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2022.06.03

地元の見る目を変えた47人。

第3回| 昔飲んでいた本物の牛乳を届けたい。〈能登ミルク〉代表・堀川昇吾さん。

「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。

 

第3回にご登場いただくのは、石川県七尾市・和倉温泉で〈能登ミルク〉を営む代表の堀川昇吾さんです。「昔飲んでいた本物の牛乳を作りたい」そんな想いから、4軒の酪農家と堀川さんでスタートした〈能登ミルク〉。2018年には石川県七尾市・和倉温泉街に、ジェラートマエストロの長女・宙さんが、〈能登ミルク〉をベースに作る絶品ジェラートが評判の直営店もできました。もともと牛乳卸し店である家業を受け継いだ堀川さん。〈能登ミルク〉を立ち上げたきっかけやものづくりで大切にしていること、今後の展望などについて伺います。

 

(文:高野瞳)

Profile

堀川昇吾さん

〈能登ミルク〉代表。高校卒業後、東京にある大手印刷会社に勤務。退職後、地元である石川県・和倉温泉に戻り、家業を継ぐ。その後、〈能登ミルク〉を立ち上げ、2018年和倉温泉に直営店をオープン。

https://www.notomilk.com/index.php

適正価格で販売できる、

本物の牛乳づくりを目指して。

能登半島の大自然から生まれた〈能登ミルク〉。芳醇な甘みのある懐かしい味わいが特徴の〈能登ミルク〉は、世界的パティシエの辻口博啓氏が経営する〈ル・ミュゼ・ドゥ・アッシュ〉(和倉店、KANAZAWA店)をはじめ、レストランなどでも料理やスイーツに使われたり、都内の百貨店やカフェで販売されたり、大手チョコレートブランドとコラボ商品を発表したり。石川県を飛び出して全国に広がりをみせています。〈能登ミルク〉が誕生して約16年、順風満帆に見えるようで、ここまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。

 

高校卒業後、東京の大手印刷会社に就職した堀川さん。約10年間勤めたのち、地元に戻ったのが28歳の時。牛乳卸し店を営む家業を受け継ぎ、量販店や一般家庭に牛乳を届けていました。しかし、2〜3年経ったとき、「もう辞めたい」と思うように。きっかけは、量販店へ配達に行った際、現実を目の当たりにしたことでした。

 

「1リットル約178円で販売されている牛乳に対して、隣に並んでいるミネラルウォーターが倍の金額で売られていたんです。卸値はもっと高いはず。量販店は損をしてでも牛乳を安価で販売しているんです」と、その現実に驚愕した堀川さん。一般家庭でも世代が代われば注文もなくなるだろう。このままどんどん衰退するしかない業種なのではと不安を感じたといいます。

〈能登ミルク〉代表の堀川昇吾さん

それでも「牛乳屋として何もやり切ってないからやめられない」と自身を鼓舞しながら続ける日々。このままでは何も変わらない。それならば「自分が適正価格で販売できる牛乳を作ろう。昔飲んでいた本物の牛乳を作ろう」と徐々に決意が固まっていきました。

 

まずは、牛乳を作る酪農の現状を知るため、知り合いの牧場を訪ねると、「自分が描いていたのどかな牧場風景とはまったく違う、ただの牛乳工場にしか見えなかった」と、ここでも衝撃を受けた堀川さん。

 

量販店向けでなく、酪農家目線な牛乳を作りたい。ついに行動を起こしたのが32歳の時。乳業メーカーと協力し、石川県能登半島の限定した6軒の酪農家が能登の自然の中で育てた乳牛の生乳のみを使用する〈能登ミルク〉が完成しました。

本当においしい牛乳を届けたい。

〈能登ミルク〉が考える本物の牛乳とは。

ひと口飲むと、「芳醇な甘みが口の中に広がって、ゆっくりと体に浸透していくようなとても優しい味」と言われる〈能登ミルク〉。ほかにはない、自然そのものの味わい深さが特徴です。さらに牛乳の付加価値を高めているのが、処理方法や鮮度に着目するのはもちろん、自家牧草で育つ環境や飼料へのこだわり。水分を含んだ牧草を食べる夏場は、青い草の香りが鼻から抜ける味わいの牛乳に、そして干し草が飼料となる冬場は、乳脂肪分が高いキリッとした濃厚な味わいが楽しめます。

 

徐々に、全国的にも注目を集め始めるようになった〈能登ミルク〉。アジア最大級の食のイベント「FOODEX JAPAN」で、「能登ミルク」と「能登ミルクのむヨーグルト」が金賞を受賞したり、Yahoo! JAPANのご当地急上昇ランキングで石川県No.1に選ばれたり。また、2011年に能登半島が日本で初めて「世界農業遺産」に選ばれた事も、〈能登ミルク〉にとって追い風になりました。

適正価格で販売するためには、

徹底したブランディングがカギに。

「妥協せず本気で向き合えば向き合うほど、長い時間がかかるものづくり。ものを作るということは、本当に大変なんだと実感しました。だからこそ、どう売るかということが大切」そう話す堀川さん。手塩にかけて育てた〈能登ミルク〉を届けるために大切にしているのが、『ブランディング』です。「どういうものを作るか、それをどう発信するか。どういう人に届けていきたいか、ブランディングにかかっていると思います。『らしいか、らしくないか』という基準はかなり考えました」

 

〈能登ミルク〉が完成してから、実は2年間も販路がまったくない状態だったといいます。「軌道に乗るまでは、暗黒の2年間でした」と堀川さん。それでも安売りせず、「適正価格で販売したい」という想いを貫いたことで、今では「売る場所を間違えなかったら適正価格で売れる」という確信が持てたと語ります。

「娘の夢は、私の夢」

長女・宙さんとつくったジェラート店。

順調に販路は広がり、2018年4月には直営店をオープン。「以前から〈能登ミルク〉のおいしさを味わってもらうカフェは構想にありました。イタリアでジェラート作りを学び帰国した娘がカフェを出したいということで実現。娘の夢が私の夢でもあるので、目的がはっきりして目標ができ、一気に動き出しました」

堀川さんの長女・宙さん。日本にジェラートを持ち込んだ巨匠・植木耕太氏に弟子入り後、本場イタリアで修行を積み、最年少で「ジェラートマエストロ」の称号を取得。

カフェでは、もちろん宙さんのジェラートがメイン。強みはなんといっても生乳をベースに作ること。「本来ジェラートは、牛乳を6割配合するところを、うちは8割も生乳を使っています。濃厚だけど、キレがいい。最後に水を飲みたくならない、あっさりとした後味に仕上がっています」

 

生乳のこだわりは、殺菌時間にもあります。「通常120度で2~3秒行うのが一般的ですが、うちは、60度で1時間半かけて殺菌しています。よく牛乳の独特な匂いが苦手という人がいますが、それは殺菌で牛乳が焦げた匂い。本来牛乳は無臭に近いものなんです」

ジェラートのフレーバーには、能登周辺の伝統野菜である「中島菜」、奥能登にある珠洲揚げ浜塩田の天然塩を使用した「揚げ浜塩」、「柳田ブルーベリー」など石川県の特産品を使用。ジェラートのほかに、トーストやカフェラテ、スープなど、〈能登ミルク〉のおいしさを味わえるメニューも人気なのだそう。

西出牧場で40年近く使われていた牛乳ボトルを店内インテリアとしてリサイクル。

内装にもこだわりが満載。能登のヒバ材や能登上布など伝統工芸を取り入れたり、昔ながらの牛乳缶をリメイクしたり。かわいいだけではない、〈能登ミルク〉の本質を表現しています。「そろそろ5年目なので大幅リニューアルも考えています」

入り口にかかっている暖簾は、風合いが美しい「能登上布」で作られたもの。

新店や宿泊施設など……

〈能登ミルク〉の挑戦は続く。

現在は提携酪農家も6軒に増え、ますます盛り上がる〈能登ミルク〉。カフェをそのままの都内にも作ってほしいといったオファーも多いそうですが、「まだまだ能登で基盤を固めていきたい」と堀川さん。カフェについても、「ちょっと視点を変えて、もう少し〈能登ミルク〉のストーリーを打ち出すようなカフェを作っていきたいと思っています。少し離れた場所で一番景色がいい場所。〈能登ミルク〉をたっぷりと使ったカフェラテをメインに、美味しいコーヒーのお供もあるといいですね」と、今後の展望について語ります。

 

また、「廃業した旅館などを改装して、〈能登ミルク〉を飲むためのサウナつき宿泊施設も考えています」夢はどんどん広がります。

 

最近では、ブランディングについて講演を頼まれることも増えているという堀川さん。「〈能登ミルク〉だけでなく、地元の農家や作り手とも一緒に、街全体を盛り上げていきたい。横のつながりも増えているので、これまでの経験をいかして伝えられることがあれば、伝えていきたいと思っています」〈能登ミルク〉を起点に、さらなる広がりも期待できそう。堀川さんの挑戦は、まだまだ続きます。

■堀川さんが見染める石川県の見る目を変えた人

堀川さんにとっての「地元の見る目を変えた人」を伺いました。名前が挙がったのは、〈能登ミルク〉のカフェを一緒に作り上げた〈ベロ&ボスコ Co.,Ltd.〉代表のモリモトシンゴさん。子供の頃、青年団のお祭りで実は会っていたというお二人。堀川さんがカフェをオープンする際、モリモトさんが描いたイラストを見て依頼したことがきっかけで、偶然の再会を果たしたそう。「いま石川県でトップと言えるプロデューサー。〈能登ミルク〉は2人で作ったと言っても過言ではありません。いつも期待をさらに超えたデザインを提案してくれる頼もしく、信頼できる戦友です」

Profile

モリモトシンゴさん

石川県金沢市で広告、ホームページ制作、パッケージデザイン、DTP・エディトリアル、店舗などのデザイン、ブランディングを行う会社〈ベロ&ボスコ Co.,Ltd.〉代表。店舗プロデューサー。2000年に広告デザイナーとして広告代理店勤務後、2010年に独立。広告のグラフィックデザインやイラストレーション、動画ディレクション、店舗プロデュースを行っている。最近の趣味は、釣り。

https://boscoism.com

地元の問題点を整理し解決する。

若い世代のクリエイターの進化を楽しむ。

和倉温泉出身のモリモトさん。子供の頃、青年団のお祭りで天狗をつけて踊ったときに、堀川さんに「今までで一番ジャンプ力のある天狗だ」と褒められたのを今でも覚えていると話してくれました。東京から戻った堀川さんは、「ちょっと東京の感じがするお兄ちゃんという感じで目立っていました(笑)」と話します。

 

モリモトさんは、地元の高校を卒業後、金沢市の国際デザインカレッジへ進学。卒業後は、イラストレーター・グラフィックデザイナーとして、石川県・金沢を中心に、企業のロゴやパンフレット、ポスターなどのデザインをメインに手掛けてきました。

 

偶然の再会により、堀川さんと一緒に〈能登ミルク〉のカフェを作ることに。「自分が生まれ育った街でもある和倉温泉。恥ずかしくないものを残したいと思いました。持てる力……いや、持ってない力まで(笑)すべて出しきりました」

金沢にあるハンバーガーショップ〈1/3 HAMBURGER FACTORY〉

以来、次々と店舗プロデュースの相談が舞い込むように。現在は、ネーミングから店舗の出店場所の選定などから携わる案件が多いといいます。

 

石川県の魅力を尋ねると、「地元の人が気づいていない良さがたくさん潜んでいる」と、モリモトさん。「すでに石川県の顔になっているような伝統工芸や伝統芸能はいいけれど、農業や酪農などまだ演出されていない 『いいもの』が埋もれている。まだまだ伸びしろがあるなと感じます。観光地でもあるので、しっかりとしたブランディングと打ち出し方をしていけば、もっと全国に発信できるポテンシャルを持っているはず」

仕事・遊び・食・出会いが詰まった、みんなの学び舎 〈1の1 NONOICHI〉

ブランディングやプロデュースをする際、大切にしていることについて伺うと、「地元のいいところを引き出してなんぼだと思います。いいところ、石川県ならではのところを意識してものづくりしています。とはいえ、逆に石川県らしさに捉われすぎないようにも気をつけています。県内には若い世代もたくさんいます。だからこそ、伝統工芸や伝統芸能を大事に継承しつつも、そこに捉われず、新しいエッセンスを柔軟に取り入れることも大切。若い世代も共感できる物を作ることで、これから長く続くものができていくのだと思っています」とモリモトさん。

 

地元の良さを発信しようと考えるクリエイターも多く、モリモトさんの元に相談に訪れる人も多いといいます。「上の世代も堀川さんのように新しい感覚をおもしろがってくれて応援してくれる人ばかりではないので、中堅である僕たちがパイプ役にもなれるといいですね。考え方を変えるのは難しいので、じわじわと揉みほぐしながら、バランスよく新しいことを取り入れていけたらと思います」

 

〈能登ミルク〉の事例から、ブランディングが大事だということを痛感。「お店のコンセプトや売りをもっときちんと発信していかないといけないと思うんです。それを重要視している人はまだまだここには少ない。それができればこれからもっと全国へも広まっていけるはず。これからもそういったお手伝いができればと思っています」

これまで石川県を離れて暮らしたことがないモリモトさんに、地元の魅力について尋ねると、東京に住むとできないことがたくさんあるといいます。「大きいのは風土。僕の人生、日々の生活にはそれがとても大きいんです。山や川、海といった自然もそうだし、食べ物や趣味もそう。最近は釣りによく行きます。自宅から5分の自然はここでしか味わえない贅沢な時間です」

【編集後記】

よく飲むあの牛乳は、本来の味でも、適正価格でもなかった事に驚きです。

堀川さんが、地元に戻り、抱いた疑問は、消費者、酪農家、そして牛にとっても、より良い環境に導いているように感じます。そして、その活動は、みんなが知っている普通の牛乳が、みんなの努力で、地域の宝へ変わっていくように思えました。

他の地域にも、同じように、知っているようで、知らない、見直す事で輝く原石が、まだまだ沢山ありそうです。

(未来定番研究所 窪)

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