2020.08.28

日本で唯一の「ユネスコ食文化創造都市」 山形・鶴岡市にみる、地域の食文化の未来。

鶴岡市は2014年にユネスコ(国際連合教育科学文化機関)から、国内で唯一「ユネスコ食文化創造都市」の認定を受けています。世代を越えて受け継がれてきた「在来作物」が、なんと60種類も存在しており、その食文化が今世界で注目を集めています。そこで今回F.I.N.では、在来作物を残していくことの意義や、地域社会の食文化の未来について、鶴岡市の食文化を支える研究者、栽培者、料理人といった多様な立場の方を取材してきました。

「生きた文化財」として

受け継がれる、在来作物

まずは、山形大学農学部 食料生命環境学科江頭宏昌教授(農学博士)に、在来作物とはどういうものか、受け継ぐことの必要性、今後の課題についてお話を伺いました。

山形大学農学部 食料生命環境学科江頭宏昌教授(農学博士)。山形在来作物研究会を立ち上げ、毎年『SEED』という会報誌を発行している。

在来作物は、「ある地域で世代を超えて、栽培者自身が自家採種を行いながら、生活に利用して栽培してきた作物のこと」と山形在来作物研究会では定義されています。この「作物」の定義には、穀類や野菜、果物、花のほか、昔から生活に根ざした日用品を作るために栽培されてきた工芸作物も含まれており、世代を超えて自家採種を続けることで、その土地の風土に合った形質に変化するのだそう。

 

江頭教授が影響を受けた一人でもある、農学博士・青葉高先生は、在来作物について「野菜の在来品種は、生きた文化財」と表現しています。栽培して利用することで地域文化を伝える「メディア」となり、また在来作物が一つ消えると、地域に伝わって来た食文化や栽培のノウハウの文化も消えてしまうということに繋がるということです。

 

この言葉に衝撃を受け、山形在来作物研究会を立ち上げた江頭教授は、「これまで見捨てられたり忘れ去られたりしていた在来作物に、もう一度光を当て、価値を取り戻して活用していかなくてはならない。そのためには、誰かに食べてもらわないといけないし、これまで知らなかった人に対して広めていくためにも、どうやってハードルを下げるかというのが目的であり、課題でもあります」と話します。

山形在来作物研究会のHPでは、在来作物の種類や研究結果等を公開している。

近年、在来作物に対する需要は増えている一方で、栽培するのも種を採種するのも難しいため、なかなか第一線の若手農家が手を出すには厳しい状況という現状も。しかし、地域の人々が利用してきた野生の食物を大事にしようというのは、「SDGs」の観点にも合致することだと、江頭教授は考えています。

 

「今後どんな環境変動が起きるかわからないし、新しい病気が蔓延する可能性もあるかもしれない。そんな時、在来品種がその抵抗力を持っている可能性があるんです。時代のキーワードは“多様性”。作物も在来品種を通して多様性を保持しておくことで、未来の食文化の発展や課題解決の鍵となり得るんです」。

持続可能な栽培方法で

在来作物を作り続けること。

それではこれらの作物を栽培する農家の方は、どのように向き合っているのでしょうか。鶴岡市内で約200〜300年前から農業を営み、自家採種で在来作物を栽培し続けている「治五左ェ門」15代目、石塚寛一さんにお話を伺いました。

だだちゃ豆を中心に米・野菜などを作っている農家の石塚寛一さん。

F.I.N編集部

石塚さんが農業を継いだきっかけを教えてください。

石塚寛一さん(以下、石塚さん)

 

農業を始める前は、東京で食品の輸出入会社に勤めていました。その会社を辞めて稼業を継ぎ、現在18年目になります。だだちゃ豆をメインに、お米やその他野菜を少し育てています。

おいしさのピークが約1週間しかないだだちゃ豆。香りが強く人気の「白山だだちゃ」は、8月中旬から25日頃までが旬。

F.I.N編集部

在来作物が抱える課題とはどのようなことですか?

石塚さん

だだちゃ豆は、おいしい枝豆を総称して呼ばれる名称で、7月〜9月までの間で品種が変わり、味も香りも微妙に異なります。現在だだちゃ豆の品種は、商標的には8種類ですが、それぞれの農家で作っているものもあるため20品種以上あるといわれています。通常1つの農家で育てるのは3〜5種類ですが、鶴岡の農家では5〜10種類育てているところもあるとか。だだちゃ豆のおいしいピークは本当に一瞬なので、ピークが違う品種をずらして育てています。

F.I.N編集部

だだちゃ豆の栽培で、やりがいや苦労を教えてください。

石塚さん

だだちゃ豆は、他の枝豆と比べると栽培がとても難しいんです。異なる親を交配させた「F1種」の枝豆は雨や病気に強く、節から節まで短いので倒れにくくて、収穫量も多いのに比べて、代々受け継がれた「固定種」であるだだちゃ豆は、さやが半分くらいしかつかないので収穫量が少ない上、病気や虫に弱いのですぐやられてしまいます。それでも通常の枝豆よりも香りが強くコクのある味わい。難しいけれど、その分やりがいがあって楽しいんです。

F.I.N編集部

在来作物を受け継いでいくために必要なことは何でしょうか?

石塚さん

在来作物を残していくことは、農家側に経営的なリスクがあります。また温暖化がどんどん進んでいるこれからの環境に、昔の遺伝子を持った種が耐えられるかが心配です。変化が急激に起こっていくと消滅する可能性も高まります。ですから、私たち農家は栽培技術を高めて、同じ場所で続けていくために、持続可能な栽培方法を模索していかなくてはなりません。次の世代へ繋げていくためにも、来年、再来年、何十年後を見越した作り方をしていく必要があると思っています。

だだちゃ豆の葉が生い茂っている畑。

F.I.N編集部

未来の農業についてどう考えていますか?

石塚さん

農業もかなり機械化が進んでいます。これまでは感覚的で、見て覚えてきましたが、今はAIやドローンの導入も進み、昔の人が残してきたデータを生かしながらハイブリッドな農業を取り入れていこうという流れになっています。それでもやはり、葉を手で触って質感や匂い、水分量を感覚で見ないといけない部分もあり、どれだけ進化しても、人間の感覚は必ず必要です。それを補完してくれる技術が発達することは、在来作物を残していくための助けにもなってくれると信じています。

変わらないこと、続けることで

いいものを残していきたい

石塚さんをはじめとする地域の農家たちが代々守り続けている在来作物。これらは、鶴岡の食文化にどのように生かされているのでしょうか。だだちゃ豆など、庄内の魚や野菜などを使った料理を提供する〈庄内ざっこ〉の料理人、齋藤亮一さんにお話を伺います。

〈庄内ざっこ〉の料理人、齋藤亮一さん。

庄内の魚や野菜などを使った料理を提供する店〈庄内ざっこ〉

F.I.N編集部

お店について教えてください。

齋藤亮一さん(以下、齋藤さん)

季節を大切に、食材はもちろん、器やしつらえにも季節を意識しています。鶴岡がある庄内地方は四季がはっきりしているので、食材にもそれがよく表れています。

〈庄内ざっこ〉では、鶴岡市近郊で採れる魚や野菜などを使った郷土料理が味わえる。写真の「華籠御膳」はお店の人気メニューのひとつ。

齋藤さん

食材が豊富で、この季節になったらこれを食べる、というのがわかりやすいんです。名物に、弁慶飯という鶴岡の郷土料理があります。おにぎりを焼いて、味噌をつけてからまた焼いて、そのあとに、青菜の漬け物を巻いてさらに焼きます。どの家庭でも作るものではありますが、青菜や味噌の配合、お米の配合にこだわっているのでオススメです。

F.I.N編集部

在来作物を使う上で心がけていることはありますか?

齋藤さん

例えば、外内島きゅうりはジューシーですが、苦味やえぐみがあります。でもそれを取ってしまうと外内島きゅうりではなくなってしまうので、特徴を生かした上でどうしたら美味しく食べてもらえるかを大切に調理しています。在来野菜は、滋味深い味わいの食材が多く苦味やえぐみがあって難しいのですが、大きくは変えずに、楽しんでいます。

だだちゃ豆を使った炊き込みご飯。

F.I.N編集部

「ユネスコ食文化創造都市」に認定されて変わったことはありますか?

齋藤さん

3年前に、スペイン・バスク地方へ研修で行かせていただきました。現地のシェフにその土地の料理を教えてもらったり、逆に和食を振る舞ったり。これを機に、世界に目を向けるようにもなりましたし、SNSなども活用しながら、各地のシェフともコミュニケーションを取るようになりました。現地の食文化の空気感を肌で感じられたのは大きな経験の一つです。

F.I.N編集部

お店以外に力を入れている活動がありますか?

齋藤さん

市が開催する料理教室やワークショップなどにも積極的に講師として参加しています。とくに子どもたちへの食育に力を入れています。また、これからはもっと若い世代の料理人の育成にも力を入れていきたいと思っています。

F.I.N編集部

鶴岡市の食文化の未来についてどう考えていますか?

齋藤さん

どんどん変化していくことは大事ですが、鶴岡市の場合は、変わらないことも大事だと思っています。変わることだけではなく、5年先も同じ状態を保つということ、いいものを残していくこともベターかなと。食文化というのは、いきなりガラリと変わることはないと思っていて、小さい頃から食べていたものなどを大事にしていくことが食文化になっているはず。もっと鶴岡市が栄えて欲しいし、いろいろな人に来て欲しいし、知って欲しいですね。田舎なので、田舎らしくある方が個性だと思うし、鶴岡らしさをなくさずにいて欲しいと思います。

さまざまな取り組みを通して

食文化に対する意識を底上げ。

大学教授、だだちゃ豆農家、料理人と、鶴岡市の在来作物に関わるさまざまな立場の方からお話を伺ってきました。最後に、鶴岡市の食文化の育成や地域内外への発信について、鶴岡市食文化創造都市推進課の木村さんにお話を伺いました。

 

鶴岡市は、四季がはっきりとしている土地柄で食材がとても豊富。各地域の郷土料理が代々大切に受け継がれている背景もあるとのこと。「昨年、食文化を推進するための計画として策定した『鶴岡市食文化創造都市推進プラン』では、『食文化の伝承・創造と共に歩む産業振興』、『食文化を生かした交流人口の拡大』、『食文化による地域づくり』の3つを柱に、さまざまな取り組みを推進しています」と木村さん。具体的な事例と併せて、これまでの取り組みについて、写真と共に教えてくれました。

平成29年2月には、スペイン・ビルバオ市に市内料理人3名を派遣し、世界的にも著名な美食都市であるバスク地方の食文化を学ぶ研修を実施。

「鶴岡NO.1次世代料理人決定戦」での一幕。若手の料理人育成にも力を入れており、学びのアウトプットの場として開催している。

2015年には「ミラノ国際博覧会」に出展。出羽三山の精進料理を紹介したほか、だだちゃ豆と地酒などの試食会などを行った。

市民が食や食文化の映画を通じ、多様な考え方、食の在り方を学ぶため、「おいしい食の映画祭」を開催。平成28年から、市民主体の実行委員会によって企画・運営されている。

鶴岡市は、保育施設等の食育・農業体験への支援にも力を入れている。子どもたちに郷土の食文化への理解促進を図るため、保育所等や小中学生を対象とした農業体験ワークショップや、食文化学習等の支援を実施。

取材の最後に「在来作物は昔から受け継がれているものを絶やさずに、受け継いで先人の知恵が続いているもの。世界的に飢餓がある場所でこういった知恵が活きるかもしれないし、食に対する創意工夫はSDGsの観点から見ても、もっと発信できることがあるかもしれません。鶴岡市の食文化には、まだまだそういうポテンシャルがあるのではないかと期待しています。若い世代にももっと食に関心を持ってもらえるような活動や取り組みを続けていくことで、市全体の食文化に対する意識の底上げにもなればと思っています」と木村さん。

 

昔から受け継がれた食文化や在来作物を大切に守りながらも、新たな取り組みにチャレンジし続ける鶴岡市。私たちの暮らしになくてはならない「食」を通して、5年先の生活を考えるきっかけを与えてくれました。

編集後記

取材を通して在来作物の存在をすっかり忘れていたことに気づきました。

在来作物の価値を改めて紐解いていくことで、多様性、環境問題、継続性、地域活性化といった現代の問題の解決策の糸口が見えた今回の取材。

私たち消費者は、その食文化を、楽しみながら、知り、味わい、次世代に繋ぐことが、これからの社会貢献のひとつになり、それが、真の豊かさになっていくのかもしれないと思いました。

(未来定番研究所 窪)