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2023.11.24
地元の見る目を変えた47人。
「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。
第19回にご登場いただくのは、山梨県甲府市に今年オープンしたカルチャーショップ&スペース〈文化沼〉の店長、清水柊子さん。文化の起点として、イベントや展示を企画したり、国内外のマガジンやアーティストのグッズを販売したりしています。最近では、県内に限らず、都心からも足を運ぶ人が増え、甲府市の新たなカルチャースポットとして注目を集めています。東京からUターンし、文化と人が交流する場をつくった清水さんに、山梨が抱える課題や、コミュニティスペースに期待することなどについて伺いました。
(文:大芦実穂)
清水柊子さん(しみず・しゅうこ)
山梨県甲府市生まれ。ウェブディレクター。大学進学のために上京し、東日本大震災をきっかけに2015年にUターン。2017年、ウェブと映像の制作会社〈VISUAL AND ECHO JAPAN〉に入社、甲府支社の立ち上げに携わる。2023年6月より、〈文化沼〉の店長を兼任。不定期開催「スナック沼」ではママを務める。
甲府にオープンした
新しい文化の発信地
JR甲府駅を降りて、南に徒歩10分ほど、甲府市役所の斜向かいに建つビルの2階に〈文化沼〉はあります。白を基調にした店内は、たっぷりと光が差し込み、明るく気持ちのいい空間。2023年6月のオープン以来、さまざまな企画を実施してきました。
「山梨にゆかりのあるクリエイターの展示や、気になっていることをプロの人に教えてもらうトークイベント、お酒を飲み交わすナイトイベント『スナック沼』などを企画しています。また、国内外の雑誌やZINEを扱うオンライン書店〈Magazine isn’t dead〉のショップ・イン・ショップを構えたり、〈文化沼〉のオリジナルグッズやお酒などの販売もしています」
東日本大震災をきっかけに
地元にUターン就職
〈文化沼〉を運営しているのは、同ビル3階にあるウェブと映像の制作会社〈VISUAL AND ECHO JAPAN〉(以下、略称VEJ)。清水さんはここでウェブディレクターとしても働いています。もともとは東京の大学に進学し、アパレル業界で販売員をしていた清水さん。山梨にUターン就職したのにはわけがありました。
「服飾大学への進学を機に上京し、卒業後はアパレルブランドに就職しました。都心のファッションビルで販売員をしていたんですが、ちょうどその頃東日本大震災が起きて。これから先、何が起きるかわからないなと思った時に、東京にいるよりも地元で何かしたいと思うようになりました。そのことを同郷の友人2人に話すと、それならみんなで一緒に帰っちゃおうか、3人で帰れば怖くないよね、と。26歳のときでした」
帰郷を決めたものの、何もない状態で帰るのは不安。そこで通信制の大学に通い直し、小学校の教員免許を取得。2015年に地元に戻り、児童相談所で働き始めるものの、厳しい現実を目の当たりにし、子ども好きの清水さんにとって精神的に苦しい日々が続きました。転職について悩んでいたある日、その後の人生を左右する一人の人物に出会います。
「事務所をシェアしているライターさんに、アシスタントを募集している人がいるよ、と紹介されたのがVEJ甲府の支社長、ミッチェこと宮沢。私もミッチェもお酒が好きなので、面接がサシ飲みでした(笑)。仕事の話をするかと思いきや、音楽やカルチャーの話。この人と一緒に働くのは面白そうだなと、新しい世界に飛び込むことにしました」
アパレルから児童福祉、そしてウェブ業界へと転身をした清水さん。宮沢さんと一緒に山梨を駆け巡る日々が始まります。
「宮沢と私が甲府支社の立ち上げメンバーなんです。当時はお客さんが少なかったので、いろんなところへ足を運びました。その甲斐あって、お客さんは順調に増えていきました。ですが、VEJには営業がおらず、基本的にはデザインコーディングなどのウェブ制作がメイン。受託案件ベースのところにコロナ禍もあって、取引が減ることに不安がありました。依頼を受けるだけじゃなくて、自分たちから何かアプローチする場所が欲しいよね、ということで、〈文化沼〉の構想が持ち上がったんです」
甲府に少なくなってしまった
文化の拠点を取り戻す
自ら発信していくものとして、コミュニティスペースに着目。甲府には、新しいカルチャーを発信する場所が少なかったこともあり、文化を軸に人が集い、つながり、甲府の文化が花開くような姿をイメージしてオープンしました。
「甲府市が抱える問題として、ドーナツ化現象があります。甲府は山梨の県庁所在地ですが、市街地の人口は減っているんです。理由としては、山梨郊外に大型商業施設ができたことや、比較的東京に近いことなどが挙げられます。私が子どもの頃は、甲府市街にはデパートや古着屋、映画館などがあったのですが、最近は郊外に住む人が増えて、そうした文化的なスポットはほとんどなくなってしまいました。私たちがここで新しいカルチャーを発信することで、甲府の活性化に少しでも貢献できたらと。例えば若いときに、甲府にいい思い出があると、いつか帰って来たいと思うんじゃないか。地元を誇れるような、みんなの心にいつもあるような場所をつくりたいという気持ちがありました」
さらに、これまで深めてきたクリエイターやアーティストとコミュニケーションが取れる場所にしたいという思いも。
「お世話になったクリエイターやアーティストに展示をしてもらったり、イベントやワークショップで講師をしてもらえるようなスペースにしたいとも思っていました。また、ウェブとリアルの融合という点も一つ目標だったので、ウェブでVEJを知った人に、リアルな場所にも足を運んでもらえたらいいなと。いろいろ考えた結果、私たちが考える『なんかいいかも』『ちょっと気になる』を集めて、展示やトークショーをする場所としての〈文化沼〉を始めることにしました」
オープンから約半年。〈文化沼〉はさまざまな人が交差する場として機能しています。
「看板が気になって2階に上がってみたら、おしゃれな空間が広がっていてびっくりした!という方や、インスタグラムを見て来たという方、待ち合わせに使ってくださっている方も。展示をしてくれたアーティストにも、山梨だけでなく県外の方にも作品を見てもらえて嬉しかったと言ってもらえました」
清水さんは、リアルにはネットでは得られない体験があると言います。
「私たちはウェブと映像の制作会社ですが、音楽イベント『ハイライフ八ヶ岳』を共催したり、自主企画のイベントを甲府市内で開催してきました。ステージを見ている人の眼差しとか、素晴らしい演奏とか、その場所にいなければ体験できないことがあるなと思っていて。人の心が動く時って、リアルに人と人が対峙した時なんじゃないかなと。〈文化沼〉というリアルな場所で、人の心が動く瞬間をつくれたらいいですね」
次の5年後、10年後、清水さんは甲府市にどんな未来を思い描いているのでしょうか。
「最近は、20代〜40代の若くて優秀な人たちが山梨に移住してきています。しかも移住に留まらず、飲食店や小売などを開いたり、クリエイターとして活動したり。甲府だけではなく、山梨全体としてそういったムーブメントが起きているように感じます。一緒に何かを企画するのが得意な人も多いので、横のつながりで山梨を盛り上げていけたらいいですね。〈文化沼〉はまだ走り出したばかり。トライ&エラーしながら、持続可能なかたちで続けていきたいです」
〈文化沼〉
【編集後記】
未経験のものに触れることは、新たな発見や価値観の形成に繋がる貴重な機会です。
スマホがあればいつでもどこでも大抵のことは調べられますが、その場所で実際に五感を通じて得られる情報とは大きく異なるように感じています。
清水さんも甲府で文化に触れられる「場所」が減ってしまったとおっしゃっていましたが、今や都市部以外のさまざまな地域が同じような課題を抱えています。
そういう意味では今後より一層、「場所」が持つ意味合いは重要かつ貴重になっていくと感じました。
(未来定番研究所 榎)
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