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2023.05.24
地元の見る目を変えた47人。
「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。
第14回にご登場いただくのは、兵庫県加古川市にあった古い研修施設をクリエイティブ総合施設〈ON THE HILL〉として蘇らせた現代アーティストの岡本亮さん。オープンから1年が経ち、人と人が出会う交流の拠点として、また教育を提供する場として多くの人を迎えています。岡本さんが考える教育、まちづくり、そしてアーティストだからこそできる場のつくり方について伺いました。
(文:宮原沙紀/写真:衣笠名津美)
岡本亮さん(おかもと・りょう)
1977年、兵庫県加古川市生まれ。
イギリスにわたり、ロンドンのキャンバーウェル大学、セントラル・セント・マーチンズ大学で芸術を学ぶ。世界各国を巡った後、独自の視点で買い付けした輸入雑貨店を立ち上げる。2009年、アート活動を再開。2010年から加古川で再び生活を始める。2018年にアートブランド「CALMA」を立ち上げ。地元に関わるイベントも熱心に行い、2021年には加古川の河川敷で開催される野外フェスティバル「SAVE KAKOGAWA FES」を主催。2022年に〈ON THE HILL〉をオープンさせた。
日岡山公園は、加古川のセントラルパークになり得る
兵庫県加古川市にある日岡山公園は、36.6haの広大な敷地面積を持つ広い公園です。この一帯は、5基の前方後円墳が分布している日岡山古墳群として知られている歴史的にも重要な場所。2021年、この公園内にレストランや、イベントスペースを備えた総合施設〈ON THE HILL〉が誕生しました。プロデューサーは加古川市で生まれ、今はこの公園の近くで生活を営む現代アーティストの岡本亮さん。岡本さんは、幼い頃からここに親しんでいました。
「日岡山公園は昔からお花見の名所で、近隣の人は桜の時期にここに集まります。サッカーグラウンドや野球場、プールもあったので僕が子どもの頃はよくスポーツをしに来ていました」
高校卒業まで加古川で過ごした岡本さんは、18歳のときロンドンに渡ります。現代美術を学び、世界各国を巡って作品を発表。世界中を見るなかで、なぜ日本には多くの人に愛される公園がないのだろうと疑問を持つようになりました。
「ニューヨークのセントラルパークや、ロンドンのハイドパークなど、海外でいろんな公園を見てきました。規模は全然違うけれど、日岡山公園にはそんな場所がつくれる環境や下地があると感じたんです。海外の公園は、いろんな機能を持っていますよね。生き物が住んでいる場所であり、憩いの場、ものを発表する場、そして人を育てる教育の場でもある。この公園には木々が生い茂り、花と緑が溢れる自然豊かな場所なので、海外の公園のようにいろんな機能を持たせることができると思っています。しかし、人口に対して公園を使用している人の割合が少なすぎる。昔から夜になると少し治安が悪くなるイメージも。こんなに良い場所があるのに、お花見のときしか人が来ないというのは活用できていないと感じました」
「もったいない」
故郷、加古川に感じたもどかしい思い。
岡本さんは以前から、まちづくりにも興味を持っていました。
「現代美術は価値がないと思われていたもの、見過ごされていたものから価値を生んだり、その価値を証明したりする作業です。それはまちづくりにも共通する考え方。僕がアートを学んだ23歳くらいのときに『街をつくったらいいじゃないか』と思いつきました。そのとき興奮して、お祭りを考えたりしてノートに思いつくままアイデアを書いたんです。でもはたと気がついた。こんなことをしていても街はつくれない。やっぱり一回アーティストになってからまちづくりをしようと考え直し、ノートはテープでぐるぐるに巻いて封印しました」
2010年からは、再び加古川市で生活をするようになり、この土地にある魅力にまだまだ多くの市民が気づいていないことを実感します。せっかくのポテンシャルを活かしきれていないこの街のことを、もったいないと強く感じるようになりました。
「僕らが小さい頃は、川で遊んでいると川に近づくなと怒られたんですよ。川でも用水路でも、なんでもかんでも危ないと禁止されていました。でも水辺から得るものはとても多いんです。これはアラスカ川下りや、全国のあらゆる川で長年遊び続けた経験から実感しています。加古川の河川敷も川も、日岡山公園も、ただただそのままにしておくのはもったいない。なんであれを使わないんだとずっと思っていました。こんなに価値がある土地や自然を持っているのに、それを理解せずまちづくりに生かさないのはなぜだろうといろんなところで話していたんです」
岡本さんは、土地の魅力を市民や市長に伝えるために、2021年には加古川の河川敷での野外フェスティバル「SAVE KAKOGAWA FES」を主催。加古川市や河のポテンシャルを多くの人に気づいてもらうために、イベントを行いました。
そんなある日、岡本さんの思いに共感した人から、〈ON THE HILL〉へと導かれるキーパーソンとの出会いへつながっていきます。
「僕の話を聞いた人が、その考えを話してみてはどうかと兵庫県の東播磨県民局長(当時、伊藤裕文さん)を紹介してくれました。その県民局長がとても理解のある方で、僕の考えをとても面白がってくれたんです」
〈ON THE HILL〉の元となった建物は、OAAはりまハイツという研修に使われていた宿泊施設。当時の県民局長はこの建物を岡本さんに紹介してくれました。
「県民局長にプレゼンの場もつくっていただき、この施設を新しい活動の場として借りることになりました。民間の企業や個人で公園をプロデュースするというのはなかなか難しい。しかし、まずこの施設からだったら自分の今までの経験や、若いときに考えていたまちづくりをしたいという願望を全部盛り込んだ場所をつくることができると確信しました」
まずは公園に頻繁に通い、利用者や自然、建物の特質を観察し、そこから一年ほどの時間をかけてこの空間をつくりあげていきました。
今までの経験や知識を全て詰め込んだ
〈ON THE HILL〉
2022年にオープンした〈ON THE HILL〉。入り口横には「花屋ぼたん」がお店を構えています。季節感を大切に考える岡本さんは、入り口では花に出迎えてほしいと思い自らお花屋さんを探して出店を依頼しました。施設内にある「集集」というアンティークショップには、岡本さんが旅して集めた雑貨が並びます。「現場に来ないと手に入らない」と岡本さんが話すように、全て一期一会の一点物。また施設内にはコワーキングスペースも併設されています。
おしゃれなバーカウンターを備えたレストランは、開放感のある大きな窓が印象的。窓を覗くと、日岡山公園の景色が眼前に広がります。今までは1ヶ月に10人か20人ほどしか利用していなかった施設に、今は3000〜5000人が集まるようになりました。
「僕が最初に思い描いていた光景があります。それは加古川市を出ていった若い夫婦が子どもを連れて、久しぶりに里帰りをして地元の親に会いに来る。そのときおじいちゃんおばあちゃんが『近くに良い場所ができたから行こうよ』と子どもと孫を誘って、3世代で来てくれること。嬉しいことに、それがしょっちゅう起きているんです」
新しい教育の現場として
機能する場
OAAはりまハイツは、もともと教育目的の研修施設でした。岡本さんはこの施設の本来の用途は大切にしたいと考えています。そこで「SCHOOL ON THE HILL」という場所づくりが学べる機会を用意しました。
「2ヶ月に1回、企業の方、行政の方、クリエイターというそれぞれのフィールド、役割で活躍している人に講師として来ていただき、その活動について講座を開いてもらいます。講座の終了後には懇親会の場を用意していて、感想を共有しながら学び繋がりもつくれる場所なんです」
他にも自然の生態系を学んだり、自然のなかで遊ぶノウハウを学んだりする「LUMBERJACKS自然学校」やアートスクールなど、さまざまなプログラムを用意。しかし岡本さんは、教育プログラムだけではなくこの場所自体を学びの場だと考えています。だからこそこの場所に集う人たちには、本物に触れられる機会を提供したいと調度品や細部にまでこだわりました。
「レストランで使っているスピーカーは、1950年代に映画館で使われていたものです。ここでは毎日レコードを回し、このスピーカーで音楽をかけている。良い音で音楽を聴いたことがあるというのもひとつの経験になるはずです。美味しいものを食べたことがあるというのも一緒。いいものを知っているということは、正解を知っているということ。今後なにかを生み出すときや考えるときに、その経験が判断の指標になると思っています」
岡本さんが考える一番の教育は、「身近な大人が、子どもにとって憧れの存在になること」だと語ります。
「僕が若いときは、映画を見て音楽を聴いて、雑誌や本を読んで誰かや何かに憧れました。海外に行きたかったのも、大学で勉強したのも全て憧れから始まっています。あんなふうになりたいという理想の人がいることは、すごく大事なこと。そう考えるとバーだって、レストランだって良い勉強材料になるんです。大事なのはその場所に美しく、カッコよく生きる大人が関わっていること。レストランに来た学生が、カッコよくバーで飲んでいる大人を見たらあんなふうになりたいと思うだろうし、自然のなかで思いっきり大人が楽しそうに仕事をしていれば、子どもはやりたがるでしょう。子供たちが楽してお金を稼ぐことを理想としてしまうのは、あまりにも悲しい。お金を払っても経験できないことを、たくさん経験するのが人生の醍醐味だと思います」
四季折々で景観を変える窓からの景色は決してお金では買うことはできません。太陽の下や水辺でおもいっきり遊ぶことも、人との出会いも、お金を持っている人だけができる娯楽ではないのです。岡本さんは楽しみを自分で見つけ出せることが、豊かさだと考えています。
類が友を呼ぶことで
何かが生まれる
さらに、岡本さんはこの場所を人と人が出会う場所にしたいと語ります。
「加古川市には26万人も人口がいて、なにか才能を持っていたり、センスがよかったり、夢を持っていたりする人がたくさんいるはずなんです。でも才能を発揮する場所があまりなくて、他の都市に出ていってしまう人が多い。人と人が出会うことによってきっと生まれるものがあると思います。実際、ここで出会った若者にプロジェクトに参加してもらったこともありました。1人では叶えられなかったことも、誰かと組んだことで実現することはたくさんあると思います。〈ON THE HILL〉のビジョンは「文化と自然の拠点で街を創る」です。類が友を呼び、同じ考えの仲間と新しい時代を創るほかないと考えています」
〈ON THE HILL〉がこれからもっと地元の人に愛される場所になっていったとき、5年後、10年後の未来には加古川市はどんな街になっているでしょうか?
「影響力が増していけば、不可能だったことも可能になっていきます。現在、僕が公園に介入して何かすることはできないけれど、いつかは日岡山公園全体を加古川市民の誇れる場所にしていきたい。加古川市の持つポテンシャルを活かして、この街を楽しめる人が増えることが理想です。そうしたらここからカルチャーが生まれ、毎日をもっと加古川で楽しめるのではないでしょうか」
ON THE HILL
【編集後記】
新しい刺激や体験と自然が調和することによって、より五感が研ぎ澄まされたり、思考が開放的になったりすることがあると思います。日岡山公園にある〈ON THE HILL〉は自然を「おしゃれ」に楽しむことができ、知らないうちに新しい気づきを与えてくれる。そんな素敵な空間でした。
自然と人が調和する、皆が楽しめる場所を創り出している岡本さんの取り組みは加古川市のみならず、たくさんの人の心を豊かにする素晴らしい取り組みだと感じました。取材当日は定休日だったので、営業日にも是非足を運んでみたいと思っています。
(未来定番研究所 榎)
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