2018.08.03

「アカデミックリゾート」が、未来のイノベーションを引き起こす!?

2014年、東京大学と日本財団の共同事業としてスタートした「異才発掘プロジェクト ROCKET」。ここにおける「異才」とは、画一的な評価基準をもつ日本の義務教育の中で、息苦しさを感じている子どもたちのこと。一体、どのようなプロジェクトなのでしょうか? 活動を牽引する中邑賢龍(東京大学先端科学技術研究センター人間支援工学分野教授)に伺います。

(撮影:豊田和志)

Profile

中邑賢龍/東京大学先端科学技術研究センター人間支援工学分野教授

1956年生まれ。東京大学先端科学技術研究センター教授。日本財団と共同で、「ROCKET PROJECT」という不登校の異端児・異才児の子どもたちを対象に、世界中の超一流たちと学ぶプログラムを手がけている。

https://rocket.tokyo/

「何でもコンプライアンス」が社会をダメにする

F.I.N.編集部

ROCKETとは、「Room Of Children with Kokorozashi and Extraordinary Talents」の頭文字とのことですが、いったい、どのような活動を行っているのでしょうか?

中邑先生

何かしら飛び抜けた才能をもっているのに、画一的な教育になじめずに不登校やいじめに遭っている小中学生を選抜して、各分野のトップランナーの講義や、スタッフが企画した国内外での研修やプロジェクトに参加してもらっています。1期は15人、2期は13人、3期は31人、4期生は33人が参加しました。彼らに加え、残念ながら選考には漏れた子どもたちとも継続的に交流を続けています。

よく、「ギフテッド教育ですね」という誤解を受けるのですが、天才を集めたわけではありません。学校が嫌いで生意気な子ども、つまりはいまの教育では行き場のない子たちを集めて、楽しいことをしてみようというのがこのプロジェクトの狙いです。

 

もうひとつ誤解して欲しくないのは、近年大きな話題となっている、「発達障害」の子どもを対象にした特別支援教育を行っているのではない、という点です。個人的には、「変わった子」や「育てにくい子」に発達障害という診断名を安易につけて、周囲と別の存在として扱うことには違和感を覚えます。

 

人は誰しも凸凹があるわけですが、既存の特別支援教育は、凹を埋めることばかりを考えているように見えます。そうではなく、凸を伸ばしていくのがROCKETなんです。彼らが大人になる10年後、20年後に、「なんだかおもしろい人が活躍する社会になったね」という日を実現させるためのプロジェクトです。

2018年6月、東大先端研ROCKET HOUSEにてプロのデザイナー、写真家の方々から制作したポスターの講評を受ける子どもたちの様子。

F.I.N.編集部

近年の発達障害に対する風潮について、もう少し教えていただけますか?

中邑先生

国は「早期診断・早期治療」という方策を打ち出しています。ですから親は、我が子に「ほかの子と違い」を見出したら、すぐに医療機関へ連れていこうとする状況です。ある意味、「認知の偏り」に対する理解は深まってきたとも言えます。「あの子は空気が読めないから、配慮しましょう」という具合に。その一方で、「この子は配慮が必要ですから、こういうことをしないでください」という親が増えています。保護的に子どもを育てるという状況が出来上がってきているわけです。しかしそれでは、自ら壁を打ち破れるポテンシャルがあったとしても、潰されてしまいかねません。「僕はこうだから、こうしなければいけないんだ……」みたいな流れが強まってしまうのは、相当危険だと思います。

 

実は昔の方が、発達障害の子どもたちを吸収する素地があったんです。コンプライアンスが緩やかで、「まあしょうがないなぁ、アイツは」くらいの感じってあったじゃないですか。だけど今は、企業にしてもガッチガチに監視されて、「それこそが国際的な企業だ」と思っている会社もいっぱいあり、実際そういう人を雇おうとしています。

ちなみに最近のリクルートの調査では、日本企業が新卒の学生に求める条件の第1位が「人柄」となっていました。つまり、みんなと仲良くやってくれることが一番重要である、というのが日本の企業なんです。海外の企業に聞いても、人柄なんて出てこないですよ! 彼らが重視するのは専門性ですからね。

 

高度成長期は、人柄で人材を採用してグループを作れば効率がよかったのかもしれません。実際、学校の教育システムもそういう風になっていました。それがいまだに、全員に同じ教育をさせようとしています。だから、少し離れた子は「あっち行け」と言われてしまうわけです。「邪魔だ」と。「お前はそういうことだからダメなんだ」と。「治療を受けてこい」「薬を飲め」……という流れができてしまうわけです。

 

そういう子たちを排除する社会というのは、ヤバイですよね。イノベーションなんて起きるわけがないと思います。例えば会議をしていても、「これを言ったら出世に響くからちょっと黙っていよう」とか「これは顰蹙だな」とか、空気を読む人ばかりが増えているわけです。でも、日本の会社はみんな言うんですよ。「うちの会社は多様性を求めています」って。いやいやいや。あなたたちが求めている多様性の幅は、非常に狭いと言いたい。例えば元ホームレスとか犯罪者を連れてきて雇うくらいの幅を、誰も考えない。そうした本来の多様性があるから、社会というものがわかってきて「おもしろい発想」や「違う発想」が出てくるのに、誰もそういう人たちを入れようとしないじゃないですか。だから今日の発達障害の理解というのは、間違った方向に進んでいるというのが僕の結論なんです。

F.I.N.編集部

ROCKETは、そういう子たちが「ハマる場所」を作ろうとしているのでしょうか?

中邑先生

いえ、そんな気はまったくないんです。ハマる場所を作ったら、それこそ彼らを型にはめてしまうことになるわけですから。僕たちが目指しているのは、変なおじさんやおばさんが、遊びながら付き合ってあげることができる社会です。就職しようと思うから彼らは悩むわけなので、就職なんかしなくても、自分で食っていける社会を作ってあげたいと思っています。

 

不登校の子どもたちは、自信を失っているんです。そして、社会に対する怒りであふれているわけです。その虐げられた人たちのパワーを使う、というのが僕の考えなんです。「お前らそれでいいんだ。堂々と生きろ」と。ただ、将来が不安なのだったら、不安にならないような生き方だけ教えてやると。そうやって、傷つかずに大人になれ。そうして大人になったら、「お前、そんなことができるのか! すげぇな、一緒に仕事しないか」といって、大人が寄ってくるからって。

 

「お前ら友だち作りは向いてないから、子どものときに友だちを作ろうなんて思うな」と。「大人になれば仲間ができる。その仲間と楽しくやれ。それまでは、オレたちが付き合ってやる」。それが、僕たちのプロジェクトなんです。

百貨店は百科事典

F.I.N.編集部

具体的にROCKETは、どのような活動をしているのでしょうか?

中邑先生

ROCKETは今期で4年目になります。これまでに92名を選抜し、彼らは継続的に自由にプログラムへ参加しています。不登校児はヒマですからね。いつだって声をかけたらやってこられる。時間割なんてない、最高の教育ができるんです。例えば、平日の午前中にデパートへ行くことだってできる。

 

デパートはいいですよ。僕は、「百貨店は百科事典」だと思っています。学校に行っている子、行っていない子にかかわらず、いまの子どもたちにとって問題なのは、Webですぐに調べられることなんです。例えば「お前ら、陶磁器って知っているか?」と聞くと、すぐに調べて、「陶器は粘土で、磁器は石だ」って言うんです。まあ、その通りです。でも、どれが陶器でどれが磁器なのかは、見てもわからない。つまり、頭でっかちで役に立たない知識なんです。

 

その点、デパートに行けば、実際にモノが並んでいます。「象嵌(ぞうがん)と螺鈿(らでん)って何だ?」と聞いて、Webで調べれば出てくるけれど、実際には何のことだかわからない。でもデパートに行けば、数百万もするようなものが置いてあって、近くで見ることができます。「とろろ昆布とおぼろ昆布の違い」も、見て食べることで一気に理解が深まります。

 

リアリティは、僕たちの教育の要なんです。今の学校教育は、できあがっているものをブラッシュアップするにはいい教育なのかもしれませんが、ゼロからイチを生み出す発想を育てるのには、およそ向いているとは思えません。

 

だって、みんな100点をベースに勉強していますからね。「100点を取りなさい」と言われ、100点を取るために勉強をしている。「120点取れ」とか「300点取れ」と言っても、「何言ってるんだ?」ということになります。でも、イノベーションというのは300点や500点を目指すんです。そこを見ている子が育たないのが、日本の教育です。

搭載されているエンジンを全て取り出し、車のパーツの構造を理解しながら1990年代のminiのレストアを行う子どもたち。

F.I.N.編集部

家庭内でできることは、あるのでしょうか?

中邑先生

例えば明日学校があるのに、子どもが夜10時を過ぎてもレゴをやっていたとします。99%の親は、「明日学校があるから寝なさい」って言うと思います。でもそれは、間違いなんです。本当にやりたいことをやらせないまま、打ち切るということですから。こう言えばいいんです。「お父さんとお母さんは先に寝るからね」って。「朝までがんばりな」って。そうするとほとんどの子どもは、10分もしたら「僕も寝る」ってやってきます。そこまでレゴが好きじゃないからです。褒められたいからやっただけ。ところが、なかには朝までやっている子も本当にいるんです。過集中ですよね。本当に好きなんだということがわかる。本人も納得感がある。その時は、「今日は学校を休んで寝てなさい」って言ってあげればいいんです。「よくがんばったね」って。

 

学校教育にはそれがないんです。全部途中で打ち切る。例えば図画工作の時間は2時間です。その時間の中で「クルマを描きましょう」となったら、塾とかでトレーニングを受けている子は、ボディの輪郭を描いて、タイヤを描いて、窓を描いて、色を塗って、2時間経ったら「ちょうどできました」となるわけです。

 

ところが、ホイールばっかり描いている異能の少年がいたとします。2時間かけて納得のいくホイールを描いて満足していたところに先生がやってきて「Aくんなにやってるの? ちゃんと描かないとダメでしょ」って。10時間描かせたら、Aくんの絵の方が絶対いいはずですが、決められた時間、決められた点数のなかで、何かをやるという教育ばかりが行われている。

 

リアルな世界には、教科書や時間割と違って枠がありません。例えばデパートには、おぼろ昆布から和食器に行って、今度は箸のところにいって、そこから塗り物に行って……と、リアルにポンポン飛んで行ける楽しさが、そこにはあるんです。好奇心の赴くまま、うろうろさせることが重要なんです。街なかを歩かせたら危ないけど、デパートだったらそれができる、というわけです。

年間10枚の「お休み券」で行く、アカデミックリゾート

F.I.N.編集部

異才の子どもたちが自由に生きられる社会を作るには、今後、どういった取り組みが必要になってくるとお考えでしょうか?

中邑先生

アカデミックリゾートという構想を持っています。その前提として、全国の子どもたちに年間10枚の「お休み券」を配るということを、今自治体に働きかけています。

例えば会社勤めの人には有給休暇がありますよね。「休みます」と言ったら、上司は休ませないといけないわけです。子どももそれを持っていて、先生も親も、絶対に休ませないといけないチケットを10枚配る。「明日東北でロックコンサートがあるから、オレ行こう」ってことで、東京の子どもが出かけられるチケットです。「隣の学校にカブトムシの先生が来るっていうから、オレ、そこに行ってくる」っていうチケットです。これこそが、実はアクティブラーニングなんです。

 

今学校では、アクティブラーニングを2時間で設定をしているけれど、それでは役に立つわけがありません。アクティブな学びをしていない先生たちに、そんな教えをして欲しくない。勝手に学ばせる時間を作ることこそが、実は今の子どもの教育に一番必要なことなんです。

 

以前、「年間10枚のお休み券を配る」と東大生に言ったら、ある学生が「私困ります。そんなもの出されても、私は使わなかったと思います」って言ってきました。「なんで?」と聞いたら、「だって先生、勉強が遅れるじゃないですか」って。勉強っていうのは、学校のなかでやることになっちゃっているんです。だから、彼らがドロップアウトしたときに相当苦しむんです。自分はダメだって。会社に入ったって、それで苦しむ人がいるわけです。もうひとつの価値観を、子どものころからしっかりと植え付けておく必要があるんです。

 

それには、年間10枚のお休み券が有効だと思っています。だからこそ、全国の自治体に働きかけているんです。「1週間、突き抜けた教育プログラムをやってください」と。例えば長野県の飯田市には「リニアモーターカー好き集まれ、というプログラムを1週間やってください」と。全国にはリニアモーターカー好きがいるわけですが、そんなに多くはありあません。北海道の稚内の小学校で、「オレはリニアモーターカーが好きなんだ」と言っても、まわりの子には関係ないですから、「お前うざいな、お前はリニアモーターカー以外に興味はないのか」って言われて煙たがられるわけです。そんな感じで、あることにすごく興味を持っている子が、まわりと合わなければいじめられてしまうんです。今の社会って。

 

キノコ好きの子も、ドングリ好きの子も、その話ばっかりすると嫌われるから、しなくなっていく。でも、させればいい。そういう子たちに僕は言うんです。「お前らは狭い学区で生きる人間じゃない。稚内にリニアモーターカー好きは一人しかいないかもしれないけど、北海道だと10数人いるかもしれないし、全国だと数百人いる。だから、お前らが集まる場所を作ってやる」って。

 

そうした子どもが潰されないために、全国に転々と、一週間だけ開かれるアカデミックリゾートを作りたいと思っているんです。そうすると、不登校の子でも学校へ行くようになるんです。「オレ、友だちいるし、オレ、これでいいんだ」って、自己否定しなくなるんです。

 

知らないところへ出かけていくことは、勇気がいります。でも、その恐ろしさより興味が勝つようなコンテンツを作っていけばいいんです。本当に好きだったら、恐怖を乗り越えていく。今、日本の若者は留学しなくなったと言われていますよね。それは、日本が安定し過ぎたからです。でも、世界のトップビジネスマンやトップ企業はどこを見ているかというと、今や中国でもインドでもなく、アフリカです。今、アフリカに入っていける日本の若者はいるでしょうか? ほとんどいないと思います。でも、そこに入っていける国や人材が、これから世界を制するんです。

 

アカデミックリゾートの活動ですが、自治体レベルでできないのだったら、民間ベースでやろうと思っています。地域の水族館や植物園や、それこそデパートも含めて、カリキュラムを組んでいこうと思っています。この活動が、学習指導要領のどこに位置づけられるかの対照表も作っています。それによって、「学校に行かなくてもいいか」という理由が成り立つわけです。それができるためのツールづくりを、今必死にやっているところです。とにかく教育には、偶然を起こさせるシナリオが必要なんです。

F.I.N.編集部

ROCKETでは、偶然をどのようにデザインしているのでしょうか?

中邑先生

例えば海外研修をするとき、行き先を言わないんです。成田空港に着いて、子どもたちははじめてどこへ行くかがわかる。募集の仕方もいいかげんで、「来月エネルギーを考えるために海外へ出る。行きたいヤツは来い」といった感じです。でも、来るんです。おもしろいことをやってきた積み重ねで、「とりあえず行ってみよう」という子どもたちが育ってきた証です。

 

子どもたちは、成田空港に着いてはじめてチケットを渡されて、「ムンバイって書いてあるから、オレたちインドへ行くんだ」ということを知る。インドに着いて、南のプランテーション、貧困地域、そしてガンジス川を通ってデリーまで、1週間旅をするわけです。「エネルギーを考えると言ってたけど、油田とかないじゃん、先生」っていいながら旅をする。だけど、デリーにつくころ、彼らははじめてこう言うわけです。「すっごい人のエネルギーだね」って。「お前ら、このエネルギーに勝てるか?」って聞いたら、「無理ですね」って。「じゃあ5年後、インドと日本の関係はどうなっていると思う?」と聞くと、「日本ってヤバイですね」となる。このエネルギーを感じて帰れ、という旅なんです。1週間、時間とお金をムダにしてはじめて教えられる。最初からデリーの空港について、「インドで人のエネルギーを感じましょう」といっても、感じられないわけです。

インドの旅先にて。ディワリ(ヒンドゥー教の新年)の日の早朝、魂が再生すると信じられているガンジス川に空気の人(鈴木康広作)を浮かべて、ここでしか完成しないアート作品をつくりあげた。

目的地に向かうために、現地のインド人たちと値段交渉を続ける子どもたち。交渉は約1時間に及んだ。

あと、この夏やろうと思っているのが「家出バス」です。8月8日夜8時、新宿西口出発、家出バス。行き先は「北」としか書いていない。家庭内で親子関係がこじれて、イライラしながら生活している子たちが対象です。彼らは逃げ場がないんです。「外に出ちゃいけない」と言われている子もいっぱいいて、荒れている子もいるんです。Webで募集して、相当ワガママなヤツらを選んで連れていく予定です。夜通し走って、明け方仙台くらいまで来たら、多分何人かの子は泣いているでしょう。「寂しい」「帰りたい」「親に謝りたい」って。そうなったら、盛岡からの新幹線のチケットを渡すわけです。「ちゃんと謝るんだよ」って。

 

だけど、謝らない、泣かない子もいる。そうしたら、北海道へ連れていって、昆布干しを手伝わせればいい。1週間手伝わせて、「お駄賃3万円ね」といって帰すと、もっと生意気になっている。ワガママじゃなくて。自信をもっている。それが、親子関係を立て直していくことにつながるんです。

 

今社会では、何かというとコンプライアンスといって、行動に移すことが難しくなっています。でも話を聞くだけでは、子どもは抑圧されたままなんです。コンプライアンスとか言っていないで、「とりあえずやる社会」を作る必要があります。お休み券と家出バス、そのほかにもやりたいことがまだまだあります。

 

ROCKETの活動を通じて、異才が出るかどうかはわからない。でも、20年後には必ずおもしろい国ができているという信念だけで僕はやっているんです。絶対そうします。子どもたちを見ていたらそう思います。彼らに場所を与えたら、それだけで輝くんですから。

編集後記

マイノリティに対して型にハマる場所を作るのではなく、遊びながら〝付き合って〟あげることができる社会を創るという姿勢や許容力が、これからの未来に必要だと強く感じました。

百貨店は百科事典。リアリティーのある学びの場。中邑さんのように、型にハマる場所を作るのではなく、遊びながら〝付き合って〟あげることができる場として、百貨店という場を解放していきたい。まずは近い将来、館をキャンパスとした大丸松坂屋カレッジを開校したいものです。

 

(未来定番研究所 村田)