2021.10.01

オンライン時代の「アイスブレイク」は遊び心で溶かそう。

人同士が出会い、集う場で、雰囲気をなごませるために行われるアイスブレイク。文字通り“氷を溶かす”ように、緊張からリラックスへと心を動かす言葉や行為は、簡単なようでいて難易度が高いもの。とかく儀礼的になってしまったり、アイスブレイクそのものが目的になってしまったり。溶けるものも溶けずに、逆に空気をカチコチに凍らせてしまった……なんて失敗談を持つ人は少なくないかも?

 

「アイスブレイクには、もっと遊び心があっていいのでは?」――そんな疑問を携えて、ワークショップやファシリテーションの研究者で、アイスブレイクの方法論にも詳しい、株式会社MIMIGURI代表取締役Co-CEOの安斎勇樹さんのもとを訪れました。

(イラスト:川合翔子)

氷山を溶かすのではなく、

海中の氷山をのぞき込むようなアイスブレイクを。

F.I.N.編集部

そもそもアイスブレイクって、何なのでしょう?

安斎さん

すごくライトに定義すると、「お互いのちょっとしたことをシェアする活動」「その日の活動を共にする参加者がお互いのことを知り合う活動」です。

F.I.N.編集部

とすると、ミーティングやワークショップの前に行うアイスブレイクの価値とは?

安斎さん

短期的な価値と長期的な価値の2つがあると思います。まず、この定義からすると、アイスブレイクの短期的な価値は、「参加者がしゃべりやすくなること」。これってスポーツをするときに準備運動して身体を温めるのと同じ。準備運動をしておくと、そのあと動きやすくなりますし、怪我のリスクも減らせますよね。特に、初対面の人が混ざっているミーティングだと、冒頭で一言も喋らないまま時間が過ぎて、中盤30分くらいにはじめて口を開いた……なんてことも。それなら、最初に一言ずつしゃべっておくほうが、空気が軽くなって、当然意見も活発に出やすくなりますよね。

 

一方、長期的な価値は、企業であれば組織運営に関わるくらい重いものです。この話の前提となる“現代の組織”について、少しご説明しますね。いま仕事の進め方が大きく変わりつつあります。具体的には、ウォーターフォール型組織からアジャイル型組織に変化しているんです。それは、正解が明確だった時代から、正解が分からない不確実な時代(VUCA時代)に移行しているから。

 

たとえば、システム開発の現場なら、ひと昔前だと最初から開発要件をガチガチに固めて、それを次の工程にてパスして、分業しながら期日通りに順番に進めていました。これがウォーターフォール型組織です。でも、いまって開発要件は緩く決めて、短いサイクルでチームのメンバーとコミュニケーションを取りながら、柔軟に進めるケースが増えています。これがアジャイル型組織です。

 

もうお分かりだと思いますが、ウォーターフォール型組織よりアジャイル型組織のほうが、VUCA時代にフィットします。それに連動して、効率的な分業によってお互いのことを”さほど知らなくてよかった”チームから、コラボ重視によって”コミュニケーション重視”のチームに変化するわけです。

 

コラボにおいては、チームメンバーのことを深く理解することが大事。しかし人間は氷山と同じで、海面に現れている部分より、海中で見えない部分の体積のほうが大きいですよね。たとえば、いつも同じパターンのアイデアに懸念を示すAさんがいたとしたら、その人の裏側にある価値観を知らなければ、全員が真に納得するアイデアは結実しません。

 

長くなりましたが、そこでアイスブレイクです。毎回、顔を合わせるときにアイスブレイクを積み重ねて、日々あったこと、感じたこと、凹んでいることなど、普段あまり見えない部分をちょっとでも共有し続ける、これって海中の氷山をのぞき込むようなことですよね。これが実は、アジャイル型組織のチームワークで非常に重要なんです。

美しいアイスブレイクには、

遊び心と文脈がある。

F.I.N.編集部

いまお話しいただいたのは、社内のチームビルディングやワークショップに当てはまるアイスブレイクの価値だと思うのですが、たとえばクライアントとのアイスブレイクだと、また変わりますよね?

安斎さん

関係性を大きく分けると、「関係ができていない状態」と「関係が固まっている状態」の2つだと思うんです。「関係ができていない状態」は、お互いのことを知らないので、遠慮しているフェーズですよね。なので、知らない人同士をつなげるタイプのアイスブレイクが必要。もし「関係が固まっている状態」だとしても、悪い状態で固まっている場合もあり得るので、その場合は関係性を変えるためのアイスブレイクが必要ですね。良い状態なら、軽いストレッチ程度のアイスブレイクでいいと思います。

F.I.N.編集部

「関係ができていない状態」のアイスブレイク、とくにビジネスの場だと難しいですよね。

安斎さん

難しいと思います。これだけ「雑談」のノウハウ本が毎年出版されているので、きっとビジネスパーソンの永遠のテーマなのでしょう。「関係ができていない」状態とは、先ほど氷山のたとえでいえば、お互いの考えのほとんどが水面に潜っていて、見えない状態です。他方で、目指したい「関係ができている状態」とは、目に見えないお互いの価値観や思想を共有しながらわかり合えている、対話的な関係性です。アイスブレイクだけで深い対話をするのは難しいですが、水面に潜るきっかけを掴むことはできます。

 

たとえば、どんな相手とでも、共有できる目に見えるファクトってありますよね。それは仕事でもいいし、プライベートでもよくて。最近の例でいえば、“オリンピックの開催”は、関係ができていない相手とでも共有できる、互いの海面にあらわになっているファクトですよね。こうしたファクトを話題にあげて、それに対する自分の解釈を述べるんです。「いや~開催反対派だったけど、やっぱり試合は感動しちゃいました」のような。これは、ほっといたら出てこない、自分の水面下にある価値観です。

 

これが、誰にでもできるライトなアイスブレイクです。まずは、共有できるファクトでくさびを打って、そのファクトに対する自分の景色を述べて、相手がどういう景色を持っているのかを聞く。

F.I.N.編集部

共有できるファクトを見極め、自分の解釈をどう述べるか、相手の価値観にも関心を示すということが大事だということですね。これは、対話ベースのアイスブレイクで重要になるお話だと思うのですが、ワークショップなどチームで何かに取り組む前のアイスブレイクについてはいかがでしょうか?

安斎さん

気をつけるべきは「文脈から切り離されたアイスブレイクにならないこと」ですね。極端な例えですけど、地球環境を考えるSDGsのイベントで、パスタを高く積み上げるアイスブレイクの定番「スパゲティータワーを建てよう」をするとします。皆で和気あいあいとスパゲティータワーを建てて、一体感生まれました~!……って、SDGsとどう関係があるの?って思いますよね。チームで楽しめるアクティビティは有効ですが、本筋と切り離された不自然なものにならないように注意が必要です。

F.I.N.編集部

ということは、文脈に即したアイスブレイクが必要になるわけですよね。そのアイスブレイクを導き出すには、深い思考が必要な気も。

安斎さん

ちなみに、今までで一番美しいなと感じたアイスブレイクは、僕が参加したオリジナルカクテルをつくるワークショップでのこと。ファシリテーターが「今日は2人組でカクテルを作ります、じゃあまずアイスブレイクをしましょう」ともちかけると、めちゃくちゃでかい氷が出てきて、アイスピックを渡され、「2人で協力してアイス削ってください」って言われたんです。それで、皆で夢中になって、カンカン削ったんですよ。削り終わると「はい、“アイスブレイク”できたので、この氷をつかってカクテルを作りましょう」と。

F.I.N.編集部

それは、すごく楽しそうです! そして、アイスブレイクでアイスを削り、それをワークショップの本題であるカクテルづくりに使うという流れが、とてもきれいですね。

安斎さん

そうなんです。よく考えるとそんなに難しいことをしていないけど、一瞬で盛り上がり、かつ文脈に必然性がある。だから印象に残っているんです。あとは、どうしても「アイスブレイクとは?」「アイスブレイクってどうやるべきなのか?」という理論やTIPSを知りたくなるとは思いますが、楽しくないと意味がないですよね。

 

アイスブレイクと遊びって密接に関わっていると思うんです。文化人類学や社会学の観点から遊びの本質を捉えるならば、「遊びとは現実ではない虚構性や非日常」です。アイスブレイクは、日常という”ベタっとした現実”から一瞬離れる、という意味で遊びなんですよね。

ある現実を素材にしながらも、それをいつもと違う視点でラベルを貼ったり解釈したりする。それによって、現実の中に虚構性を作り出すわけですよね。「誰も余計なことを言わない」「正しそうなことしか言わない」のような現実をどうやって溶かすのか。そこには、遊びの虚構性や非現実性が必要なのです。

会ってないのに共在感覚が強まる。

オンラインのラジオがアイスブレイクに。

F.I.N.編集部

あらためてお伺いしたいのですが、アイスブレイクを終えた状態で始める活動と、なしで直接始める活動では、どのような部分で違いが出るでしょうか?

安斎さん

まず、発話量が増えて、意見が出やすくなります。アイスブレイクなしで緊張と不安を残したままの状態だと、規範的でお利口さんな発言に偏りがち。でも、アイスブレイクで「今日こんなことも言っていいのかな?」と思えると、本音やその人らしさが出てきて、固定観念から離れたクリエイティブな意見が増えますよね。

 

また、お互いの見えていない部分、海中の氷山をちょっとずつ共有し続けていくと、その人の個性や大事にしていることが見えてきます。そうすると、日々のコミュニケーションの中で、相手が「なぜそこにこだわるのか」「なぜそんな意見を言うのか」という前提に目を向けられるようになります。相手との違いの理由が分かるので、意見が合わなかったとしても、「この人はこういうことを大事にしているから、自分と合ってないんだろうな」ということがよく分かるようになります。結果として、より対話的な関係性になるはずです。

F.I.N.編集部

なるほど。ただ、いまコロナ禍でオンラインのワークショップやミーティングが当たり前化するなかで、アイスブレイクに難しさを感じている人もいると思います。やはりリアルとは違いますか?

安斎さん

間違いなくオンラインは難しいでしょうね。氷山で説明するならば、海面に現れている部分がリアルよりも少ない状態ですから。物理的に相手の状態を確認しにくいので、情報量が限られますし、技術的にも発言のハードルが高い。“まとめてしゃべる”を繰り返すので、モノローグの連鎖に近いですよね。あと割り込みにくさもあります。

 

じゃあどうするか。ヒントもあります。身の回りの個人的な感覚ではありますが、リモートワークに切り替えてから、リアルのときよりも、画面越しの相手の小さな変化に気づくようになっていると思うんです。つまり、限られた画面の枠の中で、相手とつながる接点を探しているのではないか、と。ということは、画面にいろいろな情報を仕込んでおくと、アイスブレイクのきっかけをつくれるのではないか、という仮説が立ちますよね。たとえば、僕は社外の人とミーティングするとき、背景を会社のキャラクターにしたり、あえて背景を使わず部屋が見えるようにしたりしています。結構いじられるので、それがアイスブレイクにつながるんです。

F.I.N.編集部

相手の情報に気づくだけではなく、自分も遊び心のある情報を提供することが大事になりそうですね。

安斎さん

その通りだと思います。アイスブレイクにおけるGIVEの精神は大事で、テイカー(受け取る人)ではなくギバー(与える人)になること。これは遊びでも同じですよね。たとえば、『サザエさん』の中島くんっていうキャラ。彼は、いつも「磯野、野球しようぜ」って誘いにくるんですけど、よく考えるとめちゃくちゃすごいメンタリティじゃないですか? 断られたらどうしようとか、他の人と遊んでいたら傷つくな……とか考えていたら、突然人の家に押しかけて遊びに誘うなんてできないですよね。でも、中島くんは遊びの機会をつくるギバーなんです。そう考えると、アイスブレイクもオンラインだろうがリアルだろうが、自分から機会をつくるメンタリティが大事だといえますよね。

 

あとは、オンラインでのコミュニケーションが続くことを考えると、それを逆手にとった“会ってないけど共在感覚を生み出す仕掛け”も有効かもしれません。僕はコロナ禍で社外向けの施策としてオンラインのラジオ番組を1年以上続けているんですけど、実は社内メンバーがめちゃくちゃこのラジオを聴いていることが分かったんです。そうすると何が起きたかっていうと、リモートワークで全然会っていなかったにも関わらず、考えがシンクロできるんですよね。リアルで会っていたときよりも、共在感覚が強まって、経営者とメンバーの距離が縮まった感覚があります。

 

あと、このラジオを全部聴いてくれたという人とリアルで入社面談をしたときのこと。僕は初対面で緊張していましたけど、相手はすでに僕の氷山を深くまで覗き込んでいる状態で、あっという間に共在感覚を持てたんですよね。これって、もしかしたら同じ時間を共有してやり取りをする「同期型コミュニケーション」じゃなくても、共在感覚を高められるんじゃないかなと。アイスブレイクの未来を考えると、”相手のことがよく分かる””自分のことを伝えられる”動画やラジオの役割は大きくなるかもしれませんね。

Profile

安斎勇樹(あんざい・ゆうき)

株式会社MIMIGURI代表取締役Co-CEO

1985年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。研究と実践を架橋させながら、人と組織の創造性を高めるファシリテーションの方法論について研究している。組織イノベーションの知を耕すウェブメディア「CULTIBASE」編集長を務める。主な著書に『問いのデザイン-創造的対話のファシリテーション』(共著・学芸出版社)『リサーチ・ドリブン・イノベーション-「問い」を起点にアイデアを探究する』(共著・翔泳社)『ワークショップデザイン論-創ることで学ぶ』(共著・慶応義塾大学出版会)『協創の場のデザイン-ワークショップで企業と地域が変わる』(藝術学舎)がある。東京大学大学院 情報学環 特任助教。

【編集後記】

ミーティングやワークショップを円滑に始めるにあたって重要な役割を担うアイスブレイク。人によっては、本題よりもこちらの方が緊張する方もいらっしゃるかもしれません。本文にあるように、オンラインでの顔合わせが増える中で、より一層難度が上がっている気がしますが、安斎さんがお話されているように、「遊び」と捉えて自分から積極的に相手が遊べる場を提供していく心構えや手段が、相手と打ち解けていく必須項目になっていくのでしょう。

それらができる人が増えていくと、オンでもオフでも人とのコミュニケーションがよりスムーズで深く進めることができる未来が近づいてくるのかもしれません。

(未来定番研究所 織田)