2024.01.22

学びのかたち

〈よわいはつよいプロジェクト〉の吉谷吾郎さんに聞く、「学び合う」時代のための「弱さ」の受け入れ方。

1月のF.I.N.のテーマは、「学びのかたち」。近年、若者向けの新しいかたちの学校が生まれたり、大人のための学びの場ができたりと、興味深い動きが続々と起きています。そこで今月のF.I.N.では、学びをさまざまな視点から捉え、その最前線にいる目利きたちと一緒に未来につながるタネを見つけていきます。

 

今回注目するのは、アスリートのメンタルヘルス啓発活動を行う〈よわいはつよいプロジェクト〉。メンタルが強そうに見えるアスリートでも、「強い」ときもあれば「弱い」ときもあり、常に揺れ動いているのだと言います。そんな考え方を出発点に、「メンタルヘルス」の重要性をさまざまな場で発信し、学校での啓蒙活動も行っているそう。弱さを肯定する学びの場のあり方について、〈よわいはつよいプロジェクト〉発起人の一人である吉谷吾郎さんに伺います。

 

(文:船橋麻貴/写真:米山典子)

Profile

吉谷吾郎さん(よしたに・ごろう)

コピーライター、クリエイティブディレクター。

東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、2011年株式会社パラドックスに入社。規模や業種を問わず多くの組織の企業理念やスローガンの考案、採用ブランディング、広告プロモーションのコンセプトづくり、クリエイティブの制作に携わる。2023年に独立、会社設立。日本ラグビーフットボール選手会の設立、アスリートのメンタルヘルス啓蒙活動〈よわいはつよいプロジェクト〉など法人や事業の立ち上げにも参画。「ほぼ日の塾」第1期生。著書に『主観思考 思ったこと言ってなにがわるい』(光文社)がある。

https://yoshitanigoro.com/

アスリートだって1人の人間。

だから、「強さ」と「弱さ」に揺れ動く

F.I.N.編集部

〈よわいはつよいプロジェクト〉は2019年に発足されますが、誕生のきっかけや吉谷さんが参画した経緯を教えてください。

吉谷さん

僕が参画したきっかけは、ラグビー日本代表が強豪の南アフリカに勝利した2015年に、日本ラグビーフットボール選手会の立ち上げに携わったことです。元々、大学時代までラグビーをやっていて、卒業後も広告制作などを行いながら高校のラグビー部のコーチをしていたつながりもあって、選手会の事務局に入ってクリエイティブまわりや広報活動を担当してい     ました。選手会では選手に対してのサポート事項として「ファイナンス」「キャリア」「リーガル」「メンタルヘルス」の主に4つを掲げていたんですが、その中でも当時は特に「これからは選手に対するメンタルヘルスケアにも力を入れていこう」という話になっていました。

 

そんなある日、大学ラグビー部の先輩で、当時、選手会の代表理事だった畠山健介さんに呼び出されて、半ば強制的に東京の西の奥のほうに車で連れて行かれました(笑)。専門家の方から、日本のアスリートのメンタルヘルスについて相談を受けた時、自分の精神面を吐露できる環境づくりが必要なんじゃないかという話になって。というのも、アスリートたちは心が不調になった時、チームやメディア、家族、ファンに心配させないようにと、自分の弱い部分を見せられないことが多い。それは弱さを吐き出せないんじゃなくて、弱さを見せられない環境に置かれているからなんじゃないかと。そういう環境をラグビー界から少しずつ変えていけば、他の競技にも波及し、ひいては世の中にも広まるんじゃないかと仲間たちと話しました。それでラグビー選手の川村慎さん、メンタルヘルス教育を専門とする研究者の小塩靖崇さん、僕の3人で〈よわいはつよいプロジェクト〉を設立しました。

F.I.N.編集部

アスリートはメンタルまで強いと思われがちですが、決してそういうわけじゃないんですね。

吉谷さん

ラグビー選手は「死にたい」という希死念慮を抱く人が多い。研究データでは、11人に1人はそんな思いを抱えていることがわかりました。それと、メンタルヘルスの不調を経験しているのは、4人に1人の割合。ラグビーは頭や体でぶつかり合う命に関わるスポーツなので、普段から死について考えてしまう選手が多いのではないかと個人的には思います。

 

それから他のスポーツのアスリートを見てみても、繊細な方が多くいる印象です。スポーツに大切なのは、メンタル、テクニック、フィジカルの心技体。ですが、その中でもメンタルのケアが抜け落ちている場合が非常に多い。メンタルのケアができていないと、テクニックやフィジカルにまで大きな影響を与えるにも関わらず、これまでの学校や部活動では、心が弱っていたとしても「気合い」や「根性」で乗り切るものとされてきました。一方、ラグビー先進国の南半球の国や欧米諸国では、メンタルパフォーマンスにものすごくリテラシーが高い。「PDP(Player Development Program)」と呼ばれるメンタルヘルスをサポートし、ウェルビーイングを促進する仕組みが各スポーツにあり、選手をサポートする「PDM(Player Development Manager)」という専門家が各チームにいるのが当たり前。そうした状況から、2023年に川村慎さんを代表として一般社団法人〈JapanPDP〉を設立して、「PDP」「PDM」の育成、普及をスタートしています。なので、〈よわいはつよいプロジェクト〉では、世の中向けに「よわさをさらけ出せるような環境づくりのアプローチ」をし、「PDP」をきちんと普及させることで「選手個人へのアプローチ」も行い、環境と個人の両面から、日本のアスリートたちのメンタルヘルスケアをしてけたらと考えています。

F.I.N.編集部

〈よわいはつよいプロジェクト〉の活動は、「弱さ」を肯定しているようにも思えます。そうすることで、世の中はどう変わっていくものですか?

吉谷さん

どんなに強そうに見えるアスリートも、私たちと同じ1人の人間。「強さ」と「弱さ」を持ち合わせ、常に揺れ動いています。それは悪いことじゃなく、ごく自然なことです。〈よわいはつよいプロジェクト〉のビジョンは、「誰もがよわさをさらけ出せて、よわさを受け容れられる社会へ」。特に後半部分、自分自身の「弱さ」を受け入れる勇気、そして他者の「弱さ」を受け入れる愛こそが大切だと思うんです。今の世の中、「強さ」や「成功」ばかりが注目されがちですが、実は「弱さ」をさらけ出すことが、みんなを強くしてくれるのではないかという考えがあります。

「弱さ」をさらけ出すことは、

決して恥ずかしいことじゃない

F.I.N.編集部

〈よわいはつよいプロジェクト〉発足後、WEBでの発信や講演、ワークショップなどを開催されてきました。学校での啓蒙活動も行っていますが、実際にはどんなことを教えているのでしょうか?

吉谷さん

初めて学校訪問をしたのは、2021年。「アスリートと考える心の健康〜伝えてみよう・耳を傾けよう〜」という企画を行いました。まず行ったのは、川村慎さんがニュージーランドで学んできたワークショップ。子どもたちに紙に悩みや不安を書いてもらい、それを同行するラグビー選手の体に貼り付けます。これでラグビーをしてみると、こんなに悩みや不安があると動きにくくて何もできないということがわかります。それで子どもたちに紙を取ってもらって、そうすると体も心も軽くなって動きやすくなるということを視覚的に学んでもらいました。

 

それから、小学生たちに心の様子を絵に描いてもらい、自分や友達の心の様子を知ろうというセッションも行いました。何が楽しいか、何を不安に感じているのか。描いた絵を通じて自分や友達の弱い部分を知れば、相互理解が深められます。そして悩みや不安、心の不調など心の様子を人に見せるのは、弱い人と思われがち。ですが、「強さ」の象徴ともいえるアスリートたちが一緒になって心の様子を伝えることで、「弱さ」をさらけ出すことは恥ずかしいことじゃないと理解してもらえる。〈よわいはつよいプロジェクト〉ではワークショップやセッションを通して、「弱さ」を外に出すことの必要性と重要性を届けたいと考えています。

F.I.N.編集部

子どもの頃からそうしたことを学ぶことで、どんな作用が得られるのでしょうか?

吉谷さん

「弱さ」を外に出すことは悪いことじゃないという価値観が定着してくれたらいい ですよね。目の前の相手をリスペクトし、相手の話にしっかりと耳を傾けると、自分の話も受け入れてもらえる。実際、子どもたちは自分と他者の受け入れ方を学んでいるような気がします。僕たちの学校訪問をきっかけに、そうした循環がクラスやチーム内で当たり前に起きてくれたらいいな、と。

F.I.N.編集部

自分や他者の「弱さ」を受け入れることは、子どもたちの成長にいい影響を与えそうですね。

吉谷さん

失敗や挫折を通じて自分や他者の「弱さ」に気づくことは往々にしてあるし、そうした経験があるからこそ自分の成長につながるということも、もちろんあると思います。その一方で、あらかじめ「弱さ」というものを知っておけば、誰かを救うきっかけになるとも思っていて。人間の行動には、「理解」「実感」「実践」の3つのフェーズがあるらしいのですが、「こういうサインがあったら危険」「心が不調だとこんな行動を取る」という知識があれば、周りの誰かがそうなった時にケアに繋げられるはず。まず「理解」がないと「実践」に移れないじゃないですか。だから、学びの現場では「弱さ」を知っておくことも必要な気がします。

これからは「弱さ」を受け入れて

お互いに「学び合う」時代へ

F.I.N.編集部

〈よわいはつよいプロジェクト〉発足から4年ほど経ちましたが、手応えや感触はいかがですか?

吉谷さん

〈よわいはつよいプロジェクト〉のサイトの CONTACT(お問い合わせ)に、多くの方から感想やメッセージをいただいています。専門家や学生の方から「協業したいです」という内容が多いですが、ご自身の心の不調についてのメッセージくださる方も非常に多いです。そういった方々は僕たちを見つけてくれて、ご自身の心の様子を言葉にしている時点で一歩前に進んでいると思うんです。こうしてみなさんに少しずつ〈よわいはつよいプロジェクト〉の活動を知っていただいていますが、僕個人としては目先のビジネスの儲けを重視することよりも、「弱さ」を受け入れる大切さが誰かの心に届いて喜んでもらえていることの方が今は嬉しいんですよね。

F.I.N.編集部

吉谷さんが〈よわいはつよいプロジェクト〉を続けられるモチベーションは何でしょうか?

吉谷さん

みなさんがNintendo Switchをやっているのに近いのかもしれません。つまり、「自分が楽しくてやりたいからやっているだけ」というか。どうしてこんなに力を注げるかと言えば、綺麗事に聞こえるかもしれませんが、何事も良くしたいという思いがあるからです。先日、著書『主観思考 思ったこと言ってなにがわるい』という本を刊行したのですが、それを読んだ妻から「あなたはなんでもすぐアイデアを考えて、アレンジをしたり、ひと手間をかけたりするけど、その理由がわかった。この本を通じて、人、モノ、コトを今よりもより良くしたいんだってことが理解できたかも」って言われたんです。なんでこんな性格になったんでしょうね。そもそも僕は子どもの頃から、他の人が悲しそうにしていたり、寂しそうにしていたりすると気になって仕方なく、声をかけたくなっちゃうタイプなんです。そんな人間には見えないでしょうけど(笑)。

2023年12月に刊行した『主観思考 思ったこと言ってなにがわるい』

F.I.N.編集部

いえいえ。先ほどから吉谷さんの眼差しが優しくて、温かい人なんだろうなと感じていました。〈よわいはつよいプロジェクト〉のこの先の展望として考えていることはありますか?

吉谷さん

僕たちのみがサイトを通じてメッセージを発信するだけでは、「よわさを受け容れられる社会」に変えていくことはできないと思います。なので、社員のメンタルヘルスケアに関心の高い企業とタッグを組んで「よわつよ認定カンパニー」というプロジェクトを考えています。認定カンパニーの企業は「よわさを受け容れられる社会」という〈よわいはつよいプロジェクト〉のビジョンに共感して実践していく意思があることを社内外に表明していただき、採用活動や社員育成に活用していただけたらと思っています。そして、社員やマネージャーのみなさんには定期的にメンタルヘルスやセルフマネジメント、レジリエンスに関するセミナーを受けていただいたり、社員同士のグループセッションなどを開催していただけたらと思っています。

F.I.N.編集部

社会にいい循環が起こりそうですね。今回の特集は「学びのかたち」です。この先の未来、学びのかたちはどんなものになっていくと思いますか?

吉谷さん

これからは、年齢や立場など関係なく、みんながフラットに「学び合う」時代になっていくと思います。上司は部下から、先生は生徒から、コーチは選手から、学ぶことがいっぱいありますから。そこで大事なのは、上司も部下に失敗談を伝えたりと、やはりお互いの「弱さ」を受け入れ合うこと。 そして学び合うためには、まずはわかり合うことが大切です。自分らしくあるために「弱さ」を受け入れて学び合っていけば、より良い社会になっていける気がするんです。

F.I.N.編集部

「弱さ」を受け入れ合うために、私たちが大切にすべきことは何でしょうか?

吉谷さん

まずは、自分から人に言いにくいことや本音を自己開示することです。こちらが先にオープンになれば、相手も少し警戒心のガードを下げてくれるはず。そのためには、自分自身の「弱さ」を受け入れる必要があります。それには勇気が必要ですが、「周りから『こう見られたい』という思いを捨てる」「他者の作った目標を追いかけすぎない」と、自分の心と向き合い、それを大切にすることだと思います。みんながみんな、自分を大切にすることができたら、相手のことも受け入れられるようになり、お互いに高め合い学び合うことにつながるんじゃないかと考えています。

【編集後記】

吉谷さんとはかれこれ15年ほど前の学生時代にお話したことがあったのですが、その頃からパワフルな話し方ながら言葉の端々に優しさを感じさせる方でした。そんな吉谷さんがこのプロジェクトを通して目指す未来はとても温かく、多くのアスリートだけでなく、スポーツをやっていない方々にも広く知ってもらいたいと心から思いました。

また、この取材をしたことで、2022年度から高等学校の保健体育の学習指導要領に「精神疾患の予防と回復」が盛り込まれていることも知りました。「心の不調のサイン」がどういったものなのかをまずは理解する。周囲を助けるため、そして何より自分を助けるためにまずはその第一歩がとても重要なのだということ、そしてその前提として受け入れ合う姿勢を持つことが学びを深めるのだということを今回学ばせていただきました。

(未来定番研究所 榎)