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2024.09.18

未来定番サロンレポート

第36回| 「着る」以外でつながりたい。鍵和田ちえみさんと考える、ファッションのこれから。

5年先の未来、私たちは日々の暮らしをどのように楽しんでいるのか。未来定番研究所では、ゲストと一緒に5年先の価値観を考え、紡いでいく「未来定番サロン」を定期的に開催しています。

 

台風一過の2024年8月17日(土)・18日(日)、未来定番研究所でファッションデザイナー 鍵和田ちえみさんの個展「ワンダールーム」を開催しました。同日、第36回目の未来定番サロン「オヘヤデ・ソーイング」のワークショップを実施。いつもの谷中の古民家は、鍵和田さんの手によって不思議な空間「ワンダールーム」に変身。どこか懐かしいあの頃の記憶と、鍵和田さんが創り出した個性的な服とモノたちが広がっていました。この空間は、鍵和田さんの作品を鑑賞するだけでなく、ファッションの可能性と未来に触れる「体験の場」にもなっていました。

 

(文:花島亜未/写真:西あかり)

Profile

鍵和田ちえみさん(かぎわだ・ちえみ)

アーティスト。神奈川県生まれ。東京モード学園を卒業後、アパレル企業にて営業職などを経験。現在は、ファッションやイラストレーションを表現方法とした創作活動をしている。

Instagram:@ck_chie_

「日常」と「非日常」が混ざり合う空間で。

おもちゃやゲーム、CD、雑誌、漫画、お菓子……。鍵和田さんが表現する「ワンダールーム」は、どこか懐かしくてワクワク。訪れた人たちは不思議な居心地の良さに引き込まれ、ちゃぶ台を囲んで話をしたり、畳の上で漫画を読んだり、まるで夏休みのおばあちゃんの家のような風景が広がっていました。

空間には鍵和田さんの作品と子供の頃の思い出を展示。

「作品の雰囲気とかけ離れたこの散らかりっぷりは、普段インドア派な私の部屋を再現しています(笑)。服を作る時もミシンは出しっぱなしですし、布もたくさんストックしていて、本当に散らかり放題なんです。今回の個展では、そんな私の日常の部屋から非日常へとつながる空間を作ろうと考えました。訪れた人が思わず『ただいま〜』と言ってしまうようなアットホーム感を演出しつつ、ところどころに『?』となるような要素も散りばめたんですよ」(鍵和田さん)

 

そのユニークな要素のひとつが、幼い頃から影響を受け続けている作品『ドラえもん』の存在です。その世界観は、古民家の入口から広がっていました。

本やぬいぐるみを吊るして、「あの思い出のワンシーン」を再現。

「映画『ドラえもん のび太の宇宙漂流記』で、のび太の部屋が無重力空間になるシーンをイメージしました。藤子・F・不二雄さんが描くドラえもんの世界が昔から大好きなんです。映画作品は社会問題や環境問題を取り上げていることが多く、大人になった今でも強く影響を受けています。この個展が決まった時から、ドラえもんの世界観のような非日常的な空間を表現したいと思っていました」(鍵和田さん)

 

非日常感を生み出しているのは、鍵和田さんが創り出した洋服たちです。レトロ調な柄のキルティングを使った帽子や、花柄のアクリル毛布で作られたアウタージャケット&マフラーなど、鍵和田さんらしいエッジの効いた作品が、非日常空間に自然と溶け込んでいました。

古民家の軒先に展示された鍵和田さんの作品。

Tシャツに縫い付けられているのは、幼少期の鍵和田さんと家族の写真を生地にプリントしたもの。

鍵和田さんと未来定番研究所の出会いは、「FASHION FRONTIER PROGRAM 2023」。現行のファッションのあり方を問うた作品と、鍵和田さんのファッションに対する考え方に共感した所員がお声がけしたことで始まりました。

 

「衣料廃棄問題がニュースなどでも取り上げられるようになって、古着の活用やスワッピング(服の交換)にも、世間が少しずつ関心を向けるようになりました。でも、『トレンドだから始めてみた』というのは、未来を見据えた行動ではないと思うんです。それなら、私が『着る』以外のファッションの選択肢を発信して、その輪を広げていこうと考えるようになりました。

そう決めてからは、常に作品として服を作っています。これまで作品を基本的には販売していません。今回の個展も、ただ服を展示するのではなく、異空間で作品を鑑賞してもらったり、集まった人たちで和気あいあいとお喋りができたり、お客さんにどう過ごしてもらうかを含めて、作品制作として考えていました」(鍵和田さん)

5年先にも愛用したくなる、リメイクアイテムを作ろう。

今回の未来定番サロン「オヘヤデ・ソーイング」ワークショップは、個展の展示会場の中で開催。使わなくなったバッグや洋服などを参加者が持ち寄り、鍵和田さんが準備したオリジナルのパーツやレースでリメイクして、また使うことがテーマです。

ちゃぶ台に広げられた、鍵和田さんが準備したオリジナルのパーツ。

「大切な思い出の品や、仕舞い込んでいたアイテムを、また使いたくなるものにリメイクする。簡単にできるサステナブルなアクションだと思います。この空間を制作している時に出た余り布の端切れで、モチーフやリボンなどのパーツを作りました。これらを使って自由にアイテムをリメイクしてみましょう! 展示している作品から直接パーツを切り取ってもいいですよ」(鍵和田さん)

鍵和田さんもワークショップ中にネックレスを完成。

参加者たちがそれぞれの思い出について語り合いながらソーイングしていると、あっという間に1時間が経過。完成したリメイクアイテムを見せてもらいました。

しのさん(学生)

現在イギリス留学中で、夏休みのため一時帰国。2カ月前頃からリメイクにハマり、独学で服作りを勉強中。今年、本格的にやろうとミシンを購入したそう。今日は、家に眠っていたトートバッグを持参してリメイクに挑戦。ちなみに、着ているトップスは使えなくなったカバンを、腰に巻いているものは小学生の時に履いていたスカートをリメイクしたというから驚きです。こちらにもレースを付けてアレンジされました。

「ちゃぶ台にあった黄色の針山が可愛かったので、アクセントで付けちゃいました!」と、しのさんのセンスは抜群。バッグの元のプリントと、鍵和田さんの立体的なパーツとの組み合わせがユニークなリメイクが完成!お見事です。

みほさん(主婦)

未来定番研究所にほど近い〈薬膳カレー じねんじょ〉でランチをした帰りに、たまたまポスターを見かけて参加。「谷中ぎんざでよく買い物をするので、建物の存在は知っていましたが、こんな素敵な取り組みをしていたなんて。活動を知るきっかけにもなって良かったです」と、みほさん。ちなみに、裁縫はお子さんの通園バッグ以来だったそう。

みほさんは、汚れている部分がうまく染まらず、捨てるか悩んでいたという藍染めのワンピースを持参してリメイク。汚れが気になる部分にレースのモチーフを添えます。「隠すというよりも、むしろアクセントになりました。捨てる以外の選択肢としてリメイクがあったことを、今まで忘れていた気がします。処分しようと思っていたのですが、また着られるようになって本当にうれしいです」(みほさん)

 

そのほか、会場には鍵和田さんの思いに共感して、素敵なアイテムを身にまとったお客さんがたくさん来場していました。

スズキユウトさん(販売員)/一番のお気に入りは、い草を編んで作られた瓶かご。かつて醤油や酒を運ぶ道具として使われていた瓶かごを、水筒や財布を入れるバッグとして活用。

思い描く空間の中で、生きる服作りを目指して。

こうして、2日間の個展とワークショップを大盛況で終えることができました。鍵和田さんも、「来ていただいた方が、この空間にワクワクしながらもリラックスして過ごしてくださり、安心しました!」と笑顔で語ります。

最後に、今後の展望を聞いてみると「現状維持です(笑)」と鍵和田さん。普段は園芸ショップで働きながら、作品作りに没頭する毎日。好きなことをしながら生きることに、幸せを感じていると話します。

 

「専門学校を卒業した後、アパレルメーカーに就職したのですが、日々仕事に追われて、大好きな洋服作りができなかったんです。その経験もあって『好きなことは積極的にやらないと、人生の時間が足りない!』と思うようになりました。今は自分を楽しい気持ちにさせてくれるものと日々向き合っています。そんな暮らしをしながら、ファッションの現在と未来の架け橋になりたいという信念は、これからも変わらず持ち続けていたいですね」(鍵和田さん)

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