生活の多くがオンラインで完結するようになった今でも、私たちは現地でしか得られない何かを求めて外へ足を運びます。時間がかかっても、多少手間がかかっても、わざわざ行きたい。そんな気持ちを抱かせる場には、どんな魅力があり、私たちは何を期待して足を運ぶのでしょうか。F.I.N.では、好きな時に好きな場所へ出かけられる今、「わざわざ行きたい場所には何があるのか」という問いを手がかりに、目利きたちとともに、そこでしか得られない価値を考えていきます。
今回お話を伺うのは、場の編集・桜木彩佳さん。3年間限定のイベントパーク〈下北沢ケージ〉や、下北沢にある商店街〈BONUS TRACK〉、2024年に原宿にオープンした商業施設〈ハラカド〉など、多様な場の立ち上げや運営に携わってきました。期間限定の熱量と、日常として続いていく場の心地よさ。その両面を編集してきた桜木さんの視点から、わざわざ行きたくなる場の引力を紐解きます。
(文:船橋麻貴/写真:大崎あゆみ)
桜木彩佳さん(さくらぎ・あやか)
1986年生まれ。多摩美術大学卒業。ライブハウス〈青山 月見ル君想フ〉、〈株式会社TASKO〉を経て、〈株式会社東京ピストル(現・株式会社BAKERU)〉にてイベントパーク〈下北沢ケージ〉現場責任者、シェアオフィス〈HOLSTER〉管理人を担当。現在は〈BONUS TRACK〉や〈ハラカド〉で、場の編集やコミュニティの運営に携わっている。
Instagram:@873dori
今、何かが起きている。
人を引き寄せる「場の気配」
F.I.N.編集部
最近、わざわざ行った場所はありますか?
桜木さん
先日、〈渋谷ストリーム〉でやっていた「SHIBUYA SLOW STREAM」というイベントに行きました。ミュージシャンが音楽を奏でていたり、子供向けの仕掛けがあったりする広場の企画で、ビル風がすごくて寒かったんですけど(笑)、しばらくずっとその場を見てました。あとは、知り合いに誘われて読書会に行ったり、高円寺の〈HoiPoi(ホイポイ)〉という古民家を改装したスペースに行ったり。正直「読書会か、ハードル高いな」なんて思ったりもするんですけど(笑)、知り合いが声をかけてくれたりすると、「あの人がやっているなら」と足が向いちゃいますね。
桜木さんが足を運んだ高円寺の〈HoiPoi〉。築50年以上の古民家を活用し、オルタナティブスペースやアーティストレジデンスの拠点として使われている
F.I.N.編集部
人とのつながりが足を運ぶ動機になっていることが多いのですね。
桜木さん
動機はいろいろですが、知っている人が普段と違うことをしていると、気になって見に行きたいと思うんですよね。あと単純に、機運が立ちあがっていそうな場を見るのが好きで。人の熱量みたいなものがもこもこ湧きあがっているというか、「今ここで何か起きてる」という空気感を感じると、つい見に行っちゃいます。
F.I.N.編集部
その「機運が立ちあがっていそう」というのは、どういうものなのでしょうか?
桜木さん
私は美大を卒業後、仕事というものにピンとこなくてモラトリアムをしていた時期が4年弱あるのですが、その時にライブハウスや劇場によく足を運んでいたんです。もともとライブや舞台が好きというのもあるんですけど、その場にいる知らない人たちと一緒に同じものを見るという構造がすごく好きで。1人で行ったとしても、同じ時間を共有しているあの感じ。それがすごくいいなって。今自分がやっている場づくりでも、そういう瞬間をつくれたらいいなと思っているんです。
イベントは特集、場の日常は連載。
場のハードルはどう下げられるのか
F.I.N.編集部
桜木さんは現在、〈BONUS TRACK〉や〈ハラカド〉の運営に携わっています。イベントや展示なども仕掛けていますが、「その時限り」のものは場にどんな影響を与えると思いますか?
桜木さん
場を1つの雑誌に見立てるとわかりやすいのですが、常設のテナントさんが連載で、そのときどきのイベントが特集のようなイメージです。イベントをきっかけにテナントさんの魅力に改めて気づく人もいるし、「イベントがない時はどんな場所なんだろう?」と場の存在に初めて興味を持つ人もいる。「ここに来ると何かに出会える」という印象をつくる役割があると思っています。
2020年に誕生した〈BONUS TRACK〉。個性豊かな店舗と広場が特徴的
F.I.N.編集部
たしかに、〈BONUS TRACK〉のように空間自体が垢抜けている場は、興味があったとしても「自分が入っていいのだろうか」と戸惑う人もいるかもしれません。
桜木さん
空間としては、街と施設が地続きのように繋がっていて開けてはいるけど、どうしても最初は「自分が入ってもいいのかな」「どう過ごせばいいのかな」とハードルを感じてしまいますよね。そのハードルを下げるために意識しているのは、境界をふわっとさせること。例えば、お子さんが遊んでいたり、音楽が鳴っていたりすると、「なんだか楽しそう」「ちょっと覗いてみようかな」と思いやすくなると思います。あとは、野菜や植物のマルシェのように、地域の方がどなたでも立ち寄りやすい催しをやったり。
逆に、フェミニズムに特化したブックマルシェや、タイのポップカルチャーを取り扱うマーケットのように、少し専門性のあるエッジの効いたイベントも開催しています。ただ、同時にそういったものだけにならないようにバランスを取ることが大事だと思っていて。街や人に開けた状態を保ちながら、いろいろな入口をつくることを意識しています。
〈BONUS TRACK〉では、夏祭りやブックマーケットなど、さまざまなイベントが開催されている
分断された空間を繋ぐ。
商業施設における「場の編集」
F.I.N.編集部
一方で、〈ハラカド〉のような都市型の商業施設では、また違う難しさがありそうですね。
桜木さん
全然違いますね。都市部にあるようなビル型の施設だと、フロアごとに分断されやすくて、上の階で何が起きているか、下の階の人が知らないということがよく起こるんです。だから私は、拠点を持たずに館内をウロウロして、あちこちで「今こんなことやってますよ、今度こんなことがありますよ」と伝えるようにしているんです。
例えば、7階で何か起きていたら、それを3階の人に伝えて「一緒に行きませんか」と誘ってみたり、「別のお店でこういうことをやっているから、こことも合いそうですよね」とテナントさん同士を繋いだり。そういう風に館のなかを循環させないと、どうしても自分のお店やそのフロアだけに目が向きやすくなるんですよね。
原宿の神宮前交差点にオープンした〈ハラカド〉
F.I.N.編集部
都市型の商業施設ならではの課題かもしれませんね。
桜木さん
全然悪いことではないのですが、自店だけに注力すると「この館に入居した意味」みたいなものが薄れてしまうと思います。立地がいいから、売上が立つから、それだけの理由であれば、別の場所でもいいわけじゃないですか。本来は、70以上ものテナントさんが1つの館に集まっていること自体が面白さになるはずなので、その意味や関係性をどうつくれるかが大事だなと思っています。
F.I.N.編集部
その「この館ならでは」という個性は、どうやって生まれていくのでしょうか?
桜木さん
すごく難しいんですけど、やっぱりそこで働いている人たちの状態が大きいと思います。隣のお店が何をしているか知らない、関係や関心がないという状態だと、場としての一体感は生まれにくい。逆に、困った時に助け合えたり、一緒に何かやってみようという空気があったりすると、それがそのまま場の気配になると思うんです。
デザインが得意なスタッフさんがほかのお店のメニューを作ったり、お花屋さんのドライフラワーを別のお店が活用したり、そういった小さいコラボレーションが生まれ始めると、「ここってなんだか面白い」という空気になっていく。それは最初から設計できるものというよりは、ちょっとずつ育っていくものだと思うんですけど、そういう状態をどう後押しできるかは大切にしていきたいですね。
〈BONUS TRACK〉と〈ハラカド〉、立地も来てくださる方ももちろん違います。だから、〈BONUS TRACK〉ではいろいろな入口やきっかけをつくること、〈ハラカド〉では館の中に関係性をつくることを意識して、その場に合った場づくりを探していく。それぞれの個性や魅力が際立っていくほうが場として面白いですし、「また行きたい」という動機になると思うんです。
誰かが「0点」にならないように、
小さな熱量を繋ぎ合わせる
F.I.N.編集部
桜木さんが場づくりするうえで、大切にしていることは何でしょうか?
桜木さん
場で何かやりたいという方、例えば、イベントを企画されている方などに、めちゃくちゃ話を聞きますね。ほぼ事情聴取みたいな感じで(笑)。「なんでここでやりたいんですか」とか「何を期待してこの場所を選んでくれたんですか」とか。なぜかといえば、人によって、その目的や想像している景色が全然違うからです。子供が多い場所だからやりたい方もいれば、常設テナントとの関係性を築きたいという方もいるし、単純に自分たちの存在を知ってもらいたい方もいる。その場でやる意味が見えてくると、どういう人やモノを組み合わせるとよさそうかが考えやすいんです。
F.I.N.編集部
人やモノを組み合わせる時、どんな工夫をされていますか?
桜木さん
ゼロから何かを発明するというよりは、すでにあるものをどう組み合わせるかをすごく考えます。ライブハウス〈青山 月見ル君想フ〉の運営や企画をしていたときは、牛乳が余っているという飲食チームの悩みと、出演アーティストがカルアミルクが好きという話を繋ぎ合わせて、当日限定のドリンクを作ったり。これは両者の状況を把握していないと出てこない発想だと思うのですが、自分にとっての場づくりは、何かと何かを掛け合わせる編集の仕事に近いなと思っています。
F.I.N.編集部
それが桜木さんの肩書きでもある「場を編集する」ということなんですね。
桜木さん
あとは、全員を100点満点にするのはすごく難しいんですけど、「誰かが0点にならないようにする」ということは常に意識しています。
場にはいろいろな立場の人がいますよね。ディベロッパーの方もいれば、尖ったカルチャーを持つ店主さんやチェーン店を営む方、長い間その土地で暮らしてこられたような方もいる。お互いリスペクトはあるけれど、使う言語が違うことも多いんですよね。だから、私のように大家さんでもなければお店の人でもない「間の人」が、ちょっとだけおせっかいをしていくというか。それぞれのモチベーションをくみ取って、くっつけたり整えたりする。それが私の仕事だと思っています。
F.I.N.編集部
この先、リアルな場の価値はどうなっていくと思いますか?
桜木さん
予想を裏切る偶然みたいなことは、やっぱりリアルな場にしかないと思うんですよね。今ってオンラインだと「あなたはこれが好きなんでしょ」とずっと言われ続けるような、好みのアルゴリズムの中に閉じ込められがちじゃないですか。もちろん便利ですが、そこから外れるものには出会いにくい。でもリアルな場だと、全然違うものがふっと目に入ったり、隣の人の会話が聞こえてきたり、同じ空間にいろいろな人がいることを感じられるんですよね。誰かが盛りあがっている横で、本を静かに読んでいる人がいたり、犬の散歩をしている人がいたり。そういう違うものが同時に存在している感じが、私はやっぱりすごく好きなんです。
そういう場所にただいるだけでもいいし、もし少し関わってみたいと思えば、関わってみてもいい。いつもはお客さんだけど「自分も何かやってみたい」と思って、ちょっと試しに出店してみるとか。結局、私は何かをやりたいと思っている人やその想いが、この世で一番尊いと思っているんです。その熱量を絶やさないように、場という器を使って「やってもいいんだ」と思える空気をつくる。プロじゃなくても「やってみたい」と思っている人が、その場に実際に関われるようになると、もっと面白くなるんじゃないかなって。そんな風に「やってもいいんだ」と思える空気がある場所を、これからもつくっていけたらいいなと思っています。
【編集後記】
場における「人」は、魅力的な店主や素敵な接客のような直接的な体験をもたらすだけでなく、もっと間接的、複合的に場の環境を織りなす要素でもあります。桜木さんのお話を伺って、例えばその場で働く人たちにいい関係性があること、企画者の熱量、集まった客の自由な様子などはたしかに居心地のよさにもつながりそうだと思い「“場”とは“人”でもあったのか!」と新鮮に気づきました。さまざまな立場の人が「自分の場所」と思っている状態、それがそのまま場の魅力になりうるのではないでしょうか。
(未来定番研究所 渡邉)