若い世代を惹きつける、職業訓練校の今。<全2回>
2022.11.16
食べる
人間の歴史とともにある狩猟文化は、食糧の確保や高貴な身分のステイタスとしてなど時代とともにさまざまな役割を担ってきました。現在はSDGsの観点からジビエの食文化に注目が集まっています。長野県に住む猟師仲間〈山学ギルド〉のメンバーは、「同じ罠の肉を食おう!」をコンセプトに罠シェアリングコミュニティ〈罠ブラザーズ〉を立ち上げました。狩猟者の顔が見えるジビエは未来の定番になるのか、主催者の川端俊弘さんにお話を伺いました。
(文:山本章子/写真:内山温那)
街にいながら罠のオーナーになれる?
罠のオーナーになって、街にいながら狩猟を追体験できる。
そんな新感覚の罠シェアリングコミュニティ〈罠ブラザーズ〉を主催するのが、猟師でありデザイナーの川端俊弘さんです。罠シェアリングとは、45日間限定でブラザー(罠のオーナー)になることで、設置から見回りの様子、捕獲の有無などのお知らせや、罠にかかった鹿の肉をレシピとともに受け取ることができる制度。主催するのは、東京から長野県上田市へ移住したことをきっかけに狩猟に興味をもつようになった川端俊弘さんとその仲間たちです。
「東京にいた頃からジビエという言葉は知っていましたが、当時は食べたこともありませんでした。でも長野に来て実際に口にしたりすることで、山で動物を獲って肉にするというのは地方では意外と身近なことだと知りました。自分でも狩猟をやってみたいなと思って知り合いに相談したところ、猟師さんを紹介してくれて、山に連れて行ってもらったのが狩猟免許を取ろうと思ったきっかけです」
狩猟には、罠猟や銃猟、網猟などがあり、それぞれ免許が異なる。川端さんがはじめて同行したのは銃猟をおもに行う猟隊で、山の中にチームで入り、鹿や猪を捕獲していたそう。
「はじめてにしてはかなりのスパルタで、道なんか一切ない林の中で『君はあそこまで大声を出しながら歩いて。そしたら向こうにいる仲間のところに鹿と猪が追い立てられていくから』と。山の歩き方も知らない僕がまっすぐ歩ける訳もなく、気がつけば1人ポツンと取り残されてしまいました。でもそのときに、楽しいと思ってしまったんです。叫んでも誰からの声も返ってこないし、雪も降ってきた。もちろん、プロ集団なので見つけてもらえるという安心感もありましたが、山の中でひとりになる経験で『生きている』と感じて、これは猟師になるしかないと思いました」
街と地方をつなぐ罠シェアリングコミュニティ。
デザイナーという仕事柄、山の中で体を開放したいという気持ちもあったという川端さん。同様に、都会で暮らす人にとって地方での生活は憧れであることが、キャンプをはじめとしたアウトドア需要からもわかります。コロナ禍になり、移動が制限され、密回避を徹底されるようになってからはなおさら。自然が豊かな地方の生活に目が向けられるようになりました。その中で川端さんは、仲間とともに街と地方をつなぐ罠シェアリングのサービスを始めました。
「自分たちがやっていることが、他の地域の人から見るとすごく魅力的に映ることがわかって、狩猟を追体験できるかたちにしたいと考えるようになりました。とはいえ、狩猟をショーアップするサービスは違う。普段やっていることに興味を持ってくれる人がいっぱいいるので、棚田やブドウ畑のオーナー制度のように、ありのままを見てもらって捕獲した鹿の肉を食べてもらえる罠のオーナー制度を思いつきました」
狩猟を神格化せず、ポップカルチャーとして伝える。
現在、日本全国で野生鳥獣が農作物を荒らしてしまうことが問題になっており、その被害額はシカとイノシシによるものだけでも100億円以上。長野県でも例に漏れず、とくにシカによる被害に悩まされています。増えすぎて有害とされる鳥獣は捕獲対象になっていますが、捕獲した鹿や猪を活用するまでにはさまざまなハードルがあり、捕獲したすべての動物を有効活用するまでには至っていません。
「猟や猟師のスタイルはさまざまです。その中で、僕らは農作物に被害を与える可能性のある里山に罠を仕掛け、捕獲した鹿の肉をできるかぎり利用しておいしく食べることを目的にしています。鹿肉はおいしくないから食べないという方も多いけど、新鮮なうちに適切な処理をした肉は本当においしい。その味を知ってもらいたいので、僕らは獲物が1頭かかった時点でその日の猟は終了。自分たちでつくったジビエ処理施設に運んで、新鮮なうちに食肉に加工しています」
とはいえ、〈罠ブラザーズ〉で「命の大切さを伝える授業をする気はさらさらない」と語る川端さん。昔は普通に獲ったら食べる文化があり、自分で釣った魚や育てた野菜がおいしいと感じるように、生と死が相反するものではなくグラデーションとして身近にあり、命をいただく過程を感じる機会がありました。その感覚をもう一度取り戻すことが、命の大切さを体感することや文化を受け継いでいくことにつながるのではないかと話します。
「ブラザーには、獲物が罠にかかったときにお知らせがいくだけでなく、止めさしの現場も動画で配信しています。見るか見ないかは受け取る側に委ねていますが、猟師がやっていることは非常に高いスキルを求められる仕事です。でもそれが世の中にはまったく知られていないし、その技術がブラックボックス化されてしまっているのでこのままいくと狩猟というカルチャーが死んでしまいます。ではどうするか、正解はわかりませんが、我々としては狩猟を神格化せずに文化継承を含むカルチャーのひとつとして押し上げることが大事なのではないかと考えています。ブラックバスの釣りをする人たちの多くは、外来魚駆除のためというより釣りそのものを楽しんでいますよね。でも結果的にはそれが日本の固有種を守ることにつながっています。狩猟もそれほど間口が狭いものではなく、やろうと思えばできること。狩猟や、おいしくお肉を食べる楽しみがまずあって、二次的に農作物や農家さんを守ることや、山が安定するといった誰かの助けにつながればいいなと思います」
プロジェクトを始めて2年が過ぎ、「狩猟を実際に見てみたい」と長野に訪れるブラザーが増えたそう。川端さんやメンバーで料理人のボブさんが東京に出向いてブラザーの前で解体し料理にするというイベントも実施。無理なく楽しく続けることで、さまざまな広がりを見せている〈罠ブラザーズ〉が描くのは、どんな未来でしょうか?
「ブラザーをもっと増やして、活動も続けていたいと考えています。また長野だけでなく全国に拠点を広げ、全国各地で〈罠ブラザーズ〉の活動ができたらおもしろそうですよね。好きなエリアの罠のオーナーになって、全国のジビエを食べ比べすることもできるはず。子どもたちに対しても、体験して自由研究の題材にしてもらうなど、肩肘張らずに狩猟というカルチャーを伝えていけたらいいですね」
■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント
・都会にいながら狩猟の追体験ができる罠シェアリングは、野生鳥獣からの被害を減らすことに加え、肌感覚で命の大切さを実感する機会にもなる
・狩猟を神格化せずカルチャー=楽しむものとして捉えることで、人びとの間口を広げ、それは結果として文化の継続につながる
【編集後記】
動物の命に関わる問題の為、「狩猟」と聞くと神聖・神秘的な行いといったイメージがとても強かったのですが、川端さんの「神格化せずカルチャーとして捉える」、この言葉に膝を打ちました。
重要なのは一次的に農作物や農家さんを守ることを考えるのではなく、それはあくまで二次的にもたらされるものであって、まずは自分たちが楽しみ、美味しくお肉をいただくこと。 〈罠ブラザーズ〉の川端さん、ブラザーたちがつくっていく今後の活動にも注目です。
(未来定番研究所 小林)