2023.04.21

わたしのつくり方

〈AC HOUSE〉シェフ・黒田敦喜さん、「わたし」らしくあるためにどうしていますか?

F.I.N.編集部が掲げる4月のテーマは、「わたしのつくり方」。各業界の目利きたちの話から、今の時代を生きる「わたし」のあり方を探ります。今回ご登場いただくのは、国内の名門レストランとイタリアでは正統派のイタリアンを、ノルウェーでは世界中に大きなインパクトを与えた新北欧料理を学び、吸収してきたシェフ・黒田敦喜さん。その自由な世界観は国内外の食通の人々を引き寄せ、手がけた複数のレストランも大きな話題となっています。そんな時代の目利きともいえる黒田さんに、自分の理想を叶えたというレストラン〈AC HOUSE〉で、「わたし」について伺いました。

 

(文:柳澤智子/写真:小野真太郎)

Profile

黒田敦喜さん

1990年大阪府生まれ。

国内屈指のイタリアンレストラン〈ポンテヴェッキオ〉で経験を積んだのち、イタリアへ。本場イタリアでの経験を経て新北欧料理と出会い、北欧へと拠点を移す。ノルウェー・オスロでは、国内唯一の三つ星レストラン〈Maaemo〉でスーシェフとして腕を振るう。帰国後は、日本橋兜町のマイクロ複合施設〈K5〉内のレストラン〈caveman〉のオーナーシェフを務め独立。2022年5月、西麻布に〈AC HOUSE〉をオープン。

Q1. 昨今は、家や仕事での「わたし」に加えてSNSやメタバースの出現により、これまで以上に「わたし」を表現する環境が増えました。これらの環境の違いによって「わたし」をどう変化させていますか?

「わたし」自身はあまり変わらない。

むしろ、周囲をじわじわと変えていく。

 

10代のころから今に至るまで振り返ると、あまり「わたし」というものを意識してこなかったような気がします。SNSも途中でやめてしまいましたし、「わたし」について何か話せることがあるかな?(笑)

 

「環境の違い」という点では、国内で修行、勤務したあと、イタリアやノルウェーのレストランでも働きました。言語だけでなく、仕事のマナーや環境の違いがあるにはあります。「郷にいれば郷に従え」といいますよね。一応は従うんですけど納得できないことも出てきます。イタリア、ノルウェーそれぞれの文化もあるし、そこはわかるんですけど、日本人が持つ文化の良さもある。そこも出していって、自分らしさも出していくと、徐々に徐々に周囲もこちらに合わせてくるようになりました。「こっちの方がいいよ」と言葉で伝えるというより、実際に行動して体現していくと、周囲も「そっちの方がいいじゃん」ってなってくる。

海外のレストランっていろいろな国のシェフが修行に来ていて、頻繁に環境が変わるんですよ。人の嫌がる仕事を率先してやっていました。料理を学びに行っているのに、床掃除とかゴミ捨てだとか、野菜の皮剥くだけとか嫌じゃないですか。嫌だけど、それを一生懸命やっていたら、見てくれる人はいるもので。認められてどんどんステップアップしていくんです。なかには、口でうまいこと言ってあまりなにもしない人もいるんですが、私は地道にじわじわとやることはやって周囲の見る目を変えていくのが気持ちいいんです。

Q2. オンライン上で新たな「わたし」をつくる場所ができたことによって、リアルの「わたし」に何か変化・作用は起こりましたか?

個人のSNSはやめました。

 

以前は個人でもSNSをやっていたのですが、今はSNSで発信するのは店のアカウントだけにしました。SNSって、直接会ったことないような遠くの人、それこそ世界中の人にも見てもらえる上では有効な手段だと思うんですけど、私は写真を盛って撮ったり、目の前にあるものごとをきちんと見ずにおろそかにしたりしているようで、しんどくなっちゃって。SNSで自分を表現するっていうのはとてもいいことだと思いますが、私はリアルで表現したいんです。世の中の流れも、今後そっちに変わっていくんじゃないかな。

Q3. オンライン・リアルを問わずいくつもの「わたし」をつくることができる今の時代、自分らしくあるためにどんなことをすべきでしょうか?また、5年先の未来にどんな「わたし」でありたいか、そのためにやっておきたいことを教えてください。

ひとつの場所に定住しない。

人生はRPGだと考える。

 

確固たる「わたし」ということにあまり興味がないので、いろいろな環境に身を置きたい。いろんな景色を見たいし経験をしたい、と考えています。小さい頃から引っ越しも多かったし、一つの場に定住したくないんです。成長し続ける=変わる、というのではなく、自分という軸はありつつもそこにプラスしていく。それがクリエイティブに繋がると思っています。

 

最近はコロナがあって世の中の状況も変わって、住む場所や環境を変えたり、人によっては不安で動けない、と相談を受けることもあります。たしかに大変なんですけど、海外で働くことは一歩踏み出せれば大たいしたことないと思うし、ゲームだと思えばいんじゃないかなあ。失敗しても死ぬわけじゃないから、これはRPGだと捉える。そうやっていれば、不安なときも自分のマインドをコントロールできるかな、とは思います。

 

5年先の未来の「わたし」は、湖の近くに暮らしていたいですね。ノルウェーに住んでいたとき、湖が近い環境が多かったんで、ずっと湖の近くに住みたいな、と思っていて。実は、来月くらいにちょっと下見に見てこようかな、と。今は湖だ!って思ってますけど、もしかしたらまた変わるかもしれません(笑)。

Q4.シェフである黒田さんは、料理に「わたし」という存在をどれくらい反映していますか?もしくは、そこには「わたし」は介在しませんか?

料理に、というよりこの〈AC HOUSE〉という場所全部に「わたし」は大きく含まれています。ACって、私のあだ名である「あっちゃん」からつけたんですよ。つまり、ここは黒田の家だよ、と。家に遊びにきてもらったように、料理もお皿もインテリアも音楽も空間も全部ひっくるめて楽しんでほしいんです。いろいろなことに興味があって、〈AC HOUSE〉に合うものを突き詰めてかたちにしているので。料理しながら選曲してって、けっこう大変なんですけどね。私は音楽が好きでミュージシャンになりたかったほどなので、むしろかかっている音楽を褒めてほしいです(笑)。

 

もう一つの〈AC HOUSE〉のテーマが、共食なんです。コロナ禍で、一人でだまって食べないといけない孤食が推奨されたじゃないですか。だけど、レストランって一つのテーブルを大勢で囲んで一緒に食べるのが本来の姿。うちは、1階に10人が座れる大きなカウンターがあってその目の前で料理をします。食事も予約制でみんな同じ時間に始まる。だから、隣に座っている違うグループの人とも会話が自然と生まれるし、私もホストとしてお客様に交流を楽しんでもらうように話をしたりします。サパークラブっていうのかな。社交場となる空間を生み出したいし、共に食事をすることでそこに流れる時間を一緒に楽しみたいなと思っています。

【編集後記】

「むしろ周囲をじわじわと変えていく」この言葉に力強さを感じるとともに、どんな場面でも揺るがされない価値基準をもつ黒田さんという存在が表出しているような気がしました。かと言って、一辺倒に曲げないとか折れないということではなく柔軟にしなる心を持つことが大事なんだと取材を通して感じました。昨今のホットワードとなっている「レジリエンス」という考え方に近いものを感じました。

(未来定番研究所 小林)