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新しい素材が誕生する、あるいは素材の新しい使い方が見つかる。すると暮らしを豊かにするものが生まれ、やがて未来の定番になっていく。「未来をつくる素材」は、素材に着目してものづくりをする目利きとの対話から未来を考える連載です。
〈ウルトラスタジオ〉は、ヨーロッパで建築を学んだ向山裕二さん、上野有里紗さん、笹田侑志さんが立ち上げた建築コレクティブ。現代の日本の住宅では否定されがちな装飾の在り方を見つめ直し、ユニークな色や仕掛けを空間に取り入れています。彼らは建築における素材をどのように捉えているのでしょうか。独自の視点を探りました。
(文:片桐絵都/写真:幸喜ひかり)
向山裕二さん(むかいやま・ゆうじ)/写真中央
1985年広島県生まれ。2008年東京大学工学部建築学科卒業、2013年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了、渡邉健介建築設計事務所(kwas)、ドレル・ゴットメ・タネ・アーキテクツ(現ATTA)勤務の後、2018年ULTRA STUDIO設立。
上野有里紗さん(うえの・ありさ)/写真左
1986年東京都生まれ。2010年ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ視覚文化論学部卒業、AAスクール インターメディエートスクール卒業、フォスター・アンド・パートナーズを経て2018年英国王立芸術大学院大学(RCA)建築学専攻 修了。2019年ULTRA STUDIO参画。
笹田侑志さん(ささだ・ゆうし)/写真右
1987年福岡県生まれ。2011年九州大学芸術工学部環境設計学科卒業、2014年東京大学大学院新領域創成科学研究科社会文化環境学専攻修了、青木淳建築計画事務所(現AS)勤務の後、2020年ULTRA STUDIO参画。
すぐには理解できないものに、人は深みを感じる
F.I.N 編集部
〈ウルトラスタジオ〉の手掛ける建築は豊かな色彩であふれていますね。今お話ししているオフィスのカラフルなテーブルも、ご自身たちの手で作られたと伺いました。
向山さん
これは、バロック期のイタリアで発展した装飾用の擬似大理石「スカリオーラ」の技術を応用したものです。石膏、にかわ、顔料を混ぜて作るため、好きな色や柄を表現できます。この天板は「極彩色の大理石があったら面白そう」という発想から、一般的な絵の具で色をつけていきました。
〈ウルトラスタジオ〉のオフィスにある、擬似大理石「スカリオーラ」の技術を応用し製作した天板のデスク。
F.I.N 編集部
既存の素材を使うよりも、スカリオーラのように1から素材を開発することの方が多いですか?
上野さん
建築の素材は、一般的なプロダクトよりも耐久性や使用条件などに制約があるので、新しい素材を生み出すのが難しいんです。そのため、もともとある素材を組み合わせたり、加工を工夫したりすることが多いですね。
F.I.N 編集部
どのタイミングで使う素材を決めるのでしょうか?
向山さん
「謎の塊を置きたい」というような抽象的なところから始まって、形の検討を行った後に、ふさわしい素材を選んでいきます。流れとしてはオーソドックスだと思います。ただ、最初の形を決める段階で、ぱっと見では意味がわからないものから発想していくので、素材についてもミステリアスなものを選ぶことが多いです。
笹田さん
例えば、木材に厚い塗装を施してツヤを出した素材など。近くでは木目が見えるけれど、遠くからは揺らぐ面にしか見えないので、一見しただけでは何なのかわかりません。
〈常石グループ〉が東京・日比谷に開設した拠点「TATOU TSUNEISHI」。デスクの天板は木材に塗装をしてツヤを出した。(写真:千葉顕弥)
向山さん
加工や仕掛けによって、既存の素材に「現象を起こす」というイメージです。近年、素材に対する本物志向が高まっていますが、僕たちはフェイク性を大切にしたい。人はすぐには理解できないものに深みを感じるので、そうした状態を意図的に作ろうとしています。ある種の誤認を狙っているといってもいいかもしれません。
上野さん
本物志向に比例して、木目調シートのような機能性素材が年々進化しているのも日本特有の面白さだと思います。ただ、私たちがやろうとしているのは木に見えるシートを作ることではありません。フェイク性のなかで遊びを生み出して、新しい価値を提案するのが目的です。
笹田さん
「いい寿司屋には銘木の一枚板のカウンターがある」といった価値観も理解はできます。しかし、それだけだと面白味に欠けるとも思うんです。お金をかければ実現できるわけですから。そうではないオルタナティブな方法で高級感やストーリー性を表現したいとなった時、素材の加工や使い方がカギになってくると思います。
ニッケルメッキを施した鉄板で作られたオフィスの照明。
素材という身近な存在から空間を捉える
F.I.N 編集部
素材にこだわることは、設計のプロセスにも影響を与えますか?
笹田さん
そうですね。設計には抽象的な要素が多く、どうしてもトップダウンの発想がそのまま建築化されがちです。しかし本来は、人が日常的に目にしたり触れたりする素材からボトムアップで空間を捉えた方が、より感情を刺激するものが生まれるはずです。そのため、模型などのプロセスはあえて飛ばして、素材と図面だけで設計を進めるというアプローチを取り入れています。
F.I.N 編集部
「素材と図面だけで設計を進める」とは、どういうことでしょうか?
笹田さん
例えば、集合住宅「上原坂道のマンション」の設計では、展開図を作成しました。色を塗って切り分け、「ここのピンクは合板にしよう」という風に素材を当てはめていきました。
「上原坂道のマンション」展開図。(提供:ULTRA STUDIO)
向山さん
素材選びには、単純に僕たちの好みも反映されています。あとは予算の兼ね合いから、パーティクルボードやMDF(小片や繊維状の木を固めて板にしたもの)といった安価な下地材も採用しました。本来は裏側にある素材を、加工を施すことで表側に出すといった感じでしょうか。
笹田さん
塗装仕上げでは、下地に石膏ボードを使うのが一般的ですが、それだと「よくある壁にただ色を塗っただけ」という見え方になります。そこにもう一歩工夫を加えることで、空間の印象は大きく変わります。
上野さん
今回は、対角線上で同じ色を使うことにもこだわりました。そうすると部屋が広く感じられるのではないかという仮説に基づいています。さらに、異なる素材を同じ色で塗って、テクスチャーの差を際立たせるという手法も取っています。
「上原坂道のマンション」の内装。異なる素材をピンク色に塗装。(写真:千葉顕弥)
F.I.N 編集部
その他、特徴的な素材を用いている箇所はありますか?
向山さん
「東京らしさ」をテーマに、外観には東京の街でよく見かける素材を取り入れました。周囲を見回すと、同じような要素の建物がたくさんあるのに気づくと思います。
1つは、45二丁(よんごにちょう)と呼ばれるタイル。95×45mmの、日本では非常に一般的なサイズです。外装がタイルの建物のなかでも、虹色に光っているようなものがありますよね。あの雰囲気を取り入れたくて、青みがかった45二丁タイルに、ラスター釉というシルバーの釉薬をかけて独特の光沢を出しました。
2つ目がレリーフです。建築家の設計でない建物には、レリーフが用いられていることが割と多いんですね。いつか僕たちも試してみたいなと思っていて、今回、装飾として使いました。そして3つめが、外壁のザラザラ感。ヴィンテージマンションなどの塗り壁から着想して、リシンという吹きつけ材で表情を生み出しました。
「上原坂道のマンション」の外観。45二丁タイルやリシン吹き付けが施されている。(写真:千葉顕弥)
フェイク素材が持つ「新しいラグジュアリー」の可能性
F.I.N 編集部
〈常石グループ〉が東京・日比谷に開設した拠点「TATOU TSUNEISHI」の設計も手掛けられていますが、こちらはどのように素材を選んだのでしょうか。
笹田さん
海運業や造船業がベースの瀬戸内の会社のため、「瀬戸内海を表現したい」というのが先方のご要望でした。かつ、同社の重要な要素である工業性も取り入れて、ストーリー性を体現する場にしたいと考えました。そこで、ステンレスのパネルを150×300mmにカットして床に貼り、照明を反射させることで海面のような揺らぎを表現しています。
「TATOU TSUNEISHI」の内装。床はステンレスがパネル貼りされている。(写真:千葉顕弥)
上野さん
ステンレスの加工自体は特に珍しいものではありませんが、タイル状にして貼るという手法はなかなかないと思います。その手前の床も海を表現していて、OAフロアというオフィス用の床材に黒いウレタン樹脂を塗装しています。
向山さん
一角に大きなカウンターがあるのですが、この素材は自分たちで開発しました。ベースになっているのは〈常石グループ〉が産業廃棄物などから製造するアークサンドという人工砂で、冒頭にお話ししたスカリオーラの技術を応用しています。アークサンドにジェスモナイトという樹脂と鉄粉を混ぜて、石のような素材が生まれました。
笹田さん
これまでにない素材なので、実物を作ってくれる職人さんがおらず、自分たちで材料の調合から打設、研磨まで行いました。ストーリー性を深めるため、素材の表面を磨く水は瀬戸内から送っていただいた海水を使用しています。
アークサンドやジェスモナイト、鉄粉を混ぜたオリジナルの素材でできた「TATOU TSUNEISHI」のカウンター。(写真:千葉顕弥)
カウンターの素材サンプル。配合などを変えて何度も試作を重ねた。
F.I.N 編集部
図面と組み合わせたり、街の風景から抽出したり、ストーリーから紡ぎ出したりと、その都度、素材の選び方を変えているんですね。今、注目している素材はありますか?
笹田さん
プラスチックにガラス繊維などを合わせて強度を持たせた「FRP」という素材から、強化繊維の部分だけを抜き出したものです。木などに塗って研磨の具合を調整すると、絶妙なテカリや、モヤッとした感じが出せるんです。
〈ウルトラスタジオ〉が内装設計を担当した、知と文化のインキュベーション拠点「Unknown Unknown」。黒く光るカウンターの表面には強化繊維が塗られている。(提供:ULTRA STUDIO)
上野さん
これはまだ存在しないのですが、吸音性の高い硬質な素材があったらいいのになと思います。クッションやカーテンはあるのですが、それ以外のものがなかなかなくて。環境設計は今後ますます重要になっていくと思うので、自分たちでできる面白い方法も含めて模索していきたいです。
F.I.N 編集部
建築家が素材にこだわることで、どんな価値が提供できると考えますか?
向山さん
〈ウルトラスタジオ〉としての回答であれば、「新しいラグジュアリー」を提供できるのではないかと思っています。必ずしも高いお金をかけなくても、高級感や快楽性を備えた、記憶に残る空間が生み出せる。僕たちが扱う素材のフェイク性には、そうした可能性が詰まっていると思います。
笹田さん
今はどこも同じような場所ばかりになってきていますよね。先日、海外の商業施設を視察したのですが、回っているうちに見分けがつかなくなりました。移動中にうたた寝して、次の施設に着いたら、「え?本当に移動した?」みたいな(笑)。日本でも似たような気持ちになることがあります。素材は空間のフックになるので、この残念な状況を変えるきっかけにもなり得るんじゃないかと思います。
上野さん
「〇〇スタイル」のような1つの言語では形容できない場が増えれば、街はもっと楽しくなると思います。そんな空間を、私たちなりの素材づかいでたくさん作っていきたいですね。
【編集後記】
「上原坂道のマンション」に住んでいる上野さんの知人が「毎日めちゃくちゃ楽しい」という感想を伝えてくれた、というエピソードが印象に残っています。それを聞いて、空間づくりにおいて素材とは感情の動きや記憶に残る体験に直結する要素であること、そんな「すごく楽しい感じ」をもたらしてくれる空間が身の回りになかなか存在しないことを実感しました。今回のお話のキーワードであった「ミステリアス」「ストーリーのある素材選び」「お金をかけない高級感」は、これから百貨店が「空間の価値」を追求するための刺激的なヒントになりそうです。
(未来定番研究所 渡邉)
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未来をつくる素材
#2 フェイクから生まれる遊びとラグジュアリー|建築コレクティブ〈ウルトラスタジオ〉