2023.02.22

日本のしきたり新・定番。<全10回>

第10回| 新築祝いにはお餅を配る。地域コミュニティに根差す未来。

日本には、古くから受け継がれてきた「しきたり」が多く存在します。「F.I.N.」では、そうした伝統を未来に繋ぐべき文化と捉え、各界で活躍している方々にお話を伺いながら、未来のしきたりの文化の在り方を探っていきます。

 

第10回目は、新居が建ったり、引っ越したりした際に贈る「新築祝い(引越祝い)」について取り上げます。『ひとりサイズで気ままに暮らす』(だいわ文庫)などの著者で知られる生活研究家・消費生活アドバイザーの阿部絢子さんに、これからの暮らしに沿った新築祝いとは何か、お話を伺いました。

 

(文:大芦実穂/イラスト:町田早季)

新しい家を建てる際には、建前(たてまえ)という建築儀礼を行います。これは、柱などが建ったら、棟梁や大工、親戚などを招いて、工事の安全を祈るというもの。それから、家が完成したら、近所の人も招いて、お餅などをついて振る舞います。地域によって幾分か差はあるものの、こういった儀礼が戦後から高度成長期を経て現代へと伝わり、「新築祝い」と呼ばれるようになったのではないかと考えています。

 

一方、現代はこういった慣習はどんどん減ってきています。理由の一つとして、コミュニケーションが多様化したことが挙げられます。昔は、インターネットなどがない時代なので、その地域でしか生きられません。家族を守り、生き抜いていくには、そこでしっかりと根を張らなくてはならなかったんですね。近所の人と仲良くやっていくため、「新しい家ができました、ぜひきてください」とお誘いをしたというわけです。ですが今の時代、自分の暮らす場所はどこでも選べるようになりました。遠くの人ともすぐに連絡が取れます。すると、同じ場所に根を張って、周りにいる人と深くつながっていこう、とは考えなくなりますよね。

 

現代の新築祝いについてもう少し詳しく見ていくと、まずは新築祝いを贈る側のお話ですが、基本は「誘われたら行く」「誘われなかったら行かない」です。もし誘われてないけどお祝いがしたいという場合は、「お祝いに伺いたいんですが」と聞いてみてください。それが上手な距離の取り方です。

 

お祝いに持っていく品は、相手の喜ぶものや好きなものがいいでしょう。これをあげるべき、というのはありません。予算にも決まりはなく、分相応がいいと思います。昔は、家をうつわと捉え、食器や雑貨などの入れ物や、その土地に根付くようにと苗木をあげることが多かったようです。他には、あとに残らないワインや生花、洋菓子など。ギフト券やカタログを贈るのもいいでしょうね。あまりよくないとされているのが、火を連想させるもの。防災用のカセットコンロなどストックとして持っておくのに喜ばれそうですが、やめておいた方がベター。プレゼントしたものが原因で、火事などが起こるのはよくありませんから。

 

ちなみに、急遽出向くことになり、何も用意できないときは、まずは生花やチーズなどを持って行き、また後日新築祝いをするのでも構いません。家の中を先に見ておくと、その方がどんな趣味か、何をすでに持っているか、把握しやすいですよ。

 

さて、自分が招く側のお話も少し。新しい家に移ってから、数ヵ月以内にお知らせしましょう。お声がけするのは、自分のお付き合いの範囲内でOK。先ほどの話しにもあるように、うつわや植物は、新築祝いに相応しい品の一つだと言われています。私も友人からいただいたことがありますが、申し訳ないことに私は植物を育てるのが苦手で、その植物をすぐに枯らしてしまい困っちゃいました。そんな私がいただいてうれしかったのは、くず入れ。家の中にたくさん置きたかったので、いくつあっても困りませんでした。このように、しきたりにならって贈るものいいのですが、相手が喜ぶものは何か?を考えて贈ることが大切だと思います。

 

そして、もう一つ大事なことは、新築祝いをいただいたらきちんとお礼を伝えること。お手紙を出してもいいと思います。もっと気軽に、LINEなどで「こんなふうに使っていますよ」と一言お伝えするというのでもいいんです。相手の気持ちが自分にどう届いたか、それを伝えるのがコミュニケーションです。

 

未来の社会における家族のかたちは、ぐるりと一周して、核家族からコミュニティへと移り変わっていくのかなと思っています。今のように緩やかだけど、顔が見える距離で、地域社会に根付いていくといいですね。以前テレビ番組で紹介していたのですが、新潟県の竹沢村という集落に、ドイツ人の建築デザイナーの方が移り住んだところ、都会の方が移住してくるようになり、新たなコミュニティが生まれたそうです。コロナ禍により、社会が一周したと感じています。私たちは、顔の見える付き合いの大切さを痛感しました。ですから、新築祝いの際には、気軽なパーティーを開いて、近所の人を呼んで、手作り料理を持ち寄ってもらったらいいんじゃないでしょうか。持っていく料理は、赤飯や自慢料理、ジャムにピクルスなど、なんでも。招く側はやっぱりお餅をついて配ったりして。つきたてのお餅を分けられるのは、乾燥しない距離の相手だから。社会は常に変容しますので、これが最終形態ではないとも思っています。でも、地域とまたつながっていくというのも、今の私たちにとって必要なことなのかもしれませんよね。

Profile

阿部絢子

生活研究家・消費生活アドバイザー・薬剤師。

新潟県生まれ。共立薬科大学卒業。洗剤メーカー勤務を経て、百貨店の消費生活アドバイザーとして30年間勤め、現在に至る。70代になった現在も暮らしのノウハウを探究すべく、年に一度海外にホームステイに出かけている。著書に『ハウスキーピングブック』(マガジンハウス)、『ひとりサイズで、きままに暮らす』(だいわ文庫)、『阿部絢子のひとりでもハッピーに生きる技術』(主婦の友)などがある。

https://ayakoabe262.jp/

【編集後記】

「新築祝いをご近所さんと」という阿部さんのご提案には目から鱗が落ちる思いでした。これまで新築や引越しのお祝いをやりとりする相手として親類や友人ばかりを考えていたからです。現在はコロナ禍を経て、引越し先のご近所さんへの挨拶すらも控えがちです。しかし、お餅や手作りの料理を振る舞うなど地縁的なつながりを深める新築祝いが定番になる未来の社会では、その土地ごとのユニークな文化が生まれたり、顔の見える安全な地域づくりができたり、住民がより幸せを感じながら暮らせるのではないか?と想像することができました。

(未来定番研究所 中島)

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