2022.09.30

食べる

食空間演出家・大塚瞳さんが伝える、郷土料理の未来の姿。

F.I.N.編集部が掲げる9月のテーマ「食べる」。外食や世界各国の料理が当たり前に食される時代となったからこそ、今回は全国の地域で脈々と受け継がれてきた郷土料理に注目します。お話を伺うのは、旅する料理家として知られる食空間演出家の大塚瞳さん。おいしい野菜と出会うため、日本全国の生産者を訪ねて回っていたことから、郷土料理の魅力に目覚めたといいます。これからの郷土料理の可能性を探るため、大塚さんが福岡県福岡市で営む〈台所ようは〉を訪れます。

 

(文:船橋麻貴/撮影:米山典子)

Profile

大塚瞳さん

食空間演出家。

1981年福岡県生まれ。料理上手でおもてなしを大切にする祖母や母の影響で、幼い頃から料理や室礼に興味を持つ。大学進学のため上京し、明治学院大学フランス文学部でシュールレアリスムを専攻。食べることが大好きで世界中を回ってさまざまな味に親しむ。大学在中の2004年、居心地の良い空間で過ごす食のひと時をテーマに〈Life Decoration〉を設立。出張料理人として、気に入った土地に数日限りの食空間を演出するイベントプロデュースを行い、器と食材をつなぐ役割を果たす。2020年秋に福岡県福岡市に〈台所ようは〉、2022年春に同市内に〈食堂ミナトマル〉、佐賀県唐津市に〈たまとり〉をオープン。

https://www.instagram.com/hitonme1103/

料理を介して届けたいのは、

人が集まるような食空間。

全国各地を旅しながら、その土地の食材や器などを用いた食のイベントを手がけてきた食空間演出家の大塚瞳さん。料理はもちろん、テーブルコーディネートや空間など、食にまつわるすべての演出を行っています。これまでも、大谷石地下採掘場跡や大濠公園能楽堂といった一風変わった場所でも食空間を演出し、訪れたゲストたちを魅了してきました。そんな大塚さんが料理を本格的に学び始めたのは、地元福岡から上京して入学した大学生のころ。料理家になるべくしてなったわけではなく、強いていうならば料理上手な祖母と母の影響が大きいのだと言います。

 

「大学を卒業したら『何者かにならなきゃいけない』というのが、もう私には合わなくて。人をもてなすことと料理が好きな祖母と母がいる環境で育ったので、器やインテリアといった食にまつわることを大切にして暮らすのは、一人暮らしをしてからも当たり前のことでした。別に祖母や母のお手伝いをするような子どもではなかったんですけど(笑)、この季節にはこの料理が食べたいという気持ちは自然と持っていたし、テーブルコーディネートした空間に友達を呼んだりすることも多々あって。それで、人が集まるような食空間が作れたらいいなと思って、大学在学中に料理教室に通い始めたんです」

〈台所ようは〉では、江戸や幕末、昭和初期の食器が使われている

当時大塚さんが通っていたのは、レストランのシェフや調理学校の先生が主催するものではなく、料理本を出版している料理研究家や、夫の海外赴任をきっかけに食文化を学んで帰国したマダムが開いた料理教室。日々の暮らしを豊かにするための料理を学んでいったそう。

 

「調理方法だけではなく、食材の選び方やおもてなしの心など、料理を通して暮らしについて考え学ぶというのは、私が育ってきた環境に似ていて楽しくて。料理もそうですけど、こういうことは本じゃ学べない。絶対に人から習わないとダメだと思いました」

カウンターには、その日仕入れた食材で作ったおばんざいが並ぶ

毎日250kmほど車を走らせ、

生産者をめぐる旅へ。

大学卒業後は、スペインやタイ、台湾、中国など世界の料理教室で料理を習得。福岡に戻り、米と芋を栽培しているという幼馴染みと再会したことが、全国を旅するきっかけとなります。

 

「幼馴染みは、作物の栽培を始めて半年だというのに、食べてみたらとてもおいしかったんです。農業の経験が浅いのにこれほどおいしいなら、何十年とやっている農家の作物はどれくらいおいしいんだろうと気になっちゃって。お互いに時間だけはたっぷりあったので、ドライブをしながら農家めぐりをしようということになったんです。小学生時代の冒険の延長みたいな感じで」

2009年に突如始まった生産者を訪ねる旅。まずは九州を中心に旅を始めようとするも、個人情報の観点から行政や道の駅には個人の農地を教えてもらえない。そこで思いついたのはGoogle Earthで気になる畑を見つけてはそこを目掛けて車を走らせるという、行き当たりばったりの旅でした。

 

「なんとなく畑がありそうなところにピンを打って、そこを目指して毎日250kmほどの距離を運転しました。それで畑を見つけて農家の方に声をかけるんですが、やっぱり怪しまれるんですよね(苦笑)。でも、そこは持ち前の明るさでなんとかなりました。作物についていろいろ教えてもらったり、食べさせてもらったり、ほかの農家を紹介してもらったり。最後には、『うちのごはん、食べに来る?』なんて誘ってもらったりもして。そこで食べさせてもらった漬物がうんとおいしくて、今でも度々思い出すくらいです。

 

そういう旅をして気づいたのは、北海道と沖縄以外、本州ではだいたいの作物を栽培・収穫できるんですけど、九州は火の国といわれていて陶磁器文化発祥の地とされているだけあって、やっぱり土地ごとに息づく文化が違うということ。それからは、同じ土から生まれた作物と器を使って、料理人としてこの2つをつなげて料理を届けていきたいと思うようになりました」

大塚さんは食空間演出家として、さまざまな食のイベントを手がけるように

郷土料理から知恵や工夫を学び、

カタチを変えて未来につなぐ。

こうして大塚さんは食空間演出家として、食のイベントを全国で開催するように。このイベントのプロデュースに比例し、ライフワークとして続けていた生産者を訪ねる旅もさらに全国へと広がって行きました。

 

「自然と地元の農家やお母さんたちに、郷土料理を教わる機会が増えていきました。そこで学んだことをイベントで提供する料理に取り入れたり、それこそ予定していた料理自体を変えたりと、いい刺激になっていて。それに全国をめぐり、郷土料理にはその土地の風習やならわし、祈りが込められていることを改めて学べるのがすごく嬉しいんです。

 

なかでも驚いたのは、東北の食文化。例のごとく、農家やお母さんたちから『食べていきな』と招いていただいた郷土料理には、越冬に必要な保存や熟成、発酵といった、先人たちの暮らしの知恵と工夫がたくさん詰まっているんです。やっぱり九州にはそういう食文化はあまりないですから。そういうことを学ぶうちに、『この土地の春はどうなるんだろう』と、別の季節の暮らしも想像するようになる。農家から教わった郷土料理から、その土地の文化や季節まで見えてくるのが楽しくて」

郷土料理や日常のごはんが記された書籍が並ぶ。古書店で買い集めたり、閉館した図書館から譲り受けたものだそう

食空間演出家として活躍しながら、郷土料理の奥深さに惹かれていった大塚さん。一方で、受け継ぎ手が少ないことから、郷土料理という食文化が途絶える未来が刻一刻と近づいていました。

 

「郷土料理は無数にあるにも関わらず、レシピ本がたくさん出ているわけでもないし、継ぎ手もそんなにいない。今、手がかりになるのは、農家や地元のお母さんたちの手の感覚だけなんです。私も郷土料理が大好きだから、教わって作ってみるんですけど、どうしても自分だけでは上手に作れないときがあるんですよ。そんなとき、農家や地元のお母さんたちに電話で相談してみると、その土地の人だから知り得るちょっとした手間や工程を教えてくれる。地元の人にとっては当たり前だけど、こういう知恵や工夫はスマホで調べても出てこない貴重な情報なんです。こんなにおいしくて素晴らしい料理がこの先なくなるのはもったいない。どうしても受け継がないといけない、そんな大それたことを言えませんが、急がないと本当になくなっちゃう。そういう焦りは、少なからずあったように思います」

福岡・大名の路地裏に佇む〈台所ようは〉

こうして郷土料理を残すカタチを考えていたとき、築50年ほどの古民家を使った飲食店経営の話が持ち上がります。

 

「かつて武家屋敷が並んでいた福岡の大名にある、古民家の空間を使って飲食店をやってほしいと声をかけていただいたんです。だけど、拠点を持たずに自由気ままに生きてきた私にはとてもできなかった。断り続けていたんですけど、かつてレストランとして活躍していたこの空間を目にしたとき、カウンターに大皿に盛られたおばんざいが並び、その向こうの厨房で気丈に働く女性たちが目に浮かんで。こういうカタチで郷土料理を残していけるのなら、飲食店に挑戦するのもいいかもと思ったんです」

〈台所ようは〉の看板メニュー、おばんざい五点盛り合わせ

カウンターのほか、8人がけの大テーブルや、小グループ向けのテーブル席が揃う〈台所ようは〉

それでできたのが、ここ〈台所ようは〉。地元の食材を使った郷土料理やおばんざいが揃い、厨房では手際よく料理を作る女性たちの姿が。古民家をいかした心地いい空間にはあえてBGMを流さず、働く女性たちとお客さんが語らう光景が当たり前に広がっています。新しいカタチで郷土料理の魅力を届ける大塚さんは、少し先の未来を見つめてこう話します。

 

「郷土料理がなくなるかもしれないという、誰にも頼まれてもいない危機感を抱いてはいますが、私は本当にただ食いしん坊なので、この先も郷土料理が食べたいだけなんですよ。それを叶えるため、地元のお母さんたちが得意料理を振る舞うようなお店を、全国47都道府県に作りたいと思っていて。空間やメニュー、器は私なりの解釈で落とし込みたいですが、地元の人がそこで働いてちゃんと稼いでもらう。郷土料理を通じて学んだ知恵や工夫にならってアップデートすれば、古臭いなんてこともなく、この先も時代に即したカタチに進化していけるはず。その土地の料理と器、そしてそこでせっせと働くいい女たち。そんなお店を目当てに全国から人が集まってくる。核家族化や個食が進んだ今だからこそ、大皿に盛られた郷土料理やおばんざいを囲んで、みんなで食べられるような空間を全国につくりたい。それが今の私の目標です」

 

飲食店を経営しているようでいて、郷土料理を残すという大義を抱えた壮大なプロジェクトに挑んでいるようにも感じる大塚さんの新たな試み。真っ直ぐ語るその瞳、その凛とした佇まいから、強い意思と決意が感じ取れ、近い未来にこの壮大なプロジェクトを叶えていく気がしてなりません。

台所ようは

住所:福岡県福岡市中央区大名1-4-28

℡:092-739-9105

営業時間:17:00~23:00(LO.22:30)

定休日:月曜日※その他不定休あり

https://www.instagram.com/daidocoro_yoha/

https://www.yo-ha.com/

■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント

・郷土料理にある、暮らしの知恵や工夫の再発見。

・核家族化、個食の問題の解決の糸口になりうる、大皿郷土料理の可能性。

・郷土料理文化の継承者不在の危機に気づき、動き出す担い手たちの出現。

【編集後記】

大塚さんの視点は、料理そのものだけでなく、素材の作り手や環境、歴史、つながりなどなど、食について多面的に捉えているところが、まさに食空間演出家ならではのアプローチのように感じます。 そうすることで、「食べる」行為は、人々とつながり、学んだり、気づいたり、癒されたりと様々な活動につながるものだと改めて気づかされます。

(未来定番研究所 窪)