2023.04.28

わたしのつくり方

文筆家・りょかちさん、SNS上の「わたし」をどう捉えていますか?

F.I.N.編集部が掲げる4月のテーマ「わたしのつくり方」。これまで各業界の目利きたちに、今の時代を生きる「わたし」のあり方を探ってきました。今回ご登場いただくのは、WEBを主戦場に文筆業を行うりょかちさん。学生時代よりインターネット上で活躍され、いわば「オンライン上でわたしをつくるプロ」のりょかちさんに、自分づくりの真髄を伺います。

 

(文:船橋麻貴/写真:嶋崎征弘)

Profile

りょかちさん

1992年生まれ。京都府出身。神戸大学卒。

学生時代より、ライターとして各種ウェブメディアで執筆。「自撮ラー」を名乗り、話題になる。新卒でIT企業に入社し、アプリやWEBサービスの企画開発・コンテンツマーケティングに従事した後、独立。現在は、若者やインターネット文化についてのコラムのみならず、エッセイ・脚本・コピー制作を行う。2021年8月から1年間、キャリアSNS『YOUTRUST』にて運営中のユートラ編集部・編集長も務める。著書に『インカメ越しのネット世界』(幻冬舎)などがある。

Q1. 昨今は、家や仕事での「わたし」に加えてSNSやメタバースの出現により、これまで以上に「わたし」を表現する環境が増えました。これらの環境の違いによって「わたし」をどのように変化させていますか?

バラバラな自分をあえて楽しみ、表現する。

若者のトレンドを分析するのが好きなんですが、ファッションの捉え方が「わたしづくり」の参考になっていて。それこそ親世代や私もそうでしたが、かつてはファッション誌が自分のアイデンティティーの形成を担っていた要素が多かったと思うんです。私の世代で言うと、『CanCam』『ViVi』などモテや好感度を意識した赤文字系ファッション、『Zipper』『CUTiE』など個性的なスタイルを楽しむ青文字系ファッションがありましたが、いずれかを自分のアイデンティティーとして、両者を越境して取り入れるということはありませんでした。だけど、今の若者は、渋谷の韓国風カフェなら白いワンピースで行くし、ディズニーランドなら友達とお揃いで服をコーディネートしたりする。トンマナに合わせてファッションを楽しんでいるんですよね。SNSもそれと一緒。Twitter、Instagram、TikTokなど、その場所に合わせてチャンネルを切り替えて、自分を表現することを楽しんでいます。つまり、いくつかの自分を持つ「分人化」が進んでいるんですよね。当たり前のように自分を使い分ける姿を見て、「自分らしさ」や「個」を大切にするようにと言われてきた世代の私も、無理して自分を統一したり、整合性を取ったりする必要はないのではと思いました。だから私も、時流や事象に対する自分の気持ちを綴るならTwitter、カジュアルに情報を伝えるならInstagram、エモい文章を書くならnoteと、自分を使い分けています。それはオフラインでも同じ。場所ごとに自分を変えると楽しさを最大化できるし、無理してどの場所でも自分の個性を押し通して疲れるより遥かに良い。結局、どの自分も自分だし、その多面性を面白がれる方が生きていて楽しいと思うんです。

Q2. オンライン上で新たな「わたし」をつくる場所ができたことによって、リアルの「わたし」に何か変化・作用は起こりましたか?

「りょかち」はリアルな自分の良きパートナー。

 

「りょかち」という、リアルの自分とは違った存在がオンライン上にできたことで、私の人生は大きく変わりました。りょかちとして発信し始めたのは大学生の頃ですが、そもそも実際の私は陰キャだし、しゃべることがあまり得意ではなくて。飲み会に行っても、「あの時、ああ言えばよかった」と帰り道に後悔することもしょっちゅう。だから、オンライン上にいる明るくて前向きなりょかちが私の思いを綴ることで、相手とのコミュニケーションが円滑にできるようになって、とても生きやすくなりました。

 

そんなりょかちの存在を言葉にするなら、良きパートナーかもしれません。新卒1年目の時に、「新時代の書き手」として注目していただいたのですが、その時からりょかちを全く違う世界の人のように捉えていました。ネット上で活躍するりょかちの姿は、新入社員として毎日慣れない仕事に悪戦苦闘するリアルな自分の支えにもなっていたんです。仕事がうまくいかず社会に適合できないと思い悩んだ時も、りょかちが綴った文章が褒められたりすると、なんだか大丈夫な気がした。リアルな自分と同一化しなかったからこそ、お互いがお互いを支え合って仲良しになれたのだと思います。オンラインという場所がなかったら、文筆業もしてなかったでしょうし、ただの陰キャとして暮らしていた気がします。

Q3. オンライン・リアルを問わずいくつもの「わたし」をつくることができる今の時代、自分らしくあるためにどんなことをすべきでしょうか?また、5年先の未来にどんな「わたし」でありたいか、そのためにやっておきたいことを教えてください。

自分と他者を混同させない。

自分がつくれる場所がどんどん増えていくからこそ、一つの自分に統合させるのはさらに苦しくなっていくと思います。むしろ、特定の自分から脱出したいから、普段とは違う自分を表現できる場所が増えていくわけで。そこで気をつけたいのは、「他人のための自分づくり」と「自分のための自分づくり」を混同させないこと。とくにSNSは人の目があるものだから、他人が求める自分像を追い求めて過度なブランディングして苦しくなっちゃう。そこに自分の楽しさが見出せないなら、「他人のための自分づくり」ということをしっかりと意識しないといけないと思います。反対に、「自分のための自分づくり」をするには、好きな自分をつくれる場所を探せばいい。私は本当の自分なんて見つからないと思っているので、自分が無限につくれるようになった今こそ、いろいろな場所を試してみて自分が楽しく過ごせる場所を見つければいいと感じています。

 

これまでは、未来はわからないから決めないという信条でした。SNSや記事を発信するにしても、飽きられるのが怖くて常に情報発信していないと、自分が古くなっていく気持ちがあった。だけど、30代に突入してからは、もっと大きな進化を遂げるならちゃんと未来を見据えないといけないと思い始めたんです。別に叶わなくてもいいけど、情報が溢れる今、方向性を決めないと何者かによって惑わされてしまう。未来を前向きに捉えつつある私ですが、5年後は35歳。家と車を買えるくらい、心と金銭的な余裕を手に入れていたいですね。そのために5,000兆円稼げるくらい、もっと売れておかないと(笑)。

Q4.さまざまな場所で執筆活動をされることで、自分の新たな一面に気づくことはありますか?

自分を深く知ることで、他者の思いにも触れられる。

 

各メディアで誰かに届けるために記事を書くのはもちろん、自分のための日記もつけているので、自分に対する新たな気づきはたくさんあります。自分のための日記は、主にモヤモヤした時など感情を吐露する場として活用しているので、誰にも見せられません(笑)。だけど発信ツールではないからこそ、自分が何に怒り、どんなことに楽しみや喜びを見出しているのかといった自分の内部を深く知れるんです。一方、他者のための執筆は、あるテーマについて考えて書くことで自分の思考が整理されます。私は、自分の記事に対する反応をSNSで見るのが大好きなんです。なぜなら、自分の執筆を介して、相手の興味を示すポイントや反対意見がわかり、結果的に他者を知ることもできるから。

 

元々、全く書くことが好きではありませんでしたが、今はネットで反応をいただけるのが嬉しい。それはIT企業に勤めていた時にしていたABテストと似ていて、私がどんな発信をするとどんな反応が返ってくるのかを確かめている感覚なんです。ある意味、実験的かもしれませんが、私はそれくらいオンライン上のりょかちに期待しているし、大好きなんですよね。「反応ジャンキー」ではありますが、これからも自分が好きなりょかちとしてあり続けたいですね。

【編集後記】

新しいSNSの登場、メタバース空間で自分のアバターを作成など雨後の筍のように続くテクノロジー関連の新着ニュースを耳にします。効率的だから、便利だからと良い側面に目が行きがちですが、それを多くの生活者が受容して利用している背景にはりょかちさんのおっしゃる通り、特定の場所に逃げ出したいと思う人が多いからではないでしょうか。これからの時代、目まぐるしく環境が変わる中で「分人化」という考え方は自分を表現するにしても自分を守るにしても重要になってくると思いました。

(未来定番研究所 小林)