2023.02.10

日本のしきたり新・定番。<全10回>

第9回| 1000年以上の歴史を持つ熨斗(のし)を、リボンのように使う未来。

日本には、古くから受け継がれてきた「しきたり」が多く存在します。「F.I.N.」では、そうした伝統を未来に繋ぐべき文化と捉え、各界で活躍している方々にお話を伺いながら、未来のしきたりの文化の在り方を探っていきます。

 

第9回目は、贈り物をする際につける「熨斗(のし)」について取り上げます。ご祝儀袋や贈り物に使用される、「相手を敬う気持ち」が込められた熨斗。熨斗職人の祖父を持ち、熨斗カルチャーの取材・発信を行うのし太郎さんに、熨斗のこれまでとこれからの未来について話を伺いました。

 

(文:大芦実穂/イラスト:れのすか)

1000年以上の歴史がある熨斗

熨斗と言うと、百貨店などで掛けてくれる「紙」のことだと思われる人も多いのですが、実はそうではありません。熨斗紙の右端にプリントされているもののことで、厳密に言うと、その中の黄色い部分を「熨斗」と言います。細長の黄色い部分は、乾燥した鮑(あわび)を模したもの。熨斗は鮑に起源があります。

 

その歴史は古く、最初に熨斗についての記述が出てくるのは、720年に完成された書物『日本書紀』です。そこには、天照大神(あまてらすおおみかみ)の命によって、伊勢神宮に降り立った倭姫命(やまとひめのみこと)が、海女の獲っていた鮑にひどく感動したとあります。それ以来、公家(天皇家)に対し、鮑を献上するという文化が始まったようです。

 

戦国時代には、戦の験担ぎ(げんかつぎ)として熨斗鮑(鮑を薄く剥いで乾燥させてたもの)が使われました。出陣・帰陣での儀礼において、「敵を打ちのばす」という意味合いで縁起を担いだようです。また、保存食としても大変重宝されました。

 

そもそも鮑には、清浄さと不老長寿という意味も込められていました。なぜなら、古代中国では、不老不死の仙薬だと考えられていたからです。「あなたの健康(不老長寿)と幸せを願い、真心を込めた、清らかな品物である」というシンボルとして、熨斗がつけられ、正月や結婚、子どもの誕生など、慶ごとでの祝意を表す贈答品になったと言われています。

江戸時代以降は、庶民の間にも流布

その後、つかの間の平和な時代が訪れ、熨斗と神道が密接になっていきました。当時の公家というのは、今で言うアイドルやカリスマのようなもの。一般市民も天皇家や貴族の暮らしを真似るようになります。本来公家に伝わる熨斗はもっと大きいものだったのですが、市民の生活に降りてくるにあたり、どんどん簡素化されました。それが「折り熨斗」という現代で使われている熨斗と同じものです。

 

明治時代、仏教と神道を分けた国家神道により、神道由来の文化がより一般化していくなか、水引やご祝儀袋が生まれました。その後、第二次世界大戦で敗戦すると神道はGHQの検閲対象となり、学校などで熨斗について教えることはなくなりました。

 

かつて熨斗を作ること(「折形」:贈答品を紙で包む作法のこと)は、女性の高い教養の一つとされ、純粋を意味する白と、魔除を意味する赤の和紙を折り、鮑に似せたものを間に挟んでいました。熨斗にもさまざまな種類があり、百貨店では、お店のシンボルが描かれた和紙を使用していました。今見ても、本当に美しいものばかりです。

 

戦後はコンビニやチェーン店などが増え、日本全国が均一化されたので、各地に伝わる熨斗文化も画一的なものになっていきました。職人やメーカーも、熨斗の製造・販売だけでは十分な収入にならず、廃業するところも増えました。

心を込めたギフトに添えてほしい

これからの未来、昔のように熨斗が広く流通することは難しいでしょう。それから、私は過去の勢いを取り戻してほしいとも思いません。ただ、丁寧に作られた熨斗というのは見た目が本当にかわいいものです。もしこの記事を読んでいただいた後に熨斗を目にする機会があれば、小さなものの中に込められた意味や歴史に想いを馳せて、手に取って見てみてほしいのです。そして、今後「心を込めた贈り物をしたい」「感謝の気持ちを伝えたい」という相手には、ぜひこだわりの熨斗を添えて贈ってみてはいかがでしょうか。

 

海外ではギフトラッピングにリボンをつけますが、それと同じように、熨斗も使われるようになったらうれしいですね。熨斗は1つ100円ほどのものからあるので、リボンを掛けてもらう追加料金とそう変わらないと思います。ぜひ「かわいいから」「日本らしくて素敵だから」という純粋な気持ちで気軽に手に取ってみてほしいですね。私自身も文化を継承していくために、地道に熨斗文化を取材し発信していきたいと思います。

Profile

のし太郎さん

紙の町と呼ばれる愛媛県四国中央市生まれ。

紙加工品などのOEMを受託する〈株式会社エム・パック〉勤務。〈エム・パック〉は、日本にある折熨斗を全国流通用に量産製造している2社うちのひとつ。祖父は熨斗職人。2016年より、熨斗文化の継承のため、「熨斗の世界」というwebサイトを立ち上げ、日本各地に趣、熨斗の取材を続けている。

https://noshi-world.jp/

【編集後記】

のし太郎さんによると、現在、折熨斗を全国流通用に量産製造している会社は2社しかなく、事業存続が厳しい領域だそうです。しかし、コンビニで売られているご祝儀袋にもプリントされているように、熨斗は1300年以上もの時を経て、かたちを変えながら日本人の文化に色濃く受け継がれています。それは、いつの時代も「相手を敬う気持ち」やその表現が大事にされているあらわれと言えます。そんな熨斗に込められている想いや歴史を知ると、相手への気持ちを表す象徴としてかわいい熨斗をちょこんとつけたプレゼントを贈りたくなりました。

また、取材の中でご提案してくださった「自分でオリジナル熨斗をつくる」というアイデアも、相手のことを考えて贈り物に添えられるのでとてもすてきです。誰かに贈る言い訳を探し始めています。

(未来定番研究所 中島)

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