5年後の答え合わせ
2022.03.23
給食といえば、揚げパン、カレーライス、コッペパン……、好きだったメニューを覚えている人も多いはず。子ども時代の思い出は意外と強烈なもので、「食の未来」を考えたときに大きな役割を果たす可能性がありそうです。食の安全性や環境への配慮が叫ばれる昨今、この流れは、今後さらに加速化していくように思います。そこで今回は、「地産地消」と「SDGs」の観点から2人の有識者に「5年後の定番給食メニュー」を伺い、未来の給食について考察しました。
(文:山本章子/イラスト:佐野みゆき)
栄養摂取から教育へ。変化を遂げた学校給食の意義。
日本における学校給食の歴史は古く、1889年に山形県の私立小学校で貧困児童を対象に実施したのが起源とされます。全国都市の児童に対して学校給食を開始したのは、1947年から。戦後は、ユニセフや占領軍、アメリカの民間救援団体などから食糧援助を受け、完全給食が実施されるようになりました。
1954年には、学校給食法が成立。給食は児童の栄養改善をおもな目的としていましたが、制定から半世紀がすぎ、食をとりまく環境も大きく変化しました。そこで2009年、栄養改善に加えて「食に関する正しい理解と適切な判断力を養う上で重要な役割を果たすもの」と位置付けられ、「食育」の推進をはかることが明記されました。現在の給食は、栄養の補給だけでなく、教育の意味合いも大きく担っているのです。
その1 フレンチシェフが提案する「サステナブル給食」/ラチュレ室田拓人さんの場合
東京・表参道にある「ラチュレ」は、ミシュラン一つ星に加えてミシュラン グリーンスター(サステナビリティを積極的に推進しているレストラン)に認定されているフレンチレストラン。シェフの室田拓人さんは、狩猟免許をもち、ジビエ料理やサステナブルシーフードを活用した料理をメインに提供しています。
「日本では、人間が狼を絶滅させてしまったことや森の管理をしなかったことが原因でイノシシやシカが増えすぎてしまっています。野生動物が街中に出てきてしまったり、農作物への被害が深刻化したりしていますが、人間の都合で殺されてしまう動物も多い。それであれば、せめておいしく食べることが償いになるのではないかと考えています」
現在は、害獣として捕獲された動物のうち1割程度しか食用になっておらず、残りは廃棄されてしまっているそう。きちんと処理をしたジビエはおいしく食べることができるにもかかわらず、まだまだその魅力が浸透しておらず、需要がないのが現状だと言います。
「スーパーなどでジビエの肉を取り扱うのは衛生的に難しく、調理にもひと手間が必要なため、まずは料理人がある程度おいしく加工したものをつくって認知を広めていきたいと思っています。ただ、これまでに衛生状態のよくないジビエを食べた経験がある方はどうしても苦手意識を持っているので、イメージを払拭させるのが難しい。その点、子どもたちは先入観がないので、給食でジビエを提供しておいしい食体験をしてもらうことが、いちばん影響力があるのではと考えます」
さらに、サステナブルシーフードの普及活動を行う「シェフズ・フォー・ザ・ブルー」のメンバーでもある室田さんは、日本の海の変化を肌で感じていると語ります。
「さんまがスーパーに並ばなくなるなど一般家庭でも実感していると思いますが、レストランで扱う魚が値上がりしていたり、そもそも入手できなかったり、ここ数年で魚をとりまく環境は激変しています。そもそも漁獲量はピーク時の1/3まで減っているのですが、魚のとり方にも問題があります。例えば最近だとカニがとれないことが話題になっていますが、日本では卵を食べる文化があるので産卵前のメスのカニを食べてしまう。カニに限ったことではありませんが、卵や稚魚を食べる文化が魚の量を減らす一員であることは間違いありません」
ほかにも、魚種を問わずごっそりと魚を収穫する巻き網漁の問題や、活用されずに廃棄される「未利用魚」問題など、サステナブルではない漁業の改善は日本の課題にもなっています。室田さんはそういった現状を子どもたちに知ってもらうためにも、料理教室や講義を通して食育活動を続けているという。
「環境問題やSDGsについて意識の高く、発信力のある都市部の子どもたちに対して、ジビエやサステナブルシーフードを使った給食の提供を模索しています。フレンチは食材そのものの味はもちろん、いろいろな組み合わせで一皿をおいしくすることを考える料理です。食材に油が少なければバターでコクを足したり、ソースを工夫したりして、ジビエや未利用魚を上手に活用することにも向いています。僕らシェフが率先してそういった食材を活用し子どもたちにおいしい食体験をしてもらうことが、未来に豊かな食文化をつなぐことにつながると思っています」
室田さんの提案する未来の学校給食
1 「シカ肉の照り焼きハンバーグ」
「ステーキなどで提供するロースやモモ肉は飲食店でも需要がありますが、バラなどは需要が少ないのでまるっとミンチにしてハンバーグに。子どもたちが大好きな照り焼き味で」
2 「イノシシ汁」
「脂がおいしい猪肉を使って、根菜をたっぷり使って具沢山の豚汁ならぬイノシシ汁で」
3 「クジラの竜田揚げ」
「鯨の捕獲についてはいろいろな考えがありますが、ミンククジラのように資源量が豊富で、しっかり管理された漁獲方法でとられているという点ではサステナブルシーフードといえます。昔は給食の定番だったクジラの竜田揚げを、新しい観点で取り入れるのもいいかも」
4 「フルーツ入りキャロットラペ」
「僕は自社農園も持っていますが、地方の畑には山ほど野菜や果物が捨ててあるのを見かけます。形が悪いことや傷を理由に販売できないものは、値崩れ防止のために捨てられてしまう。であれば、そういったものこそ給食に活用してほしいと思います」
5 「有機米」
「パンかごはんかで迷いましたが、若い人の米離れを考えるとやっぱりごはん。農薬をできるだけ使わない有機や特別栽培のお米を給食で推奨し、大事な文化を守っていきたいですね」
6 「牛乳」
「牛乳も賛否両論あるところですが、酪農がすたれてしまうと僕らはバターも生クリームもチーズも使えなくなってしまいます。毎日でなくても積極的に取り入れて、サステナブルな酪農に取り組めるよう後押しできたら」
LATURE ラチュレ
03-6450-5297
東京都渋谷区渋谷2-2-2 青山ルカビルB1
営:11:30〜15:30、17:30〜23:00
休:日曜(月に一度は日曜営業)
その2 未来の学校給食パイオニア今治市の「地産地消給食」/元農林振興課地産地消推進室長 安井孝さんの場合
「愛媛県今治市は、未来の学校給食のパイオニア的存在として知られています」
と語るのは、今治市の農林振興課地産地消推進室長として有機農業の振興や学校給食の充実に取り組んできた安井孝さん。それは、1983年から地元でつくられた有機の農産物を使った給食を提供していることからだそう。それまでは給食センターで2万食以上の給食を作っていましたが、調理場の老朽化にともなって自校方式の調理場を導入。各小学校に調理場をつくって栄養士を配置し、学校ごとの献立を作成して手作りの給食を供給しています。さらに、JAS認証を受けた有機栽培の地元の農産物が使われるように。現在は、お米は今治市産の特別栽培米、今治市産小麦100%使用のパン、地魚など地産地消の食材を用いた給食を提供し続けています。安井さんは、地産地消の給食のメリットについて次のように話します。
「子どもたちに新鮮で安全安心な食材を提供できるのはもちろん、有機栽培をする地元の農家さんにとっては、給食に用いられることで販売促進になります。給食では校内放送で『今日のカレーライスには◯◯さんのにんじんが使われています』などつくり手のアナウンスもされるので、生産者のやりがいにつながっています。経済面では、地域農業の振興や新しいローカルマーケットの創出に寄与しています。今治市では小麦の生産は0だったのですが、学校給食で今治産のパンを提供することを目標に市のほうで推進し、現在は90%以上を今治産に切り替えることができています。毎年170tの収穫があるので、給食のパンだけでなく一般の家庭やパン店でも今治産小麦を使ってもらう取り組みなどを進めています」
また、環境面においても地産地消は優秀な取り組み。食材の運搬距離が非常に短いためCO2の排出が大きく削減されることや、露地栽培の活用でエネルギー消費を大幅に低減することができます。現在農林水産省では、「みどりの食料システム戦略」を策定して有機栽培の面積を2050年までに現在の40倍にすることを目標にしていますが、有機の農産物を給食に使用して販路を確保することは、こういった取り組みを下支えすることにもつながっているのです。
では、安井さんが考える5年後の定番給食とは、どんなものでしょうか?
現在、学校給食には「生ものを提供しない」「一定の調理時間以内に調理する」「食材費の上限がある」といったさまざまな制約があり、独自のメニューを作りにくい状況があります。「そういった条件がある程度緩和されることで、各地域の気候風土が反映された色とりどりの地産地消給食が広がっていくはず」と、安井さんは話します。
1 「関前産怒サバのチーズ焼き」「大根おろし」「西条市産有機ニンニクの素揚げ」
「メインは、関前の怒(いかり)漁場で一本釣りされた怒サバ。サバはDHAなど栄養の宝庫ですし、家庭ではお肉を食べることが多いと思いますので給食では積極的に魚を出すのが良いと思います。現在は衛生管理の観点から給食で生ものを提供することができないので、焼き魚には大根おろしを添えたいですね。また、ニンニクはパワーフードなのでぜひ取り入れたいところ。ただ、匂いが気になるので、素揚げにすると香りの成分が抑えられれば定番メニューにできるかなと」
2 「今治産裸麦みそ、いりこ、豆腐、わかめ、きのこの味噌汁」
「愛媛は裸麦の生産が日本一。その裸麦のみそ汁に、地元の食材をいろいろ入れています」
3 「紅まどんな入りヨーグルト」
「愛媛の紅まどんな入りの贅沢なヨーグルト。今回は和食の献立で牛乳をはずしているので、ヨーグルトやサバのチーズで乳製品の栄養を補っています」
4 「今治産有機玄米」
「ごはんは有機の米なので、栄養豊富な玄米、もしくは五分づき、七部づきなどで味わってほしいですね」
5 「今治産旬の有機野菜のマリネ」
「現状では生ものが使えないのでサラダが出せないのですが、有機の野菜はビタミンもとれるのでトマトやきゅうりをぜひ生で出せるようになってほしいところです」
6 「新宮産の無農薬緑茶」
「パン食なら牛乳でもいいのですが、和食にはお茶がほしいところ。今治ではないですが、お隣の四国中央市の新宮に無農薬のお茶があるので、そちらを」
安井さんによると、地産地消給食への関心は年々高まっており、今治の給食を参考にしたいと全国から担当者が視察に訪れているそう。今治市は、都市部の近くに位置しながら農地がたくさんあるという立地条件からも、地産地消の給食を提供するのに適した土地といえますが、全国各地で土地に適した方法で、地産地消給食の取り組みも始まっています。
「地産地消は、地域が自立する運動ではないかと思います。高度成長時代に地域の資源や文化が流出して均一化したり、失われてしまったものをもう一度取り返し、地域が自立することを促進するのが地産地消。子どもたちが地元に誇りをもち、将来、自然と地元産のものを買い支える大人になってもらうためにも、今後各地で給食の地産地消が進んでいくといいなと思います」
安井 孝
1959年、愛媛県今治市出身。今治市役所に入庁、農水港湾部農林振興課地産地消推進室長として地産地消運動に携わる。退職後は、一般社団法人今治地域磁場産業振興センター専務理事。改正JAS法による有機農産物の認証を行う登録認証機関の理事長、審査員として有機認証業務も行う。著書に『地産地消と学校給食』ほか多数
【編集後記】
「このカレーには〇〇さんが作ったにんじんが使われています!」
この放送を聞く前に子ども達は誰が作った野菜なのか当てっこゲームをしているそう。
今まさに、食育に対しての意識が変わってきているのだと実感しました。
「給食」を子どもたちが食べ親へそして地域へと意識変革が広がり、街の自立運動に繋がっている。
今治市の「給食」を通じた食育に、未来の食に対する沢山の可能性を感じました。
(未来定番研究所 小林)
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