F.I.N.的新語辞典
2023.03.18
贈る
3月のテーマは「贈る」。お歳暮やお中元でものを贈り合うことが少なくなっていたり、メールやSNSから贈れるソーシャルギフトが一般化していたりと、今、贈る文化に変化と進化が起きているように感じます。そこで今回は、お金を贈る先をみんなで決める〈新しい贈与論〉に注目。代表理事の桂大介さんに、寄付としてお金を贈ることの意味や、みんなで寄付先を選ぶ意図、そして寄付と贈与について考える必要性などを伺います。
(文:船橋麻貴/写真:大崎あゆみ)
桂大介さん(かつら・だいすけ)
1985年、京都府生まれ。早稲田大学在学中の2006年に、同大学で知り合った村上太一さんとIT企業〈リブセンス〉を共同創業。2012年10月には、当時史上最年少での東証一部上場を果たす。2019年に一般社団法人〈新しい贈与論〉を設立し、代表理事に。現在は〈新しい贈与論〉をはじめとした寄付活動を通じて、寄付や贈与の在り方を見直している。
Twitter:@dkatsura
新しい贈与論:https://theory.gift/
一人で行うには限界がある。
だから、みんなで寄付先を決める
お金の贈り先をメンバーのみんなで決めるコミュニティ〈新しい贈与論〉。毎月一つのテーマを設け、メンバーが熟議して決めた寄付先に、会費から運営実費(最大10%)を引いた額を全額寄付しています。創設したのは、IT企業〈リブセンス〉の共同創業者としても知られる桂大介さん。そのきっかけは、当時史上最年少での東証一部上場を果たした10年ほど前に、寄付活動を本格的に始めたことでした。
「おいしいものを食べたり、いい服を着たりするうちに、『十分だな』という感覚がありました。それでユニセフやNPO法人、株式会社に寄付をし始めたんですが、一人で寄付を続けていくとどこか閉じていく感じがして。寄付プラットフォームサービスで寄付活動を始めてみたら、子どもや動物への寄付はたくさん集まるのに対して、アルコール依存症や犯罪を犯してしまった人の更生には寄付が集まりにくいということがわかったんです。一人で寄付先を考えるには限界があるし、団体で寄付をすると偏りが生じてしまう。そういったことをクリアにし、継続的な寄付活動を行える場所として〈新しい贈与論〉をつくりました」
こうして2019年に創設された〈新しい贈与論〉。現在の会員は、会社員や経営者、学生、主婦など属性はさまざまで70〜80名ほど。5,000円(学生のみ)、1万円、3万円、5万円の月会費制を採用しているのも特徴的です。会費の金額に差異はありますが、どの会費を選んでも投票権は一人一票。会費によって、大きな役割や意思の決定権などの差もありません。月毎のテーマに沿って、推薦人と呼ばれる2人1組で構成される3チームそれぞれが寄付先を探し、その寄付先がいかにふさわしいかを提案する推薦文を元に、会員全員の投票によって寄付先を決めていきます。
例えば、2月のテーマ「探す」で寄付先の候補にあがった〈ウィキメディア財団〉。広告も入れず、世界中のボランディアの執筆・編集によって無料で閲覧できるWikipediaの運営のために寄付を募っていることでも知られています。〈新しい贈与論〉では、その一助のためだけにただ寄付するのではなく、寄付や贈与についてメンバー内で考える場として機能しています。
「推薦文には、『情報の無料性やタダ乗りの罪悪感、寄付をお願いされる圧の強さなどについて、メンバーのみなさんと話し合いたいと思ったから推薦しました』と書かれています。大体の人は、Wikipediaで『寄付のお願い』が表示されるとバツボタンを押して閉じると思いますが、その時、心が少しチクっとするじゃないですか。そういう気持ちとしっかりと向き合うことは、やはり一人で寄付活動を続けているだけでは得られません。他者の視点が入ることで新しい気づきになるし、新しい社会問題と出会うきっかけにもなる。これこそが、みんなで寄付することの醍醐味だと思っています」
複数候補の中からメンバーの多数決で一つの寄付先を決めることは、必ずしも自分が選んだところにお金を贈れるわけではないということ。それこそが自分がやってみたいことだったと桂さんは言います。
「贈与とは、自分の所有物を譲り渡すこと。この文化は、個人の意思決定の中からは生まれてこないと思います。身近な例で言えば、結婚式のご祝儀。これは自分で決めて行っているように思えるけど、実はそうではありません。結婚式に参列したらご祝儀を渡さないといけないし、包む金額も相場で決まっていたりしますから。このように、コスパやタイパなど関係なく、誰かの幸せを願うことこそが贈与。その本質を追求するため、〈新しい贈与論〉では、自分の意思だけでは贈る先を決められない『ままならない贈与』を行っています」
寄付は失うものの方が多いけど、
世界の見え方がちょっと変わる。
ご祝儀をはじめ、出産祝いやお見舞い、香典など、日本にはお金を贈る文化が根づいています。その一方で、寄付という文化はそこまで根づきにくいのは当然のことだと桂さん。
「チャリティの寄付文化自体が舶来のものですし、日本人は見ず知らずの相手にお金を贈るという文化を育んできませんでした。むしろ、身近な人には贈りものを贈り合ってきた。ご祝儀や出産祝いなどお金のほか、お歳暮やお中元、お土産なんかもそう。日本人には『困ったときはお互いさま』という信念の元、身近な人たちと支え合う相互扶助の文化が根づいているんです。だから寄付文化が育ちにくいのも、無理はないと思います」
昔から贈答文化が根づいているがゆえ、寄付や贈与について考えることは豊かさに触れる機会になるとも。
「社会全体では、近所付き合いや、地域とのつながりが希薄になった今、相互扶助だけではやっていけなくなるはず。だからこそ、これからは見ず知らずの人にお金を贈る寄付や贈与を見直す必要があるのではないかと感じています。しかし、個人間ではちょっとしたお菓子をもらったり、食事を奢りあったり、そもそも僕たちは贈与にあふれた社会に暮らしているのに、それを忘れてしまっている人が結構多い。貧しくなったと言われて久しい社会ですが、こうしたことからも世間が言うほど貧しくないんじゃないでしょうか。今、寄付や贈与について考えることは、そういう豊かさに気づくきっかけにもなるはずです」
では、見ず知らずの人や団体に、寄付や贈与を行うことで、私たちは何が得られるのでしょうか。
「日常がガラリと変わるなんてことはありませんし、個人のレベルで言うと大きな何かを得られることもありません。むしろ、失うものの方がはるかに多い。贈った金額を見れば、『このお金で何か買えたかもしれない』なんて思うかもしれない。だけど、寄付を続けることで、何かの訓練になることは間違いありません。というのも、失ったお金を対局的に見れば、自分と他者の間を移動しているだけなので。ものごとを見つめる視点を少しずらせば、世界がちょっと変わって見える。そういうレッスンになるのではないでしょうか」
寄付や贈与の本質を知り、
行動を起こす場になっていく。
寄付や贈与について学び、実践していく〈新しい贈与論〉。これまで寄付をしてきた人はもちろん、一度も寄付をしたことがない人も集います。創設から4年、「善意」を叶える場ではなく、確実に新しい気づきを得る場となっているよう。
「寄付や贈与における善意を否定しませんが、実際はそこまで人を突き動かすような要素にはならないと思います。寄付全般に言えることですが、おそらく寄付の手応えって最初の数回のみ。とくに〈新しい贈与論〉では月額制なので毎月お金が引き落とされるだけで、寄付しているという感覚も、社会を良くしているという感覚もあまり得られないと思います。
ですが、経済合理性とか投資対効果などを考えずに、どこにお金を贈るかを話し合い、新しい社会問題に向き合うことで、合理主義ではないものに触れられるいい機会にはなっているはず。メンバーの中には、『どこに寄付していいかわからなかったけど、どこに寄付したっていいと気づいた』『自分が貢献したい分野がわかった』と言ってくれる方もいます。こうしてこの先も、寄付や贈与の本質に触れることで、社会について考えて行動を起こす場になっていくといいなと考えています」
■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント
・ついつい合理性やコスパなどを意識してしまう現代において、寄付や贈与は一息つく良い機会となりえる。
・見方によって贈与を煩わしいと感じる人も増えてきているようだが、堅苦しく考えず、贈与は人と人の関係性とつなぐものであることを改めて認識する。
【編集後記】
今まで、「寄付」を慈善活動の一環として捉えていた部分が少なからずあったのですが、〈新しい贈与論〉の会員の方はそこはあまり強くないというところが新鮮でした。寄付する過程の中にみんなで考える時間を設けることで、日々をただ過ごすだけでは得られない学びが詰まっているのだと思いました。
また今回、贈与が人と人とのつながりを生む一つの良いきっかけとなることに改めて気づくこともできました。今、ソーシャルギフトの贈り合いがどんどん広がっているようですが、他者とのつながりが希薄になりがちな社会において、とても良い傾向と言えるのではないでしょうか。
(未来定番研究所 榎)