学びのかたち
2022.01.07
ノーベル賞のパロディ的な位置付けとして世界で認知されているイグノーベル賞。「なぜ、そんな研究を?」と思うような特異な研究が取り上げられることで、研究対象への情熱や科学の面白さを再認識させてくれるものです。今回は、そのイグノーベル賞受賞者である京都大学霊長類研究所准教授の西村剛先生に、学ぶことや研究することの楽しさや自由さ、未来の学びやコミュニケーションの大切さについて、お聞きしました。
研究や学びを続ける原動力になるものとは?
「ヘリウムガスを吸うことで、ヒトと同様にワニの声が変わる」原理を明らかにした研究でイグノーベル賞を共同受賞した西村先生。
霊長類の研究者なのに、ワニ? その理由は、西村先生と共同受賞したウイーン大学の研究グループとの出会いにありました。ウイーン大学で1年間の客員研究員をしていた西村先生は、テナガザルにヘリウムガスを吸わせて音声解析を行なった経験をもとに、ワニの発生原理の研究へ参加。試行錯誤によって最適な鳴き声の解析方法にたどり着き、ワニが人と同様に共鳴を使って声を出していることが明らかに。西村先生の霊長類研究の知見が受賞のきっかけとなりました。
「ヒトが言語を駆使して情報をコミュニケーションに載せるのに対し、霊長類などの動物は、誰かが『おーい』と言ったら『はーい』と返すように、相手とつながっていることを確認しあうために音声コミュニケーションを使っている」と西村先生。こうして、サルの研究から、言語の起源や生物本来のコミュニケーションが解明されつつあるそうです。
F.I.N.編集部
西村先生は、霊長類の発声や言語について研究されていますが、霊長類の研究を始めたきっかけは?
西村先生
京大の理学部に入学したのですが、入学後に研究分野を自分で決められるので、とくにこれと決めずに入学しました。就職をするつもりはまったくなく、研究者になるんだというのはなんとなく頭にありましたが、「これをやる!」と研究テーマを絞り切れていたわけではありません。言語やサルも面白そうだけど、理論物理や地震もいいかな、など漠然と考えていました。でも、大学の数学の授業がまったく面白くなかったので、数学のからむ理論物理や地震には手を出さず、今の霊長類の研究につながる話を卒業研究でテーマにした頃から、本格的に取り組み始めたというのが実情です。だから、研究者によくある、小さい頃から好きなものにハマって……というタイプではありませんでしたね。
F.I.N.編集部
研究のおもしろさはどういったところにあるのでしょうか?
西村先生
僕らのような形態学や行動学といった研究の場合は、まず仮説を立てます。「こうじゃないかな」といろいろ考えて検証するんですが、まあ最初は、十中八九は外れます。外れてもデータは出てくるので、それをもとにまた仮説を立てて、検証することの繰り返し。得られるデータを説明できるストーリというか、一貫した論理を探していく。データを見ながら論理を探してもう一度データを検証して……ということをずっとやっていくと、最後にデータとピタリと合う論理が出てくるんです。今までの説明できなかったデータが全部スッとつながる瞬間がやってくる。このときがいちばん楽しいですね。そういうのは、だいたい風呂場やトイレ、電車に乗っているときなど、ふとしたときに「これでいけるはず!」とうものが出てきます。
F.I.N.編集部
結果が出るまでずっと検証を続けていくのですか?
西村先生
しばらく寝かせて半年後に思い出したように再開するものもあるし、3年後に突然わかることもあります。共同研究者を巻き込んで別のアプローチすることで結果が出てくる場合もあります。でも途中で興味がなくなって捨てるものも、もちろんありますよ。
僕の分野は世界で5人くらいしか研究者がいないのですが、誰もやっていないところに一番最初に着火するのが好きなんです。0から1を作るのが好きで、1を10に発展させることには、それほど興味がありません。だからやっていくうちに、興味もどんどん変わっていきます。
例えば、今はサルの喉について研究していますが、最初は舌や口の研究をしていて喉にはなんの興味もありませんでした。でもなんだかんだ舌や口の研究をするうちに、喉や発声のほうが面白くなって今研究を続けています。面白いから仮説もポンポンと出てくるし、次は何をしようかなと色々考えることができます。
僕らの研究は、ゴールが決まっていてそこに向かうものではありません。誰に言われてやっているものではなく、自分で課題設定して自分でやっていくので、面白い、知りたいと思う好奇心がないと続かないのだと思います。
オンライン授業は学びの形を変える?
F.I.N.編集部
コロナ禍の中で、オンライン授業も一般的になりました。学びの形が多様化する中で、学生や学びについて変化を感じることはありますか?
西村先生
私が教える大学もオンラインになりました。それで感じたことは、学生だけでなく、教える側も満足感が得られないということです。対面の授業だと、学生がどういう反応をするかを見ながら進めることができ、後ろのほうで寝ている学生がいたとしても、聞いている子がいればテンションが上がります。目が合うとか、雑談をするとか、ちょっとしたことで「つながっている感」を得られます。でもオンラインだと相互作用がないのでモチベーションを保つのが難しい。同じ疲れることでも、高揚感と徒労感では、疲れ方が大きく違います。
資格試験の勉強や受験勉強なんかは、オンラインでもいいし、優秀な講師の授業を動画で見るほうが効率よく勉強ができると思います。でも、いわゆる「学び」というのは知識だけを入れるものではありません。興味や好奇心を持って学び続けるためには、先生や仲間と雑談するとか、お酒をくみかわして語り合うとか、そういったコミュニケーションでしか得られない満足感が必要だし、それが学びのモチベーションになるのです。
「つながる」ことや相手の反応が学びのモチベーションになる
西村先生
今、テナガザルに鳴き声を出してもらう研究をしています。鳴いてもらうのは簡単ではなく、例えば同じサルの仲間の声を録音してスピーカーで流しても鳴かないんですよ。どうしたら鳴いてくれるかというと、まずはサルと目を合わせます。それから僕が鳴き真似をすると、サルは僕の口を見ます。そうしたら成功で、そのうちサルが口をもごもごさせるようになります。僕が次はお前の番だよという鳴き真似に変えると、「次は俺の番だ」となって、鳴き出します。
これは、オンラインで画面を見せながらやろうとしても、できません。息を合わせるという“つながっている感”を得られないのだと思います。今後、技術が発達して画面を体の一部と認識させられれば可能かもしれませんが、コミュニケーションをとるためには相手を生身の生き物と感じさせる必要があります。
人間の赤ちゃんが言葉を覚えるときも、目の前の人とコミュニケーションをする中で覚えるのであって、画面やスピーカーなどの機械を通した言葉を流し続けるだけでは覚えが悪いものです。人間の場合はとくに視線を感じるということはとても重要で、相手の反応、適切な応答があって相互に作用するものです。モチベーションとなるのは知識学習以外のところで、それが何かははっきりとはわかりませんが、学びにコミュニケーションが不可欠なのは未来においても普遍的なことだと思います。
そういった意味では、人付き合いは本当に大切。イグノーベル賞を受賞した研究もウイーン大学での出会いから生まれていますし、ちょっとした会話からプロジェクトや研究が動き出すことも多くあります。今、声楽家の方と一緒に研究をしていますが、その方もワニの研究をしていたときに出会った方です。
自分ひとりでは限界を感じていたものが偶然の出会いから発展するケースがあると考えると、学びを続ける一番の秘訣は、友達を作って仲良くすることなのかもしれません。
西村剛
生物学者。京都大学霊長類研究所 准教授。京都大学理学部卒業、京都大学大学院理学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。サルの音声や呼吸について研究。2020年、ワニにヘリウムガスを吸わせて唸らせたことで、イグノーベル賞(音響学)を受賞。生物の発する音声には、物の音と空気の共鳴を使った声に大別されるが、今回の研究によって、トリ以外の爬虫類も声を発していることがわかった。
【編集後記】
コロナ禍であらゆることがオンラインとなり、人とのコミュニュケーションの手段・方法が大きく変わり、また難しくなりましたが、西村先生のお話をお聞きして、その理由に納得しました。
人とのコミュニケーションをとることで、独学では得られない学びの効果があり、その効用の大きさに影響するお話は、今後、自分自身が学ぶにあたって意識していこうと思いました。
(未来定番研究所 織田)