2021.10.13

未来命名会議<全9回>

第3回| 連学感

連載『未来命名会議』は、まだ言葉になっていないけれど、未来の定番になるかもしれない事象に名前を授けていく企画です。各分野に眠る事象を、その道の識者とF.I.N.編集部が対話しながら「命名」を行います。

第3回は「学び直し」について。社会人教育に関するさまざまなサービスを運営するリカレント代表の松田航さんにお話を伺いました。

(イラスト:megumi yamazaki)

コロナ禍でサービス業が苦境を強いられる中で、社会人の学び直しが加速しています。当社も個人向けのスクールは昨年より売り上げが伸びました。背景には不確実性が高まる中での危機感の高まりと、リモート勤務により自分を見つめ直し使える時間が増えたことがあります。

 

もう少し具体的な兆候を言うと、ひとつはCA(キャビンアテンダント)の方のような、接客業に携わっている方。人と話すスキルを生かしながら別の職種の可能性を模索したり、難関の採用試験を通過したノウハウを伝えるキャリアカウンセラーの講座を受講したりする人が増えました。また、若い世代でシステムエンジニアを目指してプログラミングを学ぶ人がこれまで以上に増えています。コロナ禍の厳しい環境下でもIT企業が好調でデジタルツールの活用が伸びていることが、この分野で手に職をつけるという動きを加速させているのだと思います。

 

一方で、教育サービスを提供する側の変化を挙げるとしたら、当社では「生徒と生徒のつながり」をより意識したプログラムを提供するようになりました。

 

どういうことかと言いますと、まず「スクール」の存在意義についてお話をしたいと思います。今や、学ぼうと思えばYouTubeで大半のことが学べてしまいますよね。そんな時代にわざわざ「スクール」で学ぶ意義は何か。私は3つあると思っています。

 

1つ目は、体系的に学べることです。例えば、部下のマネジメントを学びたいときに、私たちはオンライン記事やSNSで断片的なTipsには簡単にアクセスできます。しかし、それだけではマネジメントの全体像をつかめません。そのTipsをどの文脈で、どの場面で使うかを構造化できず、生きた知識になりづらいですよね。ですので、知識をきちんと体系立ててインプットするには、やはり順序立てて教えてくれたり、関連づけて教えてくれるような講師の存在が必要となります。

 

2つ目は、お金を払うことで強制感を得られることです。大前提として、人間は弱い生き物なので学びを続けるのは難しい。英語を学びたいという最初のモチベーションがいくら高くても、それは揺れ動くので継続しづらいものです。でも、ある程度の金額を前払いすれば「もったいないから最後まで受講しよう」という気持ちになります。

 

3つ目は、2つ目のプラスαのようなものですが、人のつながりによる「強制感」が生まれることです。スクールという場所で、同じ目標に向かって取り組むクラスメイトがいれば学びは継続しやすくなります。これは特にコロナ禍で人のつながりが生まれづらい中で重要な要素です。私たちも授業中に受講生同士で話すワークショップの時間を多く設けたり、空いている教室を無料で貸し出して歓談・自習の場を設けたり、横の連携を意識してプログラムを組んでいます。

 

実際に受講者からも「普段話さないような業種の人と話せて、参考になった」「受講生同士でディスカッションの場があったのが良かった」といった声が出ていて、共に学ぶ「クラスメイト」を希求していた人たちは、やはり、いたように感じます。

 

大人になってから知人・友人ができることは少ないから、それだけでも嬉しいですよね。人とつながることでスクールに参加すること、勉強すること自体が楽しくなる。楽しくなればリピートし、継続するので、次第に習慣化されていきます。

 

コロナ禍で学び直しが加速していると言っても、会社勤めの社会人が本業をやりながら勉強を続けるのはハードルが高いでしょう。ですから、そうした人とのつながりまで含めた場づくりをやることが我々の役目だと考えています。

今回、F.I.N.編集部は、「学び直し」におけるトレンドの萌芽を探ろうとしていましたが、松田さんのお話を聞く中で、人が学び続けるためにもある種の“ポジティブな強制”が必要であることが非常に興味深く感じました。これは、今後増え続ける「社会人の学び直し」の現場にも有効であるほかに、「一緒に学んでいる」感覚が希薄なオンライン授業の現場においても、教育をする側に欠かせない観点になってくるのではと思います。

 

そこで今回は、この“ポジティブな強制”に名前を与えてみようということにしました。

 

短期的なスクールに通う生徒や、場所が離れている生徒同士でも、同じ学び舎で勉強をしているような感覚とは……。

例えば、ゲームやVRが発達してきた中で、「没入感」という言葉が使われるようになりました。その「感」というニュアンスを生かし、「同窓感」と言ってみるのはどうか。

 

周りの人と一緒に勉強する、お金を払うなど、自ら退路を断つことから「背水の勉学」と言ってみるのはどうか。「キャリアチェンジのために、一同で背水の勉学で挑む」と言えば本気度を示せる。そんな使い方もできるのではないか。

 

このように命名会議を続ける中で、松田さんに「これはいいかも」というお言葉をもらったネーミングがありました。その名も、ずばり、「連学感」。みなで一体となることを意味する「連帯感」という言葉をもじったネーミングです。

意味:共通の目的を持っている仲間で集い、その達成に向けて切磋琢磨することで生まれるポジティブな強制感のこと。

用例:「あそこの塾のオンライン授業、連学感がスゴいんだって。きっと、先生の気配りが上手いんだよね」「オンラインで英会話を学ぶなら、連学感がないと続かないよ」

第三回目の未来命名会議。またひとつ、世の中の新しい事象に名前を与えることができました。今後、「連学感」を意識した授業が増え、学ぶ姿勢がより高まっていくことを願って。その動向に、皆さまもぜひご注目ください

Profile

松田 航さん

リカレント代表取締役社長。1988年東京生まれ。早稲田大学理工学部卒業、同大学大学院先進理工学科中退、Macquarie University Hospital研究員。2012年より株式会社リカレントに参画、2015年7月より現職。「人生の選択肢を増やす」をミッションに、企業向けリカレント研修サービス「リカレント」、キャリアカウンセラー育成の「リカレントキャリアデザインスクール」、エンジニアの入り口教育専門機関「リカレントテクノロジー」などの社会人教育に携わる様々なサービスを運営。ビジネスに役立つnoteも更新中。

【編集後記】

学生時代、定期テストや受験の時期にはお互いを励まし合い、ときには弱音をこぼしながら、なんとか机に向かって勉強していたことを思い出します。いま思えば、 あれはポジティブな強制感、つまり「連学感」を生んでいた時間なのかもしれません。同じ目的に向かって共に勤しむ存在は、学校を卒業して忙しい日々を送る大人にこそ必要で、それは現代のコミュニティの盛り上がりにも通じるところがあるように思いました。

(未来定番研究所 中島)