2023.05.31

無になりたい

料理家・今井真実さんに聞く、「無になれる」レシピ。

今回F.I.N.編集部が掲げるテーマは、「無になりたい」。目利きにお話を伺ったところ、料理に没頭することで無になる時間を創出し、気持ちを切り替えている人も多いようです。そこで本記事では、日常の食材にあっと驚く素材を掛け合わせることでおいしいレシピを提案する料理家の今井真実さんに、「無になれる」レシピを3つ教わります。

 

(文:船橋麻貴)

Profile

今井真実さん

料理家。兵庫県神戸市生まれ。「作った人が嬉しくなる料理を」という考えを基に、雑誌をはじめ、WEB、広告など、多岐にわたるレシピ作成を担当。noteに綴るレシピやTwitterでの発信が幅広い層から注目を集めている。

Twitter:@imaimamigohan

料理はかたちに残らない。

だから、ストレスが少ない。

出汁を丁寧に取ったり、魚を捌いたり。わざわざ料理と向き合うことで、忙しない日常から離れ、無になる時間をつくっている人も少なくありません。料理に非日常を求める人が多くいる昨今の動向について、今井さんはこう語ります。

 

「手を動かして料理をすることって、人間の営みの根本なのだと思います。本能として組み込まれているというか。私もキャンプが好きで塊肉を焼いたりしますが、やっぱり火加減が難しい。だけど、火の様子を見ながら木炭を入れたり、それを繰り返しているのが非日常的で楽しいし、とても癒されるんですよね。

 

それと、料理は一生懸命作っても、食べたら消えてしまいますよね。クリエイティブな反面、かたちとして後に残らない。他のものづくりと少し違って、そうした儚さがストレスにならなくていいのかもしれません」

今年のGWにキャンプに出かけた今井さん。温度管理が大切な燻製料理も、無になる時間になったそう

仕事でも日常でも料理に向き合う今井さんは、「普段の料理の中にも、無になれる瞬間がある」と言います。

 

「昨日もプライベートで、パプリカの煮込みを作ったんですよ。飴色手前まで炒めた玉ねぎを加えて、ひたすら煮込みました。途中でトマトを入れて味を整えたりもしましたが、やはり火加減の調整には夢中になってしまいました。鍋の中の状態を見て、あえて強火にして水分を蒸発させてねっとり感を作り出したりして。何気ない日々の料理でも、目の前の素材や状態と向き合うことになるから、色々なことを忘れられるんですよね」

 

ここからは、そんな今井さんに「無になれるレシピ」を「無になれるポイント」とともに教えていただきます!

無になれるレシピ①

「鶏もも肉のジューシーソテー ミニトマトソース」

【材料(2人分)】

・鶏もも肉…400g

・塩…4g

・こしょう…適量

・ミニトマト…10個

・オリーブオイル…大さじ1/2

 

<A>

・にんにくのすりおろし…2片

・酒…大さじ1/2

 

【下準備】

調理の30分前に、鶏肉を冷蔵庫から出し、室温に戻しておく。

 

【作り方】

(1)鶏肉は、塩、こしょうを振って10分ほど置き、水分を拭き取る。

 

(2)フライパンに鶏肉の皮目を下にして置き、弱火にかける。5分焼いたら、オリーブオイルを加えてアルミホイルをふんわりとかぶせる。弱めの中火できつね色になるまでさらに12分焼く。

 

(3)鶏肉を裏返したら、アルミホイルをはずして弱火で2分焼く。側面も焼き色がつくまで焼いたら、油切りバットにあげて鶏肉を休ませる。

 

(4)肉汁の残ったフライパンに、半分に切ったミニトマトと<A>を入れて、中火で5分ほど混ぜながら煮くずす。

 

(5)バットに落ちた肉汁をフライパンに戻してひと煮立ちさせる。味見をして塩ひとつまみ(分量外)を入れて、器に盛り付けた鶏肉にかけたら出来上がり。

■無になれるポイント

鶏肉を室温に戻したり、水気を拭き取ったりと、このレシピでは焼く前から目の前の鶏肉のことを考えます。そして、最大のミッションである「パリッと仕上げる」ために、鶏肉の香りを感じながら火の通りをチェックしたりして、焼いている時も鶏肉と対峙します。少し手間暇はかかりますが、今起きている状態に注意を向けるマインドフルネスなレシピだと思います。

「鶏もも肉のジューシーソテー ミニトマトソース」は、今井さんの近著『フライパンファンタジア』(家の光協会)で紹介されている

無になれるレシピ②

「スペアリブとキャベツのビネガー煮」

【材料(4人分)】

・豚スペアリブ(大)…4~5本

・キャベツ(小)…1/2個(串切り)

・玉ねぎ…1個(薄切り)

・にんにく…2片

・米酢…大さじ4

・ローリエ…2枚

・塩…小さじ2

・水…700ml

 

【作り方】

(1)豚スペアリブは水から茹で、臭みを取るために茹でこぼす。

 

(2)洗った鍋に豚スペアリブを入れ、キャベツ、玉ねぎ、つぶしたにんにく、米酢、ローリエ、塩、水を加えて中火で沸騰させる。

 

(3)沸騰したら蓋をずらして鍋に乗せ、弱火で70〜90分ほど煮込んだから出来上がり。

■無になれるポイント

煮込み料理は、鍋の中をずっと見ているというよりも、どこかに気配を感じながら作れるのがいいんですよね。休憩しながらも、途中でお水がなくなったら足す。なんとなくお肉と会話しながら、その湯気にふわっと癒される。それが煮込み料理の醍醐味だと思います。

無になれるレシピ③

「梅しごと(梅干し)」

【材料】

・生梅…500g

・粗塩…90g

・焼酎…1/8カップ

 

【道具】

・ジッパー袋…1枚

・爪楊枝

 

【作り方】

(1)指の腹を使って梅をやさしく、そして素早く洗う。

 

(2)キッチンペーパーで梅の水気をしっかり拭き取ったら、爪楊枝でヘタを取り除く。

 

(3)ジッパー袋に焼酎を入れて全体に馴染ませたら、梅と粗塩を入れ、袋を閉じてやさしく振る。空気を抜いてしっかりと袋を閉じたら、ボウルやバットに入れて常温で保存する。

 

(4)2〜3週間、毎日様子を見ながら袋を揺らし、梅を漬け込む。その後、晴れた日に延べ3日間かけて天日干しをしたら出来上がり。

■無になれるポイント

物心ついた時から、自家製の梅干しや梅シロップを作る「梅しごと」が大好きで、尊敬する料理家さんから『今井うめ』に改名した方がいいって言われるくらい(笑)。梅しごとができるのは、年に一度、梅雨の時期だけ。この時に旬の梅を買ってきて、実を傷つけないように無になってヘタやタネを取ります。無心で手を動かすことで心が落ち着きますし、この時にふわっと漂う桃のような甘い香りが、なんとも愛おしいです。梅干しや梅酒、梅シロップはもちろん、シナモンやカルダモンなどを使ってスパイス漬けにしてもおいしい。仕事として心を鎮められるし、さまざまな味を創出できる。梅は可能性を秘めていると思います。

数あるレシピの中から、「無になれるレシピ」を教えてくださった今井さん。最後に、「無になりたい」と思うほど心が疲れた時は、「無理に料理に向き合う必要はない」と優しい口調で語ります。

 

「料理を作ることは、小さな選択の連続です。疲れている時は、こうした選ぶという行為自体がストレスになりますよね。そんな時のために、作ったカレーや下味をつけたお肉を冷凍庫に忍ばせてくのもいいですが、むしろ料理を休憩したっていいと思うんです。好きなお店のテイクアウトに頼ったり、気分転換に外食に出かけるのもいい。確実な逃げ道を持っておくと、無になりたいと思った時の救いになるはずです」

【編集後記】

「お肉と会話する」というのは、初めて出会った表現でした。また同時に、普段料理で火加減などを気にすることはあっても、「会話」というほど目の前の食材と対峙したことはなかったので、その表現はとても新鮮でした。早速家に帰り、レシピ①の「鶏もも肉のジューシーソテー ミニトマトソース」を実践。雑念を横に置いておけるとともに、しっかり目の前の食材に向き合うので、できあがって食べた時の爽快感や充実感はひとしおです(もちろんおいしさも)。頭は疲れているけど何か作りたい、という日にはぜひお試しください!

(未来定番研究所 中島)