2024.04.12

挑戦し続ける大人

「負けたくない」から「楽しみたい」へ。元プロ競輪選手・61歳、高松美代子さんの挑戦を後押しするもの。

近年、一度築きあげたキャリアや価値観を手放し、新しい挑戦をする人が増えたように思います。そこでF.I.N.では世の中の当たり前にとらわれず、新しいフィールドで「挑戦し続ける大人」に注目。目利きたちに、挑戦の極意を伺い、5年先の価値観を探っていきます。

 

今回注目するのは、元プロ競輪選手の高松美代子さん。50歳で女性競輪史上最高齢としてプロデビューを果たし、数々の試合で勝利をおさめました。61歳の現在もトレーナーとして選手の育成に関わりながら、世界を舞台にロードレースに参加するなど、チャレンジを続ける彼女を駆り立てるものは何なのでしょうか。

 

(文:瀬谷薫子/写真:川村恵理)

Profile

高松美代子さん(たかまつ・みよこ)

元女子競輪選手。1962年大阪生まれ。水泳、トライアスロンを経て自転車のロードレースの道へ。2011年、49歳で日本競輪学校の女子1期生になり、50歳で女性競輪史上最高齢のプロデビューを果たす。51歳でガールズケイリンにおける最高齢勝利記録をあげるなど、数々の試合で記録を残す。現役を引退した今は日本競輪選手会の一員として選手のサポートを行いながら、長距離ロードレースの大会で活躍中。プライベートでは37歳と34歳の娘をもつ母。

子育てを終え、50歳で主婦からプロ競輪選手へ転身

F.I.N.編集部

高松さんが自転車に出会い、プロを目指した経緯を聞かせてください。

高松さん

元々体を動かすことが好きで、幼い頃から20代まで長く水泳を続けていました。結婚後にスイミングスクールのコーチの仕事をしていて、そこの生徒さんからすすめられたのが、トライアスロン(水泳・自転車ロードレース・長距離走の耐久競技)なんです。

 

実はトライアスロンには、20代の頃から憧れていました。いつかやってみたいことの1つで、子供が大きくなってきた今ならやれるかもしれない、と。宮古島で大きなトライアスロンの大会が開かれていることを知って、それを目標に自転車とマラソンの練習を始めたんです。

 

はじめて大会に出場し、完走できた時の達成感が大きくて。それをきっかけに少しずつレースに参加するようになりました。

F.I.N.編集部

そこから、次第に自転車にのめり込んでいったんですね。

高松さん

いろいろな大会に出て、自転車が一番結果を出せることに気づいたんです。

 

長く水泳をやってきた中で培った持久力と、子供が幼稚園に通っていた頃、遠い園まで毎日20kmの道のりをママチャリで送り迎えしていた経験も、今思えば自転車レースで結果を残すことに繋がっていたのだと思います。

もっともっと強くなりたい。

48歳で、競輪選手養成所に飛び込んで

F.I.N.編集部

そこからプロの道を目指したきっかけは何ですか?

高松さん

40代半ばに、とある自転車レースの大会で1位の座を10代の子に奪われて、2位になったんです。そろそろ自分も引退なのかな……と思った反面、悔しい、もっと強くなりたいという気持ちが湧いてきました。

 

当時は午前中に小学校で非常勤の講師をし、午後に自転車の練習をしていたのですが、家事もあるので時間が限られていて。本気で技術を伸ばすなら、もっと練習をしなきゃと思っていました。

 

特に課題にしていたのがロードレースでの「スプリント」。言わば、レース最後の200mの勝負です。そこで勝ちを狙うためにはどうしたらいいだろうと思っていたら、近くにあった川崎競輪場で教えてもらえるという話を聞き、さっそく足を運んだんです。

 

競輪愛好会という、競輪選手を目指す若手に向けた練習会に参加したのですが、はじめは「おばさんが来た」という目で見られていましたね(笑)。それでもめげずに通い続けていたある日、声をかけてくれたのが、のちに師匠になる人でした。練習を見てくれるようになり、そこから面白いほどにスプリントで勝てるようになっていったんです。

 

そうして少しずつ自信がついてきたとき、「ガールズケイリン」が復活することを知りました。プロ選手養成所の募集要項を見たら、年齢制限の上限がなくて。

 

10カ月の全寮制なので、長く家を空けることには少し迷いがありましたが、下の娘も大学生になり手を離れていましたし、家族に背中を押されて、思い切って入学を決めました。

 

その時はプロになりたいという気持ちより、とにかくもっと強くなりたいという思いが強かったです。家事や仕事に割いていた時間を全部、自転車に費やしてみたいと。ただそれだけでしたね。

年齢はハンディではない。

年を重ねたからこその「強み」もある

F.I.N.編集部

養成所での10カ月はいかがでしたか?

高松さん

とにかくハードでした。スマートフォンやPCは持ち込み禁止、朝から晩までひたすら練習漬けの日々。その中で、10代や20代の同期たちはどんどん記録を伸ばしていくのに、私は思うように成果が出せなくて。スタートの際のダッシュ力や、ゴール間近のスプリントで必要になる瞬発力が、若手選手は自分よりも優れていて、初めて年齢の差を感じました。

 

今まで、何かが「できない」という経験をしたことがほとんどなかったので、ショックでしたね。でも、できないなら、その障害になることを1つずつ解消していけばいいんだと。そう考えたら、落ち込むんじゃなく、逆にやる気が湧いてきて。

 

それに、逆に年を重ねたからこその「強み」もあると思ったんです。競輪競走は「速さ」ももちろんですが、大会で自分を信じるためにも、最後のスプリントで勝つためにも「精神力」が必要とされます。年を重ねたからこそ、メンタルは若手よりも安定していました。

それから、年をとると自然と早起きができるようになるので(笑)、朝は誰よりも早く起きて自主練習を重ねていました。

 

家族に背中を押してもらってここに来たんだから、絶対に卒業しなきゃと。ひたすら練習に励み、無事卒業できたときは本当にうれしかったです。

前に進む秘訣は、

目の前にいつも「目標」を作ること

大会のタイムや振り返りを事細かに記したノートは10数冊にも及ぶ

F.I.N.編集部

その後、50歳でプロデビュー。数々の試合に出場し、51歳でガールズケイリンの最高齢勝利記録をおさめましたね。プロになってからはいかがでしたか?

高松さん

最高齢でプロになり、周りから注目される機会も増えましたが、あまりプレッシャーを感じることはなかったですね。どんなに期待されても、自分は自分の力しか出せない。頑張っているんだから、周りを見ず、前だけ向こうと思っていました。

 

デビューした年の終わりに、初めてレースで1位をとった時のことは忘れません。大きな歓声があがって、本当に記憶に残る経験でした。

F.I.N.編集部

年齢のハードルを感じさせず、挑戦を続け、結果を出せた秘訣は何でしょうか?

高松さん

いつも、目の前に目標を持ち続けてきたからではないかと思います。宮古島のトライアスロンから始まり、自転車のロードレース、スプリントの技術向上、養成所の入学、といつも具体的な目標があったから、そこに向かって努力するモチベーションを保ち続けることができました。

 

現役を引退した今も目標はあって、昨年はフランスで1,200kmのサイクリングイベント(PBP)を完走したので、今年はもう少し距離を伸ばしてイタリアの1,600kmのコースを完走したいと思っています。最終的には、65歳で仲間とチームを組んでアメリカ大陸を横断する5,000kmのレースに出場することが今の夢です。

61歳。年齢を重ねて変化した、

これからの「挑戦」のかたち

F.I.N.編集部

挑戦を続ける高松さんから、何かに挑戦したいと思う人へのメッセージをいただきたいです。

高松さん

「やりたい」と少しでも思うことは、きっと「やれる」ことだと信じています。だから、少しでもやりたいと思ったら、後悔のないよう臆せずに挑戦するのがいいと思いますね。

 

無理だと思ってあきらめたらそれまでですが、「やろう」と決めれば自分の気持ちも前向きになりますし、不思議と追い風が吹いてくるように感じるんです。

 

例えば、競輪でプロの道を目指そうと決めた時、養成所に入るきっかけをくれた師匠との出会いがありましたし、昨年挑戦したフランスの大会も、一緒に頑張ろうと声をかけてくれた仲間がいたから実現しました。そうやって、頑張っていると追い風が吹いてきて、運や縁を味方にできると思うんです。

 

だから、いかに自分を「やる」方へ動かしていくかが大事。次回の大会も、出場すると決めたので、これから迷うことがないように、すでに参加費を払ってしまいました(笑)。

F.I.N.編集部

そうやってこれからも、高松さんの挑戦は続いていくんですね。

高松さん

やってみたいことは、まだまだたくさんあります。でも、そのためには無理をしてはいけない、とも最近は思うようになりました。

 

長距離のロードバイクレースに出る時も、以前ならいかにタイムを縮めるかを考えて、休憩も食事もとらずにぶっ通しで走り、体に無理をしていました。でも、これからは楽しんで走る方に重きをおいていきたいと。

 

制限時間のあるレースなら、その時間内にゴールをすればいいのだから、おいしいごはんを食べに立ち寄ったり、足湯に浸かったりしてもいい。睡眠もしっかりとって、気持ちよく走れた方がいい。天候不良で不安があるときは、無理をせず棄権するという選択肢も今は持っています。

 

トレーニングはもちろん大事ですが、疲れを溜めない、無理をしないことが、結果として長く体力を維持することにも繋がると、ここまで自転車を続けてきたことで知りました。

F.I.N.編集部

高松さんのように「挑戦する大人」が増えていくことで、5年先の未来はどうなっていると想像しますか?

高松さん

人生100年時代と言いますから、子育てや仕事が終わっても、まだまだ人生はこれから。やりたいことがあれば何だって挑戦できる世の中になっていくのではないでしょうか。

 

私の周りで自転車に乗っている仲間も、ひと回り、ふた回り以上年上の人がいます。80代になっても自転車を続けている姿を見ると、私もまだまだやれるんじゃないかという気になります。

 

大事なのは、続けていくことだと思っています。もしも3カ月自転車に乗らなかったら、乗るのが怖くなってしまうかもしれないですが、毎日こつこつと続けていれば、年齢を重ねても体は順応していくはず。

 

無理はせず、けれど「やめないこと」を大切に。これからも細く長く続けていきたいですし、そうやって挑戦する大人が、これからもっと増えていけばうれしいですね。

【編集後記】

今回、挑戦することによっていかに人生が変わっていったのかというお話を伺って、とても勇気をいただきました。特に「やりたい」と少しでも思うことは、きっと「やれる」ことだと信じることという言葉が胸に響きました。

高松さんの身をもった経験のお話を聞きながらいくつになったからこれはできないなどと決めずに、まずは自分がやりたいかどうかが重要なのだということを学ばせていただきました。

(未来定番研究所 榎)