2023.10.27

わかりあう

〈MAGNET〉が考える、未来のコミュニケーションと触覚の可能性。

それぞれが異なる人間である以上「わかりあえない」ことは当然。それなのに、なぜ私たちは「わかりあえない」ことに悩んでしまうのだろう。今月の『F.I.N』は、さまざまな「わかりあう」に精通・実践する目利きの話から未来につながる価値観を探ります。

 

今回は、異なる感覚をもつ他者との共創を起点に、人のつながりを生み出すための遊び(コミュニケーションの方法やゲーム、遊具)などを創作しているクリエイティブコレクティブ〈MAGNET〉を訪ねました。コレクティブメンバーの高橋鴻介さん、和田夏実さん、たばたはやとさんにこれまでに手掛けた、異なる他者とのコミュニケーションデザインや、未来のコミュニケーションの可能性についてお話を伺いました。

 

(文:花沢亜衣)

Profile

MAGNET

つなぐをテーマに制作を行うコミュニケーションデザインコレクティブ。触手話からできた『リンケージ』、触覚の触り心地で遊ぶ『たっちまっち』、指で巡る『たっちコースター』などを開発。触れるという行為や、ものや人との関わりを起点にサインシステムやゲームを制作している。メンバーは、たばたはやと、高橋鴻介、和田夏実、井戸上勝一、木村和博。

Profile

高橋鴻介

1993年、東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、広告代理店に勤務。インタラクティブコンテンツの制作や公共施設のサイン計画などを手掛け、2022年に独立。「接点の発明」をテーマに活動中。

Profile

和田夏実

ろう者の両親のもとで手話を第一言語として育ち,大学進学時にあらためて手で表現することの可能性に惹かれる。視覚身体言語の研究、様々な身体性の方々との協働から感覚がもつメディアの可能性について模索している。

Profile

たばたはやと

1997年東京生まれ、現在は横浜在住。先天性盲ろう者。第一言語は手話、コミュニケーション手段は接近手話・触手話・指点字・筆談など。武蔵野大学で社会福祉を学びながら、盲ろう者だからこそできる社会参加を模索中。

人と人とがくっついてしまうような体験を創出する〈MAGNET〉

F.I.N.編集部

〈MAGNET〉の活動について教えてください。

高橋さん

〈MAGNET〉は、人と人とがくっついてしまうような体験を創出できないかという思いを込めてつけた名前です。僕と和田さんと触覚デザイナーで先天性盲ろう者でもある、たばたはやとさんの3人がコアメンバーとして活動し、デザインやものづくりをしています。

たばたさんは、盲ろう者ということで、手話を触って読み取る触手話や接近手話などの方法を用いて会話をします。中でも、最近は特に触覚の可能性を感じ、触覚を通じて人と人とをつなぐ活動に多く取り組んでいます。

和田さん

〈MAGNET〉というチームはたばたさんの世界の見え方が起点になっています。彼ならではの世界の見え方への気づきが、プロジェクトの起爆剤となることが多く、彼の冒険とともに新しいプロダクトが生まれています。

私はろう者の両親のもとで手話を第一言語として育ってきたのですが、それまで視覚で捉えていた手話がたばたさんとの出会いにより触覚にまで広がった感覚がありました。未知なる宇宙が始まったぞ……と、大学の同期だった高橋さんを誘って一緒に楽しいことができないかと声をかけたのが始まりです。

左から和田さん、たばたさん、高橋さん。『たっちコースター』のワークショップイベントに参加した子どもと撮影した一枚。

F.I.N.編集部

普段、〈MAGNET〉内では、どのようにコミュニケーションをしていますか?

高橋さん

和田さんは手話ができますが、僕はほとんどできません。だから、当初は和田さんを介してたばたさんとコミュニケーションを取っていました。直接コミュニケーションが取れないので、少なからずモヤっとする部分もあったのですが、ゲームで遊ぶうちに心を通わせることができるようになりました。

たばたさんと出会って以降、どうやったら彼と一緒に楽しい時間を過ごせるか、彼の視点を少しでも理解できるのか、「どうやったら伝わるのか?」ということを考えています。

和田さん

私は、通訳として人と人のコミュニケーションを仲介することが多いのですが、面白い反面、直接出会った方が豊かな出会いになったんじゃないかと、もどかしさを感じることもありました。

でも、たばたさんは、いろんな人と体を通して出会っていく人。高橋さんとたばたさんは、最初こそ私が仲介しましたが、最近では私を介さずとも、いろいろなコミュニケーションが生まれています。一緒に遊び、コミュニケーションを取る過程で生まれる疑問や気づきが〈MAGNET〉のクリエイションにつながっていると思います。

触覚の魅力を人々に開く

F.I.N.編集部

最近はより一層、インクルーシブであることやアクセシビリティがデザインに求められるようになってきています。〈MAGNET〉ではどのようにものづくり、デザインをしているのでしょうか?

触覚で楽しむ遊具をデザインするプロジェクト『TOUCH PARK』。たとえば、矢印を見ると指している方向がわかるように、触ることで指している向きがわかるような「触覚のアフォーダンス」を探り、手すりに落とし込んでいる。

和田さん

たばたさんの世界の見え方、空間の歩き方がどうなっているか?というのを、探りながら進めていくことが多いです。なので、実は、アクセシブルにしよう、インクルーシブにしようという意図でデザインをしているわけではないんです。

たばたさんに道の歩き方を教えてもらう。そうすると、凸凹の道から感じられる足の感覚や、手すりから感じ取れる情報など、普段、私たちが気づかない身体感覚に気づかせてくれる。それが結果的に誰にとっても歩きやすかった、ということはあります。なにかを解決したくてものを作っているというより、遊んでいるなかから生まれるものが多いのが特徴かもしれません。

高橋さん

たばたさんと一緒にいるなかで彼に教えてもらったことや触覚を通して気づいたこと、共感したことなど、個人的な感覚をベースにプロダクトを作った結果、多くの人に楽しんでもらえるものになった感じです。はじまりは個人的な発見ですが、すべての人に触覚の世界が開かれることで、世の中に新しい視点が増えるんじゃないかという期待ももちろんあります。「触覚の魅力を人々に開く」という意識はいつも大切にしていて、僕たちのプロジェクトの根幹にあるものの一つとなっています。

情報量の多い触覚が持つ、コミュニケーションの可能性

F.I.N.編集部

〈MAGNET〉としては、特に触覚に注目しているとのことですが、触覚のどんなところに魅力を感じているのか教えてください。

指を使いツイスターゲームのようにバランスを取り、落とさないようにして遊ぶ『リンケージ』。触手話の面白さがベースになっている。

和田さん

私は触手話で通訳をするのですが、たばたさんと触手話で会話をすると、手を通して感情がシンプルに伝わってきます。さらに海に触ったときの感覚、光をどういうものだと認識しているのか、カバンの重さでさえも手から伝わってくるんです。

触手話での対話は、これまで体験してきた手の記憶を一緒に再生し、記憶を引き出していくような感覚になる。触覚のコミュニケーションにはそういう親密さがあると思います。

高橋さん

そういう触覚の面白さから生まれたコミュニケーションゲームが『リンケージ』です。このゲームのきっかけも触手話にあります。『リンケージ』をやっていると、みんな最初のうちは、言葉で会話しているんですが、徐々に言葉が少なくなっていく。自然と、言葉ではなく触覚でやりとりをするようになるんです。

触れることの情報量は膨大で、触覚によるコミュニケーションは、言葉以上にたくさんのことを伝えられるかもしれないと可能性を感じています。

いろんな触り心地の紙でレールを作って、つないで、指でたどって遊ぶ『たっちコースター』。たばたさんの触覚で感じた道や坂道を紙で表現。凸凹、ゾクゾク、ふわふわなど感覚を分類して作っている。

F.I.N.編集部

たばたさんは〈MAGNET〉で触覚を重視したコミュニケーションに取り組むことについて、どう考えていますか?

たばたさん

2人と出会ったことがきっかけで、自分が生きている触覚の世界の面白さに共感してもらい、誰でも一緒に楽しめる『たっちまっち』、『リンケージ』などが生まれてきて、私はとても嬉しい気持ちになりました。

F.I.N.編集部

高橋さんと和田さんのお二人はなぜ触覚の世界を追求しようと思ったのでしょうか?

高橋さん

たばたさんに出会って、触覚を蔑ろにしていたことに気づいたんです。どの指で触るのか、指のどこで触るのかで感じ方は全然違う。触る行為だけでこんなにバリエーションがあるんだと知りました。彼と対話しながら視点を獲得していくのが面白いから続けているという感じです。なので、もしかしたら触覚だけにこだわる必要はないのかもしれない。けれど、彼と対話をしていると特に触覚に関して驚かされることが本当に多いんです。

和田さん

私も好奇心ですね。手話という言語が面白い、触手話ってすごいと思いながら、好奇心の扉を一つ開けたら、次から次に面白いトピックがあったという感じです。追求しなければという思いで続けているのではなく、扉を開けるのが楽しいから続けています。

小学館の『幼稚園』という雑誌の付録として作ったタッチシリーズは、たばたさんが日々の触覚を記録してきた『触覚日記』をもとに発想。指の感触だけで、凸凹の違いを見つけ、同じ触感をそろえていく『たっちまっちカード』はたばたさんが触覚化した雨や雪などを集めてプロダクト化したもの。触感の多様さ、奥深さを楽しめるツールになっている。

触覚から考える百貨店の未来

F.I.N.編集部

『F.I.N』を運営している大丸松坂屋百貨店として、百貨店のアイデアをお聞きできるとうれしいです。いろいろな人やものが集まる百貨店において、「異なる他者とのコミュニケーション」が叶う何かをつくるとき、〈MAGNET〉としてどんなものが考えられますか?

高橋さん

百貨店という場は、幅広い人が訪れる公共の場所に近い「開かれた場所」ですよね。人が交差する場所だからこそつながる仕組みがつくれると良さそうですよね。オランダに刑務所を改築した〈ロイドホテル〉という宿泊施設があるのですが、そこは1つ星〜5つ星の部屋があるんです。そうするとロビーでは、さまざまな客層が集まり、リッチな人も地元の学生も交差することになる。そこで会話やビジネスが生まれることもあるようです。

 

いつの間にか自然と知らない人同士が交差し、くっついているような共用の場となる可能性が百貨店の共用部にもありそうですよね。さまざまな人が交差する場だからこそ、今まで会ったことのない人に出会えるでしょうし、一緒に買い物すれば、普段とは全然違う買い物になるだろうなと。

和田さん

百貨店には包み紙があると思うのですが、折り方を変えて、いつもと違う触感を生み出せれば、包み紙を開ける行為が特別な体験になりそうですよね。

 

触覚からものを選ぶのも、いつもと違う側面に気づけると思います。私は全盲の友人と買い物に行くことがあるのですが、アクセサリーを選ぶ時に友人の思う「美しい」をもとに形を選んでもらうんです。視覚的な装飾だけじゃなく触覚的に美しい、触ってみないとわからないものを身にまとうのって粋だなと思って。

 

あとは、百貨店の案内係が新しい視点からガイドしてくれると、自分にはない新しい購買体験をもたらしてくれそうだなと思いました。盲ろう通訳の現場だと、周囲の状況を言葉で伝える「状況通訳」のお仕事もあるのですが、ある方と街を歩いている時に「甘いもののお店しか伝えなくていい」と言われたことがあります。空間に対する意識の向け方は人によって多種多様。同じ百貨店という場で、100人いれば100通りの楽しみ方ができそうです。また、触覚を通じて商品を体験したり、触覚の楽しさを起点に商品選びをナビゲートする「ハプティックコンシェルジュ」みたいなことも面白そうです。

たばたさん

私は現在、京都芸術大学大学院に在学していて、触覚のアフォーダンス(触覚で身体が誘導される感覚)を用いたサインシステムの研究をしています。百貨店において誰もが移動しやすく、かつ楽しめる触覚サインシステムを作りたいと考えています。それは空港や駅などでも活用できるものになるはずです。

コミュニケーションの未来、出会い方の未来

F.I.N.編集部

これからの時代において、他者とコミュニケーションを取る上で大事なことは何だと思いますか?

高橋さん

一緒に楽しさを共有したり、同じ気持ちになれるものが大事だと思います。世界の見え方は違ったとしても、感情は共通だと思うので。たばたさんといると、いつも感情が起点になるんです。感情の共通点が見つけられるとプロジェクトが進む。その感情というのは、楽しいに限らず美しい、悲しいなどなんでもありえると思います。

和田さん

私はどんなかたちで出会うのか、どんな人として出会うのかが重要だと思っています。触覚で出会ってみる、いつもと違う回路で出会うとか。初めて出会った時に何を話そうか迷うけど、先に手がつながっていたら、一番柔らかいところを知れたり、怖がらずに話せたりすると思うんです。そういう意味で、新しい出会い方はまだまだあると思っています。出会い方の可能性を開くことができれば、関係性も変わっていくと思うので。初めての出会いだけでなく、すでに出会った人とも再び出会い直せるかもしれないですよね。

たばたさん

私のような盲・ろう者だけでなく、誰もがみんなで一緒に楽しめるものを作ることが大事だと思います。

【編集後記】

最近、とあるアーティストの方と握手をした時のことを思い出しました。

当たり前のことですが、誰かを分かろうとする時、その人と会話をするはずです。

そこで頼りにしている情報源は視覚と聴覚がほとんどです。ただ生まれた環境も違えば、生後何を経験してきたかも人それぞれ、100%理解することは到底できません。

握手をした時に少し距離が近づきその人のことをわかった気がしたのは、触覚ならではの感覚だと思いました。世界の見え方は人それぞれ、しかし感情は共通とおっしゃっているように、気持ちを分かち合い他の誰かのことをより少しでも深く理解することができたら、手と手を取り合って力を合わせ豊かな暮らしを築くことに一歩ずつ進んでいけるのではないでしょうか。

(未来定番研究所 小林)