2021.07.19

農業をもっと身近に。“週末農業”という新しい日常

「広大な農地で行うもの」「本職の農家の人が行うもの」というイメージを持つ人が多い農業。しかし近年では、都心のビルの屋上に造られた菜園や、近郊の市民農園など、農業にチャレンジする都市住民も増えています。さらに「半農半X」(*1)という考え方も広まり、地方へ移住して「農的暮らしと、天職(X)を行う生き方」を実現する人たちも。そこで今回は、埼玉県草加市の農園で週末農業を行う「NINO FARM(ニノファーム)」の大城秀斗さんと松本純子さんにご登場いただき、農業を取り入れた新しいライフスタイルの可能性を考えます。

さらに後半では、実際に草加の農場を訪れ、「NINO FARM」の作業風景をレポート。農作業をいきいきと楽しむ参加者の声をお届けします。

(撮影:小野真太郎)

*1 半農半X

自分や家族が食べる分の食料は小さな自給農でまかない、残りの時間は「X」、つまり自分のやりたいこと(ミッション)に費やすという生き方。京都府綾部市在住の塩見直紀氏が1990年代半ば頃から提唱してきたライフスタイル。

(参考:幸せ経済社会研究所公式サイト)

“ゆるい”からこそ、続けられる。

「NINO FARM」が考える、コミュニティファームのあり方。

F.I.N.編集部

まずは「NINO FARM」の成り立ちから教えてください。

「NINO FARM」の松本純子さん。

松本純子さん(以下、松本さん)

5年ほど前、農水省の同僚だった初代農園長の二宮(聖也)くんから、「畑を一緒にやらない?」と誘われたんです。自分も農業と直接的に関わりを持ちたいということで。もともと私は地方勤務が長く、米づくりの経験もあったので、もし自分たちで農業をするなら継続しないといけないと思っていました。というのも、「農業を始める人は多いけど、みんな数カ月で断念してしまう」という話を省内の先輩方に聞いていて。原因を尋ねたら、耕作放棄地を開墾する、といった無謀な目標を掲げてしまって、挫折するというケースが多いようでした。そんなことも聞いていたので、自分たちが農業をするなら週1、2回程度、それも通える自宅から近いエリアにしようと。そこで農具が揃っていて、平日の水やりなども行ってくれる世田谷区内の貸し菜園からはじめました。次いで恵比寿の商業施設での屋上農園を経て、昨年からは草加にある農園〈ChaviPelto(チャヴィペルト)〉さんの農場の一角をお借りして、週末農業をしています。大城くんが農園長になったのも昨年からです。

「NINO FARM」の2代目農園長大城秀斗さん。

「NINO FARM」の2代目農園長大城秀斗さん。

松本さんと〈ChaviPelto〉の農園主・中山拓郎さんには、松本さんが開催する食に関する勉強会で出会いました。当初はおいしいランチにありつけるということで参加したんですけど(笑)。その勉強会で「週3官僚で週2農家のように、“半農半X”という生き方をしたい」という話をしたら、ゲストとして呼ばれていた中山さんが「うちの農園使いなよ」と言ってくれたんです。ちょうどそのとき、初代農園長の二宮さんがスリランカに赴任することになり、「NINO FARM」の2代目農園長を襲名しつつ、〈ChaviPelto〉さんの農園を使わせていただく形で「NINO FARM」の活動が始まりました。

F.I.N.編集部

都市部で活動も、大切な要素ですか?

松本さん

参加するまでのハードルが高いと続かないんです。だから都市部から1時間以内でアクセスできるというのもポイントですね。大切にしているのは、強制力を伴わないこと。参加は義務ではないので、参加することを表明しなくていいですし、私たちも農園に着くまで誰が来るのかわからない。めちゃくちゃゆるい雰囲気です。農園長毎週必ずいるので、心配ないというのもありますが(笑)。

大城さん

私の唯一の役割ですから(笑)。一人で管理できるくらいの規模なので、参加者が少なくてもなんとかなる。だから朝起きて「行ってみるか」ってくらい気軽な感じで大丈夫なんです。

F.I.N.編集部

いわば“農業のプロ”である農水省のおふたりが主体的に週末農業を発信することは、とても意味のあることのように思えます。

松本さん

農水省で働いていると食に対する意識が高いと思われがちですが必ずしもそういうわけではありません。コンビニで菓子パンもカップラーメンも買いますし、お菓子も食べます。それに農水省の職員といっても、全員が農業や作物についてめちゃくちゃ詳しいかといったらそうでもないんです。私自身、食育の仕事を担当していたとき、実体験として農業の楽しさを伝えられませんでした……。だから「NINO FARM」の活動は農業についていい勉強になっています。一番は、自分が楽しみたいというのもありますけど(笑)。

F.I.N.編集部

どんな方々が参加されているんですか?

大城さん

最初は農水省や他省庁の同期といった私の知人が多かったのですが、だんだんその輪が広がっていって。民間企業の方からミス・アース・ジャパン(*2)埼玉大会ファイナリストの方、お子さん連れのファミリーまでさまざま。1歳半の最年少参加者もいます。みなさん共通しているのは、“食”が好きってことです。食べるのが好きだったり、食材に興味があったり。

F.I.N.編集部

どんな作業をされるのですか?

大城さん

開催は毎週土曜日なので、できる作業はそんなに多くないのですが、除草したり、苗を植えたり、収穫したりと、基礎的な作業です。季節によっても作業内容は変わってきますが、今の時期は収穫物が多くて。じゃがいも、トマト、なす、とうもろこし、枝豆、とうがらし、パプリカなど、15種類くらいは収穫できますよ。だからとくに夏の時期はめちゃくちゃ楽しいんです。

取材日は2021年6月26日(土)。この日はナスやミニトマト、とうもろこし、バジルなどの収穫が行われていた。

「やりたいけれど、関わり方がわからない」潜在農民のために。

F.I.N.編集部

週末農業をやってみて、どんなところに魅力を感じていますか?

松本さん

「農業は疲弊している」と報道されることが多いですが、私は全くそう思わないです。仕事で地方を転々として、限界集落と呼ばれる地域にも関わってきましたが、自分で作った作物をご近所さんと物々交換をするなど、みなさん生き生きと農業をされています。私自身、週末農業を5年やっても楽しいことしかないですね。始める前の自分と比べると、日々感じる精神的なストレスも少ないように感じます。

大城さん

生業としての農業じゃなくて、農作業を通して農業の楽しい面に多く触れているというのもありますよね。純粋に作物が育っていく姿をみられるのは楽しいし、収穫して食べるところまでできる。「NINO FARM」では農作業後、テラスで〈ChaviPeltoo〉さんが販売しているお弁当をみんなでいただいています。ダイレクトに食のおいしさに触れられるのも魅力的ですが、私が一番魅力に感じているのは、コミュニティという面ですね。3年前、沖縄から上京してきて職場という人間関係しかない中、加わったことで自分の居場所が1つ増えたというか。仕事とも家族とも違ったフラットな関係が築ける「NINO FARM」は、農作業を介して人と繋がっていける貴重な存在です。

F.I.N.編集部

週末に農作業することで日々の生活は変わりましたか?

大城さん

そうですね。農作業に没頭したり、業種の違う仲間と話したりと、リフレッシュになっていると思います。農林水産省の職員といっても、文書作成や会議の運営など事務的な作業が大半。実際に農業と密に関わっているかといったら、実は「農業に関わっている人たちと関わっている」という現場から遠い存在になりやすい。そんな中、自分たちで作物を育て、中山さんをはじめとした生産者の方と接点を持てることは、仕事のモチベーションにも繋がっていると思います。

F.I.N.編集部

コロナ禍の中で、貸し農園の需要が伸びているそうですね。

大城さん

農水省の仕事では農業の関心をどう上げるかが課題としてあるのですが、それがなかなか難しい。一方、この活動をしていると、「行ってみたい」「農業やってみたい」という声が多くて、みなさんがとても関心を持っていることを実感します。なぜだろうと考えてみると、「関心を持っているけど、農業への関わり方がわからない」ことが原因なのかなと。かなり多くの人が農業や作物、食に興味を持っていて、もっと関わりたいと感じているのだと思います。

松本さん

遺伝子レベルで自然に触れたいという思いがあるのかもしれませんね。実際に都会で生活していると、直線的で無機的なものが多い。有機的な自然と触れ合える農業を生活に取り入れることで、公私のトータルでバランスが取れるのかも。

“いびつ”で“規格外”な野菜を、当たり前にする。

「NINO FARM」の活動は、農業とは別のコミュニティファームを持ちたかったという〈ChaviPelto〉の農園主・中山さんの協力によって成り立っています。「こういう拠点ができることで、みなさんの食の興味関心が高まることは農家としても嬉しいこと」と話す中山さんに、二人はこう返します。

〈ChaviPelto〉の農園主・中山さん。

松本さん

作物の栽培方法も強制されることもなく、むしろ自由スタイルでやっていると「そういうやり方もいいね」って。中山さんはめちゃくちゃ柔軟で素敵なんですよ。こうして〈ChaviPelto〉の一角をお借りして週末農業をやらせていただくうちに、中山さんをはじめとした農家さんへのリスペクトが、より高まりました。自分で作物を育ててみると、害虫などの課題にも直面して、スーパーで普段見る作物に対して、これまで以上に関心を持てるようになりました。

大城さん

私もそうです。週末農業をしてみたら、オクラの成長スピードの速さを目の当たりにして、スーパーでオクラを見るたびに、「完璧なタイミングで収穫したんだな」って(笑)。実際に作物を栽培してみると、無農薬で育てる難しさを実感できたり、野菜の生命力を直接感じられたり。食の興味関心が高まったことで、消費者として純粋にスーパーで買い物するのが楽しくなりました。

F.I.N.編集部

そんなお二人が魅せられている週末農業。5年先の未来ではどうなっていると思いますか?

大城さん

中山さんのような農家さんと繋がって、私たちのように農作業が日常に溶け込んでいる人が当たり前にいる未来になっていたらいいですね。そうして食に対する興味関心が増すことで、効率化を求めたり、規格を揃えたりすることだけが農業の価値じゃないという考えが広がったら素敵ですよね。食への興味関心を持ち続けることで、日本の農業のあり方も変わっていくと思うので。

松本さん

自分たちで野菜を作ると、形やサイズ規格外だったりします。でも例えば、きゅうりが大きくなり過ぎた場合でも、スープにすればおいしくいただけるんです。私自身、規格や形にとらわれないようになりましたし、最近ではスーパーでも不揃いのものがどんどん増えています。週末農業する方が増えた5年後は多くの人が持っている農業への心のハードルが今よりもっと下がっていたらいいですし、そのために農業の良さを伝えることを続けていきたいです。

取材中、松本さんにいただいた採れたてのトマト、きゅうり、搾りたての生野菜ジュースなど。また農園内には養蜂場もあり、採れたばかりのはちみつも試食させていただいた。

農業との距離を近づける“週末農業”

さて、ここからは「NINO FARM」の農園にお邪魔し、実際の活動の様子をレポートします。この日の参加者は10人ちょっと。収穫をしたり、除草をしたりと、みなさんそれぞれ自由に農作業を楽しんいでる模様です。

「雑草に日々のストレスをぶつけていました!」と額の汗を拭うのは、「NINO FARM」に参加して3年ほど経つ松本さん。「農作業で体を動かすと気持ちいいですし、実際に作物を育てると生命力を感じられます。都市部でこういう体験ができるのは貴重ですし、食のあり方を見直すきっかけにもなります」

 

また、大城さんの同期の参加者・吉村さんからは、「平日のオフィスビル群から抜け出して、週末に農作業していると、心も体も癒されていくと感じます。オン・オフのいい切り替えになっていますね」という声が。

 

みなさん一様に「食への興味が増した」と語る週末農業。農業のハードルを下げ、私たちとの暮らしとの距離を近づけてくれるよう。5年先の未来では私たちの生活の定番になっているかもしれません。

NINO FARM(ニノ ファーム)

開催日:毎週土曜日 10:00〜12:00

場所:ChaviPelto(チャヴィペルト)(埼玉県草加市氷川町2138-3-A)の農園の一角

https://www.facebook.com/NINOFARM.TOKYO/

【編集後記】

参加者のみなさんが時間に縛られることなく、自分のタイミングで農園にやって来られ、楽しそうに除草作業や収穫をされていて、義務感や強制ではなく、自分の週末の楽しみの一つとして参加されているのが印象的でした。

多くの人は農業との接点がないのが普通ですが、このような形であれば参加したい・参加できる人が多いと思います。コミュニティ形成という面で、都市農園はまちづくりにも貢献しているようにも見えます。

週末だけでも農業に携わる人が増えれば、農業や収穫物への理解が進むと同時に、半農半Xのライフスタイルが定着していく未来があるかもしれません。

(未来定番研究所 織田)