2023.05.18

二十四節気新・定番。

第2回| 旬の食材を知って、自然や社会に寛容になる。きのえねomoya。

「二十四節気」とは、古代中国で生まれ、日本でも古来親しまれてきた暦です。めぐる季節の変化に寄り添い、田植えや稲刈りの頃合いを告げる農事暦でもありました。今でも折々の季節を表す言葉として愛されています。「F.I.N.」では、季節の変化を感じ取りにくくなった今だからこそ、改めて二十四節気に着目する潮流が生まれ、季節の楽しみ方の新定番が出てくるのではと考えました。

 

第2回目は、二十四節気にちなんだ料理を提供している「きのえねomoya」に伺い、暦を意識することで日々の暮らしがどう変わるのか、ヒントをいただきました。お話を聞いたのは、専務の飯沼一喜さんと顧問の冨澤浩一さん。千葉県印旛郡酒々井町、成田空港に程近い、豊かな自然に囲まれた場所に「きのえねomoya」はありました。

 

(文:大芦実穂)

築300年以上の母屋を

文化とともに後世へ伝える。

 

「きのえね」は1700年代に創業した酒蔵です。当主の飯沼家が代々住んできた築約400年の母屋を改築し、二十四節気の料理を提供する「きのえねomoya」として再スタートしました。国の登録有形文化財でもある母屋を残したいと考えたとき、日本の文化と一緒に後世に伝えることが私たちの責任だと考え、二十四節気をテーマにしました。

 

飯沼家は代々日本酒を作ってきましたが、お酒というのはもともとは神様に捧げるものなんですね。諸説ありますが、酒の「さ」は神様のこと、「け」は我々民のことを指しています。ですから、冠婚葬祭をはじめ、さまざまな儀礼には必ず酒が用いられるわけです。また、季節ごとに行われる無病息災などを祈る行事・五節句でもお酒は欠かせないもの。中国由来の二十四節気や五節句、日本で独自に生まれた七十二候や雑節など、1年の節目を意識することと、お酒というのは、密接な関係にあったんです。

 

ちょうどその頃のことですが、母屋を片付けていると、先々代によって書かれたお盆の御供物レシピが出てきて。そこには、菜飯を出したあとに素麺を出すと書かれていました。それまではレシピの存在を知らなかったので、白米とお味噌汁をお供えしていたんですが、これではいけない、とその時強く思いました。文化というのは、次の世代が受け継いで伝えていかないと、簡単に途切れてしまうことにも気づきました。こうした出来事や、日本の暦や行事の文化背景などを踏まえ、二十四節気に沿った料理を提供することにしました。(飯沼さん)

元禄年間に江戸幕府より神社仏閣に奉納するための酒を造る許可を得たことから始まった、飯沼家の酒造り。

五節句を中心に

二十四節気を取り入れた料理。

 

お正月といえばおせち(御節)料理。字の通り、節句を表しています。ですが実は、七草の節句(1月7日)、桃の節句(3月3日)、端午の節句(5月5日)、菊の節句(9月9日)と五節句それぞれに料理があります。「きのえねomoya」で提供するのは、こうした五節句と二十四節気にまつわる会席料理。基本的には、それぞれの季節の初物を食材として使います。

 

現在(4月26日から約1ヵ月)は、立夏・小満の頃のメニュー。小満(5月21日)とは、麦農家が収穫を終え、ひと段落着く頃。小さな満足が得られることから、「小満」(しょうまん)と呼びます。5月は端午の節句(こどもの日)があるので、兜(かぶと)に見立てた料理や、ちまきや柏餅なども出しています。メニューにある鰤(ブリ)などは、旬は冬ですが、出世魚としても知られています。こうした縁起を担ぐ食材も採用します。

付け合わせのお酒にも、1月はお屠蘇(おとそ)、3月は桃酒、5月は菖蒲酒、7月は竹酒、9月は菊酒と、それぞれの節句に沿ったものがあります。菊は目に良いとされ、桃は鎮痛剤や婦人病に効くと考えられています。

 

また、料理においては、陰陽五行説も忘れてはいけません。この世の万物には陰陽があるという考え方で、包丁でも陰と陽があります。例えば、かつらむきは包丁の裏側の陰の部分を使い、刺身などの平造りには表の陽の刃を使います。陰陽が組み合わさるといい盛り付けができるとされています。

 

このように、日本料理は奥が深いんです。縁起を担いだり、季節と縁のあるものを巧妙に取り入れたり。食べ物の背景に、二十四節気に限らずいろいろなメッセージを込められるという点が、日本料理のアイデンティティーの一つと言えるかもしれません。(冨澤さん)

季節の移ろいを肌で感じることで、

物事に対して余裕が生まれる。

 

二十四節気を料理などを通して生活に取り入れていくことで、気持ちに余裕ができ、物事に対し寛容になるのではないかと考えています。カレンダーがなかった頃は、歩いていて花が咲いていたら、もうすぐ春だと感じますよね。世界で共通認識されている季節というのは、春夏秋冬の4つですが、春から急に夏になるわけではありません。昔の人は、季節の移ろいを肌で感じることで、自然といい距離感で繋がっていたのかなと。だからこそ、自然災害が多い日本での生活も受け入れることができていたのだと思います。自分の力ではどうしようもないこともあり、一喜一憂することもあるけれど、世界というものはそういうものだと大らかに受け入れていた感覚があったのではないでしょうか。現代は、意見の違う人を許容できないなど、不寛容な社会になっています。二十四節気を知ることで、自然と繋がり、その結果、少しでも寛容な世の中になってくれたらいいですね。昔の人たちがしていたことを紐解いていくと、必ず新しい発見があります。そして次に繋がないと消えてしまいます。私たちには300年余りのきのえねの歴史とともに、日本の暦や食文化も伝えていく使命があると感じています。(飯沼さん、冨澤さん)

Profile

飯沼一喜さん

「おいしい酒づくり、たのしい場づくり」をモットーに、江戸時代から続く日本酒を作る酒蔵〈株式会社飯沼本家〉専務。

敷地の一部を利用した「酒と二十四節気料理きのえねomoya」や、キャンプ施設「きのえね SAKE CAMP」、直営店「きのえねまがり家/カフェ」、アートを紹介する「きのえねギャラリー」、酒米や果物の栽培を行う「きのえね農園」、酒造りの展示スペース「ビジターセンター石炭小屋」、さらには朝一や田植えや稲刈り体験をはじめとするイベントを企画。

https://www.iinumahonke.co.jp/

Profile

冨澤浩一さん

きのえねomoya顧問、「日本料理よし邑」取締役総料理長兼支配人。

1981年に京都「京料理一兆」で修行開始。新高輪プリンスホテル等を経験し、29歳で「日本料理あら井」にて料理長になる。2017年「現代の名工」、2020年「黄綬褒章」受章。師範や料理長も担当し、次世代の料理人の育成に貢献している。

https://yoshimura-hasune.com/

酒と二十四節気料理 きのえねomoya

代々、飯沼家当主家族が暮らしてきた、築約400年の母屋を改装した、きのえねの酒と二十四節気が楽しめるお店。月ごとに二十四節気にまつわる見立て料理を提供。古い日本家屋や建具、現代作家によるインテリアの融合も楽しめる。監修は「日本料理よし邑」の料理長・冨澤浩一さん。

 

住所:〒285-0914 千葉県印旛郡酒々井町馬橋106

電話番号:043-497-2362

定休日:水曜日

営業時間: 11:00~15:00 L.O. / 17:00~21:00 L.O.

https://www.iinumahonke.co.jp/sakagura/omoya

【編集後記】

きのえねomoyaさんの献立は会席料理の考えに基づいて構成されており、その一つひとつには季節や食材にちなんだたくさんの意味が込められています。現在ではそういった食事は特別な体験と捉えられがちですが、かつて日本にはそのような文化がごく身近にあったことを飯沼さんと冨澤さんは教えてくださいました。今回のお話を伺い、日々のごはんの中で、なにか一品だけでも旬を見つけようという意識を持つことができたら、忙しない社会に向ける目線も少しずつ寛容にしていけるのではないかと思いました。

(未来定番研究所 中島)

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