2023.04.24

二十四節気新・定番。

第1回| ふとした季節の変化を感じることが、二十四節気。詩人・白井明大さん。

「二十四節気」とは、古代中国で生まれ、日本でも古来親しまれてきた暦です。めぐる季節の変化に寄り添い、田植えや稲刈りの頃合いを告げる農事暦でもありました。今でも折々の季節を表す言葉として愛されています。「F.I.N.」では、季節の変化を感じ取りにくくなった今だからこそ、改めて二十四節気に着目する潮流が生まれ、季節の楽しみ方の新定番が出てくるのではと考えました。

 

第1回では、そもそも二十四節気とはどんなものなのか、また現代人が日々の生活に取り入れるにはどうしたらいいのかを考察します。お話を伺ったのは、詩人で『日本の七十二候を楽しむ ―旧暦のある暮らし』の著者でもある白井明大さんです。

 

(文:大芦実穂/絵:島田耕希)

二十四節気とは、

1年を24の季節に分けたもの。

カレンダーというのは今では当たり前のようにありますが、時の流れを測る天体法則や自然現象などを手がかりに一つずつ積み重ね、長い歴史の末に作られたものなんです。おそらく暦の起源の一つは、1年のうちで昼が最も長くなる夏至(6月)と、夜が最も長くなる冬至(12月)であったろうと思われます。それから夏至と冬至のちょうど真ん中に位置する春分(3月)や秋分(9月)が意識されたのではないでしょうか。そうして四季がはっきりすると、さらに立春(2月)、立夏(5月)、立秋(8月)、立冬(11月)を加えて1年の節目が8つになります。そんなふうに年の区切り目がだんだん細やかになって、1年を24の季節に分けた「二十四節気」という暦が生まれました。

もちろん、24もの季節を一度に覚える必要はありません。立春を過ぎて雪から雨に変わる頃が「雨水」(うすい)、残暑がやわらいで朝夕に露を結ぶ頃が「白露」(はくろ)というように、折々の情景が心にしみ込むにつれて、自然となじみ深くなっていくことと思います。

 

 

明治5年の改暦で、今の暦(グレゴリオ暦)に変わるまでは、月の満ち欠けで月日を数える太陰暦を使用していました。夜空に浮かぶ月の形を見れば、今日がおよそ何日なのかがわかる親しみやすい暦ですが、太陰暦では1年がおよそ354日になり、1年を約365日とする太陽暦(地球が太陽のまわりを1周する周期を1年と数える暦)より11日ほど短くなってしまいます。季節というのは日光がもたらす寒暖との関わりが深いものですし、とくに作物を育てるには気候や日照時間を知る必要があります。そこで昔は、太陰暦と太陽暦を合わせた太陰太陽暦という旧暦を用いていました。夏至や冬至をはじめ、日の長さについて知ることから生まれた二十四節気も太陽暦であり、旧暦に取り入れられて四季を知る上でも、農事暦としても欠かせないものとなりました。

忙しい都会での生活、

暦が季節を知る手がかりに。

 

私が旧暦を意識するようになったのは、東京で忙しく暮らしていた時のことでした。ぼんやり電車に乗っていると、窓の外に満開の桜が広がりました。「あぁ、もうそんな季節か」と車窓の眺めに気づかされたんです。当時は季節を肌で感じることから程遠い生活をしていたのですが、ある時、二十四節気をさらに細やかにして1年を72の季節に分ける七十二候という暦を知りました。その中に「桃始めて笑う」という季節があって、花が咲くのを「笑う」と表現する七十二候に魅了されました。せめて暦の言葉を通じて季節感を忘れずにいられたらと、二十四節気・七十二侯を記した短冊に季節の言葉を添えた、「歌こころカレンダー 自然」というものを制作し、今日がどんな季節かを届ける活動をしています。

「歌こころカレンダー 自然 二〇二三」

ふとした季節の移ろいに気づくこと、

自然を大事に思うこと、それが二十四節気。

 

そもそも季節とは、移ろう自然のさまに対して人間がつけた名前に過ぎません。もし季節も暦もなかったら、今がいつなのか、ここで自分はどんな時間を過ごしているのかわからなくなりはしないでしょうか。大事なのは、暦を通して、めぐる季節を感じ、今日という日に、今ここに、たしかに自分は生きているんだと実感を得ることではないかと思うんです。例えば水に触れたとき、昨日まで氷のように冷たかったのに少しぬるく感じられたら、それは春が近づいたということ。山菜がおいしい季節になったなとか、ツバメが窓の外を飛んでいるよとか、そんなふうに季節の変化に気づき、今このときに出会うことが大切に思えます。何月何日という数字だけで月日を数えるのではなく、晩春に穀物を潤す雨が降る「穀雨」(こくう)や、残暑のさなかに秋の気配が漂いはじめる「処暑」(しょしょ)など、移ろう日々に二十四節気の名前がついていることで、今日という日が、紛れもない「この日なんだ」と実感できます。自分の感覚を通じて今日の世界に出会えることが、今の暮らしのなかでの二十四節気の意味だと言えるかもしれません。旧暦を無理に覚えなくても、印象的な季節を一つ二つ、今日の自分が今日の世界に出会うための手がかりとして心に留めておくのもいいのではないでしょうか。

 

 

もう一つ、二十四節気を生活に取り入れるうえで、できれば意識してほしいことが、自然環境への負荷を減らすことです。この星がなければ私たちは暮らせません。自然は消費する対象ではなく、私たち人間もそこに含まれています。自然を大事にすることは、自分の命を大事にすることと同じ。自然の内にある自分を大切にできると、同じく自然の内にある他の人の命も大事にできます。ただ、地球環境を考えようといっても、心に自由がないと難しいですよね。忙しくて疲れていたら、まわりを見る余裕すらありません。そんなとき、願わくは、つかの間でも二十四節気を手がかりに季節と出会い、今ここに自分があると実感することで、心に自由を吹き込めますように。

Profile

白井明大さん(しらい・あけひろ)

詩人。2004年に第一詩集『心を縫う』(詩学社)を刊行。『日本の七十二候を楽しむ ─旧暦のある暮らし─』(増補新装版、KADOKAWA、2020)が静かな旧暦ブームを呼んで30万部を超えるベストセラーに。『生きようと生きるほうへ』(思潮社、2015)で第25回丸山豊記念現代詩賞を受賞。新刊に、自由と平和の詩訳『日本の憲法 最初の話』(KADOKAWA、2023)

【編集後記】

最近、街中やSNSのタイムラインなど、至るところで二十四節気の名前に触れる機会が増えたような気がします。その時どきの二十四節気にちなんで、和菓子が作られていたり、行事が開催されていたり。しかし、そんな様子を目にすると同時に、近頃の自分は何かと忙しない毎日の中で季節の移ろいに気づけていただろうか?と反省に近い想いを持つようになりました。白井さんがおっしゃる、まさに「今日という日が、紛れもないこの日なんだ」という実感がすっぽり抜けていたように感じます。この連載では、目利きの方を通してさまざまな角度から二十四節気を捉えていきます。回を重ねながら「自分の感覚を通じて今日の世界に出会う」機会をいただけることがとても楽しみです。

(未来定番研究所 中島)

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