2024.12.16

未来場スコープ

case3| 〈春日台センターセンター〉閉ざさず、共存する。福祉施設の未来。

街の一角が変わると、その場で行われる営みが変わり、人々の流れが変わり、街自体が変わっていきます。そんな変化の真ん中にある空間や建物を紐解いていくと、未来の街並みが見えてくるかもしれません。この連載では、街の未来を変えるようなポテンシャルを持った場所を訪ね、デザインや企画を担当した方がどのような未来を思い描いているのか探っていきます。

 

神奈川県愛川町の住宅街、長く愛されたスーパーの跡地にある街の拠り所〈春日台センターセンター〉。2022年に地域共生文化拠点として建てられたこの施設には、高齢者介護施設や障がい者就労継続支援、寺子屋、コロッケ屋さんなど幅広い機能が7つもあり、世代問わず多くの人々が集います。この場がどう生まれ、どんな未来を描いているのか。設計を手掛けた、建築家の金野千恵さんにお話を伺いました。

 

(文:對馬杏衣/写真:森中康彰/イラスト:SHOKO TAKAHASHI)

春日台センターセンター(神奈川県・地域共生文化拠点)

用途:高齢者や障がい者向け福祉サービス、寺子屋、コインランドリーなど

所在地:神奈川県愛甲郡愛川町春日台3-6-38

施工年:2022年

述べ床面積:1130.62㎡

設計: t e c o 金野千恵

構想3年。住民と話し合い生まれた福祉施設。

F.I.N.編集部

クライアントからどのような依頼があり、〈春日台センターセンター〉ができたのでしょうか?

金野さん

依頼元は福祉事業をされている社会福祉法人 愛川舜寿会さんで、2015年に相談された時は現〈春日台センターセンター〉に隣接する「シャッター商店街」の一角をリノベーションして、訪問介護事業所をつくりたいというお話でした。でも、あるきっかけで計画が白紙になり、それから構想に3年かけて、その後、設計と建設で3年半を経て2022年に完成するという長期プロジェクトになりました。

 

そのきっかけというのが、商店街の隣にあった〈春日台センター〉という地元スーパーの閉店です。近くに大手スーパーが参入して経営が大変だからと、店主がお店を閉めたいと話していたと思ったら、4カ月後には本当に閉店してしまって。子供たちも駄菓子を買いに集まるローカルないいお店で……そういう場がなくなると、さらに商店街周辺の活気がなくなってしまう。当初のリノベーション計画だけで、この街の未来をしっかり描けるのかとクライアントも迷い始めて、一度白紙にして考え直そうということになりました。

1970年代から地元の人々に愛されてきたスーパー〈春日台センター〉。2016年に閉店。

F.I.N.編集部

そこからどのような手段で計画を進めたのでしょうか?

金野さん

この計画を先導していた法人の馬場拓也さんと共に、「あいかわ暮らすラボ」という街の寄り合いを始めたんです。地域の方と集まって、これから10年、20年ここで暮らし続けるにはどういう街になったらいいか、街の魅力・課題は何か、など話し続けました。最初は15人くらいの集まりだったのが、人が人を呼んで増え、気づけば3年経ち、イベントを開催するとのべ400人くらいの方が参加してくれました。その寄り合いを通じて、地域の困り事や要望を確認できたことで、街に必要な場が具体化し、やっと〈春日台センターセンター〉の計画が始まりました。

2017年に行われた「あいかわ暮らすラボ」の様子。現在も不定期で開催されている。

F.I.N.編集部

クライアントだけでなく、その街に暮らしている方々の意見を聞いて建築を進めるというのは、ありそうでないプロジェクトのように思います。

金野さん

建築プロジェクトの中でも、この規模でここまで時間をかけていくことは珍しいと思います。従来のプロジェクトのように、枠組みや予算、スケジュールが決まったなかで進めるというよりは、地域に入り込み、地域の特性を理解しながら進めたことで、かつての〈春日台センター〉のような人が集まる場を、福祉を起点にしてつくりたいという気持ちが高まりました。

 

愛川町への理解が深まったことで、この街は高齢化が進むだけでなく、外国人居住者の比率も高く、子供たちも多く暮らす街なので、多様な人々が関われる場づくりが必要だと思うようになりました。そこで、高齢者施設やデイサービス拠点のみならず、障がいのある子供のデイサービス利用や障がいのある人が働く場、子供が通う寺子屋、家庭内の家事を補助する洗濯代行や惣菜販売、貸し室が併設された複合施設が完成したという経緯です。

〈春日台センターセンター〉の2階にある「コモンズルーム」は、誰もが「居場所」として使えるように、あえて用途を決めていない。

「半屋外空間」から得た、永く愛されるヒント

F.I.N.編集部

〈春日台センターセンター〉をデザインするうえで、参考にされたことはありますか?

金野さん

海外の大学在学中に屋根のある半屋外空間について研究や調査をしていたので、世界中の建築風景を参考にしました。例えば、〈春日台センターセンター〉のプロムナードに面した大きな屋根の雰囲気を海外の街並みに見立て、コロッケ屋さんの窓もフィレンツェのポンテベッキオという橋の上にあるお店を参考にしながら、クライアントに説明しました。開くとまぶたを開けているような印象で、誰がどこから見てもお店がやっていることが伝わりやすいですよね。

コロッケスタンド〈春日台コロッケ〉は、前身の〈春日台センター〉で親しまれたコロッケを踏襲しつつ、バージョンアップ。

F.I.N.編集部

半屋外空間のどのようなところに興味を持たれたのでしょうか?

金野さん

私がこれまで長く調査してきた海外の街中にある半屋外空間は、家でも職場でもない、オープンな場所でありながら個でいられる場所です。例えば、フィレンツェの「ロッジアデッラシニョーリア」では、祭礼の舞台として建設され、小麦の配給所や傭兵の休憩所、彫刻ギャラリーになるなど、長い歴史の中で形を変えて、今もなお多くの人が集まり、彼らの暮らしを彩っている。そのことが、建築の在り方を考えるうえで大切なヒントになると感じました。

 

2040年には高齢者の数も減り始めるといわれています。今回のプロジェクトも福祉施設としてしか使えないとしたら、将来的には機能しない建築になっている可能性もあります。高齢者施設でなくなっても、その街の大切な場として残ってほしいと考えました。そういう意味で目的が固定化されていない半屋外空間の存在は希望でもあります。

半屋外空間の一例である、ネパールの公共休憩所「パティ」。祈りや水汲みの休憩所、暇をつぶす場として使われている。(写真:金野千恵)

F.I.N.編集部

〈春日台センターセンター〉も街に開けたユニークな設計が実現できていると思います。オープンしてから、金野さんも想像していなかったような意外な使われ方はありましたか?

金野さん

そうですね。たまに公式Instagramを見ていて驚くのですが(笑)、例えば、おばあちゃんたちが室内から机を運び出して、外の陽差しの下でお茶会をやっている様子。あと、デイサービス施設の一部としてつくった畳エリアは、子供たちからすると制度上の区分は関係ないみたいで、元気に遊んでいます(笑)。でも、大人がお願いしなくても、自分たちで自発的に施設を掃除してくれる光景も見られるんです。子供たちに一緒に使っている意識が芽生え、この場所をいい場に保ちたいという気持ちが生まれたのかなと思います。自然とみんなで使い方を模索している雰囲気はすごいなと、私も感心します。

建築家が町医者のように関わる未来

F.I.N.編集部

このプロジェクトを進める中で、新しい発見はありましたか?

金野さん

すべての枠組みが決まってから依頼されるプロジェクトと、1から一緒につくっていくプロジェクトの違いを大きく感じています。建築家が関わる領域が従来的なものから刷新されていくと、1つ1つの建築の価値さえも変わると感じました。一緒にビジョンやストーリーを組立てることで、その後どう維持され、愛され続けるかが変わるし、本質的な環境づくりにつながると思います。

 

建築家は、さまざまな地域や文化から学び刺激を受け、未来の環境づくりをするのが基本だと思います。しかし、そうした遊牧民的な側面を持ちながらも、究極的には各々の建築家が居座る街があって、そこに関しては誰よりも詳しいと言える存在に建築家がなったら、多くの地域が面白くなるだろうなと思います。というのは、地域に入っていって詳しくなればなるほど見える世界が変わり、その視界や関係性だからこそ生まれるものがあると思うんです。町医者的な役割ができる建築家が増えることで、その地から生えてきたような、生活者にとってもしっくりくる建築や場が増えていくのでは、と思います。

F.I.N.編集部

最後に、これからの未来、私たちにはどういう場が必要になっていくと考えていますか?

金野さん

人をより寛容に受け入れられる場所が必要だと思います。例えば、ちょっと疲れた時とか、体が辛い時に座れる場所ってすごく少ないじゃないですか。都心に行けば行くほど、そうですよね。建築のつくり方次第で、社会が冷たくなってしまうこともある。だからこそ建築の責任は大きいと思っています。もっと社会を優しくできるというか、変えていける風景があるんじゃないかなと。

 

建築は唯一無二の「作品」として語られることが多いですが、真似したくなる建築というのは素晴らしいと感じますし、私もどんどん真似してもらえたらなと思っています。〈春日台センターセンター〉のような場があることで本当の意味で救われる人って、たくさんいるんですよね。子育て支援センターにはハードルが高くて行けないけど、センターセンターの畳には来れるというシングルマザーの方もいて。そうするとデイサービスに通うおばあちゃんが子供をあやして励ましてくれる。そんな場が、この先もどんどん増えるといいなと思います。

Profile

金野 千恵さん(こんの・ちえ)

一級建築士。神奈川県生まれ。2005年東京工業大学工学部建築学科卒業後、1年間スイス連邦工科大学の奨学生として留学。2011年東京工業大学大学院博士課程修了、博士。2015年一級建築士事務所〈t e c o〉を共同設立。2021年より京都工繊工芸繊維大学 特任准教授。主な作品として、住宅「向陽ロッジアハウス」(2011東京建築士会住宅建築賞 金賞、日本建築学会作品選集 新人賞、グッドデザイン賞2012)、〈春日台センターセンター〉(2023年日本建築学会賞(作品)、BCS賞、JIA優秀建築賞2023、グッドデザイン賞2023 金賞、ほか受賞)がある。

【編集後記】

今回の取材では「建築」と関連づくことが少ないであろうフレーズをたくさん発見できたのですが、なかでも印象に残っているのは「伴走」と「寛容」という言葉です。

建築家(つくる人)が地域の生活者(使う人)と設計の手前から一緒に考え、さらに建造物の使われ方が変わってしまう未来さえ見据えるということは、その空間が用途や利用者を限定しない包容力をもつことと密接につながっているのではないかと感じました。地域の方々が自然とそこに集まって優しくあたたかく過ごしているのも、そんな場だからこそ生まれる風景なのではないでしょうか。

(未来定番研究所 渡邉)

もくじ

関連する記事を見る

未来場スコープ

case3| 〈春日台センターセンター〉閉ざさず、共存する。福祉施設の未来。