2021.07.24

焚き火クロニクル。先史時代から未来まで。

昨今、盛り上がりを見せるキャンプシーン。なかには「焚き火」をやりたくてキャンプに行くという人もいるのではないでしょうか。仲間で火を囲むだけではなく、ソロキャンプで火と向き合う時間を楽しむことや、焚き火の動画も人気を集めています。

人はなぜ火を求めるのでしょうか。この記事では、時系列で「人と火の歴史」を振り返りながら、その延長にある未来の焚き火のあり方を探ります。

 

まずは、國學院大學で考古学、宗教考古学を研究する深澤太郎准教授に、先史時代からの焚き火の変遷や、人類との関係性を教えていただきました。

【250万年前】人類が火を使う環境が整う。

人類が誕生したのは約700万年前。人類がいつから火を使い始めたのかということは、詳しくはわかっていません。雷に打たれて木が燃えていたり、なにかの摩擦によって火が発生したり。自然発生的な火と初期の人類との関わりはあったのでしょうが、自ら火を起こすようになったのはいつなのか、正確なことはわからないんです。

 

もともとアフリカの大地は森林でした。しかし250万年ほど前から地球の乾燥化がはじまり、森林が草原になりました。そして、その草を食べる動物や、今では絶滅してしまったような大型動物が現れ、人類がそれらを追いかけていた狩猟採集の時代がやってきます。

【50万年前】人類が肉を焼いて食べ始める。

人類が火をいつから使い始めたのかは詳しくはわからないと先ほど言いましたが、一説には50万年前くらいの北京原人は、すでに火を使っていた痕跡を残しているとも言われています。日本列島でも旧石器時代には、北にマンモスゾウ、南にナウマンゾウなど今では絶滅してしまった大型の生き物がいました。当時その肉をどうやって食べていたかというと、生かもしくはバーベキューのように焼いて食べていたはずなんですね。

火が、人間へと進化させた。

火でいろいろなものをあぶれるようになると、食べ物の範囲が広がります。そうすると、カロリーが摂れるようになる。そして脳みそが発達していきます。脳みそが発達したことによって、現生人類が誕生しました。つまり人類の進化のきっかけになったのが火なんです。火なくして人間なし。人類が火を発見したというよりも、火こそが人類を人間にしてくれた。火と出会うことによって、自然との境界が曖昧だった人類が人間になっていったと私は解釈しています。

火は、第3の時間を作った。

当時の火の役割は調理と灯、暖をとること。そして大型の動物が跋扈(ばっこ)しているような時代だったので、人類は常に危険と隣り合わせでした。火があると動物は怖がって近寄ってこないので、身を守るため夜間にも火を焚いていたことでしょう。それまでは太陽が出ている時と、出ていない時という時間帯しかありませんでしたが、火の灯は、昼間の時間、寝る時間以外に、暗闇の中で人類が活動できる「第3の時間」を作ってくれました。動物が介入しない、人類だけの空間を作るのに、火は役立ったのですね。動物とは違う、人類が文化的な生き物になっていくのにも火が一役買っています。

【4万年前】洞窟を火で照らし、壁画を描く。

ところで、有名なラスコーの壁画、アルタミラの壁画、あれらが描かれたのも旧石器時代です。だいたい2万年前から1万年くらいまえの作品ですが、最近では3万年、あるいは4万年もさかのぼる可能性がある壁画さえ見つかっています。これらは、洞窟の真っ暗な中で絵を描くわけにはいかないので、火を焚いて中に入っていたんだろうと思います。このように、人類が残した初期の芸術作品も火と関係しているのです。

【1万6000年前】土器の誕生。食材を煮て食べることが可能に。

日本の事例を挙げると、今から1万6千年ほど前の縄文時代草創期に土器が出現します。土器を作るには土を焼かなければなりません。粘土を火に焼べる(くべる)と硬くなるということを、誰がどういう経緯で発見したのかは不明ですが、化学反応を生活の知恵として体得したことは間違いありません。旧石器時代には調理方法が生で食べるか焼くかだけだったものが、土器の出現によって煮物も食べられるようになります。

栄養素の摂取により、脳がさらに進化。

煮ることにより、食材が柔らかくなるので、これまで摂取できなかったものも、ごった煮で食べることができます。つまり、さらに多くの栄養素を体に取り込むことができるようになったのですね。より人間の身体的な余裕は広がっていき、生活にも余裕がでてきました。生きるためだけではなく、空想上の世界、宗教的な世界、そういったものを表現する文化的作品も種類や数が増えていきました。縄文土器に見られる複雑な紋様や、呪術的な意味合いを込めたであろう土偶なども多く見られるようになりました。

【11000年前~】家の真ん中に火がくる。

およそ1万1千年前から7千年前の縄文時代早期になると徐々に人間たちが定住をはじめ、常に焚き火がある生活になっていきます。つまり、竪穴建物が作られるようになり、その建物の真ん中に「炉」という常設の焚き火ができる場所ができました。この火は、建物の中の灯でもあり、暖もとれる、調理もできると非常にマルチな役割を果たします。

ところで、縄文時代の人間は、サークル状に村を作ることが多かったんです。真ん中にお墓の痕跡があることも。また、貝塚や、何かを貯蔵しておく穴なども環状に広がっている場合がありますね。もっとも、これらは少しずつ建物などが作られ、結果的にサークル状に見えるように残されたのですが、やはり人間は中心に「何か」があると落ち着くのかもしれません。だから住居の真ん中に火を置いたのでしょう。

【1600年前〜】火が家の端に移動する。

このように長い間、火は人間の生活の真ん中にありましたが、古墳時代の半ばから奈良時代、平安時代の前半は、火処(ひどころ)の位置が移動していきます。そのきっかけは、調理場としての「かまど」が朝鮮半島からもたらされたこと。かまどは煙突が必要になるので、家の壁際に作られることが多かった。横から火をくべるため、そんなに明るくもなく照明としての役割は乏しくなり、中央にある必要もなくなりました。そのようにして火がだんだん家の端に移動していったんですね。

【900年前〜】火が中央に戻ってくる。

平安時代の終わり頃から、鎌倉時代以降、家の端にあった火が中心に復活してきます。それは「いろり」が登場したから。こちらもいつ誕生したのか、正確にはわかりませんが板の間が普及してからのこと。端に移動していた火が、生活の真ん中に戻ってきました。いろりで暖をとったり、お湯を沸かしたり。コミュニケーションの場所としても機能していたのでしょう。

【153年前〜2021年】家の中から火が消える。

近代になると、また火が壁際に移動します。電気やガスの誕生によってです。灯や暖をとる、調理といった具体的な機能は電化製品に役割を移譲します。今や火は我々の住宅に欠かせないものではなくなってしまいました。しかし火は人間にとって密接不可分。なぜ人間は火を見て落ち着くのかというと、生きていくために必要欠くべからざる存在であり、パートナーだったから。もしかしたらその感覚が今も残っているのかもしれません。今は家のなかで火と触れ合えることが少なくなってしまったので、外へ出て焚き火を求めるのでしょう。

火は、媒介物でもある。

今でも私たちの暮らしのなかに「火」はあります。お盆になると迎え火や送り火など、焚き火をする風習がありますよね? それは、古来からの名残りで、人間の世界とあの世を繋ぐ役割を焚き火が果たしているからでしょう。

また、神社の大切なお祭りも、夜に行われることが多いですよね。天皇が即位後に初めて行う新嘗祭のことを「大嘗祭」と言います。報道でも話題になったので、ご覧になった方もいるのではないでしょうか。その大嘗祭も夜通し行われる祭りですから、火が灯されていましたね。さまざまな伝統行事に火が使われることも、火が私たちの生活に欠かせないことを表しています。

 

人類の進化に欠かせないツールであった火。私たちが火と触れ合うことを求めて焚き火をするのは、私たちの遺伝子に組みこまれた記憶のためだったのかもしれません。

 

さて、ここから時代は現代へ。お話を伺う相手は、2020年に、焚き火を使った宿泊型ミーティング施設〈TAKIVIVAタキビバ〉を北軽井沢にオープンさせた有限会社きたもっくの福嶋誠さん。せっかくなので、実際に焚き火を囲みながら、現在と未来の焚き火について話していただきました。

【1990年〜2000年代】レジャーとしての「火」の誕生。

F.I.N.編集部

福嶋さんは、キャンプ場「北軽井沢スウィートグラス」を1994年にオープンされましたね。日本のキャンプカルチャーの黎明期から活動されてきた福嶋さんには、まずキャンプにおける火の変遷について伺いたいです。

福嶋さん

キャンプで、最初からみんなが焚き火をしていたわけではないのです。キャンプがレジャーとして浸透し始めた90年代に、2口コンロが付いた「ツーバーナー」が登場しました。外で調理ができるということで、多くのキャンプ愛好家から驚きを持って迎え入れられました。その手軽さとスマートな見た目もあって大人気となり、ツーバーナーを使って外でバーベキューをする人が急増しました。しかしそのブームは長く続かず、代わりに2000年くらいから徐々に焚き火の人気が出てきました。ツーバーナーは調理をするにはとても便利でしたが、焚き火にはそれ以上の感動があったからだと思います。

F.I.N.編集部

スウィートグラスでも、焚き火を取り入れていったのですか?

福嶋さん

人々の「生火と触れ合いたい」という欲求を感じていたので、火が焚けるサイトをキャンプ場に設けました。そして、キャンプ場のコテージやキャビンも「半外半内」という造りにして、火を焚けるスペースを必ず作るようにしました。小屋の中には薪ストーブ、半外のデッキでは火が焚けるファイヤーピットを設置。屋根があるので雨の日も楽しめます。世の中の住宅のトレンドがオール電化になっていった時に、その対極にあるような、火と触れ合える場を創ったんです。

【2020年】焚き火を「組織」の再生に活用する。

F.I.N.編集部

福嶋さんは、昨年、宿泊型ミーティング施設〈TAKIVIVAタキビバ〉を新たにオープンされました。焚き火が中心にある施設、しかも企業向けのサービスとのことですが、どのようなお考えがあったのですか?

福嶋さん

長らくキャンプ場を経営してきて、「キャンプとは何か」を再定義する機会がありました。過去のデータを見たり、社内で話し合ったりする中で、私たちが導き出した結論、それはキャンプとは「家族再生の場」だったということ。家族の関係性を改めて確認する場だと気づいたのです。そこに焚き火は欠かせない存在でした。家族とは、いわば「最小の組織」です。家族の関係性を深めるのに焚き火が有効ならば、他の組織にも使えるのではないかと思いました。社会はいろいろな組織で成り立っています。そこで組織を活性化するために、〈TAKIVIVAタキビバ〉のオープンを決めました。〈TAKIVIVAタキビバ〉には、いくつかの焚き火ができるスペースがあり、勢いをつけたい時には大きな火を囲む。落ち着いて話をしたい時には、小さめの火などと目的に合わせて選ぶことができます。

F.I.N.編集部

ミーティングに焚き火を利用するメリットはなんですか?

福嶋さん

組織になった途端に、人は本音を語ることが難しくなりませんか? 本音で語れなければ、意思疎通ができない。組織の活力が生まれることはありません。しかし焚き火を囲むことで、正直になれます。ビジネスの会議の場に焚き火は最適なのです。

F.I.N.編集部

なぜ火を囲むことで、本音を語れるようになるのでしょうか?

福嶋さん

全員が火を見つめるという、同じ方向に目線を合わせるからではないでしょうか。オンライン会議を思い浮かべてください。画面を通じて全員が真正面から向き合ってしまっています。対話を深く重ねていくのには、少々ギスギスした気分になりませんか? ましてや、取引先や上司らと、そのような構図になってしまっては。

F.I.N.編集部

先日取材した國學院大学の深澤教授もおっしゃっていました。人間は、中心に「何か」があると落ち着くと。

福嶋さん

そうですよね。火を中心に円を描くように並ぶことで、相手を見て話すというより、火を見て語ることができます。相対関係だと「こんなことを言っては悪いかな」と遠慮してしまったり、沈黙が気まずく感じたりします。しかし焚き火を囲むことで、そういう感情を流してくれます。

F.I.N.編集部

たしかにパチパチという焚き火の音を聞いたり、ゆらめく炎を見たりすると緊張が解れる感じがします。

福嶋さん

もう一つ感じるのは、人と人との距離感です。火を囲む時、自然と適度に離れて座りますよね。そうした配置にも、コミュニケーションを円滑にする効果があるのではと思います。焚き火の周りには、上座や下座なんてありません。焚き火を囲むことで、お互いの関係性をフラットにしてくれます。

F.I.N.編集部

なるほど。

福嶋さん

炎の揺らぎと対面することで、自分の内面と向き合えると思っています。私は炎を見ていると良いアイデアも浮かんでくるんですよ。そして、人と人は見つめ合うことも大事ですが、同じものを見つめることも大事なんです。その方がより共感しあえることも多々あります。

【2022年から未来】これからの焚き火。

F.I.N.編集部

これからビジネスに焚き火を活用する人や、個人的に焚き火を楽しむ人が増えるなど、焚き火は私たちにとって、もっと身近なものになりそうですね。

福嶋さん

〈TAKIVIVAタキビバ〉のような場所が、もっといろんな場所にできたら、多くの組織が活性化するでしょう。会議の質を高めたり、よりよいアイデアを出したり、仕事の効率を高め、成果を出すために、焚き火の持つ力をたくさんの人に使ってほしいと思います。

F.I.N.編集部

企業研修以外にも、焚き火をどんな場面で使っていきたいと考えていますか?

福嶋さん

結婚式の場としても焚き火は良いと思っています。

F.I.N.編集部

それも面白いですね。これも先日、深澤教授がおっしゃっていたのですが、かつて人間は火の前で宗教的な儀式をやっていたと。

福嶋さん

人を結びつけるのが火なので、火の前で愛を誓うのも素敵だなと考えています。

F.I.N.編集部

本日はありがとうございました。

焚き火は、今後、レジャーのお供だけではなく、人と人、人とナニカを繋ぐ、深澤教授のいう「媒介物」の側面が活かされていくのかもしれません。その兆しのひとつが、宿泊型ミーティング施設〈TAKIVIVAタキビバ〉に見て取れました。

Profile

深澤太郎

國學院大學准教授。研究開発推進機構・國學院大學博物館所属。2007年に國學院大學文学部研究科博士課程を満期退学。文学部考古学研究室助手などを経て現職。研究分野は考古学、宗教考古学。主要研究テーマは日本列島における国家と「神道」の形成、山岳宗教の考古学的研究など。古墳の発掘調査にも携わっている。

Profile

福嶋誠

有限会社きたもっく代表。NPOあさま北軽スタイル代表理事。1994年故郷である北軽井沢にオートキャンプ場「北軽井沢スウィートグラス」をオープン。現在は地域ならではの価値創造を実現するフィールドビジネスに力を入れる。著書に『未来は自然の中にある。 The future is in nature.』(上野毛新聞社出版部)。

【編集後記】

歴史を辿ると、人間と火の関係は、その必要性と危険性のバランスから、近づいたり、離れたりを繰り返しています。それはまるで、ファッショントレンドの変遷の循環に似たような印象を受けます。

取材を通して、今、人間は火を求めているフェーズに入りつつあるようにも思えます。危険性よりも、必要性が高まっているのかもしれません。

今回のテーマは「焚き火」でしたが、現代社会において、焚き火のように、遠ざけていたが、「必要性を感じ、身近になりつつあるものは何か」を探してみると5年先の定番のヒントが導きだせるのではないでしょうか。

(未来定番研究所 窪)