2024.11.08

余白をつくる

数字で表せない、かっこよさ。デザイナー・関祐介さんの仕事から考える「余白」。

余白を持つって何だかかっこいい。余白が潜むものごとに触れると落ち着く気がする。遊び心がある軽やかな人や、ほっと息抜きができる場所……。なにかとせわしない世の中で、余白のある存在や余白の持ち方が注目されているような気がしています。F.I.N.では、そんなさまざまな「余白」と上手に付き合っている目利きたちに取材し、余白についての考え方や取り入れ方を探ります。

 

蕎麦屋にカウンターとしてアート作品を設えたり、カフェの床に円形の切れ込みを入れたり、ファッションブランドの旗艦店では剥き出しのコンクリートの壁を破壊したり。革新的な空間を設計し、訪れる人に新しい体験をもたらすデザイナーの関祐介さん。今回は京都の事務所にお邪魔して、それらの空間がどのような価値観のもとで生まれたのか、日々の思考について伺い、「余白をつくる」ヒントを探ってきました。

 

(文:浪花朱音/写真:津久井珠美/サムネイルデザイン:美山有)

Profile

関 祐介さん(せき・ゆうすけ)

デザイナー。兵庫県生まれ。〈sacai〉、〈Kiko Kostadinov TOKYO〉などグローバルブランドとの協業をはじめ、〈Kumu 金沢〉、〈すば(suba)〉、〈Sniite〉などローカルに紐付いたホテル、レストランまで幅広く設計を行う。現在は、東京、京都の2都市に拠点を構える。

 

HP:http://yusukeseki.com/

Instagram:https://www.instagram.com/sek03/

AとBの間から面白さや美しさを見出す

F.I.N.編集部

本日は京都のスタジオにお邪魔しています。お風呂とキッチンが半屋外だったり、マテリアルと思われるものを重ねて物置にされていたり、早速「余白」のようなものを感じています。

関さん

スタジオはあえて中途半端な状態にしているんです。例えば、壁のボードも塗装する前の下地のままにしていて。この空間は未来を設計していく場なのに、目に入ってくる情報が完成していては、新しい発想が生まれなさそうだなと。

 

僕は常に変化できる状態でいたい、不自由でいたくない、という思いがあるので、それが反映されているのかもしれないです。それに、今って白と黒しかない世の中になりつつあると思っていて、どうしたらそこから抜け出せるかをよく考えています。依頼を受けた時も、AかBかではなく、その「中間領域」を探すようにしていますね。

スタジオの壁に、アーティスト・小畑多丘さんのドローイングを発見。「本当はもっと小さく描いてもらうはずだったんですよ(笑)。真っ白な完成された壁ではないから、彼も自由に描けたのかもしれないですね」(関さん)

F.I.N.編集部

壁を剥き出しにしたり、アート作品をカウンターにしたり、関さんの仕事は発想が自由だなと感じます。アイデアはどこから湧いてくるのでしょうか?

関さん

街中のちょっとした違和感を見つけることでしょうか。例えば、工事現場の「令和に工事された部分」と「昭和に工事された部分」が入り交じっている様子とか、電気工事の人が何げなくまとめた配線とか、面白いなあと思って写真を撮っています。僕が良いと感じる違和感は、誰かが意図して作ったものよりも、無意識な状況で生まれたものが多いかもしれません。そこに美しさというか、愛おしさのようなものを感じます。

最近のスナップ。足場を固定するために何気なく置かれたコンクリートブロックが良い違和感を出している。

アート作品の上で、そばをすする

新しい体験価値が生まれるまで

F.I.N.編集部

京都の立ち食いそば屋〈すば(suba)〉は、アート作品がカウンターとして使われていることでも話題ですよね。どのような背景から生まれたのでしょうか。

関さん

立ち食いそば屋は、カウンターさえあれば用は足りますが、クライアントはファッションやアートに造詣が深く、それだけでは求められているものに到達できないし、自分自身も物足りないなと思っていました。そんな時に、知人で陶芸家の橋本知成さんが「ロエベ ファンデーション クラフト プライズ」(ファッションブランド〈ロエベ〉が現代のアーティストを支援する目的で創設)で賞を獲ったという話を聞いて、そんな彼にスカルプチャーを作ってもらうのはどうかと。点と点が繋がったような感じです。

 

それに、カウンターをつくる費用ではなく、作品を購入する費用だと考えると、お金を払う側も気持ちが変わりますよね。立ち上げの時にこんなことを考えるのもおかしいですが、お店っていつか畳まなくてはいけない日がくる。もしも自分がオーナーだったら、高額なお金を払って作ったお気に入りの店が、誰かに居抜きでそのまま使われることが一番の屈辱だなと思ったんです。だから、もしもお店を畳むことになっても、作品として持ち帰ったり、アートの市場に出したり、その次の展開も考えられる方がいいのではないかと。

スカルプチャーを制作する様子。

F.I.N.編集部

作家の橋本さんからは、どのような反応がありましたか?

関さん

最初は「このサイズで作るのは初めてだからうまくいくかわからない」と言われました。でも、そう言われた時に、僕は作家にやったことのない体験を提供できたことに喜びを感じたんです。橋本さんとは、完成した時に「今後飲食店で、陶芸作家は器以外のものを依頼されるようになるかもしれないね」という話もしました。

F.I.N.編集部

お話を伺っていると、関さんはクライアントや作り手側の視点を大切にされているように感じます。

関さん

そうですかね。自分自身はもちろん、クライアントにも、チームメンバーにも、新鮮な体験を提供したいと考えているのかもしれません。それは、厨房や壁、床を担当する施工の職人さんに対しても同じですね。最初は難しいと不満も出てくるのですが、やっぱりプロなので形にしてくれる。職人さんが、夜飲みに行ったり、家に帰って晩御飯を食べたりしている時に、「今日こんなことさせられたんだけど」と話題にしてくれたら最高だなと思っています。

京都にある〈Technics café KYOTO〉の床は円形の切り込みを入れて少しずらした。 関さんは職人たちとのコミュニケーションなくして完成しなかったと振り返る。

見たことのない景色を作り出すために

F.I.N.編集部

経験のない作業を依頼して、実現させるのは簡単なことではないと思います。そこで関さんが心がけていることは何ですか?

関さん

現場でのコミュニケーションですね。建築業界はかなり細かく役割が分業されていて、施工の職人さんになると、空間の完成形を知らされずに作業をしていることがよくあるんです。それだと仕事に感情が入りづらくて、ただの作業になってしまいがちです。

 

だけれども、きちんと完成形が伝われば、なぜこの作業が必要なのか理解してもらえますし、誰も見たことのない空間を目指していると伝われば、難しいと言いながらも前のめりに取り組んでくれる。だから、僕はできるだけ現場に行って、職人さんたちとのコミュニケーションを大切にしています。

F.I.N.編集部

建築では模型をつくるのが一般的だと思いますが、関さんはあまり模型を使わないそうですね。それはなぜでしょうか?

関さん

模型で再現できる店って、多分面白くないんですよ。規模の大きい建築設計では必要だと思いますが、オーダーメイドの空間を求められているところではあまり優先されるべきではないと思っています。10の説明に対して、職人チームがどう解釈して、どう施工するか。そのプロセスの中でアイデアが出てくることもあります。図面だけのコミュニケーションだったら絶対に生まれないことなんですよね。

F.I.N.編集部

数字では測れないからこそ、生まれる感動があると。それは冒頭の中間領域を探る話にもつながってきますね。

関さん

そうですね。例えば、〈sacai Aoyama〉(ファッションブランド〈sacai〉の世界唯一の旗艦店)の設計では、壁を壊していて、物量は減るけど、表面に隆起が生まれるとか、情報としては増えるという矛盾した状況を用意しました。

関さん

人が気持ちいいと思える状況って、黄金比があるように、究極は数値化されていると思います。そういう意味では数字に対する信頼は持っていますが、ちょっと壊れている部分には、完成されたもの以上に魅力を感じることがあるのも確か。おそらくそれも数値化しようと思ったらできると思いますが、図面で表現しろと言われたら不可能なので。質量みたいなものに脳が反応しているのではないかと信じながら、職人には「壁を崩してください」と伝えています。

「こうありたい」より、「こうなりたくない」

F.I.N.編集部

〈sacai Aoyama〉の空間も素材そのものを生かしたデザインが印象的ですよね。

関さん

現場の空間自体がもはや素材みたいなものなので、そこから見出せるものがあればそれを使えたらなと思っています。それに、選択肢が多いと迷ってしまうから、できるだけ知っているもので作りたいんです。どう組み合わせられるのか、どういう順番で組み換えられるか、パズルのような考え方をしています。

 

そうすることで、あの人が設計したんだなとわかってもらいやすいというのもありますね。で、どこかのタイミングで一気に雰囲気を変えることができればいいかなと思っています。今まではコンクリートを破壊していたのに、急に真っ白な空間にシャンデリア使うの?みたいな(笑)。

F.I.N.編集部

すでに関さんはホテルから個人店まで「これも関さんが手がけていたのか」という驚きがあるように思います。

関さん

うれしいですね。昔設計された喫茶店が、後々いい建築だと発掘されるような体験ってすごくいいなと思っていて。そういうものを作りたいという憧れは、昔からありました。一般の人にはまだ知られてないけど、業界の天才的な人が推している、ということが音楽シーンでもありますが、自分も誰かに名前を出してもらう時に、その人がちょっと自慢できる存在になりたいなと思っています。

F.I.N.編集部

では、これから5年先を見据えたとき、関さんご自身はどうありたいですか?

関さん

日々、目の前のことに必死なので、5年先と言われると難しいですね。自由にやっているように見られますが、僕としてはクライアントの課題に応えているだけなんです。そう考えると、「こうありたい」よりも、「こうありたくない」という視点を大事にしているかもしれません。クライアントワークにおいても、クライアントが求めるものをベースに、自分の「こうありたくない」という視点で絞り込んだりアイデアを考えたりすることが多いです。そうすれば、例えるなら、僕はよかれと思ってカレーを用意したけど、そもそもお客さんは食べられない、みたいなことも防げますし。だから自分の5年先も、「不自由になりたくない」という軸で、色々な選択をしていくのかなと思います。

【編集後記】

ようやく過ごしやすい気温となった京都の、やわらかな自然光が心地よい関さんのアトリエで和気藹々とインタビューは進みました。アトリエに手を加えすぎないのも、模型にとらわれないのも、職人さんに何を作るのかコミュニケーションをとることも、関さんは一貫されていて「他ではこうしているけれど僕はこうなのでこうする」デザイン脳をひしひしと感じました。クライアントとの打ち合わせの際に「こうありたい」よりも「こうありたくない」を聞くんですとおっしゃったのがとても印象的で、感じいりました。イメージの手繰り寄せもまた、同様なのですね。5年先にはもっと手がけられた空間が増えていることでしょう。それらはやはり杓子定規とは無縁で、シュッとしているのに穏やかな空間なのだろうと思います。

(未来定番研究所 内野)