただ目の前の人を助けたり、協力し合ったり、応援したり、そういうのを子どもの頃からよう見てたなと思って、今僕もやってるだけなんです。この街で生きてるうちに自然とそうしたいと思って、思うだけじゃなくて行動した」

 

そうやって平然と話すSHINGOさんですが、もちろん大変なこともあったそうです。しかし、どんな時もポジティブに物事を捉えています。

 

「ライブが終わって30秒で、包丁で刺されかけた時もあります(笑)。西成のおっちゃんを擁護しようとして、勘違いされて批判されたこともありますしね。でも人の誤解を解く時間ほど無駄なもんはないと思います。同じ時間を過ごすなら、好きな人のことを考えたり、食べたいもんを食べたり、見たいもんを見たりする時間にした方が幸せやなと思います。

 

『ポジティブに生きてスカイダイブ、ネガティブに生きて使うナイフ』くらいの感じで、楽観的に考えた方がええ。この街はみんな今この瞬間を楽しんでますからね」

 

辛い状況でも常に前を向いてきましたが、「しんどかったら休んでもええ」とも話します。

 

「しんどいことをなくすことが答えではないと思う。やりたいことをやる以外はゆっくりしたらいいんです。働くことが美しい生き方みたいな考えはやめた方がいいんちゃうかな。子どもらにも言ったんですけど、学校行きたくないなら行かんでいい、その代わり自分はどうしたいかっていうのをちゃんと表現せえ、と」

 

ここまで聞いてきて、西成という街の懐の深さのようなものを感じます。改めて西成とはどんな街なのか、SHINGOさんから見た地元の印象を伺いました。

 

「みんな生きてていいんやで、って教えてくれる街。ここに住んでるおっちゃん、おばちゃんたちは喜怒哀楽そのまま出すんでね。朝6時くらいからみんな酒飲んでます(笑)。お昼前に喧嘩が始まって、それを誰かが仲介して、仲直りの達成感を味わったら、また『じゃあ飲もうぜ!』で、昼過ぎからまた飲み始めて。夕方くらいにもおんなじこともう1回やります(笑)。けどね、自分と違う生き方をしてるからって、そういう人らを排除するだけは良くない。いろんな価値観や生き方があって世界の街もまわってるし。理解はできなくても、受け入れるってことがすごく大事かなと思いますけどね」

 

最後に、5年先、10年先の地元はどうなっているでしょうか、と聞くと、SHINGOさんらしい答えが返ってきました。

 

「ものが豊かやのに心が豊かじゃない今の世の中のオアシスになってたらいいよね。住みにくいとか息苦しいと感じてる人が、西成だったら生きていけるなって思える。人間に興味のある人は一度西成に来てみてください。きっとどこぞのテーマパークより楽しい街ですよ」

【編集後記】

取材を通じて、まず何よりも西成という街が持つ魅力と人々の温かさを垣間見ることができました。

また、「西成WAN」をはじめとして、SHINGOさんが地域のために取り組む活動が街に与えるプラスの影響は、計り知れないほど大きいものがあると感じました。

活動の源はかつて助けられたり、応援してもらったからだとおっしゃっておられましたが、良い行ないは循環する、というとても良い例を示していただけたように思います。改めてこれからは「困ったときはお互い様」の精神がポイントになるように感じました。

(未来定番研究所 榎)

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