2021.12.09

建築家・伊東豊雄さんが語る、〈子ども建築塾〉の10年。

「学びの未来」について考えるF.I.N.編集部は、学校とはまた別の「学び場」にも目を注いでみたいと思います。今回訪れたのは、日本を代表する建築家・伊東豊雄さんが2011年にスタートした「子ども建築塾」。伊東さんが、いま最も力を入れている活動のひとつだといいます。この10年を通して、伊東さんは何を考え、子どもたちにどんなことを伝えてきたのでしょうか? 2021年後期のクラスの初日に建築塾を訪ね、お話を聞きました。

 

(文:宮本裕人/写真:苅部太郎)

F.I.N.編集部

2011年に「子ども建築塾」を始められた経緯をあらためて教えてください。

伊東豊雄さん(以下伊東さん)

ぼくは大学の建築教育にはかなり疑問をもっていまして、大学の専任にはならないと決めていました。ときどき大学に呼ばれると、だいたい課題はもう与えられていて、最後の講評会にだけ参加して、これはいいとかこれは悪いとか言わなきゃいけない。それは学生たちにも失礼だろうと。そうした枠に限定されないところで若い人たちととことん話し合いたいという気持ちで、2011年に私塾を立ち上げることになりました。そのときは若い大人を中心に「大学では教えられないことをみんなで考えよう」という趣旨で始めたんですが、“ついでに”というかたちで子ども建築塾も一緒に始めたんですね。

 

というのも、美術館で個展をやると「1日の子ども向けワークショップをやってください」と依頼されることが多いのですが、やってみるとなかなかみんな元気がよくて、優秀で、1日で終わらせるのはもったいないと。そこで、1年間、子どもたちと一緒にものを考えてみたらどうだろう?と思い、子ども建築塾を始めることにしました。対象にしている小学生4〜6年生というのは、夢を持っているし、ある程度論理的にも考えられる年頃なんです。

F.I.N.編集部

大学の教育に疑問を持たれているとお話されましたが、具体的にはどんなところに課題を感じられているんでしょうか?

伊東さん

ぼくのように実際にものをつくっている人間にとっては、いまの大学の建築教育はそぐわない。非常勤で建築家が教えることもあるとはいえ、基本的には研究者になられるような方が教えているので、それでは不十分ではないかと。本当にものをつくる身になって教えていない、ということがいちばんの理由ですね。

F.I.N.編集部

現在の小学校教育に、課題は感じられていますか?

伊東さん

いまの小学校の教育がどんな状況かは詳しくわかりませんが、ここへ来る子どもたちの話によると、学校では「社会」や「図工」など科目が分断されているといいます。でも建築を考える、街を考えるということには、いろんな複雑な要素が絡んでくる。経済も、社会も、家族のことも、建築だけに限っても構造や色彩、デザインといったさまざまな問題が複合的に絡み合っているわけですが、そういうことを教えてくれる場所はなかなか学校にはないようです。だからここでは、いろんなことをできるだけ自由に、のびのびと考えてほしいという趣旨でやっていますね。

取材を行った日は、2021年後期クラスの初日。「まち」を考える後期の今年の課題は「百人島」で、メキシコの人工島「メスカルティタン」をモデルに、100人が暮らす島をみんなでつくっていきます。

初日のグループワークでは、島の大きさや人口を考慮しながら、この島にどんな職業が必要かを考えました。一人ひとりが自分が住みたい家を考えたときとは違い、チームメンバーとディスカッションをしながら考えていくことが求められます。

F.I.N.編集部

今回この記事を読まれる方々に、子ども建築塾で何を学べるのかを伝えられたらと思っています。子どもたちにのびのびと考えてもらうために、2021年現在、子ども建築塾ではどんなカリキュラムを組んでいるのかを教えてください。

伊東さん

カリキュラムは前期と後期に分かれていまして、前半の「いえ」では、例えば今年は「水に浮かぶいえ」、去年は「透明ないえ」と、子どもたちがすでに持っている常識では考えられないような課題を出して、一人ひとりにアイデアを考えてもらいます。「水に浮かぶいえ」というテーマでは、魚のようなイメージを描く子も、船や島のようなイメージを描く子もいました。前期のクラスを通して、「家」という既存の概念から外れてものを考えてくれるようになったと思います。

 

ただ「好きな家をイメージしてください」と言うと、子どもたちは自分ひとりの家を考えがちなんですね。それをどうやって社会性のある家にしていこうか、ということをできるだけ考えてほしいと思っています。とくに男の子は自分だけのお城のようなものを考えがちで、「お父さんはどこで寝るの?」と聞くと、「お父さんは入れない」と最初は言ったりする(笑)。「でもお父さんがいなかったら、君ひとりでは生きていけないでしょ?」と講師たちが投げかけると、次の回にはちゃんとお父さんの寝る場所を考えてきます。そうやって少しずつ、社会性というものを理解してくれるようになっていくんですね。

F.I.N.編集部

社会性を身に付けてほしいというのも、子ども建築塾ならではの価値観だと思います。

伊東さん

そうですね。後半では「まち」について考えるのですが、今度はグループワークで、予め用意した地図のなかからチームで好きな場所を選んで、そこに何をつくるかを考えてもらいます。そうすると、前期のように個別の家を考えるだけでなく、隣にどういう建物があって、自分がつくりたいものと街や道路との関係がどうあるべきかを考えなければいけない。そうしたプロセスを経て、社会性をより養っていくようなことを後半ではやろうとしています。

F.I.N.編集部

社会性を身につけることのほかに、伊東さんはこの建築塾を通して、子どもたちにどうあってほしいと考えていますか?

伊東さん

まず、なんといっても、日本ハムファイターズの監督になった新庄(剛志)さんが言うように、楽しくなくちゃいけない。楽しく考えてほしい、ということが第一です。なかには2年、3年続けて子ども建築塾に来てくれる子がいたり、兄弟で来てくれたりする子がいますが、それは子どもたちが楽しんでくれているからだと思うんですね。

 

それからいまの子どもたちは優秀で、もう小学生の頃から「建築家になりたい!」と言う子がいるんですが、ぼくとしてはあんまりそういうことを考えるなと(笑)。ぼくは大学に入ってもうろうろしていて、どうしても専攻を決めなきゃいけない時点で建築を選んだのですが、そうした自分の経験からすると、小さい頃はいろんなことをやっておいたほうがいいし、スポーツをやることもピアノを弾くことも、みんな建築の役に立つと思います。なので、子どもたちには建築という枠にとらわれずに考えてほしいですね。

左から、講師のアストリッド・クラインさん、太田浩史さん、伊東豊雄さん、柴田淑子さん。子どもたちのアイデアを講評するときは、大人たちも真剣そのもの。よかったところは褒めながら、改善できるところはとことん話し合っていきます。

F.I.N.編集部

今年は子ども建築塾が生まれてからちょうど10年になります。この10年間を振り返って、いちばん大きな変化はどんなことでしたか?

伊東さん

10年経ったいま、初期に来てくれていた子どもたちはもう大学生で、なかには建築を学んでいる子がいるんですよ。そうした子たちは、今度はTA(Teaching Assistant)として子ども建築塾に来てくれている。そんなサーキュレーションが始まっていて、この10年で子ども建築塾は、予想を超えてとてもいい感じに育っていると思います。

 

先ほども言ったように、ぼくとしては建築塾に通ったからといって決して建築家になることを勧めているわけじゃないんですけど、何年かにひとりは、このまま伸びていったら素晴らしい建築家になるかもしれないという子がいるんですね。そういう子がいまだに大学で建築をやっているんだと知ることは、本当にうれしいですし、将来が楽しみです。

F.I.N.編集部

最後に、伊東さんご自身がこの10年で子どもたちから学んだことを教えてください。

伊東さん

ぼくは今年で事務所を始めてからちょうど50年なんですね。そうすると、保守的になっているつもりはないんですけど、知らず識らずのうちに「こういうことはやってはいけないんじゃないか」と考えてしまう。やはり50年もやっているから、どうしても建築という枠の中で考える習慣が身についてしまっています。

 

そういうことに対して子どもは無頓着ですから、とんでもないことを考えたりして、それはとても羨ましい。ぼくらも建築の枠から外れたところでものを考えなくちゃいけないなと思いますし、イマジネーションの部分で、子どもたちから教わることはたくさんあるんです。

Profile

伊東豊雄

1941年生まれ。東京大学工学部建築学科卒業。菊竹清訓建築設計事務所勤務後、伊東豊雄建築設計事務所設立。これまでに日本建築学会賞、ヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞、プリツカー建築賞などを受賞。主な作品に「せんだいメディアテーク」「多摩美術大学図書館(八王子キャンパス)」「みんなの森 ぎふメディアコスモス」「台中国家歌劇院」などがある。2011年、これからのまちや建築のあり方を考える場としてNPO法人「これからの建築を考える」を設立し、その一環の「子ども建築塾」を通して教育活動にも力を入れている。

【編集後記】

私にとって”塾”とは、親から行きなさいと言われて通うという、子どもたちにとっては受動的なイメージでした。

しかし、ここでは子どもたち自ら積極的にああでもないこうでもないと創造しながら試行錯誤して楽しくワークショップに参加しています。

小さい時にこんな楽しい塾に通えたらなぁ……なんて羨ましくなりました。

10年前に塾生だった子どもたちが大学生になりTA(Teaching Advisor)として、一緒に創造しながらサポートする立場になって還ってくる。今の子どもたちの未来が楽しみです。

(未来定番研究所 小林)