2023.08.25

集う

あの飲食店の人が集まる仕掛け。

大人数で集まることや飲食をしながら語らうことを禁じられたコロナ禍を経て、人と集い、飲食を楽しむ喜びが戻ってきています。友人や家族と乾杯をし、食事に舌鼓を打ち、おしゃべりに興じる。そんな場を作り出している飲食店の店主たちは、どんなことを考えてお店を営んでいるのでしょうか?3つの飲食店を訪ね、人が集まる仕掛けを探ってきました。

 

(文:花沢亜衣/写真:飯本貴子)

西麻布〈EUREKA!〉の場合

西麻布の交差点から少し歩いたビルの2階。赤い扉を開けると、眼前に飛び込んでくる「Strawberry Meeting」のネオン。国内外の日本酒好き、新しい日本酒体験を求める人が集う〈EUREKA!〉です。

オーナーの千葉麻里絵さん

「店名の“ユリーカ”は覚醒、発見という意味です。日本酒とお料理のペアリングでの発見はもちろん、人と人が出会って得られる驚きや覚醒という意味を込めています。

人やお酒との一期一会を大事にしたいということで、『Strawberry Meeting』のネオンを掲げています。苺と一期(いちご)、会議と一会(いちえ)を掛けています」。

 

〈EUREKA!〉でのペアリングは、まさに一期一会、唯一無二の飲食体験。日本各地の珍しい日本酒は、それぞれ最適な温度と酒器で提供され、旬のフルーツなどを使ったおつまみとのペアリングは未知の感覚を体験させてくれます。

燻製香をまとわせイカスミをマヨネーズに練り込んだ「うふ♡マヨ」と、チョコレートのような風味がある岩手県遠野市のオーベルジュとおの屋 要が造っている日本酒「権化 PEAT」は、〈EUREKA!〉の定番とも言えるペアリング

「日本酒のペアリングは、料理の食材や味だけでなく、お酒の香り成分の分析結果に基づいて相性を考えるなど、科学的なアプローチをベースに組み立てています。アートや音楽など、いろいろなエンタメからインスピレーションを受けることもあります。

酒器や量、順番も大事。おいしいけど少しでいいなとか、これはガブガブ飲みたい、そういう感覚的な部分を日本酒の飲酒体験に落とし込んでいます。

日本酒の樽に使われる吉野杉で造られたカウンター。側面の曲線が美しい

日本酒って、カジュアルにも上品にも楽しめるんですよ。着席でじっくりペアリングを楽しみたい時、個室で大事な話をしながら特別な食事を楽しみたい時、仲間と気軽に立ち飲みしたい時。そういういろんなシーンに対応できるようにお店のインテリアも、立ち飲み、カウンターの着席、個室と用意しています。海外のお客さんも多いので、何を求めてお店に来ているのかを見極めて提供するようにしています」。

さまざまなニーズに答えてくれる日本酒の懐の深さと、新しい出会いをくれる千葉さんのプレゼンテーション。そういった“ここにしかない体験”が人を引き寄せています。同時に、千葉さんも集まる人から影響を受けることが多いと言います。

「風の森 露葉風507」と「ほたてと桃のタルタル」は、夏らしい爽やかなペアリング。フルーツを使った料理と日本酒も〈EUREKA!〉だからこその体験

「日本酒だけでなく、いいものに出会い知っていくことで、心が豊かになるし、生活の楽しみも増えると思うんです。コロナになった時に、食も含めたエンタメは必要ないというような風潮になってしまいました。

でも、久しぶりにお店に来ていただいたお客さんが、お店でおしゃべりをしながらお酒を飲めたことに涙を流して喜んでくれて。やっぱり人と人は同じ空間でお食事をすることでしか得られないものがあるんだなという思いが強くなりました。

人が集まることでコラボレーションが生まれることもあります。この人とこの人が繋がったら面白そうだと思いお客さん同士を紹介することもありますし、お客さんが私に紹介するために面白い方々を連れてきてくれることもある。そうやって感性が合う人が集まっているのだと思います。店というのは、お客さんがつくってくれるんだなと実感しています」。

人が集まるお店のこだわり

・さまざまなシーンに応える日本酒の懐の深さ

・店主の千葉さんが提供する唯一無二のペアリング

・感性が合う人と繋がれる喜び

〈EUREKA!〉

住所:東京都港区西麻布4-11-28 麻布エンパイアマンション 2F

電話番号:03-6805-0760

営業時間:[火~金]18:00~23:30/[土日祝]13:00~21:00

定休日:月曜

SNS:https://www.instagram.com/eureka.sake/

立石〈ブンカ堂〉の場合

大人のワンダーランドとも呼ばれる立石。もつ焼き、寿司、おでんなど老舗のディープな飲み屋が軒を連ねる飲み屋街に、2018年12月からお店を構える〈ブンカ堂〉。緑色ののれんをくぐると、奥から店主の西村さんがひょっこり顔を出してくれました。

店主の西村さん

「飲み屋って、本名や何をしているか知らないまま、仲良くなることがありますよね。『また明日、何時に』と待ち合わせするわけでもなく、ふらっと来て、それぞれのタイミングで帰っていく。それに、誰かしら居るんじゃないかって期待してくる人は結構多い。そういう感じでなんとなく人が集ってくれているお店です」。

細長いコの字カウンター。この絶妙な距離感がコミュニケーションを生む

店の真ん中には細長いコの字カウンター。少し低めの椅子とカウンターに座ると視線が変わり、向かい側の人とはつい会釈をしたくなるような距離感で向き合う状態に。ありそうでない狭いコの字カウンターが、この店のコミュニケーション装置となっているようです。

焼酎文化が根付く立石では珍しく、日本酒、ナチュラルワインが充実

「僕は立石の〈二毛作〉というおでん屋さんで長く働いていたので、自分のお店を出すときもカウンターがいいなと考えていました。コの字といっても、対面の席とは通路を挟んでも1mほどしか距離がないので、会話ができるんですよね。『出身地が近いですよ』『趣味が一緒ですよ』とか、僕が話を振ってお客さんを繋げることもあります。1人で接客と調理をしているので、お客さん同士が会話をしてくれているうちに料理をしたり、お酒を作ったりできるんですよ。

それは立石の老舗の〈宇ち多゛〉さんからインスパイアされたところもあります。狭いニの字で、ちょっとしたきっかけで隣の人と会話が生まれる様子が良いなと思っていました」。

カウンターの間は西村さんが一人通れるくらいの幅

お店の雰囲気や西村さんの人柄があるのはもちろん、〈ブンカ堂〉に人が集まる理由は、誰かととりとめのない話がしたいというささやかな期待もあるかもしれません。

「人が集まる場所、帰り道の止まり木のような場にしたいという思いは、オープン当初からありましたし、これからも変わらないですね。

疲れていたら最短距離でまっすぐ家に帰って、ゆっくり休むのが一番いいんですけど、でもやっぱり、人間には無駄とか余暇とか隙間みたいなのが必要だと思うんです。仕事でうまくいかないことがあったのか渋い顔をして入って来た人が、カウンターで人と話しているうちに表情が和らいでいく様子を見ると、特にそう感じます。変わらず、気楽に集まれる場所であり続けたいですね。変わる良さもあるけど、うちは変わらない良さがいいのかなって」。

人が集まるお店のこだわり

・気楽なコミュニケーションを生み出す幅の狭いコの字カウンター

・誰かに会えるかもしれないという期待感

・いつも変わらないお店の空気と西村さんの人柄

〈ブンカ堂〉

住所:東京都葛飾区立石4-27-9

電話番号:03-5654-9633

営業時間:[月~土/祝前日] 14:00~0:00 (料理L.O. 23:00 ドリンクL.O. 23:00) /[日/祝日]14:00~22:00 (料理L.O. 21:00 ドリンクL.O. 21:00)

定休日:不定休

HP:https://bunkadoukeiseitateisi.owst.jp/

NUPURI (三軒茶屋)の場合

2023年5月に三軒茶屋にオープンした〈NUPURI 〉。クールなガラス張りの外観が目印です。店内に入ると、ガラス張りの大きなワインセラー。その横を抜けると、大きなキッチンと対面するカウンターがあります。レストラン、ワインスタンド、ワインショップが一体となったお店です。

「もともと一緒のお店で働いていたシェフと、そこのお客さんだった飲食店のプロデューサーと、ワインショップのオーナーと一緒に意見を出し合ってつくったお店です。ふらっと来てカジュアルに飲むこともできるし、食事をしっかり食べることもできる、夜遅くにワインを買って帰ることもできる。私たち4人の“好き”を集めてできたお店です」と教えてくれたのはマネージャーのかなさん。

マネージャーのかなさん

「かなちゃんとシェフが前に働いていたお店でも、2人を目掛けて来る人が多かったんですよね。家飲みが定着した今、わざわざ外食する理由って料理がおいしいことも大事ですし、そこにいる人と話したいという気持ちも大きいと思うんです。僕らもわいわいするのが好きだから、やっぱり賑やかに語らえる楽しいお店がいいという思いはありました」(飲食店のプロデューサー渡辺さん)。

コンクリートをベースとしたシンプルな内観。シェフとの会話、隣同士の会話も生まれる大きなカウンター

料理は厳選した食材を使用したり、調味料も自ら発酵させ手作りしたりと、シェフのこだわりがいっぱい。和洋中のジャンルにとらわれない表現で一番おいしい料理に仕上げています。

オープンキッチンから見えるシェフたちの手捌きや動きもひとつのエンターテインメント。どんな料理が出てくるかわくわくさせられます。そんな料理に合わせるのは、作り手の個性が感じられるナチュラルワイン。

レバーパテとパン・デピス。スタンドでもレストランのメニューをつまめるのがうれしい

「ワインは世界各地のナチュラルワインを揃えています。レストランではお料理に合わせてペアリングを提案していますし、セラーに並んでいる約3000本のワインは購入していただくことも可能です。スタンドでグラス1杯からも楽しんでいただけます。スタンドでもレストランの料理をオーダーできるので、一緒に来る人や気分に合わせていろいろな使い方をしてもらえるとうれしいです。

説明を書いたタグもつけているので、ワインに詳しくない方も選びやすいと思います。もちろん、声をかけていただければ一緒に選ばせていただきます!」(かなさん)。

 

オープンしたばかりの〈NUPURI〉。これからどんなふうに進化していくのか、その過程を見ていくのもまた飲食店を訪れる楽しみかもしれません。

「これからお店にどんな人が集まってくれるのか、そして、どんなふうに変化していくのか、私たちも楽しみです。シンプルで無機質な空間が時間を重ねることで、どんどん温かい空間になっていけば良いなと思っています。そんな変化も楽しんでもらえるとうれしいです」。

人が集まるお店のこだわり

・レストラン、スタンド、ショップとさまざまなシーンに適応できるお店づくり

・会っておしゃべりしたくなるスタッフの人柄

・お客さんとともに変化していくお店への期待

〈NUPURI〉

住所:東京都世田谷区三軒茶屋1-9-9

電話番号:080-7937-4906

営業時間:15:00~0:00

定休日:なし

SNS:https://www.instagram.com/nupuri__sancha/

【編集後記】

3店舗とも初めて伺いましたが、どのお店も形容しがたい一種の安心感や心地よさみたいなものを感じました。これまで行ったことがないのに、そのお店の常連さんになったような感覚でした。それはお店の人の人柄や提供されるお料理、流れる時間、空間設計、偶発的に生まれる人と人のつながりなど、様々な要素が絡み合って生まれているのだと思います。家でも職場でもない、ふらっと立ち寄って気を休められるそんな居場所が人には必要なのかもしれません。

(未来定番研究所 小林)