2025.07.07

第3回| 使われ続ける建物は、未来の記憶になる。文化財修復を行う榮山慶二さん。

食、住まい、交通……。私たちの文化や習慣、暮らしの定番は、外国の方から見たら面白く、未来につながるポイントが多くあるようです。この連載では、そんな人たちが見つけ出した「未来の種」にフォーカス。「Seeds of Japan’s future(日本の未来の種)」と題し、日本で働いたり、暮らしたりしている外国出身の目利きに話を伺い、私たちが見えていない・気づいていない日本の魅力を新たに発見していきます。

 

第3回にご登場いただくのは、台湾出身の榮山慶二さん。神社仏閣や歴史的建造物の修復を手がける文化財建造物保存修理主任技術者として、「本物を残す」という使命を胸に、30年以上も現場に立ち続けてきました。そんな榮山さんの目に映る日本建築の底力と、それを未来へ繋ぐ思いとは。

 

(文:船橋麻貴/写真:嶋崎征弘)

Profile

榮山慶二さん(さかやま・けいじ)

文化財建造物保存修理主任技術者。〈文化財保存活用計画〉代表。台湾出身。武蔵野美術大学、東京藝術大学で建築と文化財保存を学んだ後、公益財団法人〈文化財建造物保存技術協会〉に技術職員として入職し、多くの重要文化財や史跡の保存修理事業に従事。2014年に独立した後も、設計監理・技術指導・文化財活用計画に携わり、文化財修復の実務と継承に尽力している。近年は台湾でも、日本建築の知見を生かした文化財修復支援や調査を行う。

 

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未来の種①

懐かしさのなかに息づく日本建築

私は台湾で生まれ育ちました。幼い頃から、日本統治時代に建てられた建物に囲まれていたんです。父は戦時中、日本軍の飛行場建設に動員されていて、母もまた、戦後に日本の先生から学んだ世代。家の中には自然と日本語や日本の生活習慣がありました。そういう環境だったから、日本の文化や建築に対してどこか懐かしさを感じるんです。

台湾には、日本、中国、オランダ、イギリスなど、いろいろな国の建築が共存しています。そのなかでも、日本建築の「見えない部分の美しさ」には特別な魅力を感じました。外見の派手さではなく、目立たないところに丁寧な仕事が込められている。それって、本当にすごいことだと思うんです。

そんな背景があって、台湾で高専美術科を卒業した後は、インテリアの仕事をしていました。来日したのは1984年。大学で日本の建築とそれをつくる人たちの姿を見て、このままではいけないと心が動いたんです。建築家や職人が心血注いで建てた建物が、簡単に壊されてしまう。誇るべき職人の技術や建物の記憶があっさりと消されてしまうのを見て、「何か違う」と感じました。それで、ただ建てるのではなく、「どう残すか」を考える道へと進むことになりました。

未来の種②

壊さず「残す」ことで、記憶が生きる

文化財の修復という仕事は、新しい建物を建てるのとはまったく違う難しさがあります。なぜなら、日本建築における修復の理想は、「直したことがわからないように直す」ことだからです。

 

例えば、何十年も開け閉めされた扉の取っ手。ほんの少し、色がくすんで、丸みが出ている。それは、暮らしてきた人の「手のかたち」なんです。柱のすみに刻まれた傷も、誰かの背丈を測った跡かもしれない。そんなふうに、人が生きてきた痕跡が建物には宿っています。

 

だから、すべてを新しくしてしまったら、その歴史や記憶ごと消えてしまう。文化財の修復とは単に建物を直すことではなく、そこに宿った「記憶」を未来に手渡すことだと思っています。

現在の榮山さんの活動拠点の1つ「町並み活用センター野田」。建物の歴史を守り、地域の記憶を繋いでいる

未来の種③

見えないところに宿る、日本建築の美

日本建築は、雨や湿気に適した構造、地震への耐性、そして木材の柔軟性など、日本の風土と共に進化してきました。特に木と木を繋ぐ「継手(つぎて)」や「仕口(しぐち)」などの職人技は、見た目にはわからなくても、構造として非常に合理的で美しい。釘を使わずに組み上げられた建物には、木そのものの性質を生かした強さとしなやかさがあります。素材の選定も、節の少ない木や、長尺の木をどう生かすかといった知恵が詰まっている。こうした「見えない部分」に宿る技こそが、日本建築の魅力であり、価値でもあると思っています。

それは木材だけではありません。明治時代から残る手吹きガラスなんて、よく見ると少し歪んでいて、それがまたいいんですよ。現代のガラスはまっすぐで完璧だけど、昔のガラスは人の手でつくられていたから、その揺らぎが美しい。そういうものを見ると、「これを守りたい」と自然と思うんです。

 

最近では、木造建築そのものの価値が見直されつつあります。木材は劣化していく印象があるけど、手入れをすれば長持ちする。だからこそ、私たちが「100年残る建物とは何か」という意識を持つことが重要だと思います。

未来の種④

使われる建物が、地域の文化を繋ぐ

建物は、ただ「残す」だけでは守れません。人が手を入れて、掃除して、活用する。そうやってはじめて生き続けるものなんです。千葉県の野田市や東金市では、「町並み活用センター」として、空き家になっていた古民家や蔵を修復し、カフェやベーカリー、雑貨店、アトリエなどに活用する取り組みもしています。

明治時代の商家建築を活用した「町並み活用センター野田」。カフェや雑貨店などが入ることで、地域のにぎわいが戻りつつある

最初は、所有者の方に理解していただけないこともありました。でも何年も通って、掃除して、少しずつ関係を築いていって、ようやく「任せてみようか」と言ってもらえるようになりました。建物って、人との関係のなかで生きているんだなと実感します。

 

どんなに美しい建物でも人が使わなくなれば、やがて朽ちていってしまいます。「使われ続けること」もまた、文化財を残すうえで大切な要素なんです。カフェに近所の親子連れがひと休みしにきたり、建物の魅力に触れるために観光客が訪れたり。そんな小さな風景の積み重ねが、地域の未来をつくっていくのだと思います。

未来の種⑤

未来に伝える、「本物」の記憶

修復や活用を通して、建物はまた新しい命を得ていきます。でも、その根底には、「本物を残す」という信念が必要だと思うんです。例えば100年後、誰かが日本建築に触れたとき、「これは本物だ」と感じてほしい。技術や素材だけでなく、そこに込められた作り手の思いや、積み重ねられた時間。そうした「記憶」こそが「本物」ですし、未来へ伝えるべきものだと思います。

日本には、残すべき建物がたくさんあります。でも、壊すことは一瞬でできてしまう。文化財を守るには、手間も時間も、そして覚悟も必要です。それでも私は、「本物を残す」道を選びたい。それが、未来を生きる人たちにとっての足場になると信じているからです。

【編集後記】

榮山さんと未来定番研究所は深いご縁があり、現在の拠点である築100年の古民家・谷中事務所は、榮山さんの手によりリノベーションされました。 榮山さんが今この瞬間も現役で活動されて、未来へと日本の建築技術を遺す活動をされていることに、たいへん感銘を受けました。建物を遺す三原則は清潔にする、活用する、価値を認めるとのこと。谷中事務所はもちろん古いですが埃や汚れはなく、1階の居間は特に静かで居心地が良く、場所が生む力を大いに感じます。以前展示をしていただいた作家さんに「古民家が呼吸し生き物的なところがあり、だからこそ新しいモノの繋がりが出てくるような気がした。なんというか木造建築は生きていて想いが残っている、そんな感じの印象を受けた」という感想をいただきました。暮らすように働きながら、さらに未来へと繋いでいけるよう、まさに息づいている建物と時間を大切にしながら過ごしたいと思います。

(未来定番研究所 内野)

谷中事務所 居間から庭をのぞむ 日常の風景

Seeds of Japan’s future

第3回| 使われ続ける建物は、未来の記憶になる。文化財修復を行う榮山慶二さん。