2023.08.31

集う

5年先の街コミュニティ設計図。

「5年先の未来の街には、どんなところにどんな人が集まっている?」

 

人と人が顔を合わせることや、一つの場に人が集まること。これまで当たり前と思われていた「集う」という行為が特別な意味をもった時期を経て、これからの街にはどんなところにどんな人が集まってくるのでしょうか。街づくりやコミュニティの場づくりに携わる建築家のお二人、FUJIWALABO(フジワラボ)代表・藤原徹平さんと、スペースドットラボ代表・藤岡俊平さんに、最近のプロジェクトの動きやこれからのニーズをふまえて「5年先の街コミュニティ設計図」を描いてもらいました。

 

(文:山本章子/サムネイル:米村知倫)

一極集中の時代を経て、自分が宝と思えるものがある場所への分散へ

Profile

藤原徹平さん(ふじわら・てっぺい)

1975年、横浜市生まれ。FUJIWALABO代表。一級建築士。横浜国立大学准教授。本牧の海岸埋め立てに疑問を感じて建築を志す。横浜国立大学大学院卒業後、隈研吾建築都市設計事務所にてさまざまなプロジェクトの設計チーフを経験。主な作品に〈クルックフィールズ〉〈チドリテラス〉〈泉大津市立図書館シープラ〉ほか多数。

これまで、大都市への一極集中化でもわかるように、便利で経済活動が盛んなことが街に人が集まる要因の一つでしたが、コロナ禍によって、過密による感染症のリスクが極めて高いことも明らかになりました。藤原さんは、「量で勝負する資本主義的な戦略は道筋を絶たれている」と言います。

 

「東京の電車の朝のラッシュがいい例ですが、これまでは一箇所に異常に人を集めて、すし詰め状態になっていました。でも、オンラインを含めて選択肢がたくさんできた今は、積極的にあの状態に戻りたいという人はいないでしょう。超高層ビルもたくさんつくられましたが、働き方や消費も多様になって床面積もそれほど必要でなくなった。これまで『詰めること』『積むこと』で勝負していた街は、新たな設計図を引き直す必要があると思います」

 

では、これからの街づくりに必要な価値観はどんなものでしょうか?藤原さんによると、ポイントは「宝」と「開放」の2つ。一つ目の宝について伺います。

 

「人間が生きていく街には、宝があると思っています。温泉や、海があっておいしい魚がとれるというように、宝のある場所に人が住んで街になるというケースもあるし、人が集まったところに市場ができてそれが宝になっていくこともあります。これらはわかりやすい例ですが、夕日がきれいに見えるということや気持ちのいい風景だって人間が生きていく上で大切な宝で、宝をみんなで共有したり、維持していくのが社会の本来の姿です。ここ数十年、貨幣の価値ばかりが高まって経済活動が盛んなところが住みやすい所となっていましたが、これからは自分が宝と感じるところに人々が集まるというように、経済至上主義以前の価値観に自然に戻っていくのではないかと思っています」

 

多くの人がすでに宝と認識しているものがある場所はすでに需要があり、土地の価格も高くなります。そこで今後大事になってくるのが、まだほとんどの人が気づいてない宝の原石を見つけたり、価値がないと思われているものを宝にするという感覚。藤原さんは、これを「宝探し」ならぬ「宝磨き」と表現します。

 

「宝を人から買ったら高価だけど、まずは宝を探してみる。あるいは宝を自分で磨く。目利きになるか、あるいは磨く技術を高めていけば、石が玉になることもあるわけです。僕の場合、仕事で依頼をいただくと、『この街の宝はなんだろう』と探すところから始めます。施主さんと話を重ねて一緒に探したり、価値のありそうなものを磨く提案をしたり。その街やその場所の宝が何かわからないのに建築の構想を描くことは難しいので、建築計画の前に宝探し、宝磨きから始めます。それをせず他の街のいいものを真似しても自分たちの宝が見つからない、自分自身が輝くこともないんですよね」

 

そして二つ目の、「開放」について。こちらは2023年に竣工した京都市立芸術大学及び京都市立銅駝美術工芸高等学校の移転プロジェクトを例に挙げて話をしてくれました。

2023年10月に移転が予定されている京都市立芸術大学の新校舎。塀や門がなく、開放的な印象を受ける。一部は鴨川にも面しており、複数の校舎の間には、車も通る新しい道ができる。©︎乾・RING・フジワラボ・o+h・吉村設計共同体

「街において開放というのはとても大事な考えで、とくに公共施設の建築は、社会の制度を開放することで変革していけると思っています。京都市立芸術大学の新校舎に関して特徴的なのは、塀がないこと。敷地内には、京都に受け継がれてきた『通り』や『軒下』などの空間要素を意識して、車も通れる道をつくりました。図書館や音楽ホールもひらかれた施設で、学生同士の交流はもちろん、市民や京都を訪れる人が街を歩くように芸術に触れることができるキャンパスとなっています」

 

鴨川や高瀬川に面した開放的な新校舎は、「テラスのような大学」がコンセプト。テラスは外に向かってひらかれた場所ですが、社会に向かってテラスのように張り出した大学は、地域の歴史や文化と緩やかにつながって、芸術を原動力にさまざまな人の出会いや交流が活発に行われる場になることを目指すと言います。

人々が誇りに思える宝と、ひらかれた場のある街

「場所の未来をひらく建築」として、藤原さんたちが描いた架空の街。駅前は交通や商業としての機能だけでなく、交流や文化をつくる可能性を探求。使われていない裏山、田畑は壊さず創造的に再生することで、自然と人間が調和する新しい都市像を描いている。©︎FUJIWALABO

藤原さんは「建築計画の前に、宝探しや宝磨きをして基本構想を描くことが今後ますます重要になってくる」と言います。また「教育機関を含めた公共施設の建築は、がんじがらめにシステムや用途を限定せずに、開放する方向を思いきって提案する」とも。藤原さんが描く「5年先の街コミュニティ設計図」には、この「宝」と「開放」が描かれています。

 

「〈金沢市立21世紀美術館〉は無料のエリアがあって、休憩所のように誰でも利用できるなど、美術館のあり方を開放した好例だと思います。そういったボーッとするだけでも気持ちのいい場所があれば、それは街の宝になります。街のなかに『ここは、この街の宝だ』と思っている場があり、大小いろいろな開放された場所がある。それは建物とは限らないし、木を植え替えて整えるだけでも宝になりえます。大切なのは、住民や足を運ぶ人が宝だと気づいて、その場に集ったり自慢したりしていること。そんな街が、いい街だなと思います。一つの大きな宝がなくても、宝磨きができること自体が魅力になるし、宝磨きの集合体が街になっていくとも言えます。これからの街づくりは、そういった自然で無理のないかたちになっていくのではないでしょうか」

銭湯やサウナに見られる「ゆるくつながる場」の重要性

Profile

藤岡俊平さん(ふじおか・しゅんぺい)

1982年、奈良市生まれ。スペースドットラボ代表。NPO KYOBATE理事。NARA TEIBAN共同運営代表。神戸芸術工科大学卒業後、水澤工務店勤務。地元である奈良へ戻り、父・藤岡龍介主宰の藤岡建築研究室に入社後、宿泊施設〈紀寺の家〉を設立。シェアリングコミュニティスペース〈bird bird〉運営、紀寺の食事会「くちばし」主宰。

「町家暮らしを体験できる宿泊施設〈紀寺の家〉を始めて13年目になりますが、オープン当時は1棟貸しで旅館のようなおもてなしを受けられる宿泊形態が多くなく、暮らすように滞在するという新しいスタイルを提案しました。今では町家や古民家を改装した宿泊施設も増えて街のなかに馴染んでいますから、新しい当たり前が生まれたとも言えますね。街のなかに接点をつくり、そこから新しい交流が生まれることによって、街に対して良い影響が与えられたらいいなと思ってデザインをしています」

 

さらに、地元の人たちが交流する場をつくりたいとの思いから、旧南都銀行の建物をリノベーションしたコワーキングスペース、シェアダイニング、サウナを備える複合施設〈bird bird〉を2023年3月にオープン。藤岡さんのコロナ禍の実体験が場づくりのきっかけになったと言います。

〈bird bird〉のシェアダイニングスペース。金曜、土曜には藤岡さんがバーをオープン。自ら、奈良の住人や紀寺の家を利用する観光客が、ゆるくつながることができる仕掛けをつくっている。

「以前は、僕自身週に3日は人と会う生活をしていました。でも緊急事態宣言で人と会えなくなりオンラインでの会話が日常になってくると、徐々に人と会える日常が戻ってきたときに、人との付き合い方や距離感のようなものを忘れてしまっていたんです。自分の思っていることをうまく表現できなかったり、話をすることに疲れてしまったり。一人でいると孤独も感じるし、人とつながりたくないわけではないのに、束縛感を感じて苦しい思いをしていました。でもある時、こんな風に感じているのは僕だけではないのではと思い、『ゆるくつながる場』をつくりたいと考えるようになりました。それ自体が、僕の居場所でもあると思ったので」

 

藤岡さんの言う『ゆるくつながる場』とは、例えば銭湯やスポーツジムのような場所。銭湯は入浴という個々の目的がありますが、場としてその目的を不特定多数の人と共有します。そのなかで、自分の生活リズムで足を運ぶと顔見知りになる人も出てきます。あいさつをしたり、名前や職業を知らないまま話をするのも自然な流れです。

 

「〈bird bird〉にもサウナを設置していますが、最近のサウナ人気も、裸の付き合いでゆるくつながれることが要因の一つである気がします。コワーキングスペースの利用者同士が一緒にサウナに入ったり、お酒を飲んだり、食事をしたりしてつながる。そこから、新しいビジネスが始まることがあるかもしれません」

 

最近は、〈bird bird〉でランチ会を開催しているという藤岡さん。10人が一斉スタートする会ですが、お客さんは1人や2人で来る方がほとんど。『食事会』というコンセプトがポイントで、みんなで乾杯して同じ料理を一緒に味わい、最後は店主もいない空間で一緒にお茶を飲むのだとか。食事の時間を共有することで、初対面でも『今度一緒にあのレストランへ行きましょう』などと、ゆるいつながりが生まれることがあるといいます。

 

「もちろん、つながりたくないときは無理につながる必要はありません。5年先の街の姿を考えたときに、ゆるやかにつながれる場がいくつもあって、蜘蛛の巣が広がるように、いろいろな人たちがほどよく繋がっているイメージが湧きました。そういった場は、ともすると無法地帯になりがちですが、銭湯の番頭さんのように場を裏で整えている人が各所にいることも重要です。安心感のあるなかで人々が自分のペースでつながれる。そんな場がいくつもある街は、居心地が良さそうです」

あちこちに「ゆるいつながり」がある街

街の中にゆるくつながれる場所が点在し、そのゆるやかなつながりが街をまとっている様子を描いた藤岡さんの設計図。「つながり」は実際には目に見えないが、カラフルに軽やかに、街を彩っている。

アプローチの方法はそれぞれ異なりますが、お二人の設計図には、価値観の近い人同士が好きな場所に集うことができる、多様で開かれたコミュニティが描かれていました。

【編集後記】

コロナ禍を経て社会は大きく変容し、私たちはより本質的な価値を追い求めるようになりました。当たり前が揺らぐ日常の中で、ふとしたときに見る夕日の美しさや、だれかとちょっとした挨拶を交わす際の温かさといった、自分自身の足元にあったより根源的な「宝」に改めて目を向けるようになった人も少なくないのではないでしょうか。
建築家たちも、そんな社会変化への深い洞察や自身の経験などから、ただ器となる空間をつくるだけではなく、その土地だけの「宝」と人や街をつなぐ「関係性」をデザインしている、というお話がとても印象的でした。
これからは、街中に点在する「宝」を中心に、人と人、人と街、さらには街と自然がつながり、それらの境界線がゆるやかに溶け合っていくことで、より豊かで魅力ある街コミュニティが形成されていくような気がします。

(未来定番研究所 岡田)