メイドインジャパンを継ぐ人。
2023.03.23
贈る
F.I.N.編集部が掲げている3月のテーマ「贈る」。今回は、誰かにものを贈るときに行う「包む」という行為に着目します。贈り物を包む「折形」、そしてそこに添える「熨斗(のし)」など日本の伝統文化として「包む」が今もなお息づく一方で、SNSで簡単に贈り物が送れるソーシャルギフトが一般的になりつつあります。そうした「包まない」文化が生まれた今、「包む」ことの必要性とは? 「包まない」贈り物でも思いは込められるのか。そして包む文化はどこに向かっていくのか。そんな疑問を2021年に行われた展覧会「包む-日本の伝統パッケージ」の企画に携わった、多摩美術大学准教授でデザイン史家の佐賀一郎さんに投げかけます。
(文:船橋麻貴/写真:大崎あゆみ)
佐賀一郎さん(さが・いちろう)
多摩美術大学グラフィックデザイン学科准教授、デザイン史家。
1976年宮崎県延岡市生まれ。慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、IT会社勤務を経て女子美術大学大学院に進み、美術博士号を取得。近代以降のタイポグラフィ史、デジタルアーカイヴを研究。共著『活字印刷の文化史』(勉誠出版)、監訳・解題書『遊びある真剣、真剣な遊び、私の人生』(ビー・エヌ・エヌ新社)、解説書『包む:日本の伝統パッケージ、その原点とデザイン 』(コンセント)、監修『20世紀のポスター[図像と文字の風景]ビジュアルコミュニケーションは可能か? 』(図録、東京都庭園美術館・日本経済新聞社)など。
礼節文化と結びつき、
「包む」は独自に発展してきた。
F.I.N.編集部
私たちは贈り物をするとき、包装紙などに包んで相手に渡しますよね。なぜ、こういった「包む」文化が根づいているのでしょうか。
佐賀さん
室町時代に確立されたと言われています。この時に礼節として民衆に根づいた、紙を折って包む「折形」や、贈答品を「風呂敷」に包んで持ち歩く文化が発展して今も残っている状態です。
日本は島国という特性上、海外からさまざまな文化が渡ってきますが、その文化に手を加えることで独自に発展させてきました。中国から伝わった儒教が重んじる礼節の文化も同様に、包む文化と結びつきながら日本らしいかたちで発展してきたように思います。
F.I.N.編集部
具体的に、どのように発展してきたのでしょうか?
佐賀さん
2021年に目黒美術館で開催された、デザイナーの岡秀行さんのコレクション展「包む-日本の伝統パッケージ」に向けて彼について調べるうちに、「包む」ことにはそれぞれの時代や文化の中で暮らした人たちが、どう生きたかが組み込まれていると感じました。例えば、持ち運ぶ時に卵が割れないように藁で包む「卵つと(たまごつと)」。これこそ、稲作文化が根づく日本人の生活から生まれた伝統的な包装ですよね。おそらくこの洗練された造形になったのは、何世代にも渡る人たちが知恵や技術を用いつつ、次の世代に伝承してきたから。各世代の作り手が実用性を求めた結果、この美しい形になったのだと想像します。
F.I.N.編集部
「卵つと」は、ほどくのも楽しそうですよね。
佐賀さん
まさにその通りで、贈られた側が贈った側の気持ちを追体験できるわけです。包みをほどくのは少し手間かもしれないけど、その分相手の気持ちを慮る時間ができる。「包む」という行為には、そういう贈る側の気持ちが込められていることがわかります。
F.I.N.編集部
贈る側はものだけではなく、自分の気持ちまで包んでいるんですね。
佐賀さん
そうですね。それと、私たちの中で「包む」ことが習慣になっているのも価値のあることだと思います。礼節という文化的な慣わしに従って、包んで贈り物をし合う。それがパブリックなものとして広がったから、いろいろな人が工夫や知恵を重ねられる。だから形やデザインも洗練されていく。私は普段から「デザインとは何か?」と考えているのですが、優れたデザインとは社会にも個人にも帰属するものなのではないかと思うんです。その点、文化や習慣として社会にも個人にも根づくことで、発達してきた「包む」は、デザイン史的な観点から見てもすごいものだと感じています。
伝統パッケージや包む文化を通して、
時代に対して「問い」を投げかけた。
F.I.N.編集部
佐賀さんがリサーチを重ねた岡さんは、「包む」を通じて私たちに何を伝えようとしていたのでしょうか。
佐賀さん
岡さんは日本のアートディレクター、グラフィックデザイナーの草分け的存在で知られていますが、木、竹、笹、藁などの自然素材を使った伝統包装に魅了され、それを「伝統パッケージ」と名付けて国内外に広めた人物でもあります。なぜそういう活動をするかというと、彼は若い時に小説家を目指していたこともあったのですが、その頃の作品を読んで私はこう理解しました。デザインに携わる身ではあるけれど、「造形の向こう側にある『人の心』を見ているんだ」と。
岡さんが伝統パッケージに注目したのは、高度経済成長期真っ只中の1960年代。個人の消費が伸び始め、何でも揃うスーパーマーケットの出現によって小売店でものを買う機会が少なくなり、大量生産・大量消費が本格化し始めた時代でした。広告デザインを牽引した岡さんは、どちらかと言うと大量生産・大量消費の経済至上主義の中にいたはずです。それなのにコレクション展を行ったりして日本の伝統パッケージを啓蒙したのは、ものの価値が軽視されるようになったことに対するカウンターだったのではないかと思います。科学技術が発達する世の中に生きる自分たちは、大きな何かを失っているのではないか。そのような時代にデザインが担うべき役割は何か、あるいはデザインとは一体何なのか。伝統パッケージや包む文化を通して、ものを大切に包み相手に気持ちを伝えていた昔の人の豊かな習慣を伝えようとした気がします。
F.I.N.編集部
消費文化が進む1960年代における、岡さんのカウンターの衝撃は大きそうですね。岡さんの没後、2021年にも伝統パッケージのコレクション展を行っていますが、なぜ現代の私たちも包む文化を見直す必要があるのでしょうか。
佐賀さん
岡さんは1964年に最初の展覧会を開催してからも、1995年に逝去するまで一種のライフワークとして伝統パッケージと向き合い続けました。自身で直接手がけた展覧会は海外展も含め6回にも及びます。つまり、各時代で包む文化の見直しは何度も行われてきたということ。最初の展覧会の時から想像以上の人が押し寄せたそうですし、2021年のコレクション展でも老若男女を問わず世代を超えて多くの人たちが訪れました。なぜ時代を問わずに人の注目を集めるのか。結局は伝統パッケージや包む文化が美しいからでしょう。理屈抜きに惹かれるものがあるのだと思います。
「包まない」世の中になっても、
「包む」の文化的な価値は上がる。
F.I.N.編集部
伝統パッケージや包む文化の美しさに惹かれる一方で、最近だと包装自体をなくす動きがあったり、ソーシャルギフトなども一般化したりと、「包まない」贈り物も出始めているように思います。包まなくても気持ちは伝わるものでしょうか?
佐賀さん
包まれていない贈り物であっても、メッセージを添えられたりするので、気持ちは十分に伝わると思います。ただそこで大事なのは、0か1ではなく、グラデーションで物事を捉えること。例えば、着物。かつてはみんなが着ていたものですが、明治時代以降は洋装文化が定番になりましたよね。だけど、実際には着物はなくなっていない。つまり、経済的な価値は下がったかもしれないけれど、一方で文化的な価値が上がった。昔と今では着物の文化価値が大きく異なるように、包む文化の価値も時代とともに変わっていっていいはずです。
F.I.N.編集部
伝統や文化を残すためには、変化を受け入れることも必要なんですね。
佐賀さん
伝統や文化は、冷凍あるいは真空パックでそのまま保存すればいいというものではないと思います。むしろ生活に根ざして、常に変わっていくべきもの。とくに包む文化に対しては、そういう見方をするのが面白いんじゃないでしょうか。なぜなら、岡さんが言ったように「包むことは人の暮らしすべてを考えること」だから。昔の人が包むことに「生」を組み込んだように、私たちも時代に合わせてそうすればいいのではと思います。
F.I.N.編集部
では、包む文化はこの先どうなっていくと思いますか?
佐賀さん
オンライン上で贈り物を贈る時代が加速しても、着物のようにプレミアム性が付与され、かたちを変えながらも残っていくと思います。そこで私たちが大切にすべきは、何を喪失し、どんな新しい価値が生じるかを考えること。「包む」ことは、想像力を働かせる大切さを教えてくれる気がします。
伝統パッケージに関しては、すでに手にする機会が少なくなっているのは事実。だけど、生きることすべてが反映された伝統パッケージに触れることで、デザインの本質に立ち返ることができます。私の願いとしては、変わらずに人間そのものを伝える普遍的な存在であってほしいです。
■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント
・「包む」ことや伝統パッケージを通して、「自分たちは科学技術が発達する世の中において大きな何かを失っていくのではないか?」や、「デザインとは一体何なのか?」といった本質的な問いに向き合うことが大切になる。
・簡易包装やソーシャルギフトといった「包まない贈り物」が普及するなど時代が移り変わる中で、今後「包む贈り物」の文化的価値は上がり、かたちを変えながら残っていく。
【編集後記】
佐賀さんのお話を通して、「包む」というのは、それによって贈り物の包装の美しさや中身を想像する楽しさ、ほどくときの緊張など、さまざまな気持ちの揺れを体験することができる豊かな文化なのだと改めて気づくことができました。一方でこれからの未来、やはり「包まない」贈り物がちょうどよいとされるシーンも増えてくると思います。しかし、だからこそ「包む」文化の豊かさをなるべく味わい、贈る相手にもそれを大切にしてもらえるような贈り物をしていきたいと思いました。
(未来定番研究所 中島)
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