F.I.N.的新語辞典
2020.07.30
ものも食料も溢れている今の社会。フードロス問題に注目が集まる一方で、子どもの貧困問題も深刻化しています。遠い外国の話に聞こえる問題ですが、今の日本においても7人に1人の子どもが日常的に食の問題を抱えて暮らしているといいます。そんな子どもの貧困問題に取り組むべく設立されたのが、「特定非営利活動法人おてらおやつクラブ」です。地域の民間団体とも連携し、お寺にお供えされるさまざまな「おそなえ」を、仏さまからの「おさがり」として、経済的に困難な状況にあるご家庭へ「おすそわけ」するという活動を続けています。団体の代表であり奈良県・安養寺のご住職の松島靖朗さんに、食の貧困問題の今と今後理想とするフードシェアについて話を伺います。
7人に1人の子どもが
貧困問題を抱えている現状。
おてらおやつクラブ事務所をおく、奈良県・安養寺。安養寺からは、ひとり親家庭へと直接『おすそわけ』が届けられている。
「貧困問題」というと遠い外国の問題のように感じられてしまうけれど、日本国内には、7人に1人の子どもが食の問題を抱えながら暮らしているという現実があります。
「貧困層」といっても明確な定義は難しいけれど、統計的に多いのが一人親家庭、とくに母子家庭が挙げられます。そんな中、2013年5月に大阪市北区のマンションで母子が餓死状態の遺体で発見されるというショッキングな事件が報道されました。
この事件をきっかけに設立されたのが、「特定非営利活動法人おてらおやつクラブ」です。またこの背景にはもうひとつ、お寺が抱える課題もあったといいます。
仏さまの前のおそなえもの。お寺では、日々のご法事やお盆、お彼岸など仏教行事の折に、檀家さんや地域の方からお供え物を預かる。
お寺の「ある」と社会の「ない」
を繋げるために。
全国から届くさまざまな食品をお供えしている様子。お菓子のみではなく、お米や野菜が供えられることも。
「お寺には、たくさんの果物やお菓子、お米などの食べ物が、お供え物として集まります。そのお供え物は、お寺で生活している僧侶や家族で大切にいただきますが、お盆やお彼岸にはいつもよりたくさんのお供え物が集まります。お寺の中だけでは食べきれず、その都度お寺にお参りに来られる方や来客におすそ分けしていました。子どもたちが集まる行事があれば、彼らにもおすそ分け。あれこれと工夫しながら「もったいない」を無くすことは、実はお寺にとっても大きな課題でもあったんです。お寺にはこんなにたくさんの食べ物があるにも関わらず、一方で社会ではいろいろな事情が重なることで、一部の人にとって食べ物がない状態が起きているんだと、大阪の事件を通じて改めて痛感したんです。なんとかしなくてはと思いました」と、松島さんは話します。
「おてらおやつクラブ」の支援の流れ。なるべく近距離のお寺と支援団体がマッチングすることで、より多くの子どもたちに“おすそわけ”が届く仕組みに。
お寺の“ある”という状況と、社会の“ない”という状況を繋げることで、双方が抱える課題のどちらも解決できればという想いがありました。
事件を機に、貧困層のお母さんたちを助けるための民間団体も多く立ち上がりました。「特定非営利活動法人おてらおやつクラブ」もそのひとつですが、直接お母さんたちと繋がってケアする民間団体と連携することで、その先にいるお母さんや子どもたちに、間接的に「おすそわけ」を届けています。
活動は、松島さんの声かけやSNS、インタビュー記事などをきっかけに全国に広まり、現在全国の1470寺院が賛同。それぞれの寺院が地域で活動をしています。
とある講演会で活動を紹介する松島さん。説明会や講演会などを通じて、国内の『子どもの貧困問題』の啓発活動も行う。
思いのこもったお供え物を
おすそ分けとして届ける。
売れ残った商品や流通上の都合で販売できなかった商品など、誰の手にも渡ることができなかったものを集めて届ける団体もありますが、「特定非営利活動法人おてらおやつクラブ」で扱うのは、誰かがお供え物として思いを込めて選び、手にとったもの。それらをおすそ分けとして届けているという点は類似の団体と違う、私たちならではの特徴といえます。そのため、大量に同じ商品があるのではなく、お菓子やお米、野菜などあらゆる種類のものが集まります。
活動の理念に賛同した企業との提携も進んでいる。写真は提携企業の一つ、石井食品株式会社から『おそなえ』を受け取った時の様子。
「最近では、あらかじめおすそ分けされることを想定して、レトルト食品、タオルや洗剤、文房具といった日用品をお供えしてくださる方も増えました。スタートした当初は、ここまで広まってくれることは考えておらず、お坊さんとして何かいいことができたらと思って始めたこと。活動を知った方がこんな風に動いてくださるとは考えていなかったので、とても驚いていますし、ありがたいと思っています」。
民間団体を通して間接的におすそ分けするだけではなく、団体のwebサイトには直接お問い合わせできる窓口も。民間団体と繋がっていないお母さんたちからは、事務局に直接メールが寄せられ、おすそ分けを送ったり、メールでさまざまな相談にも対応したりしているといいます。
おすそわけを送る際、同梱する「おすそわけ送付状」。時にはこの送付状によって、深刻な事情を抱えるさまざまな家庭からのお悩みがお寺に届くことも。
新型コロナウイルスの影響で、2月末の学校休止宣言以降、学校給食がないことで、給食が唯一の食事だった子供たちが食べることができない。と同時に、お母さんたちも職を失い、生活費を稼ぐこともできないため、食べ物を送って欲しいという要望が多く寄せられているそうです。
人は、1日3食食べることが、生活のひとつの楽しみでもある。しかし、その一方で「食事の回数を減らすのに慣れてしまいました」と話すお母さんもいるといいます。「自分は食べなくても、子どもに食べさせようと我慢しているうちに慣れてしまった」など、ある種の諦めのような声が届くと、松島さんは話してくれました。
悲劇がまた起きないように、
お寺だからこそできること。
「大阪の事件同様の悲劇がまた起きてしまう前に、なんとかお母さんたちと繋がる必要があると思っています。そういった声を頑張ってあげてくださったお母さんたちのためにできることをやっていきたい。お寺なら何かしてくれるのではないかという想いから連絡をくださっていると思うので、それに答えられるのは仏様がおられるお寺ならではだと思っています。断ることはなく、何かしらの見守りやおすそ分けをしたい。それこそが最後の砦であり、活動で一番大切にしているところでもあります」。
お届け先の親子から、お礼のお手紙をもらうことも。一つひとつの声が、活動の原動力になってゆく。
いま、活動に賛同しているお寺は全国で約1500寺院。広まってきたとはいえ、全国に7万寺院あることを考えると、まだまだこれから広げられるポテンシャルがあると、松島さんは考えています。
「国内の身近なところに貧困問題があるということ、誰にも相談できずに社会から孤立してしまっているお母さんたちがいることを、少しでも多くの方に知ってもらい、関心を持ってもらえたらと思います。活動を続ければ続けるほど、大変なお母さんたちの声が届き、その度にまだまだ知らない現実を知ります。本当にそんなことがあるのかと胸を痛めることも。もっと多くのお寺やその地域の人々に知ってもらい、貧困問題に対してアクションしてもらえるよう、これからも伝え続けていくことが大切だと考えています」。
松島靖朗さん
奈良・安養寺第三十二代住職。特定非営利活動法人おてらおやつクラブ代表理事。1975年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、株式会社NTTDATA・株式会社アイスタイルにてインターネット関連事業、会社経営に従事。2010年、浄土宗総本山知恩院にて修行を終え僧侶となる。2014年に「おてらおやつクラブ」活動開始、2017年8月に特定非営利活動法人化。2018年度グッドデザイン賞大賞(内閣総理大臣賞)受賞。
編集後記
取材中、おてらおやつクラブの取り組みを知った方から、ある日「お寺って、いいことするね」とお褒めの言葉をいただいたというお話がありました。
「それって、今まであてにされていなかったって事の裏返しなんですよ」と松島さんは笑って話されていましたが・・・。
いえいえ、そんな事はありません。宗派の垣根すら飛び越え、拡がり続ける「おてらおやつクラブ」の皆様の活動に、終始頭が下がりっぱなしの取材でした。
(未来定番研究所 富田)
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