2022.09.23

日本のしきたり新・定番。

第6回| 「お宮参り」は愛情表現。和文化研究家・三浦康子さん。

日本には、古くから受け継がれてきた「しきたり」が多く存在します。「F.I.N.」では、そうした伝統を未来に繋ぐべき文化と捉え、各界で活躍している方々にお話を伺いながら、未来のしきたりの文化の在り方を探っていきます。

 

第6回目は、生後1ヵ月を目安に行う、赤ちゃんにとって神社への初参拝となる「お宮参り」を取り上げます。一生に一度しかない通過儀礼、5年後10年後にどのようなかたちで受け継がれていくのでしょうか。和文化研究家・三浦康子さんに話を聞きました。

 

(文:大芦実穂/イラスト:浅妻健司)

お宮参りとは、赤ちゃんが誕生したことを、その土地を守る氏神様に報告する儀式です。赤ちゃんを氏子として認めてもらい、無事に育つよう祈願します。

 

慣例では、生後1ヵ月頃を目安に、父方の祖母が赤ちゃんを抱いて参拝します。このとき母親は同席しないのが、昔ながらのならわしでした。なぜなら、神道では血は穢(けが)れとされ、出産後に慎んで過ごす「産の忌(いみ)」という期間にあたる母親は境内に入れなかったからです。ですが、時代とともにその概念が変わり、現代では、お母さんが赤ちゃんを抱いてお参りすることのほうが多いです。

 

赤ちゃんには晴れ着を着せるのがならわしで、白羽二重(しろはぶたえ)の内着に、背縫いがない一つ身と呼ばれる華やかな祝い着を掛けるのが正装です。参加する人たちも、赤ちゃんの晴れ着に合わせて、フォーマルな格好で付き添います。

 

日本には昔から、「ハレとケ」という概念があります。「ハレ」は非日常、「ケ」は日常。人は、日常の生活だけでは気力が枯れ、「気枯れ(けがれ)」た状態になってしまいます。すると、「穢れ(けがれ)」たり、「病気」になったりするので、昔の人は、枯れた気力を晴らすために行事を行いました。晴れ着を着て晴れの舞台に立ったり、祭をして歌ったり踊ったりすることで気を晴らし、気力を元に戻す。つまり「元気」になったんですね。ですから、こうしたハレの行事は参加する人たちにとっても、非常に意味のあることなのです。

 

そもそも、行事とは一体何のために行うのでしょうか?心や気持ちというのは目に見えません。目に見えないものをモノやコトに託して行うのが、日本の行事文化です。行事が表す、目に見えないものとは「幸せを願う気持ち」なんですね。この気持ちが向く対象は、大事な家族。とくに、赤ちゃんや子どもです。

 

人生の節目で行うものを通過儀礼といいますが、こうした儀礼が多いのも、生まれてから7歳になるまで。昔は「7歳までは神のうち」といって、7歳まではいつ死んでもおかしくないと考えられていました。乳幼児の生存率は高くなく、無事に成長させるのは大変なことだったんですね。ですから、親は子どもに対して、とにかく健康で長生きしてほしいという気持ちが強い。お宮参りもそうですが、日本の子どもにまつわる行事文化は、親心の表れと言えます。

 

そのような親の思いもあり、一生に一度しかないこの日には、「我が子が無事に育ちますように」と願う、親の愛情が込められています。赤ちゃん自身は何も覚えていないので、写真や動画を撮ったり、手紙を書いておいたりすれば、大きくなってそれを目にしたときに、「自分は、こんなに愛されて育ったんだ」と実感することができるでしょう。

 

最近では、祖父母は参加せず、夫婦だけでお宮参りを行う方も増えています。必ずしも生後1ヵ月ではなく、お母さんの体調や気候、時勢などを考慮して日にちを決めたり、和装ではなく洋装にしたり。しきたりに縛られるのではなく、重要なのは「愛情表現」という本質。柔軟に考えて行えばいいのです。

 

情報が次から次へと流れ、忙しない現代社会では、すぐに効果が見えないといけないような気になります。お宮参りをしたからといって、すぐに何かが変わるわけではありません。ただ、人生という長い軸で捉えたときに、あのときやってよかった、と思えればそれでいいと思います。

 

子どもは親に愛されて育ったという実感を、次の世代にも繋げていく。そうして、気持ちが受け継がれ、たくさんの人の幸せに繋がっていく。「愛情表現」という本質を忘れずにいれば、今後もお宮参りという文化が続いていくと思います。

Profile

三浦康子

和文化研究家、ライフコーディネーター。古を紐解きながら今の暮らしを楽しむ方法をテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、Web、講演などで提案し、行事を子育てに活かす「行事育」提唱者としても注目されている。All About「暮らしの歳時記」、私の根っこプロジェクト「暮らし歳時記」などを立ち上げ、大学で教鞭をとるなど活動は多岐にわたる。著書『子どもに伝えたい 春夏秋冬 和の行事を楽しむ絵本』(永岡書店)、監修書『季節を愉しむ366日』(朝日新聞出版)ほか多数。

【編集後記】

先日、親戚の赤ちゃんのお宮参りに参加しました。慣例どおり、華やかな着物を羽織った赤ちゃんが父方のおばあちゃんに抱かれて、神主さんに祝詞を読み上げてもらいます。それを見ながらわたしは「不思議な儀式だな」と眺めていました。

しかし今回三浦さんのお話を伺い、やはり現代のわたしたちはしきたり行事を「こなさなければ、なんとなく決まりが悪い形骸的な儀式」と認識していることを反省しました。お宮参りの本質を捉えれば、処方薬のないウイルスが蔓延するこの時代に赤ちゃんが無事に生きていることを喜び、愛されていることが子どもに伝わる機会として、自由な手段で思い出を刻むことが重要なのだとわかりました。さらに、その認識が普及した未来には実に多様な「お宮参り」の姿があるのだろうと思います。

(未来定番研究所 中島)