2022.11.28

もてなす

おもてなしの実態調査2022-23 大塩あゆ美さん(料理家)

F.I.N.編集部が掲げる今回のテーマは、「もてなす」。ちょっとした気遣いや小さな思いやりを感じることで、心が温かくなる「おもてなし」ですが、今、私たちはどんな気配りに心を動かされ、どんな心遣いを必要としているのでしょうか。F.I.N.編集部では各業界の目利きの方々に自身の体験を伺い、おもてなしの今から5年後10年後の未来を探ります。今回は、東京から長野県諏訪市に移住し、実店舗の〈あゆみ食堂〉を構えた料理家の大塩あゆ美さんに、食を介したおもてなしについて聞きました。

 

(文:船橋麻貴)

Profile

大塩あゆ美さん

料理家、〈あゆみ食堂〉店主。〈エジプト塩〉が人気の料理家・たかはしよしこさんのもとで修行をし、独立。東京をベースに、季節ごとの日本のおいしい食材を使ったケータリングを行う出張料理〈あゆみ食堂〉を行う。2019年10月、長野県諏訪市に実店舗〈あゆみ食堂〉をオープン。

〈あゆみ食堂〉

住所:長野県諏訪市元町5-12

電話番号:0266-75-2720

営業時間:ランチ11:30〜15:00(LO14:00) ディナー18:00~21:00(LO20:00)

※予約優先、ディナーは予約制

定休日:水・木・金(ほか不定休あり)

https://www.instagram.com/ayumishokudo/

Q1.最近受けて嬉しかった、おもてなしを教えてください。

ダメなものはダメと伝える、厳しくもあたたかい接客。

 

先日初めて行った、松本の郷土料理「とうじそば」のお店の接客が妙に好感が持てました。そこで先頭に立って接客をされている店員さんの応対は、いわゆる「お客様は神様」のような接し方ではなく、お客さんに対してもダメなことはダメだときちんと伝えていたんです。お客さんが断りもなく、お店の人にカメラを向けたときに、「いきなりカメラを向けられていい気はしないです。やめてください」と、とてもはっきりと伝えていらして。塩対応と言われたらそうかもしれませんが、その店員さんはその後の接客がいつもと変わらない様子で自然で、丁寧だったんです。〆の雑炊の量が適切だったかどうか尋ねたり、最後のお会計の際に気づかう言葉をかけていて。いいおもてなしをするには、お互いにとっても気持ちいい空間であることが大事。そう感じさせてくれましたし、こうしたおもてなしはやろうと思っても、なかなかできないもの。厳しいようでいて、やさしくてあたたかい。一人の人間として相手を思う気持ちを日々積み上げてきたからこそ、それが自然にできるんだなぁと思いました。

Q2.ご自身がおもてなしをする際、大切にしていることは?

ワクワクに満ちた、一皿のワンダーランド。

 

私がいつも心がけているのは、自分がされて嬉しいことをすること。その表現の一つが〈あゆみ食堂〉で出すワンプレートです。私自身、いろいろなおかずを食べ進めていくと一皿の上で味の変化が起こる、アジアの屋台で食べられるようなワンプレート料理が大好き。こうした予想もできない食体験は、私にとっては最高のおもてなしなんです。そのワンプレートにワクワクを詰め込むため、〈あゆみ食堂〉では諏訪をベースにした食材を余すことなく使って、ひと手間かけて料理を作っています。白菜にじっくりと火を入れたり、ニンジンを揚げる前に蒸したり。素材の甘みを最大限に引き出して料理にすると、お客さんみなさん驚かれるんです。下ごしらえに時間はうんとかかりますが、ワンプレートでこれまでの野菜の見方が変わったり、食を楽しんだりしてもらえるのは、作る側の私もすごく嬉しい。相手も自分も楽しんでもらえる食体験は、お客さんとのいい関係を築くことができると感じています。

Q3.5年先、10年先のおもてなしはどのようなものになっていくと思いますか?

おもてなしは、双方にとってよいものになる。

 

おもてなしには、相手の気持ちを想像し、気遣うやさしさが込められています。これは人にしかできないこと。いくらテクノロジーが進化しても、この先も、おもてなしは変わらずに残っていくと思います。そして、過度なサービスや崇めるようなおもてなしではなく、その場その時の相手に寄り添うようなおもてなしが必要とされていくはず。ここ最近では、過剰な包装や梱包をしないことも、おもてなしの一つとして捉えられるようになった気がします。お持ち帰り用の袋の有料化は当たり前のように認識され始めましたし、包装や梱包は不要とおっしゃるお客さんも増えました。これからのおもてなしはお互いに理解し、一方通行で終わらないことが大事。おもてなしをする側にとっても、される側にとっても、優しいものになっていくといいなと思います。

Q4.〈あゆみ食堂〉が諏訪に移住して3年、おもてなしに対する思いに変化は起きましたか?

相手のことをより深く考え、大切に思うように。

 

お店としての〈あゆみ食堂〉という拠点を持つことで、より相手を思う気持ちが深くなりました。東京にいた頃はケータリングという形で、その場に合わせた料理やおもてなしを大事にしていましたが、今はお店という枠の中でお客さんにどう気持ちよく楽しく過ごしてもらえるかを深く考えるようにしています。そのためには、どんな時もいい空気が流れる空間であることが重要。お客さんはもちろん、スタッフや自分自身も大切にしたいと思っています。とくにスタッフには、自分の思いをちゃんと伝えるようにしていますし、お客さんや周りに対する些細な心配りや気遣いなど素晴らしいところをきちんと口に出して伝えます。そうすると、みんなが生き生きとしてくるんですよね。それがお店の空気になって、最終的にお客さんへのおもてなしにも繋がっていく。この循環をずっと生み出していけたらいいですね。

そしてここ最近は、おもてなしをされる側の人の変化も感じています。値段ではなく、おいしく食べて元気になれるものや、幸せを感じられるものに価値を置くようになってきたと思います。若い世代からご年配の人たちまで、その食体験を楽しむため、食事に向き合っているように感じます。今、そんな景色が〈あゆみ食堂〉に広がっているのは幸せでたまりません。

【編集後記】

この取材では、大塩さんがおっしゃっていた「自分がされて嬉しいことを人にもする。」の言葉が印象に残りました。とてもシンプルなことですが、常に実行しようとすると難しいことです。しかし、支持されるお店には、そのシンプルなことに対するこだわりが当たり前のようにあるのだと感じました。

ニーズの多様化が進んでいると言われて久しいですが、まずは「相手の気持ちに寄り添って自分だったら何をしてほしいか」を考え、行動する。それは過去も未来も変わらない大切なおもてなしの根幹の部分であると再認識することができました。

(未来定番研究所 榎)