2022.02.04

Farm to Table/Table to Farmの今と未来を考える。

生産者と消費者が近い距離でつながり、食卓には環境に優しいサステナブルな食材を取り入れる概念「Farm to Table」、そして食材から出た廃棄物を利用して野菜などの食品を生産する「Table to Farm」。飽食の日本で生活する私たちですが、持続可能な食糧調達を実現するには、“食の循環”は重要な視点のひとつです。

 

そこで今回は、ベトナムで食の循環を実践するピザレストラン「Pizza 4P’s(ピザフォーピース)」を28店舗展開する益子陽介さん・早苗さん夫妻と、ラジオパーソナリティや翻訳者などマルチな活動を通して、フードロス問題について発信を続けるキニマンス塚本ニキさんに、「Farm to Table/ Table to Farm」について語り合っていただきました。

 

(文:末吉陽子)

Profile

益子 陽介(ますこ・ようすけ)さん

Pizza4P’s Founder&CEO。大学卒業後、商社を経て、サイバーエージェントに入社。ベトナム投資事業部を立ち上げ、インターネットサービス企業の投資に携わる。2010年に退社し、飲食店勤務の経験なしで、2011年にホーチミン市でピザレストラン、Pizza 4P’sをオープン。開店後すぐにTripAdvisorホーチミン市レストランランキング1位を獲得する。Pizza 4P’s を人気店に育て上げ、店舗数を拡大。2014年には、AERA誌の「アジアで活躍する日本人100人」に選ばれた。

Profile

益子 早苗(ますこ・さなえ)さん

Pizza4P’s CPO (Chief Peace Officer) 。慶応義塾大学法学部卒業後、サイバーエージェントに入社。陽介さんと結婚後、起業計画実行のため、ベトナムに移住。陽介氏とともに、Pizza4P’sを創業。人事、スタッフ育成、新規出店計画などを担当、同社を大きく成長させる。

Profile

キニマンス塚本ニキさん

東京都出身。9歳の時にニュージーランドに移住。オークランド大学で映像学と社会学を専攻し、卒業後、日本に帰国。人権擁護団体やフェアトレード事業などに携わったのち、2010年から英語翻訳・通訳として政治情勢から音楽・カルチャーまで幅広い現場で活動。2020年に公開されたフードロス映画『もったいないキッチン』では監督の通訳兼旅のパートナーとして出演。同年からTBSラジオ『アシタノカレッジ』のパーソナリティを務めている。

飲食経験ゼロ。IT企業出身の夫婦。

ベトナムで乳牛の飼育をはじめる。

ニキ

Pizza 4P’sでは、農薬、殺菌剤、除草剤は一切使用しない持続可能な農業を実践する農家さんが育てた野菜を使っていたり、牛乳から出るホエーからビールを作られていたりと、サステナブルな取り組みに注力されていますよね。もともとそうした取り組みをするお店にしたいと考えていらっしゃったのでしょうか?

陽介

サステナブルな取り組みをする一番の決め手になったのは、チーズです。ピザを作るなら生地はもちろんですが、やはりチーズが重要かなと考えました。そこで、契約牧場からミルクを購入し、ピザ屋をオープンする前にチーズを作ることからはじめました。その中で、チーズの品質向上のために、どういったミルクの品質が自分たちの作りたいチーズに向いているのか、といったことをもっと学びたいなと。それで実験的に牛を育てて、餌なども自分たちで管理してミルクの質を研究しました。

ミルクの品質について勉強するため、自分たちで乳牛を育成。今では高品質なフレッシュチーズを生産できるように

ニキ

牛を育てるところからですか! それはすごいですね。

陽介

牛は一定期間、自分たちで育てたものの、少数頭のみの飼育ではビジネス的に拡大していくのは難しくて。契約農家さんに引き取ってもらい、今はそこからミルクを購入しています。私たちが考えているFarm To Tableは、「農場からテーブルまで新鮮で安全な食品を直接提供すること」。牛に食べさせる餌にもこだわるなど、チーズという製品ができるまでのプロセスにおけるこだわりを通して、サステナブルな取り組みの意義を伝えたいと思っています。

見た目にも鮮やかなPizza4P’sのピザ

ニキ

食における「サステナブル」や「オーガニック」って、少し前まではトレンド感の要素が強かった気がするんです。セレブが取り入れていておしゃれ、みたいな。でも、最近は自分たちの身体や社会のために実践しようという機運が高まっていると思います。そのあたりはどう感じていらっしゃいますか?

早苗

ベトナムでも環境に配慮した生産方法を取り入れる生産者さんは、少しずつ増えています。ただ、生産コストが上がってしまうので、そのコストを販売価格でカバーできるほどの意識が消費者側に出来上がっていないのが現実です。家族で”晴れの日”にご飯を食べるときはUSビーフで焼き肉を、という人たちがマジョリティーで、なかには焼き肉すら食べたことがない人もいるはず。そのあたりは先進国との間にギャップがあるかもしれません。

ベトナムで野菜の生産者さんと交流している様子

ニキ

そうした中で、たとえば循環型農業「アクアポニックス」のようなTable to Farmにつながる先端的な取り組みもされていますよね。

陽介

そうですね。僕たちが実践しているアクアポニックスは、食品廃棄物をミミズのコンポストで堆肥にして、その堆肥を利用して店内でハーブを育てるというものです。ミミズによって一晩で20キロほどの生ごみを処理することができるんですよ。そして、食品廃棄物を食べて育ったミミズは、レストランの敷地内にある池の魚にエサとして与え、魚の糞尿は池から吸い取って、屋上にある菜園へと運ばれて野菜の養分となる仕組みです。

ミミズのコンポスト

ニキ

私も「LFCコンポスト」というサービスを利用して、生ゴミを堆肥にしているんです。いまはつくった堆肥を送り返して農家さんに使ってもらっているのですが、こんな方法があるっていうのをもっと発信していきたいです。いずれは自分がつくった堆肥で、野菜を育ててみたいですね。

ニキさんが実際に活用しているコンポスト(左)と分解された生ゴミ(右)

食で人を幸せにしたい。

Farm to Table/ Table to Farmはその手段のひとつ。

ニキ

Pizza 4P’sは2020年に「Vietnam Restaurant & Bar Awards 2020」でレストランオブ・ザ・イヤーのみならず、ソーシャル・レスポンシビリティー・アワードも受賞されていますよね。

早苗

受賞はすごくうれしかったです。サステナブルな取り組みをSNSなどでオープンに発信することを、ここ2年くらい意識してきたんです。メニューでもサステナビリティを謳うようにしたり、取り組みをレポートにまとめたりして、お客様をはじめ私たちと同じようにレストランを経営する人にも伝えられるようになったかな、と実感しています。あとは、店舗で働くメンバーにも、サステナブルな取り組みを誇りに感じてもらえるようになったように思います。

現地に住む人や旅行客で賑わいをみせるPizza 4P’sの店内

ニキ

1号店のオープンから10年ほどでいらっしゃいますが、この受賞はFarm to Tableの地道な取り組みが評価されたと感じられたきっかけになったのでは?

早苗

いや、実際はまだまだ全然できていないことが多いかなとは思います。ただ、私たちには第一に「食で人を幸せにしたい」というビジョンがあって、サステナブルな取り組みはそれに紐づいているという認識なんです。どういう食事をしたら幸せを感じられるのかを考えたときに、やはり生産プロセスの一つひとつに優しさがあることが大切だと思うんです。生産者さんの顔が見えて、「ありがたいね」と思いながら食事ができると幸福度が高まるんじゃないかなと。

陽介

世の中に、これは正しい、これは正しくないと、はっきり割り切れることってないと思うんです。Farm to Tableの取り組みも同様で、私は正しいことをやっているという意識は一切ありません。むしろ楽しいとか、幸せだと自分が感じることができるかどうかが重要。それが結果としてサステナブルに通じていたらうれしいですね。

ニキ

正直に言うと、サステナブルって道徳観や感謝の気持ちとかだけじゃ成り立たないと思うんです。個人レベルでは「食べ残しは出さないようにしよう」と思っても、それだけではどうしようもない規模で食品ロスが起きているのを知ると、やるせない気持ちになりますよね。

陽介

ニキさんは、映画『もったいないキッチン』にも出演されて、フードロスの問題に関心を寄せられていますよね。フードロスの問題が気になりはじめてから、どういうアクションを起こされたんですか?

ニキ

ちょっと驚かれるかもしれませんが、ニュージーランドにいた頃は、ダンプスターダイビング(ゴミ漁り)をしていました。夜間に仲間たちと市内のスーパーの駐車場にある大きなゴミ箱からレスキューした食材を持ち帰っていただく、という形でフードロス対策をしていましたね。まだ十分食べられる状態の食べ物がこんなに捨てられているんだと知って衝撃を受けました。ただ、日本に帰国してからしばらくリゾートホテルで働いていたんですけど、バイキングで余った料理を毎日のように捨てる立場になってしまって。それが本当に苦しかったんですよね。

ニキさんはまだ食べることができるのに廃棄される食品をレスキューするため、ニュージーランドでダンプスターダイビングをしていたという

早苗

私たちもフードロスに関しては、できていないこともあって、胸が痛くなることもありますね。同時にもっと頑張らないといけないなとは、いつも思うのですが。

ニキ

まだまだできていないことが、逆にモチベーションにもなりますよね。「フードロスとかどうでもいいじゃん」って思う人はきっとほとんどいなくて、食べ物を捨てて気持ちがいいとか、捨てるために作ろうなんて思っている人はいないはずです。でも、それよりも効率性とか利益を優先しなければビジネスが回らない現状があるなかで、5年とか10年かけてでも変えていけたらいいですよね。

誰かを犠牲にしない、

これからの循環型農業を考えたい。

ニキ

これから「Farm to Table/ Table to Farm」が広まっていくには、何が必要だと思いますか?

陽介

知ることがやっぱり大事だなと思います。具体的にどのような取り組みをしているのか、知るだけで変わることってあるのかなと。

早苗

私はなかなか答えが見つからないんですけど、ビジネスをしているといつも思うのは「三方良しの仕組み」を完成できないかなということ。循環型農業を実践する上で、商品にコストを乗せてお客様に支払ってもらうのか、生産者さんに負担がいってしまうのか、いつもそのバランスに悩みます。誰かが必要以上に頑張ったり、ちょっとずつ犠牲になったりしない仕組みをつくりたいなとは思いますよね。

ニキ

すごく分かります。個人として大事にしたい価値観が、社会全体でないがしろにされていると感じるときって多いかもしれません。物質的な豊かさを目標としてきた社会で後回しにされた「納得いかないこと」ってたくさんあるんじゃないんでしょうか。世の中そういうものだからとか、文句を言ってもしょうがないとか、無言の圧力で置いてけぼりにされていた心を癒すためにも、一人の人間として何を大切に思うかっていうのを、筋トレのように繰り返し思い出すことが重要なのかなって。

早苗

それで言うと、私はレストランで働いているメンバーの一人ひとりに、Pizza 4P’s がなぜ「Farm to Table/ Table to Farm」をしているのかという背景にある価値観を伝えていきたいです。それが積み重なって、生活の中での小さな変化になればと思います。

約1500人の従業員が働いているPizza 4P’s

陽介

私は、サステナビリティを楽しみながら伝える「エデュテインメント」に力を入れていきたいと思っています。いま店内のハーブガーデンでバジルなどのハーブを子どもが自分たちで収穫して自分のピザにトッピングするという活動をしています。こうした活動を通して、食の大切さやPizza 4P’sの取り組みに共感してくれる人が増えたら、消費者行動全体は少しずつ変わってくるんじゃないかなと思っています。

Pizza 4P’sで実施しているエデュテインメントの様子

ニキ

「エデュテインメント」って素敵な言葉ですね。私もゲーム感覚で、一日一回なにか環境や人にやさしいことをしたりして、「恵まれてるな、幸せだな」って意識するようにしています。冷蔵庫の奥でしなびた野菜を発見したら、捨てようじゃなくて、これをどう美味しく調理してやろう!とワクワクする気持ちを呼び起こすんです。カレーにしようかな、漬物にしようかな、みたいな。いいことをしなければと意気込むよりも、楽しみながら達成する方が本当にサステナブルなのかもしれませんね。

【編集後記】

自分たちが口にするものがどこから来るのか、自分たちが残したものがどうなるのかを意識される方が増えてきていますが、益子さんご夫婦のように自分たちで循環の輪を実現できているのは、まだまだ少数だと思われます。

現在の取り組みだけで満足されず、まだ先へとその視線を向けられているお二人。その理想の世界が次世代の子どもたちにとって当たり前の世界になればと願います。

 

(未来定番研究所 織田)