2022.01.05

神戸〈KIITO〉の「男・本気の料理教室」に見る、未来のシニアの学び。

人生100年時代の到来により「老後の時間」は長くなっています。シニア世代になっても、生きる意欲や活力を失わずにイキイキと暮らすためには、「学び」は有効な選択肢のひとつです。

 

今回ご紹介するのは、神戸市三宮の「デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)」で開催されている、50歳以上の男性を対象にした「男・本気の料理教室」。プロの料理人を講師に迎え、「パン」「スイーツ」「カレー」「コーヒー」などの講座を実施しています。

 

「男性×シニア×料理」という異色な組み合わせが目を引きますが、どのような人が何を求めて集まってくるのでしょうか。企画者と参加者の話から、高齢化社会におけるシニアの学びのヒントを探ります。

 

(文:末吉陽子/写真:津久井珠美)

「本気の料理」でつながる縁。

パンづくりを極めた「パンじぃ」は全国区に。

「シニア男性が地域のエンジンとなって活躍できる場をつくれないかと考えたのが、『男・本気の料理教室』のきっかけでした」――そう語るのは、KIITOで教室やイベントの企画を担当する加藤慧(かとう・けい)さん。

 

始まりは2015年にさかのぼります。あらゆる世代を対象とした創造教育拠点であるKIITOは、様々な社会課題をテーマにプロジェクトやイベントを企画しています。その一環として、発足したのが、「男・本気の料理教室」でした。仕事を引退した後、孤立したり家に引きこもったりする男性が少なくないことから、何かきっかけをつくれないかと「シニア男性の地域とのつながりづくり」をテーマにしたプロジェクトを企画したいと考えたそうです。

 

「新しい技術を身に付け、活躍できる場をつくることで、地域とつながるきっかけが生まれるのではないかと考えました。いろいろな技術が考えられますが、神戸はパンのまちということもあり、パンづくりを本気で学ぶ教室を立ち上げることになりました」(加藤さん)

「男・本気の料理教室」を主催する、KIITOの企画事業部門に所属する加藤さん。

食を切り口にワクワクする高齢化社会を描こうと、料理教室のプログラムの準備をはじめた加藤さん。神戸市内で開催している男性向けの料理教室を見学して回ったそうです。

 

「思ったよりも男性向けの料理教室が充実している印象でした。参加している皆さんの様子もすごく楽しそうで、作れるレシピがこんなに増えましたと喜んでいました。ただ、多くの料理教室は、安くてすぐできる料理がメイン。そのことをスタッフに話したところ、『もっとハードルの高いプログラムがあってもいいのでは』という意見が出たんです」(加藤さん)

 

実際に参加している方に話を聞いてみると、「教室の空間が楽しい」という声が多かったとのこと。そうした和気あいあいとした交流の楽しさに加えて、誰かのため、地域のためになるプログラムを作るべく、「男・本気のパン教室」をスタートさせました。

 

プロの料理人による素材から調理までの直接指導は、年齢問わず好奇心を刺激し、本気で技術を学べることを訴求できると考え、神戸の人気ベーカリーのシェフを講師に迎えることに。かねてよりKIITOでは、子ども向けに様々な分野で活躍するプロから学ぶ体験プログラム「ちびっこうべ」を主催しており、それに協力していたシェフに講師を依頼したそうです。

真剣にパンづくりと向き合う参加者の皆さん。“本気”の意味には、有名料理人の直接指導。も含まれる(写真提供/デザイン・クリエイティブセンター神戸 撮影/芦田博人)

また、教室だけではなく、家でも特訓することを前提に、家でもつくれるパンのレシピを用意してもらったといいます。

 

「家でパンを焼けるようになると、誰かにプレゼントもできます。学んだことが何かに役立っている感覚を持つことができれば、本気で取り組むモチベーションにもつながるのでは、と考えました」(加藤さん)

 

今までKIITOではあまりシニア層との接点を持っていなかったことから、社会福祉協議会などと連携し、チラシなどでの参加者を募集。なかには、妻や子どもから背中を押されて応募する人も。年齢は60歳から、なんと90歳まで。料理を学びたい人はもちろんのこと、新しいつながりを持ちたいと考えて参加する人もいるそうです。

 

「講座を通してパンづくりを本格的に極める参加者が増えました。学ぶだけではなく、学んだことを披露する場を用意できればと、チーム『パンじぃ』を結成。シェフの指導だけではなく自主練習を重ねて、お客さんに販売できるクオリティのパンをつくれるようになりました。現在パンじぃは、KIITOや地域のイベント出店をはじめ、各地での活動紹介など、教室の枠を超えて活動しています」(加藤さん)

催事に出展した時の写真。インプットだけではなくアウトプットの機会も大切にしている。(写真提供/デザイン・クリエイティブセンター神戸)

パンづくりからはじまった料理教室は、現在神戸市内3チーム、佐賀県、広島県、大阪府にもチームが生まれ、全国に広がっています。さらに、教室のバリエーションも増加。有名洋菓子店のシェフから洋菓子づくりを直接指導してもらえる「50歳から始める・スイーツ男子教室」、スパイスからカレーを手作りする「スパイシーな男の・カレー教室」、コーヒーの原産地から専用の道具を使ったハンドドリップ技術まで学べる「違いがわかる男の・コーヒードリップ教室」なども開催しています。

 

社会人になってからというもの、仕事のために何かを学んできた人が大半。定年後、何かを学ぶことはどのような価値があるのでしょうか。加藤さんは「何かの課題に取り組むと、また新しい課題が出てくるという連鎖が人をイキイキさせるのでは」といいます。

 

「学校に入学したら『どんなサークルや部活に入ろうかな』、仕事をはじめると『何のスキルを磨こうかな』と、チャレンジする機会がたくさんありますよね。それは人生のステージに関わらずワクワクするものです。私たちはシニア男性向けに、そうしたチャレンジの場や環境をつくってきただけ。参加した方たちが、ここまで楽しそうに継続して取り組んでくれるとは想像を超えていました。料理に限らず社会にシニアの学びのチャネルがたくさん増えるといいなと思いますね」(加藤さん)

ボケ防止で参加のつもりが本気に。

「食のスキル」で地域に貢献したい。

「男・本気のパン教室」の第1期生で、「パンじぃ」を引っ張るメンバー、佐々木昌作(ささき・しょうさく)さん。長年勤めた会社を60歳で退職。現役時代は、事務職として道路工事などに携わり、全国を飛び回る多忙な日々を過ごしていたそう。年金生活に突入してからはゆっくり過ごそうと思っていたのもつかの間、「外出するといったら病院くらい」な余裕のある毎日に飽きはじめたといいます。

 

「同居していた子どもや孫からも、『おじいちゃん何かしたら?』と言われ、自分でも外出の機会を増やさないといけないと思うようになりました。このままだとボケてしまうなと。そんなとき、偶然『男・本気のパン教室』のチラシを目にしました。神戸の有名ベーカリーでパンづくりを直接教えてもらえるということで、孫から『こんな機会は滅多にないよ』と言われて、じゃあ挑戦してみるかと、参加することにしました」(佐々木さん)

パンづくりをはじめて6年、玄人はだしの佐々木さん。レパートリーはあんぱんから惣菜パンまで幅広い。

いざ参加してみると、想像以上に本気感溢れるプログラムに驚いたそう。

 

「計量から道具の使い方、キッチンの整え方まで、プロのパンづくりを伝授してもらいました。講習だけに留まらず、発表する場もつくってもらえて、いつの間にかこちらも本気でのめり込んでいました」(佐々木さん)

几帳面な佐々木さんが大切に保存しているファイル。書き溜めた材料費のメモやレシピからも本気度が伝わる。

プロ顔負けのパンを習得したことで、家族にも喜んでもらえるようになったという(写真提供/デザイン・クリエイティブセンター神戸 撮影/大塚杏子)

特に思い出に残っているのは、パンじぃのメンバーで東京のアーツ千代田 3331で実施した『LIFE IS CREATIVE展』に出展した時のこと。

 

「1日限定カフェで焼き立てのパンを提供しました。皆さんに喜んでもらえて自信になりましたね。この歳になってあれですけど、仲間と東京に行くというのも、修学旅行のようにワクワクしましたね。パンづくりは世代を超えたコミュニケーションができるところも魅力です」(佐々木さん)

東京で開催された『LIFE IS CREATIVE展』でパンじぃたちが販売したパン(写真提供/デザイン・クリエイティブセンター神戸 撮影/大塚杏子)

佐々木さんのように、趣味が高じた参加者もいれば、自分ができる“地域貢献の幅”を広げようと参加した人もいる。その一人、食のトライアングル(クッキング・グルメ・ボランティア)活動を実践する「食親同好会」の主催者である、寺井康裕(てらい・やすひろ)さん。

 

機械メーカーのモウレツ営業マンだった寺井さん。63歳でリタイアしてからすぐ、地域社会でシニアが元気に活躍するために必要なことを学んだり、地域でのボランティア活動などを行ったりする神戸市の「東灘マスターズの会」に参加。2015年に仲間たちと一緒に「食親同好会」をつくり、料理を通じて地域貢献する活動を展開しています。

食でつながるコミュニティ形成を模索している寺井さん。現役時代は、料理をつくったこともなければ、家事をしたこともなかったという

「食というのは、生きるために必要不可欠ですから、その大切さを伝えていきたいと食をメインに活動したいと考えました。親子で参加できる料理教室や、男女で参加する婚活を兼ねた料理教室など、公共施設や企業とのコラボで、いろいろな活動を行ってきました」(寺井さん)

 

「男・本気の料理教室」に通おうと思ったのは、「食親同好会」の活動に役立てたかったからだそう。寺井さんは「50歳から始める・スイーツ男子教室」に参加し、洋菓子づくりを学ぶことを選びました。「食親同好会」で自分が学んだことを伝え、メンバーと一緒に手作りしたマドレーヌを東灘マスターズの会のボランティア活動などで配っているとのこと。

寺井さんたちスイーツ男子が焼いたマドレーヌは、お店で売っていてもおかしくないくらいの出来栄え

誰かに喜んでもらうため、地域に貢献するために参加したスイーツ教室。ところが、思わぬ発見があったといいます。

 

「洋菓子っていうのは、温度管理から混ぜ方まで、丁寧に扱わないといけません。私なんて粗雑ですから、物を見る観点が変わりました。それから料理に手間暇をかける大切さは、洋菓子作りから学びましたね。マドレーヌは、生地をなじませるのに時間がかかるので、生地をつくったら一晩寝かせ、翌日にオーブンで焼き、さらに一晩寝かせます。3日目にやっと出来上がるんです。時間や手間をかけているからこそ、美味しいマドレーヌができているということを知りました」(寺井さん)

たくさんの材料を0.1g単位で計量、バターは60℃ぐらいに溶かす、など様々な技術や工程を細かく学ぶ

学ぶことに貪欲な寺井さん、「いま武器がマドレーヌしかないので、もっとレパートリーを増やしたいですね」と意気込んでいます。

 

「大人になってから夢中になれることがなくなった」。そう感じている人は少なくないかも知れません。シニアになったらなおのこと。生きがいを見失い、退屈な日々を送ることになるのでは、と不安になってしまうものです。しかし、少なくとも「男・本気の料理教室」に集う人は、自分にしっくりくる“夢中”を見つけています。

 

特に「男・本気の料理教室」がユニークなのは、カルチャースクールの“一歩先”に踏み込んでいるところ。「学んでおしまい」にせず、スキルを披露して、家族以外の誰かに喜んでもらえる機会を創出することで、シニアの活躍を後押ししています。社会やコミュニティとつながっているという感覚は、生きがいにもつながるはず。シニア世代の学びの場として、こんな“本気の教室”が未来の定番になるかもしれません。

【編集後記】

教室名に「本気」と銘打っているのに嘘偽りなく、参加者の皆さんの本気度・熱量に圧倒され、何かに打ち込まれている生き生きとした表情に、学ぶことに年齢の制限がないことを改めて感じました。

定年後に家族や知人だけの閉じられた世界だけではなく、様々なコミュニティとフラットに接点を得られることも、学びの効用なのだと思います。

自分も定年後に佐々木さんや寺井さんのような顔をしていたいと思いました。

 

(未来定番研究所 織田)