2021.01.14

贅沢な食の未来を巡る、井川直子さんと田窪大祐シェフの対談。 信頼の先にある豊かな食体験とは。

高級レストランが贅沢とされていた昔に比べ、現代ではその背景やストーリー、人を軸とした食の見方という消費者の視点、また食の作り手やお店のあり方も変化しています。ご褒美や贅沢といった概念と結びつきの強い食ですが、これからの食の贅沢はどんな形に変化していくのでしょうか。「人と食」という視点で、庶民的なお店から高級レストランまであらゆるフードシーンと対峙し、食の本質を見つめてきた井川直子さんと、薪火を使ったイタリアンを提案する〈TACUBO〉の田窪大祐シェフに、未来の贅沢な食について伺います。

イタリアで出会った、志のある若き料理人たち

F.I.N編集部

今回、未来の食を考える上で、井川さんがおすすめしてくださったのが、こちらの〈TACUBO〉です。田窪シェフとの出会いについて教えていただけますか。

井川さん

まず、私がこの仕事を始めたのは、広告関係の仕事をしているときに、プライベートでイタリアに旅行したことがきっかけでした。その時は白トリュフを求めてアルバに足を運んだのですが、日本人観光客が来ない田舎町にも、レストランの厨房にはたくさんの日本人が働いていたんです。こんなに志のある料理人たちがイタリアで修業していることに衝撃を受けて、取材したものを本にまとめたことが始まりでした。

F.I.N編集部

なぜ料理人に惹かれたのでしょうか。

井川さん

生産者や作り手に興味があったことが理由のひとつです。その時の私は、自分がやりたい仕事をしていたわけではなかったので、身ひとつでイタリアにやってきて、ときに過酷な状況で修業されている料理人の方が眩しく感じたんでしょうね。今は厳しくなりましたが、その前の時代は飛び込みで修業される方もたくさんいました。

疲れた東京が無意識に求めていたのは、火の癒しだった

F.I.N編集部

田窪さんと出会ったのはイタリアだったのでしょうか。

井川さん

当時、田窪さんは勤めていたレストランから、研修という形でアルバ近郊のバローロにいらしたんですよ。そこから、田窪さんが独立し、広尾に〈リストランティーノ バルカ〉というお店を開いて、そこに通いつめたんです。おいしい料理とワインを気軽にいただけて、深夜まで営業している素敵なお店でした。

田窪シェフ

あの頃は周囲にも深夜型のお店があったんです。夜遅くまで人が出歩いていたのですが、リーマンショックを境に流れが変わりました。その後、2010年に恵比寿に〈アーリア ディ タクボ〉、2016年に現在の〈TACUBO〉をオープンしました。

井川さん

私が田窪シェフに注目しているのは、生産者の方の元へ自ら足を運んでいるということはもちろんなのですが、世の中に無意識に漂う言語化できない雰囲気を形にする人だから。2016年ごろはまだ、薪火を使うのは数店だったんですが、田窪さんはいち早く、薪火を取り入れました。少し前の「ワインならイタリアワインのバローロを飲む」というような記号化された贅沢ではなく、本質を追求したときにプリミティブな火があったのではないでしょうか。

田窪シェフ

そうですね。だから、お店は火が見えるようにカウンターにしています。火は毎日見ても飽きないし、どこか癒されるものがあります。料理人は熱くて大変な時もありますが(笑)。

食における、地方と東京の役割

F.I.N編集部

ここで、今日、ご用意いただいたお料理について教えてください。

田窪さん

素材は全て日本産にこだわっています。カプレーゼは、木更津で作られた水牛のモッツァレラ、広島のナスタチウム(*1)、田無のトマトを透明のジュレにして上にのせ、岡山県浅口市産のオリーブオイルをかけています。このオリーブオイルはオリーブの収穫も手伝った思い入れのあるものです。お肉も、千葉県の12歳の経産牛を薪火で焼き上げました。

(*1)食用ハーブ

井川さん

私がこれからの食で注目しているのは「地方と東京の役割」です。最近では、食材の産地である「ゼロ地点」にお店を構える人が増えてきました。一方で東京の役割というのも感じています。東京は「編集」の街です。地方から生産物を集めて、それを編集していく役割ですが、例えば、今日のお料理も、田窪さんによる編集ですよね。編集があるから、離れた産地同士もつながります。

田窪さん

僕が目指しているのは、生産者の価値をお客様にお伝えして、その価値を上げることです。お皿の上の料理は、全て料理人が作ったものではないんですよ。今日の料理も、僕らが日本全国に足を運んで、生産者さんにお会いした上で、使わせていただいているものです。最近、東京ですごくおいしいパン粉屋さんに出会ったんです。そこのお店はパンのどの部位がどの料理に適しているかまで研究しています。来年は、そういった生産者さんたちのことも、お客様に積極的にお伝えできる仕組みを作りたいと思っています。

食べ歩きでお気に入りの店に通う昭和型のスタイルに

F.I.N編集部

5年先の未来について伺います。今後は、先ほどおっしゃった、地方への分散が進むのでしょうか。

井川さん

そうですね。東京が中央集権だった時代から、地方が羨ましい時代に変化していると思います。それから、コロナ禍で飲食店の方々を取材する中で、「ありがたい」という言葉をたくさん聞きました。それは希少価値ではなく、食材を足で探してくれたこと、料理人や生産者への敬意を含めた「有り難さ」です。今、食は昭和のスピリットに戻りつつあると感じています。昭和の頃は、好きなお店に、今日は味が濃かったとか文句を言いながらも通っていました。このコロナ禍で外食の機会も限られている今、人と人の繋がりがより重視され、好きなお店に通おうと意識が変わっていくと思います。

田窪さん

どんな店でも、最初の1回ではその店の実力はわからないと思います。食べる量や好みがわからないお客様には、80%の力で様子を探ってしまいます。何度も通ってくださって、肉より魚なんだとか、好みを把握して初めて、こちらも全力で料理を提供できるんですよね。

井川さん

コロナ以前は、グルメサイトを見ながら食べ歩く方も多かったと思いますが、コロナ禍によって、価値観は大きく変わりました。5年先の未来は、今よりもお店とお客様が“信頼”をベースにした関係を築いて、自分を知り尽くしたシェフがつくるお料理や、そこで過ごす時間を楽しむような、真に贅沢な食体験ができるようになっているのではないかと思います。田窪さんはいかがですか?

田窪さん

今、うちの店でも、若いスタッフの成長をお客様が見守ってくれているのですが、そういう関係を大事にできたらと思っています。来年はワインバーとハンバーガーショップを始めるのですが、5年先は今の店を続けながら、プロデューサー的な立場で、他店をリサーチしたり後進を育成したりする時間を持つことが理想です。それからもっと先になるかもしれませんが、いつか、お客様に合わせるのではなく、自分の気持ち次第で店を開けたり休んだり、そんな気ままな店もやってみたいと思っています。

F.I.N.編集部

シェフが気持ちよく料理したものを食べる。それは食べ手にとっても新しい贅沢かもしれませんね。

井川さん

ブランドや希少価値の高いものといった、記号的な「贅沢」が求められる時代は終わりました。これからは、より生産者、料理人、食べ手、その間の関係が重要になってくると思います。

Profile

井川直子

文筆業。料理人、生産者、醸造家など、食と酒にまつわる「ひと」と「時代」をテーマにした取材、エッセイを執筆。『dancyu』『食楽』『d LONG LIFE DESIGN』等で連載中。著書に『変わらない店』『昭和の店に惹かれる理由』『東京の美しい洋食屋』『シェフを「つづける」ということ』ほか。

www.naokoikawa.com

 

Profile

田窪大祐

愛媛県出身。高校卒業後、大阪あべの辻調理師専門学校に入学。卒業後、「アル・ソリト・ポスト」や「アロマフレスカ」などで修業を積み、30歳で広尾で「リストランティーノ バルカ」をオープン。2010年、恵比寿に移転し「アーリア ディ タクボ」、2016年に「TACUBO」をオープン。薪焼きにした肉料理など、「自然」をコンセプトに、ワインや器、内装に至るまで、自然の力や美しさを取り入れた新たなイタリア料理を提案。

https://tacubo.com/

 

TACUBO

住所:東京都渋谷区恵比寿西2-13-16 1階

営業時間:Dinner: 17:00~23:30 / L.O. 20:30、日定休 (月祝の場合、日営業、月休)

土曜日のみランチ営業

予約方法:下記サイトにて毎月1日に2ヶ月先末日までのご予約を承ります。

   「OMAKASE」(要登録)https://omakase.in

編集後記

今回お伺いした、自分を知り尽くしたシェフが自分だけにあった料理を作って下さるという贅沢は、自分の体を知り尽くした主治医が、自分の症状に合った最適な治療を施して下さるのと近い感覚です。とても安心で幸せな食体験です。そこには人と人との信頼関係、友情など、料理人にも食べ手側にも人間的な魅力が問われます。もはやお金では、手に入るはずがありません。

(未来定番研究所 出井)