スマホ1つで、欲しいものがすぐ手に入る現代。買い物は、かつてないほど便利になりました。画面を眺めていると誰かのおすすめやヒントが次々と流れて、選択肢は増えていきます。そんななかで、「買いたい」という感覚はどのように生まれ、どう変化していくのでしょうか。今回は、私たちが「何に納得して買うという選択をするのか」に目を向けながら、これからの買い物のあり方を探ります。
今回ご登場いただくのは、修復家の河井菜摘さん。金継ぎや漆による修復を行うことで、日常使いの器や古美術品といったモノと向き合ってきました。一方で、インスタグラムでは買ってよかったモノを紹介する「買いもんマガジン」を2018年にスタート。修復と買い物、一見すると対照的にも思えるその両方を行き来しながら、どのようにモノを選び、何に納得しているのでしょうか。河井さんの視点から、これからの「買う理由」を紐解きます。
(文:船橋麻貴/写真:森本絢)
河井菜摘さん(かわい・なつみ)
漆と金継ぎの修復専門家。1984年大阪府生まれ。2015年にインスタグラムをきっかけに購入した鳥取の山の家で過ごしながら、京都・東京・鳥取の3拠点生活を送る。各拠点で金継ぎ教室を開講しながら骨董品や日用品を修復する。
Instagram: @nano.o.o、@kaimon_magazine
自分のためだった買い物が、
誰かに届けるものに変わった
F.I.N.編集部
そもそも買い物は、いつ頃からお好きになったのでしょうか?
河井さん
「買い物」というよりは「モノ」そのものが好きという感覚がずっとありますね。大学生の頃から、ホームセンターや金物屋さんを巡るのが好きで。材料や道具を見ていると、「この道具があればこんなものが編める」とか「こういう刺しゅうができる」って、そこから生まれる生活を想像するだけで楽しかったんです。
F.I.N.編集部
そのモノ好きが、「買いもんマガジン」を始めるきっかけになったのですか?
河井さん
きっかけはそんなにたいしたことなくて、インスタグラムに飽きてきて別のアカウントを試してみようかなと思っただけなんです(笑)。最初は日記のように好きなモノを雑多に紹介していましたが、見てくださった方が「真似して買える」ことも大切にしたくて、途中からオンラインで購入しやすい量産品を中心に紹介するようになりました。始めたのが2018年なので、もう8年になりますね。
F.I.N.編集部
「買いもんマガジン」を続けるなかで、買い物との付き合い方に変化はありましたか?
河井さん
大きく変わりました。誰かにシェアすることを前提に考えるようにもなってから、モノの選び方が変わっていったんです。一点モノに惹かれることも多いですが、全国どこでも誰でも手に取れるモノのなかから、「これは本当にいい」と思えるモノも見つけたいと思っています。
F.I.N.編集部
あえて「どこでも買えるモノ」を選ぶのはなぜでしょう?
河井さん
せっかく紹介しても、手に入らなかったり廃番になったりして、買えない人がいたら申し訳ないからです。
皆が手に取れるモノでいうと、3倍巻きのトイレットペーパーが出た頃に紹介したら、「私も使ってます」ってコメントがたくさんついて。すでに知っているモノでも、自分が持っているモノが「買いもんマガジン」で紹介されるとうれしいという反応があるんですよね。誰かに届いている、共感されているとわかると、私自身も「これを選んでよかった」と思えるんです。
言語化することで見えてくる、
自分が好きなモノの輪郭
F.I.N.編集部
「買いもんマガジン」の投稿を拝見すると、モノの魅力がとても緻密に言語化されていますよね。
河井さん
自分の好きなモノを人に説明しようとすると、どう使っているか、ほかと何が違うのかを言語化する訓練になっていった気がします。普段、金継ぎを教える仕事でも、初めての方にできるだけわかりやすく伝えることを意識しているので、その感覚が買い物を紹介する時にも自然と表れているのかもしれません。でも面白いのは、書くことで気づくことがある点です。なんとなくいいなと思っていたモノも、テキストに起こしてみると「だから好きだったのか」と、自分の好みの輪郭がはっきりしてくるんです。
F.I.N.編集部
好みがはっきりしている、というのは具体的にどういう感じですか?
河井さん
書いて言葉にしてみることで、「私はここが好きだったんだ」と腑に落ちるというか。そうやってモノのどこに魅力を感じているのかが見えてくると、次に何を選ぶか、あるいは選ばないかという判断にも繋がっている気がします。
F.I.N.編集部
好き嫌いはわかっていても、「買うかどうか」で迷うことはありませんか?
河井さん
ありますね。そんな時は、レビューをめちゃくちゃ読みます。楽天やAmazonの購入者レビューって、メリットだけじゃなくて「ここが使いにくい」というリアルなデメリットも書いてあるじゃないですか。自分の直感という「主観」を、他人の声という「客観」で検証する作業が結構好きなんです。
F.I.N.編集部
そういったプロセスを経て、最近手に入れたモノはありますか?
河井さん
「Oura Ring(オーラリング)」ですね。睡眠や心拍数、体温を計測できるリング型のウェアラブルデバイスなんですけど、ファッションとしても素敵だなと思っていて。でも、サブスクの費用がかかるので、ずっと迷っていたんです。インスタグラムのストーリーズで悩んでいることを書いたら、使用されている方から「めちゃくちゃいいですよ」ってコメントをもらって、それが最後の一押しになりました。実際に使ってみたら、自分の体調が数値で可視化されて、主観的な体感をデータが裏付けてくれる。その安心感が、今の私の生活にはすごくしっくりきています。
河井さんが中指につけている「Oura Ring」
F.I.N.編集部
それでも買って後悔することはありますか?
河井さん
もちろんあります。そういう時はフリマアプリに出しますね。捨てるのは罪悪感がありますが、欲しかった人の手に渡るなら、手放すことが少し前向きな行為にも思えるんです。少し大げさですが、徳を積んだような気持ちになることもありますね。次の使い手を探せることで、買い物へのハードルも少し下がっている気がします。
河井さんが最近購入したエコバッグやイヤホン、木べら、タンブラー、電子書籍リーダーなど
修復も買い物も、
生活を良くするための手段
F.I.N.編集部
修復家として「直す」ことに関わりながら、一方で「買う」ことも積極的に発信する。その両方を続けていることについて、どう考えていますか?
河井さん
よく「二面性が面白い」って言われるんですけど、私のなかではそんなに矛盾していなくて。サステナブルだから修復しているわけじゃないし、「買いもんマガジン」をやっているから消費を推奨したいわけでもない。直せるなら直せばいいし、買い直した方がいいこともあるなら買い直せばいい。もちろん自分自身は多面的ではあるのですが、どちらも自分の生活を心地よく整えるための手段という意味では同じなんです。
F.I.N.編集部
修復のご依頼に来る方々を見ていて、感じることはありますか?
河井さん
直してまで使いたいというモノには、必ずといっていいほど「思い出」という物語が宿っています。出産祝いにいただいたとか、新婚旅行の旅行先で買ったとか、ご両親の形見とか。現行品であっても、同じモノを買い直すのではなくて、それを使いたいという方が多い。修復代の方が高くなることもあるのに、「それでも」という方もいらっしゃるんです。大事なモノが割れてしまうとショックじゃないですか。それが戻っただけで、ちょっと気持ちが落ち着く、救われるような感じがあるのかなと思っています。
ただ、ご依頼いただいても、お断りすることもあるんです。繊細な細い取っ手が割れていたら、「直したとしても持てなくなります」と正直に伝えたり、費用がかなりかかる場合は「買い直すのも1つの手ですよ」と提案したり。修復家だから直すことをすすめるということではなくて、その人の生活が良くなる方を一緒に考えたいと思っています。
F.I.N.編集部
ご自身のモノが壊れた時はやっぱり直して使うのですか?
河井さん
毎日直す仕事をしているので、自分のモノが割れると「また仕事が増えてしまったな……」という気持ちになって少し肩を落とします。とはいえ、新しいモノを買い直そうとは思わないですね。
河井さんが10年以上も使い続けているという〈日ノ出化学製作所〉のガラスのポット。欠けた部分も愛着に変えながら、今も毎日のように使っている
F.I.N.編集部
お話を伺っていると、河井さんはご自身で選択をし、生活をつくっている印象を受けます。その感覚はどこから来ているんでしょうか?
河井さん
鳥取に家を買ったことが大きかったかもしれないです。インスタグラムでずっとフォローしていた方が、鳥取の家を手放したいって書いていて。50万円ぐらいでいいというから、じゃあとりあえず見に行ってみようと。それで行ってみたら、やっぱりすごく良くて即決しちゃいました。
その時、「全部自分で決めていいんだ」という感覚が初めてちゃんと生まれた気がします。家をどう使うかも、仕事をどう作るかも、どこに拠点を持つかも、全部自分次第でいいんだって。その感覚が、修復も買い物も「生活を良くするための手段」として並列に捉えるようになったことと、どこか繋がっている気がします。
河井さんが購入した鳥取の家。自分で手を入れながら大切に暮らしている
F.I.N.編集部
この先、河井さんの買い物はどうなっていきますか?
河井さん
いつか「断捨離」をコンテンツにする日が来るかもしれませんね(笑)。でも、「買いもんマガジン」を8年やっていて感じるのは、世の中には「きっかけ」を待っている人が意外と多いということです。誰かが「これいいよ」と言ってくれたら、安心して一歩踏み出せる。そういう買い物のあり方があったっていいんじゃないかって。私が実際に買って発信することが、誰かの買い物の後押しになるのなら、これからも続けていきたいと思っています。
【編集後記】
河井さんの柔軟なお買い物スタイルには、自分のルールに縛られたりすることなくあっけらかんとした感があり、ものを大切にしながらも買い直しも勧めたりされているのが軽やかでとても素敵だと思いました。最近、SNSにて話題になっている自分の年代に合ったスキンケア商品があり、皆さんの推し方や楽しいやり取りを見ていると、これまで興味がなかったのに買ってみようかな?とメモったりしていて、買い物の動機になっていることも。こうした何気ない口コミも、数多の選択肢のなかからちゃんと納得して買ったり、迷っている人へのそっと後押しの肯定感を生んでいるのかもしれません。これからも河井さんスコープ「買いもんマガジン」からのときめく買い物を、楽しみにしております。
(未来定番研究所 内野)