2021.03.08

生きる術を学ぶ旅。 キャンプの先にあるブッシュクラフト。

昨今、空前のキャンプブームが起こっていると言われています。コロナ禍で外出できないという状況もあり、人々の自然を求める気持ちが高まっているのかもしれません。娯楽や趣味として注目を集めるキャンプですが、自然のなかで過ごすことで、釣りや山菜について知ることができたり、火を起こすといった原始的な行為を体験したりするなど、機械やモノに頼ることなく生きる術を学べるアクティビティとも言えます。キャンプのスタイルも多様化しており、山にある物を利用しサバイバル技術の面に特化して楽しむ「ブッシュクラフト」では、災害時などの非常事態にも役に立つ技術を楽しく学ぶことができ、人気が出てきています。今回は、サバイバルインストラクターの川口拓さんにお話を伺い、ブッシュクラフトを通じたキャンプの新たな価値、未来のキャンプのあり方について伺っていきます。

(撮影:平林岳志)

ブームから文化へ、生活の一部として定着したアウトドア。

日本での第一次キャンプブームと呼ばれる現象は、90年代の前半に起こったと言われています。その当時、日本でキャンプをする人口が急激に増加しました。時を経て現在、またキャンプブームが再燃しているようです。

「第二次キャンプブームの到来と呼ぶのには息が長く、ここ数年ずっと盛り上がりが続いています。もしかしたら、多くの人の生活の一部として定着したのかもしれません」

そう語るのは、サバイバルインストラクターの川口拓さん。長野県軽井沢にあるキャンプ場、ライジングフィールド軽井沢にはブッシュクラフト専門のサイトがあり、そこでブッシュクラフト講座の講師を勤めています。

「現在のキャンプのスタイルは、ジャンル分けが進んでいます。キャンプ場でのキャンプはもちろん、オートキャンプ、グランピング、ソロキャンプなど自分好みのキャンプを楽しむ人が増えてきた印象です。ブッシュクラフトも人気があり、僕の講座の受講生も増えてきているんですよ」。

川口さんがブッシュクラフトと呼んでいるのは、サバイバル術で楽しむキャンプのこと。少ない装備で森に入り、道具に頼らず技術を駆使して煮炊きをし、自然のなかで過ごすアクティビティです。川口さんの講習では、ナイフ、タープ、パラシュートコード、コッヘル(鍋)、寝袋、マット、火付け道具と水筒を持って森のなかへ入ります。まず始めに行うのは、自分の居場所であるシェルターづくりから。立っている木を利用したり、拾ってきた枝を使ったりして、シェルターを建てます。ロープの使い方次第でいろんな形がつくれるので、夏はひさしだけの風通しのよいシェルターにするのもいいですし、冬は風を避けるために壁の枚数を増やすこともあります。

「テントと違い、自由にお気に入りの形をつくることができます。風向きや地形を読んで季節や場所によって形状を変えるなど、より快適な居場所にするために工夫することが大切。シェルターづくりから、自然との交流がはじまります」。

次は、火を起こします。着火剤を持っていく場合もあれば、現地で集められる着火剤しか使わないと決めて挑むこともあるそうです。

「最低限の火付け道具だけを持っていって、現地でまつぼっくり等を拾って火を付ける方法もあります。ここまでの作業を1日かけて行う。自分で起こした火でコーヒーを入れて、自分でつくったシェルターで寝る。その体験が何事にも代え難い楽しさになるんです」。

川口さんの師匠、ネイティブアメリカンの教え

ナイフを使って枝を削り、シェルターを立てる際に必要な杭を作る川口さん

川口さんがアウトドアの楽しさを知ったのは、田舎での川遊び体験でした。埼玉県で生まれ育った川口さんですが、幼少期には母親の実家である群馬県によく遊びに行っていたそうです。

「湯檜曽川の渓流で魚突きをして、カジカやヤマメ、岩魚などを捕まえました。それが楽しくて同級生を誘って、毎年出かけるようになったんです。河原で焚き火をして暖をとったり、捕まえた魚を食べたり、自然のなかで遊ぶことが一番の楽しみでした」。

その後、大学を卒業した川口さんはカナダのアウトドアガイドの養成学校へ留学。その後、アメリカでネイティブアメリカンの原始技術を学びました。

「自然のなかで自分の身ひとつでサバイバルする姿がかっこいいと、見た目や雰囲気に憧れたのがきっかけ。サバイバル技術を学べば、なんでも自分でできるランボーのようになれると思っていたんです。しかし、学んでいくうちに原始技術の精神性に惹かれていくようになりました」。

 

川口さんの師匠は、ナイフさえも使わず石を使って食材を調達したり、火を起こして調理をしたりと様々なサバイバルの技術を教えてくれました。スクールでの勉強にのめり込んだ川口さんは、日本とアメリカを行き来しながら、長年勉強を続けていました。

川口さんがナイフを使って作った杭と、着火剤として使用されるまつぼっくり

「師匠は、自然の偉大さを知っていて常にリスペクトしていました。ナイフを使わないというのも、人間の文明に極力頼らずに自然に対する敬意を失わないため。現代の便利な社会とは逆行するようですが、その考え方には学ぶことが多くありました」。

サバイバル技術を学ぶことによって、自然の大切さも身を持って感じるようになっていったといいます。

「近年は、環境保護に対するムーブメントも社会的に盛んです。それはもちろん地球や人間にとっても良い動きだと思います。知識を得ることだけではなくブッシュクラフトを体験することで、どれだけ私たちが自然に守ってもらっているのかを理屈ではなく、体感することができると思います」。

自然と一対一で向き合うことで得られるもの。

一人で作業をする体験は、自信にも繋がるそうです。

「参加される方の中には、『なぜ高い参加費を払って、わざわざ外で寝るんだ』と言われてしまう人もいるそうです。その気持ちも理解できます(笑)。しかしこの時間は自分と自然、一対一の時間です。人と協力してテントを建てるというキャンプの良さもあるけれど、ブッシュクラフトの講習では基本的に一人でシェルターを建てます。たった一人で、全てできたという気持ちが大切なんです」。

今はソロキャンプも人気がありますし、数人でキャンプに行き、一人一つテントを建て、一人一つ焚き火をするというスタイルも人気があるそうです。便利すぎる世の中で、一人の力で何かを成すという体験が味わえるのも魅力なのでしょう。

また、現代の忙しい生活から少し離れてみることで、自然のリズムを感じることもできます。

「普段はインターネットを見るのが大好きなんですが、山に入ると、自然とスマートフォンに触らなくなるんです。そのうち時計を見ることもしなくなります。お腹が空いたらご飯をたべて、眠くなったら寝て。自然の時間の流れが、自分のなかに浸透していくようです。脳で考えるのをやめて、感覚に集中するという時間が持てるのも日常生活ではなかなか経験できないことでしょう」。

これからのキャンプスタイル

ますますの盛り上がりをみせるキャンプは、今後私たちの生活のなかでどのような存在になっていくのでしょうか。

「先ほどの話に戻りますが、キャンプのジャンルは細分化されていくと思います。今はまだキャンプ派、グランピング派のように分かれているように見えますが、一人の人が『今日はグランピング、来週はブッシュクラフト』と、気分でスタイルを選ぶようになっていくのではないでしょうか。このライジングフィールド軽井沢は、グランピングエリア、オートキャンプサイト、野営サイト、ブッシュクラフトフィールドもあります。グランピングをしていた人が、ブッシュクラフトをしている人を見て興味をもってくれるかもしれない。そんな可能性が広がるのがこの場所です」。

ライジングフィールド軽井沢内にあるブッシュクラフトフィールド

また働く人にとっても、キャンプを生活に取り入れることで生活にメリハリを付けることができるかもしれません。

「ワーケーションの実践場所としても、キャンプ場は注目されています。朝仕事して午後からキャンプや焚き火をするという人も増えています。環境を変えることによって、違う発想が生まれることもあるかもしれません。ちょっとした気分転換として、キャンプができるという環境は贅沢ですよね」。

今後はキャンプが多くの人々にとってもっと身近な存在になり、心身の癒やしの手段としても注目されていくかもしれません。

Profile

川口拓

サバイバリスト。アメリカでネイティブアメリカンの原始技術や、雪山登山、ロッククライミング等を学ぶ。現在は、ライジング・フィールド軽井沢等でブッシュクラフト講座を開いている。著書に『ブッシュクラフト-大人の野遊びアニュアル:サバイバル技術で楽しむ新しいキャンプスタイル』(誠文堂新光社)など。

編集後記

自然は、まるで、人が現代社会で埋め合わせできないことを補完する場所のように感じました。生活がより便利に、より快適になればなるほど、人は自然の中で、不便さを楽しんだり、癒しを求めるようになっていく流れは続きそうです。自然の中で学び、敬意を持ち、守る。そんな行動が広がっていくのではないでしょうか。

(未来定番研究所 窪)